第2829話 企業暗闘編 ――暗闘の開始――
賢者ブロンザイトの実弟にしてラリマー王国の重鎮であるクロサイトの訪問を受けたことをきっかけとして、ラリマー王国のお家騒動に巻き込まれたカイト。それに対する行動を起こしている最中に舞い込んだのは、エルーシャの元婚約者が自身を狙うという根も葉もない噂であった。
というわけでそれをきっかけとして様々な情報を収集すると、その噂の出処がかつて天桜学園がヴィクトル商会と共同で開発したヘッドセット型とスマホ型によりシェアを大きく奪われることになった皇国有数の大企業である皇都通信であり、おそらくシェアを奪われたことを逆恨みしてのものだと理解。カイトは皇国有数の大企業を相手に暗闘を開始することになっていた。
「ただいまー……って、呑気にしてる時間ねぇよね……」
「残念ながらな……荷物置いたらすぐに執務室に戻ってくれ」
「あーい……はぁ」
カイトの言葉に背を押される形で、ソラはため息混じりに執務室を後にする。まぁ、彼からしてみれば戻って早々に揉め事だ。しかも並の揉め事ではなく、カイトが本気で取り掛かるレベルの揉め事である。肩を落としたくなるのも無理はなかった。というわけで、カイトは戻って早々のソラに即座に冒険部の統率を引き継ぐことにする。
「というわけで、戻って早々で悪いが……良い話と悪い話のどっちから聞きたい?」
「悪い方はもう想像できてるから悪い方からで」
「あいよ……とりあえず現状に進捗は無い。が、同時に明日の朝一番で先輩が出るから実際にはお前一人で回してもらう必要がある」
「んげっ!? 想像してたのと違った!」
カイトからの引き継ぎ内容に、ソラは思わず目を見開く。そんな彼にカイトは笑って問いかけた。
「どんなのだと思ってたんだ?」
「いや……例の件でなにか悪い話があったかなー、って。もしくは皇都通信で確定した、とか」
「その程度では良い報告も悪い報告もない。ついでに言うと流石にまだ動ける段階じゃないだろう」
「なんで?」
「考えてもみろ。現状のウチの状況はどうだ?」
「え……?」
カイトの問いかけに、ソラは一度現状を見直してみる。そして彼もはたと気が付いた。
「あ。そっか……皇都通信はまだ俺たちが気付いてることを知らないのか」
「そ。オレがマクダウェル公なんて知らない。リデル家と繋がってることも知らない。相手からしてみれば、今は第一の矢である内輪もめを回避された、程度なんだよ」
「そりゃ、もし動くにしてもこれからだよな……でも多分、動きは早くなる?」
「普通は第一の矢を回避された場合、次の矢をすぐに射れる様にしておくものだ……だから次の行動は単なる決定だけになるだろうさ。その次と更に次を想定しているかどうかで、この一件に対する皇都通信の力の入れようが見えてくる」
ということは本当にこれからが本番なのだろう。ソラはカイトの言葉に僅かに身を強張らせる。今まで彼は自身より格上の猛者と何度となく戦ってきたが、今回はそうではない。組織として、圧倒的な格上を相手にしなければならないのだ。求められるベクトルが完全に異なっていた。
「ま……今回は流石に冒険部が単独で動くことはない。ウチがしっかりサポートはするから、お前はオレの代わりに冒険部の統率を任せる」
「とりあえずはいつもどおりで良いのか?」
「そうしてくれ」
とりあえずはソラにはいつもどおり冒険部を回してもらって、カイト自身は裏で動くのがベストだった。というわけで色々と引き継ぎを終わらせた所で、ソラが口を開いた。
「そういや、さっきのもう一個。良い話は?」
「ああ、それか。飛空艇の購入に関する稟議が採択された。更にもう一隻、用意が整えば購入許可も下りた」
「マジで? もう一隻はたしかに話してたけど、何も考えてなかったろ?」
「冒険部の規模と常識を照らし合わせ必要、ということで認識を共有出来た。ただ予算の関係で今すぐは無理、となったがな」
「それでも、これでリースの申請やらなんやらやらなくて良くなるんだろ? それが何より有り難いわ」
「あはは……まぁ、そうだな」
これは存外良い話だぞ。そんな様子を滲ませたソラに、カイトも笑って同意する。というわけで、一通り話をした所でこんなものかとカイトが一つ頷いた。
