第2833話 企業暗闘編 幕間 ――森の中で――
かつて天桜学園とヴィクトル商会主導の下開発されたヘッドセット型とスマホ型通信機。このどちらも現在のエネフィアでは主流になりつつあるモデルであり、天桜学園に莫大な利益をもたらす事になっていた。
が、その変革により既得権益を失った企業の一つである皇都通信から狙われる事になってしまったカイトであったが、そんな彼は皇都通信の成り立ちから皇都とマクスウェルを行き来しながら対応にあたる日々を過ごしていた。
というわけで、彼が各所を回って情報収集や根回しにせわしなく動いていた頃。瞬はというと、軍の不正を受けて出された依頼により森の掃討作戦を担っていたわけであるが、その中でアルからの指摘により瞬は地中に潜む敵のあぶり出し方法をティナから習得していた。
「……ふむ」
なにか変な感じだ。先にティナに行った問いかけにより地中の敵を確認する方法を習得した瞬であったが、やはり今まで空気中を中心として確認していたからか地中の感覚は少し戸惑いが隠せなかったようだ。
「……何か違いがあるんですか?」
「ん? あぁ……なんというかいつもはその……なんて言うんだ? 触れたという感覚があるんだ。おそらく空気中で何も無い所に敵が入ってきたからそう感じるんだとは思うんだが……今はなんというか……常に触れている感覚があって、少しむず痒い」
「むず痒い……」
少しだけ困ったように笑う瞬の言葉に、藤堂は小首を傾げる。とはいえ、これにはやはり使っている技術の差も大きかった。
「いや、おそらくこれは俺だけなんだろう。兼続達が使っているのは確か雷系の魔術を利用したものだったな?」
「ええ。それを電磁波として放ち、反射を検出するというような感じですね。まぁ、実際には検出も全て魔術側でやってくれますので特に何かあるというわけでもありませんが」
「それで言えば、今後はこの技術を応用して地中のなにかしらの物体を検出出来る魔道具でも作って貰っても良いかもしれんな……」
藤堂の返答に、瞬はそんな事を呟いた。とはいえ、これはそもそも今する話ではなかったし、今したい話はこれではなかった。
「まぁ、それは追々としておきましょう。貴方は違うんですか?」
「ああ。俺は<<雷炎武>>の応用で、検出できるエリアを伸ばして、その代わりに反応速度やら様々なもののスペックを落とした物だ。だからいつもより遥かに感度は低いんだが……」
「それでも感覚を伸ばしているに等しいから少しむず痒い、と」
「そういう事だな……どちらが良いかとは一概には言えんだろう」
藤堂の発言に同意した瞬であるが、彼はそう言って笑う。これは当たり前の話で、反応し過ぎても駄目だし反応しなくても駄目なのだ。程々のラインの見極めがまだ出来ていなかった。そしてこれは当人もわかっており、むず痒い思いはしながらも自らが未熟故に、と諦めが滲んでいた。
「戦闘を考えるならそちらの方が良い気はしますが」
「戦闘を考えるにしたって、俺達の力じゃ100メートルも攻撃は届かせられないだろう。そんなほとんど攻撃力もなくなってしまうような距離の敵を掴めてもさほどな」
ここで瞬達が述べている攻撃はあくまでもその次や更にその次を見据えて攻撃する場合の攻撃という話で、この一撃で仕留めきるという一撃を想定してのものではない。何より100メートル先の敵に向けて攻撃を放った所で大半回避されるのが関の山。こんな想定はほとんど意味がなかった。
「それは確かに……となると、やはり広域ではこちらの方が良いですか」
「そうだろうな……まぁ、それでも掴めて損は無いが……いや、やはり地中で100メートルの範囲を探れても攻撃する手段が無い。知った所でどうするんだ、という話か」
どうやら色々と瞬は考えてみたものの、最終的には100メートル先の敵を掴めても攻撃は出来ないので掴める事を主眼にしようと考える事にしたようだ。
「そこの所、ミストルティンさんはなんと?」
「ユスティーナの奴にも同じ事を言われている。知った所で攻撃する手段はあるまいて、というようにな。まぁ、あいつなら百個二百個あるんだろうが」
「魔術師と近接戦闘を行う我々を同じ土俵で比べても、ではないでしょうか」
「そうだな。比べるだけ無駄だ……というわけで、俺も掴むだけにしておこう。となると、更に色々と改良しないとな……」
結局ユスティーナの言う通りになってしまったか。瞬は内心で少しだけ照れたような笑いを浮かべながらも、気を取り直して魔術の改良を開始する。そうして、彼らはこの日一日を掛けて地中に敵が潜んだ場合のあぶり出し方法を習得するのだった。
