第2835話 企業暗闘編 ――仕入――
かつて天桜学園とヴィクトル商会主導の下開発されたヘッドセット型とスマホ型通信機。このどちらも現在のエネフィアでは主流になりつつあるモデルであり、運営を開始したばかりの天桜学園に初期費用として莫大な利益をもたらす事になっていた。
が、その変革により既得権益を失った企業の一つである皇都通信から狙われる事になってしまったカイトであったが、彼は皇都通信が皇都に本拠地を置いている事から皇都に入って貴族として情報を統括。対応を行っていた。そんな中で彼はユニオンからの情報を得るべく、自身が持っていた古い伝手を使って情報を集めていた。
「なるほどね……まぁ、そりゃそうかと言われりゃそりゃそうか」
「そりゃそうだろ。お前さん、クズハちゃん達がどれだけ苦労したと思ってるだ」
「わーってるよ。オレ達が10年掛けて築いた物。ウィルにルクスにバランのおっさん達が半世紀守り抜いた物……それをあいつらは250年守り抜いた」
古い馴染みの冒険者の言葉に、カイトは穏やかな様子で笑う。そんな様子に、古馴染みの冒険者は少しだけ苦笑混じりに謝罪する。
「……すまん。お前も去りたくて去ったわけじゃないな。まぁ、そんな感じで今のマクスウェルってのは金銀財宝ザックザクってお宝の山だ。それもほぼほぼ手付かずだったな……バランタインの旦那というか、あの小倅が<<暁>>の支部を神殿都市に置いたのも悪かったが」
「でかい依頼は<<暁>>が。細々とした依頼は個別の冒険者が受け……まぁ、非効率は非効率か」
「それでも、誰も文句は言えなかった。バランタインの旦那の名は無茶苦茶デカい。あの当時もし旦那に喧嘩を売ってりゃ、元奴隷だった奴から闇討ちされたって不思議はなかった。今は殴られる程度で済むだろうがな」
「そりゃ盛り過ぎ……ではないんだろうな」
「じゃないな」
普通に考えればありえないだろう、と盛大に苦い顔で笑うカイトであるが、一部では信仰の領域に到達してしまっている自分達の事を考え存外あり得ないわけではないと理解もしていた。
実際、ウルカでカイトとバランタインの名を貶める行為をすれば表通りは歩けない、とは子孫であるバーンタインの言葉だ。それが現実だった。というわけで、改めて現実を再認識した彼に古馴染みの冒険者は気を取り直す。
「まぁ、良い。話を戻すぞ……さっきも言った通り、マクスウェルってのは冒険者から見りゃ手付かずの財宝の山だ。そういう意味で言えば、お前さんはさすがだ。<<暁>>はまぁ、別にしても。他の連中が持ってた利益をほとんど食わず回してるんだからな。それどころか、新たな財宝まで発掘してる。ユニオンとしても万々歳だ」
「それがうまく生きるやり方だってのは嫌というほど学んだんでね」
利益を独占せず、ある程度は他の者達にも分け与える。カイトは冒険部の運営において心掛けている点を改めて口にする。そしてこれがあればこそマクスウェルの冒険者達は冒険部を受け入れていた。
自分達の利益を食い散らかされていないため、拒む理由がなかったからだ。そしてそこらはさすが為政者という所で、カイトはそこを最初から織り込んで冒険部を運営していた。というわけで、これまら苦笑していたカイトに、古馴染みの冒険者が笑う。
「はははは。苦労してやがんな。良いこった」
「こんな苦労、二度もしたかねぇよ」
「ははは……ま、そんな感じでお前さんは今、財宝の山の上で暮らしてる感じだ。それも<<暁>>とは違って新参の小僧がな。そりゃ狙いたいだろう。その財宝を運用する苦労なんて考えちゃいないからな。いや、考えられねぇからそんな話に乗ったんだろうけどよ」
「馬鹿だねぇ」
「馬鹿だ……ま、自分達もうまくやれる、って思ってるんだろう。お前に出来たんだからな」
そんなわけないのにな。古馴染みの冒険者はカイトを知ればこそ、彼だから出来ている芸当だと肩を竦める。というわけで、そんな彼が続けた。
「そんなわきゃねぇ。そりゃ、ソロや小規模なギルドで細々やっていく分には問題ないだろうがな。多数のギルドが乱立する状況ってのはマクダウェル家が望まないだろう」
「揉めないなら良いがな」
「それが出来る俺らじゃない、ってのはお前もわかってると思うんだが?」
「あははは。いや、まったく」
金が絡めば普通の人でさえ揉める事は多いのだ。血の気の多い冒険者であれば何をか言わんやであった。というわけで、笑って同意するカイトに古馴染みの冒険者も笑った。
「だろ? ってなわけで、皇都のギルドが裏で協定を結んでるみたいだ。主導してるのがどこかまではわからなかったがな。何分俺もソロなもんでな」
「いや、協定を結んでる事までわかったらそれで十分だ。別口でも調べて貰ってるし」
「カルコスか?」
「そ。一線は退いて気ままにやってるらしいな」
「ああ。先月か。一緒に組んで仕事した。昔より活き活きしてるな、ありゃ」
これまた古い馴染みの冒険者の名を出され、二人は少しだけ笑い合う。この馴染みの冒険者は三百年前に皇都で中小規模の冒険者ギルドを率いていて、同じく皇都出身の冒険者であるカイトとは何度かやり取りがあったのだ。
