第267話 転移門
外に出ることにした二人だが、まずは一葉達の状況を見ることにする。彼女らは彼女らで、少し離れた所で試験を行っていたのである。
「どうじゃ?」
「あ、創造主様……あの、あれ……」
大分と感情が芽生えてきたことで髪色が深い水色に定着した一葉が、困った様な顔で今試験している魔導殻を指さす。
「どうしましょうか……」
「おい、ティナ。あれ、お前の所為だろ?」
そうして、カイトも指差された方角を見て、少しだけ呆れる。現在は三葉が試験を行っているのだが、その実験風景がすごかった。背面と肩に取り付けられた武装を使い、まさに絨毯爆撃とばかりにすごい勢いで上空から魔力の砲弾の雨を降らせている。
「ひゃっほー! まだまだ行くよー!」
そう言って一度停止し、両肩に装着された武装に加え、展開出来るだけの武装を全て前面に展開する。
「いっけー!」
掛け声に合せて、全ての兵装が火を噴いた。放たれた攻撃は、数百はあった的を全て撃ち抜き、消滅する。偵察型のホムンクルスとして、多数の目標をマルチロックオンできる三葉ならではの、精密飽和攻撃であった。
「デンドロもどき作るなよ……」
「非常に楽しかった! 後悔はしていない!」
最早空飛ぶ武器庫と化した三葉を見て、カイトが呆れ気味にティナを睨むのだが、そんなティナはホクホク笑顔だった。そんなティナの歓喜の声に気付いたらしい。三葉が此方を振り向いた。
「あ、創造主様! 次の標的はー?」
「む? いや、次は二葉の鍛錬をやってもらうつもりじゃ。お主の兵装は今ので全て終わりじゃろう?」
「えー、もっと撃ちたいー」
ぷくー、と頬を膨らませて不満気な顔をする三葉。どうやら、三葉はティナの望み通り、無邪気なトリガーハッピーとなった様だ。此方も感情が芽生えた事によって、髪の色は明るい茶色となり、三つ編みは解かれ、髪は短めのツインテールに変わっていた。
「いい加減にしなさい!」
「いたっ!」
そうして不満を言う三葉に拳骨を落としたのは、二葉である。此方も感情が芽生えた事によって、髪色は薄い桃色に定着し、髪は右側に纏めたポニーテールに変わっている。彼女は姉の妹の性格から、しっかりものの次女となっていた。尚、一葉の髪型には変化が無く、腰まであるロングのストレートのままであった。
「創造主様にご迷惑をかけちゃダメでしょ」
そう言いつつ、二葉は自身に与えられた魔導殻を身に着けていく。此方は三葉と異なり、動きやすさをメインとした軽装備で、幾つかの短剣や長剣を躯体の各部に取り付けている。それ以外にも取りやすい位置に双銃をメインとサブの二組取り付けており、動きながら戦える事を主眼としているようであった。
また、背後には動きを阻害しないように、かなり大型の砲門が2つ取り付けられており、いざという時のダメージ源となっている。
「はーい……」
「創造主様、特務型魔導鎧の用意完了です」
全ての準備を整えて、二葉は何時でも飛び立てる様に姿勢を整えてティナに告げる。魔導殻は魔導鎧の様に全身を覆わず、手足を延長したようなタイプだ。その結果、ぴったりとした身体のラインを強調する専用の服を着ている彼女らの身体が顕になっていた。思春期の男子生徒ならば、思わず目を背けるか、ガン見したくなる様な光景であった。
尚、これはティナの趣味ではない。この服は魔力の流れをサポートする為の物で、全て特殊な魔法糸を加工した繊維で編まれている特別製である。身体に張り付くような形状となっているのは、その方がロスなく魔力を伝えられるからである。かつてのカイトと桜の調練での理由と同じだ。
「うむ……おっと、そうじゃった。そのタイプの魔導鎧は、今後、呼称を魔導殻とし、余がそれと共に作った大型の魔導鎧を魔導機と呼称する。それで統一せよ」
「はい、分かりました」
一葉の返事を聞いて、ティナは二葉の試験用の準備を整え始め、数分で用意を終える。
「では、目標を送る……スマヌが一葉よ。少々余はカイトの魔導機の性能テストを行なうため、一度外に出る。その間のテストはお主がサポートしてくれ」
「分かりました。では、此方は引き受けます。マスター、お気をつけを」
「お気をつけて」
そう言って、一葉達が一礼する。彼女はあまり感情が表に出ないタイプでしっかりしている様に見えるが、何故かどこか一本抜けた性格となっていた。主にそれが露呈するのは熱くなった時なので、今は出ていないだけである。
「うむ、では頼むぞ……カイト、再び試作機に搭乗し、あそこの魔法陣の上まで移動してくれ。あれの上から外に出られる装置へと接続しておる」
「あいよ」
一葉達に見送られ、カイトは魔導機を指定された魔法陣の上まで移動させる。さすがに、この巨体をそのまま外に出すことは出来ないのであった。
