第2840話 企業暗闘編 ――情報共有――
かつてカイトが主導したヘッドセット型とスマホ型通信機の開発への協力。それによりエネフィアでは技術革新と文化の変化が起きて、この両者が通信機における主流となっていた。
が、その結果として彼や彼の率いる冒険部、ひいては天桜学園は変化によって利益が奪われた一部企業から恨まれる事になり、その中に皇国でも有数の通信事業者である皇都通信が存在していた。というわけで、天桜学園より数回りも巨大な企業は相手に出来ないとカイトは色々と策を練っていたわけであるが、その最中に彼の所にエルーシャからの連絡が入ってきていた。
「おーう、オレだ。何かあったか?」
『ああ、カイト。今大丈夫なの?』
「ああ。ちょうど調べ物をしていた所でな……で、どうした?」
『パパ達から連絡来たの……何処かで会える?』
「今ウチのホームか?」
『うん』
「だったらそのままそっちに居てくれ。応接室を開けさせる」
やはりある程度時間が経過したからか、グリント商会でも情報が集まっていたらしい。まぁ、今回は明らかに商人ギルドを巻き込んだ厄介な話なのだ。放置していられるわけもなく、急いで動いていた事は目に見えていた。というわけで、カイトはギルドホームの応接室を手配すると即座にそちらに移動する。
「すまん。待たせた」
「ううん……最近本当にそっちは忙しそうね」
「なにせ当事者になっちまったからな。皇都通信なんぞとやりあってられるか、ってんだ」
基本、先にカイトも告げた通り変な噂に踊らされて馬鹿を見るのが今は一番怖い状況ではあった。なのでカイトは当然情報共有を密に行っており、グリント商会とヴァディム商会にも今回最大の敵にして難敵は皇都通信の研究開発部門である可能性が高い旨は伝えていたのである。
「あはは……まぁ、そうでしょうね。それで先に言っていたウチの内部事情についての話よ。ラン曰くウチの恥なので本来は外には出したくないのですが、という事だけど」
「それを言い出してたら事は収まらんし、現状はそうも言っていられんような状況だな」
「だからウチも出したんでしょうね」
カイトの指摘に同意しながら、エルーシャは少しだけ分厚い封筒をカイトへと手渡す。
「ふむ……分家の情報か。これは分家の当主……だな」
「ええ。ストレイ小父様……と言って良いのか今となってはわからないのだけど。通信事業において主導的な立場にいらっしゃる方ね。ラン曰く、父さんは身内を信じすぎるきらいがある……だそうよ」
「つまりそういうこと、と」
おそらく噂そのものは入ってきた事はあったのだろうが、身内なのでそこまでの事はしてこないだろうと考えていたのだろう。カイトはエルーシャの伝えるランテリジャの言葉にそう思う。
「そういうこと、なのでしょうね。人が良いと言えば良いのか、身内を信じてくれているのは良い事ではあるのだけども」
「どうするつもりなんだ? 流石に事がここまで至っては穏便には済ませられんだろう」
「そこで今、頭を悩ませているそうよ。通信事業は冒険者や商人にとって重要な役割を果たす。その事業を率いるストレイ小父様を切るのは難しい」
「確かにな……」
基本他者との連絡や街との連絡を取る事を軽視しがちな冒険者であるが、逆に重要性をしっかり理解している冒険者はかなり太い客になる。もしそれがギルドであれば、それだけで莫大な金が動く事は少なくないのだ。それを切る事は難しいのは当然だった。
「……まぁ、良い。兎にも角にもそこの落とし所はそちらが考える事だ。それに関してこちらは関与しない。その結論が納得の出来るものであるなら、だがな」
「それは流石に分かっているでしょう。そのためにランも居るんだから」
「それなら結構」
ランが居る。それは冒険者ギルドであるカイト達からの見え方などをアドバイスするためだ。ここで処分で面倒だったのは、やはり冒険者は血の気が多い事だろう。
下手を打ってしまうと流血沙汰にもなりかねないのだ。冒険者に対する理解のあるランテリジャが当主に意見の出来る立ち位置に居るというのは、グリント商会にとって何より有り難い事だっただろう。
「ええ……で、そっちは?」