今はギルドマスターを後任に譲って自身は半ばソロ冒険者として動いていたらしいのだが、古巣であるギルドにはまだ所属していたし影響力もあった。ソロにはソロでしか。ギルドにはギルドでしか手に入らない情報はどうしても存在しており、それを知るカイトは二つのルートで情報を仕入れていたのである。
「そか……あ、そうだ。それならお前、皇都の中央通りの裏にあるスピルートって酒屋知ってるか?」
「知らん。この三百年で出来た酒屋か?」
「そうだ」
「なら知るわけねぇだろ」
いくらかつて皇都に拠点を置いていたとはいえ、カイトは今ではマクダウェル領の領主だ。なのでお膝元であるマクスウェルならまだしも、皇都の裏路地までは把握していなかった。
「だろうな……そこで手に入るイノプネヴマって酒を持ってってやれ。最近のお気に入りみたいでな。ここらじゃあそこしか手に入らない」
「イノプネヴマか。また珍しい酒を」
「さすが酒飲み……知ってやがんのか」
「まぁな……ある地方に古くからある地酒だが。まさかここらでも手に入るとはな」
どうやら出された酒の銘柄はそれなりには珍しい酒だったらしい。とはいえ、それならそれで手土産――この古馴染みにも報酬と別に少しの手土産は用意していた――をいくつか拵える事は出来そうだ、とカイトは判断する。そんな彼に、古馴染みの冒険者は少し関心を抱いたらしい。
「そうなのか……珍しいのか」
「まぁ、ウチでも取り扱ってる酒屋は少ない方だ。ちょっと風味が独特でな。お前は嫌いな気がする」
「よくわかったな。ありゃあんま好きじゃない」
カイトの言葉に古馴染みの冒険者が笑う。そうして、カイトは暫くの間この古馴染みの冒険者との間で情報を仕入れていく事になるのだった。
さて古馴染みの冒険者から情報を集めてから更に翌日。ティナからマクスウェルの情報を受け取りながら皇都で情報を仕入れていたカイトであるが、そんな彼は夜になってもう一人の古馴染みの冒険者に接触していた。夜なのは単に彼が今回の一件以外にも片付けたい仕事があったので夜しか時間が空かなかった事と、相手も夜の方が都合が良かったからだ。
「おう、カイト。お前さん相変わらず苦労してるみたいだな」
「だからお前らはなんでそう人が困ってるのに楽しげなんだよ」
今度カイトが接触していたのは、先に話が出ていたカルコスという冒険者だ。彼はドワーフの冒険者で、それ故に今も生きていたのである。というわけで、彼との話し合いの場は定番の酒場だった。もちろん、カイトの全持ちである。そしてそれ故にカルコスは人の金で酒が飲めると上機嫌だった。
「がっはははは! そりゃおめぇ、他所様の揉め事ほど笑って見てられるもんはねぇだろう!」
「うるせぇよ……ああ、そうだ。こいつ手土産だ。最近好きなんだって?」
「お? おぉ! イノプネヴマか! お前さんの所で飲んだこいつが忘れられねぇでな! 馴染みの酒屋に頼んで仕入れて貰ってたんだ! 悪いな!」
「ウチで飲んだのか」
このイノプネヴマという酒であるが、先にカイトも述べている通りここらで取り扱う店は非常に少ない。おそらく酒場では出ないだろうほどではあった。が、カイトが治めるマクダウェル領では酒好きである彼の事もあり珍しい銘柄を取り扱う酒場も多く、イノプネヴマも取り扱いがあって不思議はなかった。
「おう……で、ちょうど今の備蓄が切れた所でな。助かったわ。うお……まじか。よくこんな量手に入ったな……」
「これだけありゃザルのお前でも一ヶ月分にゃなるだろ……で、報酬に色……いや、酒か。酒も付けてやったんだ。情報は入ってるんだよな?」
「おうよ。ほらよ」
「っとぉ……思ったより分厚いな」
酒を貰って上機嫌なカルコスから渡されたのは、少しだけ厚みのある封筒だ。今回この二人に依頼したのはこの二人が冒険者の中でも比較的書類仕事にも長けている――カルコスの場合はギルドとしてだが――ことから、こういった情報収集では書類を添付してくれると判断していたからだ。というわけで、そんな書類の分厚さに驚くカイトに、カルコスは告げた。
「各ギルドのギルドマスターの写真と、ランクB程度の小僧共なら注意する必要のある連中の写真を添付しておいてやった。後は入ってきてる情報の中にいくつか気になる物もあった」
「気になる物?」
「ああ……何人かはマクスウェル入りしてるみたいだぞ」
「マジか」
当たり前であるが、マクダウェル領は犯罪者でなければ出入りは基本自由だ。そして知ったのは今しがただ。誰に入り込まれていても不思議はなかった。
「まぁ、後はお前さんで調べられるだろ」
「まぁな……わかった。助かった。現状、放置して下手にけが人とかが出ると各国の笑い者でな」
そこを気にしない奴が裏に居るから面倒でならん。カイトはカルコスに対してそう告げる。そうして、カイトは報告書について一通り目を通して、聞きたいことなどを聞いてこの日の夜はカルコスの飲みに付き合わされる事になるのだった。
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