そうして、カイトが移動し、魔法陣が起動する。しかし、その瞬間、カイトはあまり容認出来ないものを見て、目つきが変わる。現れた物は、巨大な丸い輪の様な魔道具であった。その輪をカイトがくぐると、カイトは魔導機と共に、外に転移を終えているのであった。
『……おい、ティナ』
「……やはり、気付いたか」
二人共――ティナは自身の転移術で移動した――外に出て、カイトの声音が真剣な物に変わったことで、ティナが事情を理解する。
『……今のは、<<転移門>>だよな?』
「一概には同じではないが、その亜種の亜種、劣化品も良い所のものじゃがな。あれの様な大軍勢を送り込むだけの力は持っておらん。今の余の技術力でも創れんからの」
真剣な声音のカイトに対して、ティナも真剣な声音で返す。二人が指すのは、かつての大戦において、<<転移門>>と呼ばれた古代文明の遺物である。<<転移門>>同士を結び、軍勢や物体を行き来させることのできる物であった。
先代魔王側が使っていた物は全周が100メートル程もある巨大な物で、彼等の配下を送り出し、受け入れるのに十分な大きさを有していた。先代魔王側は、この<<転移門>>を点とすれば、その点をどう結ぶかを制御する、制御装置を発掘していたのだ。これによって、彼等は各大陸にある<<転移門>>を自由に通行できるようになり、戦火が広がる事になったのである。
彼等は自由に各大陸へと侵攻し、撤退できるが、此方からは攻め込めない。中には進軍を察知し、辛くも迎撃して<<転移門>>が繋がっている間に軍勢を送り込む事に成功した国もあったが、そこで待っていたのは当然のごとく、先代の魔王を筆頭とする強力な魔族の軍勢だ。全て、圧倒的な戦力をもって、迎撃され、生きて帰った者は居ない。これを如何にして無効化せしめるか、が大戦の分水嶺だった。
『お前も知っているよな? あれが、大戦を激化させた最大の要因だぞ?』
今でも時折<<転移門>>は発掘されているが、どれも動くことはない。これらの点と点をつないでいた<<転移門>>の制御装置をカイト達の手で破壊したからだ。
尚、制御装置を奪取することが作戦総司令部からの命令だったのだが、ウィルとティナの提案で、カイト達の独断で破壊した。いくら一つの目的を共有していようと、連合軍は所詮寄せ集め。一つしか無い制御装置を巡って、何時かは内輪もめとなることが目に見えていたからだ。これは、現代の歴史家からも、同じ考察がされている。まさに、英断だった。
「わかっておるわ、そんなもん。これはお主か余の魔力以外を感知すれば、<<転移門>>ごと異空間へと放逐されるように設定しておる。その際には周囲を拘束する術式が自動展開され、周囲の不届き者共も纏めて何処とも知れぬ空間へ道連れにするようにしておる。遠隔操作でも同じことが可能じゃ。それ以外にも、各種の安全装置を取り付け、余かお主、それと一部のメンテナンス用ゴーレム達以外には近づけぬ様にしておる」
『……本当だな?』
真剣に、各種の安全装置のリストをカイトに展示したティナに対して、カイトはリストを公爵としての顔で閲覧しながら、問いかけた。
「うむ。余とて、ティスとお主の様な経験はもうしとうない。これを表に出すことはせぬよ」
悲しげな顔をして苦笑したティナに、カイトは問い直しは失言と気づく。かつての戦いで、仲間の中で最も悲しんだのはティナであった。その危険性がわかっていない筈がなかったのだ。それに、カイトが自身の不明を少しだけ恥じて、謝罪した。
『……悪い』
「何故、謝る。あの時、お主がティスを討たねば、余がやらねばならなかった。礼こそ言え、詫びられる事はあるまい」
カイトの謝罪に、ティナは微笑みを浮かべる。彼は自身に弓引き、更には全大陸に大戦を巻き起こしたのだ。戦争の、虐殺の責任として、誰かが、その首魁を討たねばならなかったのである。
だが悪い事に、先代魔王はティナに次ぐ戦闘能力と知謀、有数の技術力を兼ね備えた実力者であった。古龍さえも凌ぐその力を討てるのはカイトかティナ、この二人しか居なかった。
だが、更にここで一つ問題があった。その先代の魔王とは、ティナが赤子の時代から面倒を見た義弟であったのである。確かに、ティナの潔白を証明するのなら、ティナが討つべきだ。だが、カイトとて、自分の仲間が愛する家族を殺して苦しむ所を見たくはない。
そうして熟慮の結果、カイトが一騎打ちへと臨み、ティナの愛する男と愛する弟が殺しあう事になったのであった。
『そうじゃねえよ。疑った事だ。悪いな、疑って』
ぶっきらぼうに答えるカイトに、ティナが苦笑する。
「まあ、かと言って折角得た知識よ。使わぬのも勿体無いからの。使ったわけじゃ」
敢えて普通に振るまい、これでお終いと伝える事にして、彼女はテストの準備を始める。
もともと、彼女が<<転移門>>を発掘し、解析したのは世界各地を繋ぎ、一大交易ルートの拠点として魔族を発達させる為であった。
