第2837話 企業暗闘編 ――仕込み――
かつて異世界に転移してしまった天桜学園が組織として発足するにあたって、初期費用として活用されたヘッドセット型とスマホ型通信機への開発協力。この二つは天桜学園の組織としての滑り出しを順調に行わせ、今なお様々な活動における資金源として重要な役割を占めていた。
そうして運用が開始されて二十数ヶ月。この当時最善の一手であったはずのこの行動が回り回って皇国でも有数の大企業である皇都通信という企業の暗躍を生じさせる事になり、カイトは各方面に手配を行っていた。
というわけで、皇都の古馴染みの冒険者から情報を手に入れた彼はユーディトの助言もありマクスウェルに帰還すると、一度冒険部のギルドホームに顔を出して瞬からの報告を受けて、すぐに次の行動に取り掛かっていた。そうして数日。彼は諸々の手配を終えていた。
「良し……これでおおよそは大丈夫か」
「仕掛けてくるか?」
「仕掛けてはきたいだろう。情報として知っているのと、実際に肌身で感じるのはまた違う。わかるだろう?」
どこか訝しげな瞬の問いかけに対して、カイトは少し笑いながらそう問いかける。これに瞬はわかる気がしたようだ。すぐに頷いた。
「そうだな……確かに聞いて知っているのと、実際に戦ってみてわかっているのは違うか」
「そうだ。ランクの等級上ランクCであっても、実際にはランクBにも匹敵する冒険者なんてごまんといる。ウチがそれに属するのかどうか、というのは実際に戦ってみない事には何もわからないんだ」
「そうか……確かにそれなら実際に一度ぐらいは戦わないと、次に繋ぐ事も出来そうにないのか」
もし自分が相手の立場になっていたとて、おそらくはそうしただろう。瞬は改めてしっかりと説明され、敵の動きは冒険者であれば至極当然の事だろうと理解したようだ。というわけで、そんな彼はそのままカイトに問いかける。
「だが、それならどうするんだ? ウチの方針は敵もわかろうものだろう? 何度かお前がユニオンの会報のインタビューを受けているのは向こうも知っているはずだと思うが」
「上が習得し下に……そして大きな依頼では部隊制度という二つの柱だな」
ユニオンの会報に冒険部の運営方針が載せられた経緯であるが、これはバルフレアの要望がかなり大きかったらしい。まともな組織運営なぞ出来ていないのが基本な現状を嘆くバルフレアに頼み込まれ、カイトも断るに断れなかったらしい。
「そうだな……だから調整はかなり苦労した。ソロで受けるには大きい依頼だが、同時にギルド外とは関わらない程度の依頼が必要になった」
「……つまりは?」
「3~4人程度で受けられる小さくも大きくもない依頼が必要だった、というわけだ」
「その領域というと……上層部を通さないでも良い程度の規模か」
「そ……とはいえ規模が小さいわけでもないから、内容如何では冒険部指定がされやすい傾向がある。まぁ、そこから振り分けがしてくれるから実際にこっちに来る事は珍しいがな」
これは実はなのであるが、基本的に依頼するギルドを指名すると紹介料が割高になる傾向がある。なのでユニオンはそういった依頼先を指定する依頼人に対して他の冒険者で可能かどうかを教えてやり、それを踏まえてどうしてもと指定されるのであった。
前に冒険部が指定され軍が動く事になった依頼はまさにその冒険部である必要の無い依頼だった。が、今回はその例外の依頼を待っていたのであった。
「その珍しい依頼を待っていた、と」
「そういうこと……まぁ、少し悪いが囮として使わせて貰う。相手も何があっても逃げられる体制は構築した上で攻めてくる……だろうが」
「歯切れが悪いな」
「存外、馬鹿な冒険者も少なくないのが現実だ。なので本当に考え無しに突っ込んでくるという事もあるから始末が悪い」
どこか呆れるように笑いながら、カイトは肩を竦める。何より協定を結んでいるからと助けが乞えるわけではない。普通に見捨てられる可能性の方が高かったし、生け捕りにされるぐらいなら殺していくぐらいはしてくるだろう。
「まぁ、それならそれで良い。向こうは亀裂が走るだけだし、見捨てられるだけならこちらが情報を手に入れられるチャンスだ。そうでないなら普通の結末になった、というぐらいだしな」
「そうか……だが大丈夫なのか?」
「大丈夫になるようには手配をしている」
