第2841話 企業暗闘編 ――囮――
かつてカイトが主導したヘッドセット型通信機とスマホ型通信機の開発。それは天桜学園に莫大な利益をもたらし、組織としての基盤を失っていた天桜学園の重要な基盤として役立ってくれていた。
しかしそれにより市場の変化がもたらされ、結果として幾つかの企業の利益を奪う結果になってしまっていた。そしてその利益が奪われた企業の一つである皇都通信から恨まれる事になっていたカイトであったが、それに対抗するべく皇都とマクスウェルを行き来しながら幾つもの作戦を立てていた。
というわけで、その作戦の一つとしてカイトはアリスと暦に比較的最近加入したギルドメンバー達を連れてとある薬草を探す小規模な遠征を指揮する事を命ずると、彼はその出発を使い魔を介して見送っていた。
「ふむ……」
流石に皇都のギルドもマクスウェルの街中やその近辺で馬鹿をするつもりはないのだろうな。カイトはマクスウェルの外に向かう竜車を見ながら、そう思う。この竜車は言うまでもなく冒険部が保有しているもので、御者はカイトが手配した竜騎士部隊の騎士。地竜ももちろん冒険部が保有するものだった。
(やはり人口が多いというのは為政者としては良くもあり、悪くもあるな。どれが敵かぶっちゃけわからん)
遠ざかっていく竜車を見守りながら、カイトは内心で苦笑する。正直な所、彼自身この釣りが成功するかどうかはわかっていない。単にどこかのタイミングで何かしらのアクションは起こさねばならないだろう、という想定に基いて立てただけだ。
(一応、軍の強硬派の連中は牽制しているからこのタイミングでの襲撃は無いだろうが……その依頼を受けた冒険者が動く可能性もあるのが面倒か。取り敢えず監視が動くか否かぐらいは見極めておきたいが……)
さてどう出るか。カイトは無数の出入りするマクスウェルの人の流れを見ながら、怪しい動きが無いかを上空から監視する。そうして人の流れを監視する事、暫く。カイトは少しだけ気になる動きを発見する。
(……うん? これは……あたりを引いたかな?)
どうだろうか。カイトは暦達の乗る馬車と同じルートを辿る馬車を見ながら、少しだけ悩む。当たり前であるが、自分達と同様に依頼を受けて近隣のエリアに向かう冒険者が居ないわけではない。
あくまでも今回の依頼の薬草がその特殊性から冒険部を指定して出されただけで、そうでない薬草であれば普通に他の冒険者に依頼が出てもおかしくはないのだ。
(ちょっと要注意……という所で留めておくか。後は現地で判断、と)
一応これは要注意としておいて、後は出たとこ勝負と決めたらしい。カイトは使い魔を更に増員し、暦達と同じルートを辿る馬車に向けて貼り付ける。そうして、彼は更に暫くの間おかしな動きをする者たちが居ないかを監視し続ける事にするのだった。
さてカイトがマクスウェルにて監視を続けていた一方その頃。彼に見守られながらも馬車を進めていた暦とアリスはというと、道中かなり必死だった。
「えっと……まず今回のおさらい。依頼の薬草は強い鎮静作用を持つ薬草……図解」
「大丈夫です」
「よし……保管道具」
「問題ありません」
先に暦もアリスも理解していたが、今回の依頼の薬草は中毒性が高く麻薬としても用いられる取り扱い注意の薬草だ。なので保管する道具も専用の物を冒険部では用意しており、まかり間違っても燃えたり燻されたりして中毒を引き起こさないようにしていた。その最終チェックを二人は行っていたのである。
まぁ、カイトから言わせれば出発前にやっておけという所であるが、この二人の事である。出発前にもやったが今もまたやっている、というだけであった。
「うん……うあぁ……」
「もう気にしても一緒かと」
「わかってるけどさぁ……」
それでも緊張する。アリスの指摘に腹をくくれない暦は少しだけ泣き付くような顔で彼女を見る。ここらはやはり当人の性質というか、元々騎士の一族として育てられたアリスと一般家庭で育てられた暦の差だろう。早々に腹を括ったアリスとは対照的に、暦はやはりウジウジと悩んでいた。
「緊張する……うぐぅ……アリスは平気なの?」
「平気ではないですが……どうせやらねばならないなら腹を括った方が気が楽かと」