「こっちは次の動きを促すために釣りをする事にした。後は餌を見た皇都のギルドがどう出るか、という所だな」
「出てきそう?」
「一度ぐらいは出てこないと、奴らも動くに動けん。こちらとて打って出るにしてもどの程度の本気度かを測らないとどうしようもないしな」
現状はお互いに相手の戦力を測り、出方を伺っている状況だ。カイトはそれ故にこそ相手の本気度を見極める意味も含めて今回の釣りをするつもりだった。
「だからこそ、今回の餌には敢えて釣られてくるだろう。無論釣られただけだとアウトだから、何かしらの撤退出来る作戦は用意してくるだろうが」
「それに対してなにか対策は?」
「撤退に対しての対策は難しいが、襲撃に対する対策はしっかりとしている……少なくとも次の襲撃に対して二の足を踏ませるぐらいにはな」
これで冒険者ギルドが引いてくれるのなら、後は皇都通信やヴァディム商会に敵対する商会やらに裏から圧力を掛けるだけで良い。カイトはそう考えていた。
実際、彼にとって何より厄介なのはマクスウェル進出を狙う冒険者ギルドだ。こちらを放置して冒険部、引いて天桜学園に被害が出れば各国からの笑い者になってしまう。これだけは避けねばならなかった。
「そういえば……皇都通信の本部の経営陣は何を考えているの? 放置して良いとは思えないのだけど」
「放置だ……失敗するだろうと思っているらしい。まぁ、実際失敗はして貰うんだが」
「こっちに丸投げと」
「どうせ成功しようが失敗しようが退任は確定しているんだ。彼らからしてみれば正しくどうでも良い話というわけだ。よしんばマクダウェル家や皇国からなにかを言われても責任者に責任を取らせた、もしくはすでに退任が決まった奴が暴走しただけ。我々もそれを危惧していた、と言えばそれ以上は何も言われないからな」
驚きながらも深い溜息を吐いたエルーシャに、カイトはやれやれと肩を竦める。実際、皇都通信の他の経営陣からしてみれば業績悪化で退任させる奴が勝手をしたというだけだ。
まるっきり放置をするつもりもないだろうが、相手は自分達も恨んでいる可能性もある。下手に刺激しないように、と考えても不思議はなかった。
「一応、ある情報源からの話だとおそらく今回の噂の出処が皇都通信だと流したのはその経営陣の可能性が高いそうだ。が、これ以上の関与はしてこない可能性は高そうだな」
「後は自分達でなんとかしろ、と」
「そういうこと……まぁ、ある程度敵の概要は見えてきた。思った以上に大組織ではあったが、手の施しようがないような状況というわけでもない。後はヴァディム商会を狙う連中がどう動くか次第だが……」
「それについて連絡は?」
「今のところはまだだな」
エルーシャの問いかけにカイトは再度肩を竦める。実際、彼としてもそちら側の動きを知っておきたい所なのであるが、先に聞いた所によると敵対している所が多く割り出しには時間が掛かっているそうであった。ここらも狙ってヴァディム商会も巻き込んでいたのであれば、やはり敵はあっぱれというしかなかった。
「そう……今のところ私になにかしておく事はある?」
「いや、暫くは現状のまま待機の方が良いだろう。下手に一人で動いてしまうと、それを好機と狙われかねんからな」
「流石に私もギルド相手になると少し自信無いわね……お師匠さまが助けてくれるとも限らないし」
並かそれより少し強い程度の冒険者であれば何十人と相手に出来るエルーシャであるが、それでもギルドを相手にするつもりはなかった。集団戦が出来る奴に単独で挑む不利は彼女も理解していたのだ。
「ま、後はこっちの釣りの結果を待ってくれ。それに応じてはそちらにも動いてもらう事があるかもしれん」
「そう……わかった。そのつもりでもう暫くは居候させて貰うわね」
「あいよ。取り敢えず情報サンキュな」
「良いってこと」
今回の目的はあくまでも情報共有だ。なのでそれが終われば話はおしまいだった。というわけで、カイトとエルーシャはそれで応接室を後にして再び各々の活動に戻る事にするのだった。
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