第2842話 企業暗闘編 ――新人指揮官――
かつて天桜学園が組織としてエネフィアでのスタートを切る上で重要な資金源となったヘッドセット型通信機とスマホ型通信機の関連技術。それにより天桜学園、ひいては冒険部は順調な滑り出しを見せたものの、その市場ニーズの変化により利益を奪われた幾らかの企業からの恨みを買う事になってしまう。
その中の一つにして皇国でも有数の大企業である皇都通信とそれを後ろ盾とした皇都の冒険者ギルドの襲撃を受ける可能性が出てしまったカイトは皇都とマクスウェルを行き来しながら対応に奔走していたわけであるが、そんな彼は暦とアリスの二人の訓練を兼ねた陽動作戦を展開していた。というわけで、二人はカイトの指示により新入り達と共に強力な鎮静作用を有する薬剤の原材料になる薬草を取りに向かっていた。
「うー……」
初となる自分が部隊を率いての遠征に対して、暦はやはり緊張しっぱなしではあった。が、やはりカイトの背を見ていたからかその姿を見せるべきではないとはわかっているらしく、その姿を見せているのはもっぱらアリスの前だけだった。というわけで、道中での魔物との戦闘を終えた彼女はアリスにおずおずと問いかける。
「どう……だった?」
「戦闘についてはいつもどおり出来ていたかと」
「良かった……」
ここら、暦の良い点であり悪い点ではあった。彼女は一意専心と一度これと決めたらそれに一直線になれる人物だ。なので慣れた戦いになるとそれのみに集中出来るため、戦闘時に不足を取る事はあり得なかった。が、だからこそ今回は指摘が飛ぶ事になってしまった。
『でも天ヶ瀬はもう少し周囲を見た方が良いね。まー、個人の戦闘スキルって面じゃ流石天音の弟子って所だろうけど』
「うぐっ……すいません。気を付けます……」
「まぁ、それを見越しての今回の遠征ですか」
御者を務める竜騎士部隊の女性――暦とアリスの事もあり中の話は聞いてくれていた――の言葉に気落ちする暦に、アリスはそれ故にこその遠征だろうと他山の石と思わず自らの気を引き締める。
実はアリスはカイトから暦が指揮出来ていない展開が予想されるので、と言い聞かせられており、その点のフォローは彼女がしていた。そしてそれを予め言われていたアリスはそれを踏まえて一歩引いており、指揮に問題が生じている事はなかった。
「はぁ……ただ戦うだけじゃ駄目、か……」
「そうですね。まぁ、まだ私も出来るわけではありませんが」
「うーん……あ、そうだ」
「はい?」
なにかを思い付いたらしい暦の様子に、アリスが小首を傾げる。これに暦が一つ提案を行った。
「次、もし戦いが起きた時はアリスに前を任せて良い?」
「はぁ……まぁ、ここらの敵でしたら特段問題なく戦えますので問題ありませんが」
カイトの弟子として個人の戦闘では有望視されている暦とアリスであるが、実際個人の戦闘力が重要視される冒険者のランクではランクBと冒険部の平均値を頭一つ二つ飛び越えていた。
その実、藤堂の立場もあるしカイトの方針から模擬戦などはめったにさせないので公にはされていないが、暦は剣道部では藤堂と同程度の実力者だ。それと共に訓練し、名門ヴァイスリッターの騎士として育てられたアリスも同程度の実力を有していた。新入り達のテストを兼ねた遠征地で不足を取る事はまずありえなかった。
「それならお願い。一度先輩の指示に従って、各自の動きを見ようかなって」
「それは……よい考えだと思います。動きを知らない限りは指揮は出来ませんし。実際、私もさっきそれでようやく出来たわけですし」
「ありがとう」
この点、やはりヴァイスリッター家の子女としてゆくは部隊を率いる者として育てられていた所があった。アリスは基礎の基礎ぐらいは教わっており、指揮官なら何をしなければならないか理解はしていたようだ。まぁ、理解しているだけで彼女自身もほぼほぼ出来ておらず、カイトから言われて一歩引いている事で出来ているだけだった。
「よし……うぅ」
「あの、出来るか出来ないかはまずやってみない事には……」
「な、なんかコツある……?」
「そ、そうですね……一応危ない所や敵の増援があったら声掛けはしてあげた方が良いかな、と……」
