第2834話 企業暗闘編 ――陽動――
かつて天桜学園とヴィクトル商会主導の下開発されたヘッドセット型とスマホ型通信機。このどちらも現在のエネフィアでは主流になりつつあるモデルであり、天桜学園に莫大な利益をもたらす事になっていた。
が、その変革により既得権益を失った企業の一つである皇都通信から狙われる事になってしまったカイトであったが、そんな彼は皇都通信の成り立ちから皇都とマクスウェルを行き来しながら対応にあたる日々を過ごしていた。
そんな中、依頼で大規模な遠征を行っている瞬はというとティナより地中の魔物を発見する魔術を学び、合わせて皇都通信の依頼を受けた某による襲撃を警戒していたわけであるが、それを囮にしてカイト達は周囲の状況を確認させていた。
『存外、動かんもんだな。襲撃するには割りと良い好機だと思うんだが』
「好機には違いあるまいが……うむ。万が一の場合にはヤバかろう」
『まぁ……それは否定せんが。そこまで敵も馬鹿じゃない、か』
ティナの言葉にカイトは少しだけため息を吐いた。彼としても襲撃が無いなら無い方が有り難い。何度も言われているが、今回の一件で冒険部、ひいては天桜学園の人員に被害があった場合は各国の笑い者だ。それだけは避けねばならない彼にとって、襲撃は起きない方が良いものではあった。
「そうじゃろうて……で、情報は集まっておるのか?」
『集まってはいる……どうやら本社側は関与していないっぽいな』
「やはりか」
今回の一件に関してであるが、ティナはグループとして皇都通信が関わっている可能性は薄いと見ていた。明らかに手を出した方が不都合が多いグループ企業があったからだ。とはいえ、同時に莫大な不利益を被った所があるのも事実ではあった。
『ああ……今回の一件に首謀者として考えられるのは皇都通信のグループ企業の内、製造開発を行う企業の可能性が高そうだ』
「そこは想定通りじゃのう。もう少し面白みがあっても良いんじゃが」
『あられても困る……が、順当と言えば順当か。で、流れてきた噂によるとエピキシリ代表が首謀者じゃないか、という所だ』
皇都のカイトは通信機の先でコンソールを操って、自身宛に取りまとめられた資料をティナに提示する。そこには今回の一件で首謀者と目された老年の男性の姿が写っていた。と言っても真っ当に撮影されたものではないらしく、隠し撮りの写真だった。それを見ながら、ティナが小首を傾げる。
「エピキシリ? 交代予定の代表ではないか」
『ああ……まぁ、オレも皇都の事で少し小耳に挟んだ程度だったんで忘れてたんだが、前回の半期決算で利益の大幅な減収が確定して代表を下りる……いや、下ろされる形になってたみたいだな』
「下ろされる、のう」
『ああ……元々企業としての利益は低迷していたらしい。そこで起死回生の一手を模索していたそうなんだが……』
言ってしまえば間が悪かった。カイトはそんな様子を滲ませながら、件の老年の代表の事を語る。そんな彼にティナが問いかけた。
「起死回生の一手とやらに目算は?」
『なかったんじゃないか、というのがおおよその目算だ。なので代表を下ろされるのは早かれ遅かれ、という所だったんだろうが……』
「そこに余らが開発したヘッドセット型とスマホ型があり、一気に市場が変化。下ろされる形となったと」
『表向きは変化する市場ニーズに対応するために新しい風をという事らしいけどな。本当によく言えば、という所でしかない』
ティナの言葉に対して、カイトはくすくすと肩を震わせる。これにティナが肩を竦める。
「それはどうでも良い……取り敢えず。対応の見込みは?」
『今はまだ無い。確定しているわけでもない……高確率ではあるが、という所か。今は代表の近辺を探って噂の真偽を確かめているのと、もしそうであった場合にどこの冒険者と繋がっているかを確かめている最中だ。が、やはり通信機を開発しているだけあってこちらの傍受は警戒されているみたいでな』
「地道な調査になるしかない、か。ま、それは仕方があるまいて。こちらはこちらで警戒を続けさせるが故、お主はさっさと情報を集めてこい」