「ふーん……だが人選はどうするんだ?」
「そこもちょっと考えている」
当然だがここで人選を失敗しても今度は依頼の面で被害が出るだけだ。というわけでカイトも何かしらは考えているのだろう。そして別に隠しているわけでもなかったのか、彼は普通に教えてくれた。
「ここ暫くで新しく入ったメンツで一度組んで依頼をしてもらおうと思ってな。遠くからもちろん観察はさせてもらう、という体での動きになるが」
「そういえば定期的にやっているあれか」
「そ。そろそろ良い塩梅に時間が経過したから独り立ちさせて大丈夫か確認、という所だな。まぁ、そろそろ若干の形骸化している所が無いではないが」
「基礎が出来ているかどうかは重要だろう。基礎が出来てこその応用だからな」
「そうだな」
この独り立ちさせて大丈夫か確認するという取り組みであるが、一見すると正しい行動に思えるだろう。が、実はこの取り組みは天桜学園から新しく加入した学生向けに組まれていたものであり、比率であれば圧倒的に――というかこの数ヶ月はほぼ居ない――エネフィア出身の冒険者が多数を占めるようになった現状では形骸化せざるを得なかったのである。
が、瞬の言う通り基礎が出来ているかの確認には使えるし、少し形を変えて冒険部でのやり方に慣れたか確認するにも役立った。なので今でもこの取り組みが行われていたのであった。と、そんな事を思い出した瞬がはたと気づいた。
「ん? だが確かあれは……確か今はどちらかというと先輩が後輩の面倒を見れるか、という点の確認の面が強くなかったか?」
「そうだな」
「……お前が行くのか? 警戒されないか?」
「オレが動けば当然のように警戒されるだろ。流石に行かないさ」
それはそうだろう。カイトの返答に瞬はそう思う。とはいえ、だからこその仕込みを行っていたのだ。
「今回はアリスと暦の二人に教導を頼もうと思っている」
「……あの二人か?」
「ああ」
「大丈夫なのか?」
アリスと暦と言えば共にカイトの弟子として動いているわけであるが、同時にそれ故にこそ上層部の面々からは後輩分として扱われている事が多かった。実際、二人共年齢は一個下だ。エネフィアならそうでなくても、冒険部の上層部ではそう思われても仕方がないだろう。とはいえ、これにカイトは笑った。
「いやいや……二人共もう十分並以上の実力は持っているし、経歴としても冒険部基準でも割りと古参だぞ?」
「そ、そういえばそうだったか」
「そういうこと。そろそろ部隊を統率する経験を積ませておくのも良い頃合いだ。まぁ、人数はそんな多くないし、難易度としても高くはない。依頼にも裏は無いから、その確認としても十分に使える」
「その上で襲撃してくるなら囮として使ってしまおう、と」
「そういうことだな。それに万が一の場合にもオレが介入する理由には十分過ぎる。オレがどう動くかみたい、という奴なら絶好の機会とするだろう」
「そ、そうか……」
相変わらず色々な事を考えているやつだ。カイトの返答に瞬は思わず頬を引き攣らせる。が、そんな彼がカイトに問いかけた。
「だが……大丈夫なのか? 天道やらが色々と言いそうなものだが」
「……それはわかっている。なんとか説得はする」
これは意外かもしれないが、暦は後輩分として瞬やソラから扱われているが、同時に桜らからは妹分として扱われている。なのでその妹分を危険に晒す以上、後になってわかると何を言われるかわかったものではない。とはいえ彼自身、別の懸念もあったので教えるつもりではあった。
「まぁ、どうにせよ教えないつもりはなかったから自分達の身を自分達で守る程度は警戒させるつもりだ。ただ新参組には教えないようにも告げるつもりだからな。流石に教えると警戒されるし、そうなると強襲に切り替えられない」
「そうか……まぁ、お前が考えているなら下手に口出ししない方が良いんだろう」
カイトの事なので何が起きても大丈夫なように色々とはしているだろうし、何より彼自身即座に動けるようにはしておくつもりではあるのだろう。瞬はそう理解していた。
というわけで、カイトはその後は自身が出ている間の別の所でトラブルが起きた場合に関して瞬に伝達し、後を任せてこちらの支度を続けるのだった。
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