やはりこれから初めて他人に指示を与えるという事もあり緊張を隠せない暦の問いかけに、アリスはとりあえず思いつく限りの助言を与えていく。そうして暦は次の戦いに備えて準備を重ねていくのだった。
さて暦が剣士としてではなく指揮官としての活動を決めてから一時間ほど。必死で準備を重ねつつも内心もう来ないでくれと思っていた暦であったが、残念ながらそんな上手い話は転がっていない。御者席から声が掛けられた。
『お二人さん。どうやら敵が近いらしい。多分交戦は避けられない。どうする?』
「あ、はい! えっと……どこかで戦えそうな場所は?」
『もう暫くすると少し背丈の低い草が生い茂る場所に出る。そこなら敵に不意打ちを受ける事は無いはずだ』
「そこでお願いします」
『了解した』
暦の要望に、女性騎士は即座の了承を示してそちらに向けてわずかに軌道を変えさせる。そうしてわずかに揺れ動いた馬車の中で暦は一度だけ深呼吸をして不安を追い出す。
「ふぅ……」
「いけますか?」
「……うん。やるしかないんだから、やるしかない」
自らに言い聞かせるように、暦はアリスの問いかけに頷いた。というわけでそれを受けてアリスが敵襲を知らせるアラートを鳴らして、二人は努めて指揮官として緊張を見せず外に出る。
「戦闘準備、お願いします! 少し先の開けた場所で戦闘です!」
「「「はい!」」」
暦の指示に、新入り達が応ずる。やはり彼ら彼女らも冒険部に来て暫くの月日が流れているからだろう。単なる個人の戦闘――といっても集団戦になるが――であれば慣れが見え始めていた。というわけで、各々が各々の武器を手に取ったのを横目に、暦は一度全員の様子を確認する。
(さっき話しに来てくれたのは……ルルイラ。大剣士……というか先輩が面倒を見ている子)
この彼女が一番わかり易いし、話やすい。暦は大剣を担ぐルルイラを見ながらそう思う。今回の新入り達というのは合同演習前にソラと瞬の二人が合格を認めた五人だ。
なので実は個々の戦闘面などに関してはほぼほぼ面倒を見る必要が無いに等しく、その点については指揮官としての仕事はほぼ無いに等しかった。
(他は……まぁ、資料通り……かな)
これは当然と言えば当然なのであるが、加入から今までで武器の転向を行ったのはカイトが大剣を勧めたルルイラだけだ。なので彼女のみ資料の武器が偃月刀から大剣に変更されており、その点はカイトから注釈として書かれていた。というわけで、暦は念のために問いかける。
「ルルイラさん」
「はい」
「大剣、問題無いですか? 先輩から問題はないと聞いてましたけど……戦ってみて違和感がなかったかなと」
「問題ありません。それどころか加入前よりずっと調子が良いです」
暦の問いかけに対して、ルルイラははっきりと頷いた。これに関してはやはりカイトの見通した通り、ルルイラは大剣の方が良かったようだ。というわけで、ルルイラの返答に暦は一つ頷いた。
「なら大丈夫です……えっと……初手の後に支援は必要ですか?」
「一応、頂けるのなら。ただ武器を変えたらかなり低減できましたし、マスターが教えて下さった技で自分でフォロー出来るようになりました。必須なほどではない、と考えて頂ければ」
「わかりました」
やはりカイトとしても気になったのが、切り込んだ直後に残心のように間が生ずる事だったようだ。なのでこれに関しては何故そんな動作が生ずるのか、などを確認し修正させていた。
なお、武器を変えたらかなり低減出来た、という通り最大の要因は偃月刀にあったようだ。変な修繕を加えられていた結果過剰に反動がルルイラに訪れており、それを宥めるために間が生じてしまっていたのである。
「他になにかさっきの戦いで不足がある人は?」
「「「……」」」
暦の問いかけに、新入り達は各々顔を見合わせて首を振る。どうやら大丈夫らしい。というわけで、問題無しを確認した一同は数分後。竜車を降りて魔物の群れとの交戦に望む事になるのだった。
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