ティナの義弟として彼女から信用され、その手伝いをしていた先代魔王は誰よりも<<転移門>>の知識を有していた。それこそ、技術においてはクラウディア以上だ。それ故、自由自在に<<転移門>>を操れ、大戦を激化させる要因となったのだった。その技術を如何に大戦の要因とはいえ、平和利用にまで封印するには惜しすぎたのである。
「あの、お兄様、お姉様……何をなさっておいでなんですか? それと、何ですか?この大きな魔導鎧は」
実は二人が外に出た事に気付き、クズハや一部使用人達も外に出ていたのだが、二人がかなり真剣な顔で話し合っていたので、今まで声を掛けられなかったのだ。だが、ティナの顔が穏やかな物となったので、クズハが代表して問いかけてみたのである。
「む? おお、クズハか。これは余が新たに開発した魔導機と呼ぶ物でのう。少々下の実験場では試験出来ぬテスト故、外に出したのじゃ」
「……何じゃこりゃ!」
そんな所に声を上げたのは、ソラだった。クズハ達に遅れて、丁度所用で来ていた冒険部上層部の面々が、外に出て来たのである。
「おっきなロボット?」
「MSか?」
凛が見上げながら言い、翔がポカン、となって問いかける。それに、同じく魔導機を見上げながらソラが意見を述べる。
「どっちかてーと、PTとかACじゃね?……ACにしちゃ、でかすぎるか……」
「こんだけデカけりゃもうスーパーロボットだろ?」
男子陣一同がかなり興味津々な感じで話し合う。やはり全員男の子。巨大ロボットとなって興奮しない筈が無かった。
「む、皆も来ておったのか……まあ良い。これから魔導機の試験を行なう。あまり近寄るでないぞ」
そうしてティナは、全員を安全と思われる距離まで避難させ、更には周囲を結界で覆う。カイトがテスターだ。何をしでかすのか、他ならぬ彼女が一番信用していなかった。
「見るのは自由じゃが、外には出るな」
「あの、カイトくんは?」
「あ奴が操縦者じゃ」
「げ、いいなー。なあ、あれって俺も動かせんのか?」
ソラが羨ましそうに魔導機を眺める。やはり男の子。巨大ロボットへの憧れはある。ちなみに、これはエネフィアの少年達も同じでカイトの影響で冒険者と、この大型魔導鎧のパイロットが、少年達の2大憧れの職業だった。
「後、10倍程の魔力量があれば、数分ならば動かせるじゃろうな」
「んげ! まじかよ! 今で確か、始めの10倍ぐらいだよな?……ってことは、始めの100倍は無いとまともに動かせない?」
「あれは原理的には魔導鎧と同じ動作原理じゃぞ? 全て操縦者の魔力で動いておる。最低でもランクAか、Bの上位は欲しいのう。まあ、一応タンクの様に溜めた魔力で動くタイプも開発してはおるが……」
「そっちは?」
まるでおもちゃを前にした子供のように目を輝かせるソラに対して、ティナが頭を振った。
「まだまだじゃな。そもそも、あれが試作壱号機よ。タンクの奴が出来上がっておるはずがあるまい」
ティナの言葉にがっくりする男一同だが、これは魔導鎧という物の特性上、当然ではあった。搭乗者が魔力を送り込む物に比べ、機体側から制御して吸収する必要のあるタンクタイプの物はタンクの試験やそれに関わる流路の試験等が必要となってくるので、更に時間が掛かるのであった。動力炉が幾つもあると調整が面倒なのは、道理である。
『おーい、ティナ。用意出来たぞ』
そんな話をしている間に、カイトが上空100メートル程で虚空に機体を着地させる。足場は魔術で創り出した物だ。後はティナの開始の合図を待つだけであった。
ちなみに、公爵邸の周囲には塀に沿って内部の異常やこういった飛翔物が見えなくなる結界が敷かれているので、外は至って平穏である。なお、これは地下にティナの研究所を持つマクダウェル家だけだ。
「おっと、スマヌな。では、両方のボタンを押した後、余の指示が有るまで飛んでみてくれ」
『了解だ』
ティナの指示を受けて、カイトは同時に赤と青の2つのボタンを押す。すると、魔導機には赤い外部パーツが取り付けられ、周囲には魔力が可視化する。
『くぁ……やっぱ結構喰うな。でも、まだ問題があるレベルじゃないな。24時間戦えますよ?』
言葉だけを聞けば若干の疲労感が滲んでいる様な感があるが、それはただ単に吸収量が増えたからというだけだ。おそらくこのまま24時間戦った所で問題ないだろう。機体は保たないだろうが。
そんなカイトに対して、ティナが心底呆れた様な顔で、溜め息を吐いた。まあ、おそらく彼女も24時間は余裕だろうが。
「お主はほんとに……どんだけ魔力持っとるんじゃ。まあ、良いわ。では、まずは背面ユニットだけで飛翔してくれ。では、飛翔試験……開始!」
『よっしゃ!』
そうして、ティナの試験開始の合図を受け、カイトは音の壁を突き破り、魔導機を天高く舞い上がらせたのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第268話『消失』
カウントダウン、始まってました。