さて明けて翌日。この日も朝から周囲の警戒を行いながら森の掃討作戦の後半戦を行っていたわけであるが、この地中の敵を探知する魔術の習得は何も敵対する冒険者のあぶり出しに使うだけのものではない。なので今まで冒険部が苦手としていた地中の魔物を事前に察知し、逆に先手を取る事も可能にしていた。
「む……」
なにかが居るな。基本総隊長として遊撃の仕事を行っていた瞬――いつもなら一番隊を率いる事が多いが、今回は状況からアルらと共に遊撃を担っていた――であったが、少し強い魔物が出たという報告からの帰り道に足を止める。
『どうした?』
「いや……何か少し大きめの反応があってな」
『……敵か?』
「敵は敵だろうが……人じゃないな。流石にこの大きさの人なんて常識はずれも良い所だろう」
綾崎の問いかけに対して、瞬は少しだけ笑って首を振る。というわけで足を止めた彼は周囲を見回して冒険部のギルドメンバーの姿が近くにない事を目視で確認する。
「周囲は……大丈夫そうだな。綾人。そう深くはないから、結界に反応する可能性が高そうだ。結界を展開した時に不意打ちを食らいたくない。先に地中の魔物を潰しておく。周囲の人員が居ない事は目視で確認したが、統率は頼む」
『わかった』
「良し」
綾崎の返答に、瞬は再度周囲を確認する。森の中なのでどうしても見通しは悪く、目視した所で木々の死角に入ってしまっている事だって十分に考えられた。なので瞬は戦闘に備えて魔力で編んだ槍を握りながらも、綾崎からの最終的な返答を待つ。そうして、数分後。彼から返答があった。
『瞬。確認が取れた。やってくれ』
「わかった……ふぅ」
綾崎の返答を聞いた瞬は一度だけ深呼吸を行って、意識を集中させる。そうして彼は久方ぶりの地中の相手への先制攻撃という事もあり、基本を一瞬だけ思い返す事にした。
(地中の魔物を倒す場合、最も注意しなければならないのは地面の影響……確か砂漠なら別に気にせずドカンとやっちまえ、だったか。が、マクダウェル領ならそんな事は出来ないから技の見せ所ってもんだ……だったな)
瞬が思い出していたのは言うまでもなくウルカでのバーンタイン達との会話だ。バーンタインは神殿都市にも来ていたので、同じ様に森や地面を傷付けず魔物を倒す術を知っていたのだ。それを彼も教わっていた。
「良し……<<地中貫通槍>>」
地面に影響を与えてはならないが、魔物に攻撃は出来ねばならない。ならばどうするかというと、地球のバンカーバスターのように地中内部で破壊を巻き起こす攻撃をするしかない。
なので瞬は槍を深く地面に突き立てると、一気に魔力を注ぎ込んで槍を伸ばす。魔力の槍を使っていたのは、この伸長の面では<<赤影の槍>>よりこちらの方が有用だったからだ。というわけで地中に突き立てられ数秒で瞬く間に十数メートルも伸びた槍は3メートルほどの細長いなにかを串刺しにする。
「良し……っ! だが!」
地中の敵にうまく先手を取れたのなら次にやるべきはその場に押し留める事だ。瞬はウルカで聞いた基本を思い出しながら、暴れて地上へはい出ようとする魔物を地中に押し留める。
ここで地上に出られてはせっかく地面になるべく影響が出ないようにしたのに台無しだった。そうして押し留めた後は、倒すだけだ。
「はぁ!」
伸ばした槍に限界まで魔力を注ぎ込んで、瞬は注ぎ込んだ魔力を全て穂先に収束させる。そうして魔力を注ぎ込む事暫く。穂先は保有できる魔力の許容量を超過し、地中で閃光を撒き散らして弾け飛んだ。
そしてその余波で魔物もまたその姿を一切見せる事なく、地中で消し飛ぶ事になった。唯一瞬の交戦が見てわかるのは、爆発の瞬間にわずかに地面が浮かんだぐらいだっただろう。それぐらい一方的な戦闘だった。
「こんなものか……存外、これは使えるな」
今までは気配を読むだけで対応していた地中の魔物への対抗であるが、今回習得した魔術は感覚に依らず使えるものだ。全員が習得できれば、ゆくゆくはかなりの頻度で地中の魔物からの襲撃を回避出来そうだと瞬は内心で考えていた。
『終わったのか?』
「ん? ああ、すまん。地中なんで俺もはっきりとは言い切れんが、討伐は出来たはずだ。他の魔物の討伐を再開してくれ」
『わかった……ではまた頼む』
「ああ」
元々瞬の仕事は遊撃だ。なので必要が無い限り出る事はなかったし、何より誰かはアル達からの報告やら連絡を取りまとめる必要があった。というわけで、一仕事を終えた彼は改めて拠点に戻る事にして、他のエリアからの増援要請を待ちつつも皇都通信の襲撃に備える事になるのだった。
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