「括れないよ……」
簡単に言うが、そう簡単な事ではない。これは仕方がない事なのかもしれないが、暦はやはり冒険部では後輩分として扱われていた。それがいきなり先輩として教導しろと言われたのだ。緊張もやむなしであった。
「そういえば暦は中学? の頃はどうしていたんですか? 確か中学は三年間だったと聞いたのですが」
「中学の頃……?」
どうだったっけ。何を今更という話であるが、暦にも当然中学生の頃は存在している。となると、必然として上級生だった頃は存在していたのだ。その頃はどうしていたのか、と聞かれて暦は少しだけ昔の記憶を手繰り寄せる。
「その頃に下級生の人などは」
「居た……けど。その……なんというか」
「?」
「基本教える事なんてなかったから……というか私が通ってた中学に女子剣道部ってなかったから、下級生の引率とかってなかったし」
「そ、そうですか」
どうやら中学在学中に上級生らしい振る舞いは出来なかったらしい。まぁ、試合の引率などで上級生らしく下級生の統率をする事はあったかもしれないが、それにしたって大半は受け持っていた道場の師範や保護者がしていたのだろう。それが学校が関係しないのであれば、なおさらだった。
「取り敢えず……どうにせよもうやらなければならない以上、腹を括るのが最良かと」
「うぐぅ……」
簡単に言ってくれる。暦は見た目は平然とした様子――あくまで見た目だけなのは暦も理解している――のアリスにどこか恨みがましい視線を送るだけだ。
とはいえ、そんな彼女もいつまでも緊張してもいられなかった。というのも、二人が話す部屋――薬草の取り扱いの関係で個室が使える竜車を用意した――の扉がノックされたからだ。
「は、はい!」
「大丈夫ですか?」
「あ、どうぞ……何かありました?」
若干冷や汗を掻きながら、暦は入ってきた大剣を担いだ女の子に問いかける。
「いえ……現地の様子を先に聞ければと。後、薬草が少し特殊でしたので。大丈夫かなと」
「あー……」
どうやら一人でここに来たのは、この女の子が薬草について少し聞いた事があったからかもしれない。種族としてはエルフの系譜になるらしく、ことさら薬草については詳しくても不思議はなかった。というわけで、暦が一つ問いかける。
「この薬草……どれぐらい知っています?」
「数年前に事件になった程度は。後は一般的に知られている薬害ぐらいしか」
「……」
ごめんなさい。その事件を知らないです。暦は女の子の言葉にそう思う。そもそも当時エネフィアに居なかった以上、これに関しては仕方がないだろう。というわけで、暦はすぐに気を取り直す。
「えーっと……取り敢えず。薬草に関しては許可は出ているんで、気にしないで大丈夫です。そういえばエルフ……ですよね?」
「混血ですが」
「ならこの薬草とかって見てわかったりします? もしくは何か感じ取れたりとか」
「一応は毒草の類になるので、触れればわかるかと」
「「なるほど……」」
暦もアリスもエルフにはそんな芸当が出来るのか、と少し感心したように目を見開く。実際、ここらの種族に特有の力に関しては二人もあまり知らない。一応ユリィから妖精族やソレイユからハーフリングの話は聞いていても、エルフの話はあまり聞いた事がなかった様子だった。
「他に誰かわかりそうな人とか居ますか?」
「魔術師の方なら……おそらく調合で使った事があるかもしれません」
「なるほど……あ、ありがとうございます。後でまた場所とかの詳しい指示は出しますので、一度戻って貰えますか?」
「わかりました」
暦の指示に、女の子が一つ頷いた。そうして部屋を後にした彼女を見送って、暦がため息を吐いた。
「はぁ……えっと。取り敢えず指示……? しないと?」
「そうですね。場所やらの話はしておかないと、現地での戦いに不都合が生じますから」
「ん……じゃあ、頑張りますか」
もうこうなった以上は腹を括った方が良いらしい。暦は先程の女の子が来た事で腹を括ったようだ。そうして、彼女らは打ち合わせをしていた部屋を後にして、初となる指揮官の仕事に本格的に取り掛かるのだった。
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