『あいよ』
兎にも角にも相手が大きすぎてまともに戦うわけにはいかないのが現状だ。そして情報も無いため、情報を集めて次を考えるしかなかった。というわけで、再び情報収集を行うべく身分と姿を変えて立ち回りを開始するカイトの一方。ティナはというと再び周囲の警戒を開始する。
「存外、余ら……いや、この場合は冒険部という組織か。それもかなり警戒されてるのやもしれんのう」
「イエス。警戒網に穴が生じているのに手を出していないとなると、襲撃した所で痛い目に遭うと思われているのやもしれません」
「かもしれんのう……もし仕掛けて来れば生け捕りにしてやろうと思うておるんじゃが」
実のところ、ティナであるが彼女はマクスウェルではなく瞬らが仕事を行っている森の少し離れた所に最新鋭の飛空艇を待機させ、そこに居た。所詮映像なぞどうとでも偽装出来るため、瞬との通信の間は背景をマクスウェルの研究室を偽っていたのだ。とまぁ、それはさておき。襲撃してこないかな、と思うティナにアイギスが告げる。
「おそらくそれを警戒しているのかと。ランクSクラスの冒険者を差し向けられるのならまだしも、ランクBかそれ以下になれば現在の冒険部は抜けないでしょう。特にアルフォンスさんとリィルさんの同行があればなおさらかと」
「ふむ……確かにのう。その両名に加え、上層部の中でも武闘派が集う部長連が主導しておるのであれば一当ても厳しいか」
思えばガチガチに武闘派の面々が今回の依頼では集まっている。特に瞬や藤堂、綾崎らはギルド内部でもトップクラスの実力者で、瞬以外はランクBの冒険者だ。並のギルドであれば、襲撃は二の足を踏んだ。というわけで、襲撃が起きそうにないと判断したティナにアイギスは続けた。
「イエス……さらに言えばもし襲撃を仕掛けた場合、武蔵様の一門による報復も考えられます」
「む?」
「元剣道部の部活生を筆頭に、一部のギルドメンバーに関しましては武蔵様より教えを受けております。そして存外、一門同士の繋がりは強い。下手に手を出して武蔵様の門弟より報復を受ける事態になれば、目も当てられないかと」
「なるほど。それは大いにあり得ようて」
そうなれば大ギルドでもひとたまりもないだろう。ティナはアイギスの指摘に肩を震わせる。武蔵の門弟には冒険者として登録していないだけでランクSにも匹敵し得る猛者が何人も在籍している。
そして武蔵が現在教えている以上、何人かの門弟は彼と共に冒険部の人員の指導を行ってくれている。そういった兄弟子達は当然、自分達が面倒を見ている弟弟子達が不当に襲撃されれば黙ってはいられない。それ故の兄弟子だ。そこに他の門弟達も加われば、並のギルドなぞ吹けば飛ぶ程度でしかなかった。
「ということは、今回は襲撃は起き得んと見て良さそうか」
「イエス……が、どこかには監視者が居ると思われます。そうでないと判断は出来ないでしょうから」
「確かにのう……ふむ。外は無いか。マクスウェルの中……じゃのう。少しこちらも情報の洗い出しをした方が良いやもしれんか」
これはカイトの方針なのであるが、実は冒険部のギルドホーム周辺は多種多様な密偵達が潜んでいる。全部に対処するにはあまりに面倒だったからだ。そして基本一度退けたからといって、次が来ないとは限らない。そのイタチごっこになるぐらいなら無視としたのだ。となると、その中のどこかに皇都通信と繋がっている者が居る可能性は高かった。
「イエス……どうします? ドローン出します? 非魔術のドローンならバレないかと」
「そうじゃな。ちょうど小型ドローンの試験運用をしておきたい所じゃったから、それで探らせてみるか。まぁ、魔術を使わぬが故に魔術で傍聴対策を施されると聞けぬのが難点のドローンじゃが」
「イエス。ですがそこは別の方法があるかと」
「ま、そうじゃな」
魔術を使うのであれば、今度はティナの魔女としての本領発揮だ。後はどうとでも出来る。というわけで、ティナはこれ以上の監視は不要と判断し後を公爵軍に任せると、自身はマクスウェルに帰還して冒険部のギルドホーム周辺の確認に入るのだった。