「これぐらいかな……とりあえず暫くはこっちを頼む。流石に今回は相手が巨大組織過ぎる」
「本当にな……とにかく早めに対応頼む。流石にいつまでもビクビクと怯えてたくない」
やはり戦略や戦術を学んでいればこそだろう。ソラはブロンザイトから個の力は当然のことながら、組織の力というものを甘くみない様に教え込まれていたようだ。皇都通信は組織として今までで一番の難敵と認識していた様子だった。
「なるべく善処しよう……で、オレはこれから出てくるわけだが、さっき言った通り先輩が明日出る。それで何時連絡があっても動ける様に注意だけはしておいてくれ」
「わかった」
瞬が明日には出ないといけないことはソラも理解していた。が、現状からそれさえ睨んでの行動である可能性は大いにありえ、瞬からの救援要請が何時あっても不思議はなかった。というわけで、自身が留守の間の様々なことを言いつけたカイトは足早に冒険部のギルドホームを後にする。
「……」
『いつもより人気者ね。往年を思い出すわ』
「よしてくれ。こんな奴らにモテたくなんてないよ」
ギルドホームを後にするなり早々に張り付いた監視に、カイトはただただため息を吐いた。なお、声を掛けたのはアルミナだ。先のラリマー王国の一件から即座にこの案件になったため、アルミナはこれ幸いと残留したのである。
『いつものことじゃない』
「だから嫌なんだよ……尾行を撒くのが面倒だ」
おそらくこちらが気付くことぐらい、向こうも承知の上なのだろう。カイトは自身に向けられる数々の視線を感じながら、ぐっと地面を踏みしめる。というわけで、次の瞬間。彼は大空へと飛び立つ。
「さて……」
これで半分程度は撒いたな。カイトは即座に上を見た監視の姿を目視で確認しながら、次の一手を即座に打つ。それは使い捨ての手投げナイフを取り出す、という行動であった。
「「「!?」」」
冗談だろう。カイトのまさかの行動に監視者達は思わず目を見開き、大慌てで身構える。そんな彼らに、カイトは容赦なく超音速で飛翔するナイフを投げつけた。
「っ!」
「何を考えている!?」
「冗談じゃない!」
身構えた監視者達であるが、まさか町中でナイフを投げてくるなんて誰も思っていなかった。が、まさか本当にナイフを投げられて、思わず悪態をつく。
虚を突かれた挙げ句、数秒で到達するのだ。どうすれば止められるか、と考えるではなくどうやって防ぐか、回避するかを考えるしかなかった。とはいえ、彼らがしてやられた、と心底思うのは次の瞬間であった。
「「「!?」」」
投げ放たれたナイフであるが、それはカイトの直下1メートル程度の所で停止。ナイフの切っ先を基点として魔法陣を生み出すと、カイトの身体を飲み込んでどこかへと消し去ってしまった。
「しまった!?」
「そういうことか!」
やられた。監視者達は普通に考えればあり得ないことなのに、カイトがあまりに自然な流れで投擲してきたせいで自分達狙いの攻撃だと勘違いさせられたことを理解する。そして、更に。この策にはもう一つ肝があった。
「きゃぁああああ!」
「何をしている!」
「おい! そいつを押さえるぞ!」
「「!」」
しまった。雑踏に紛れる形でカイトを監視していた監視者達はようやく、自分が何をしてしまったのかを理解する。それは町中で不意に武器なり魔術なりを展開するという愚行だった。
魔術の展開も大半が間に合うものではなく、隠蔽は二の次で身を守ることを優先していた。が、それは周囲からしてみれば唐突に町中でのテロ行使も同然だ。捕縛に動かれても無理はなかった。というわけで、いきなりの魔術行使に騒然となる町中を遠目に見ながら、カイトは他人事の様に呟いた。
「がんばれよー。ウチの冒険者達は強いぞー?」
『ひどいわね』
「あははは。これも作戦さ……ま、殺されなかっただけ有り難いと思ってくれなきゃな」
実際、カイトのやり方はヌルいといえばヌルかった。殺してしまうなり重傷を与えて捕らえてしまうなりした方が良いのに、逃げられる様にしていたのだ。もちろん、多くの貴族であればこの後に待ち構えるのは拷問とその後の始末という結末。生きていられる可能性なぞ無いに等しかった。
『で、これからどうするの? 流石にもう全部の監視は抜いたみたいだけど』
「とりあえず皇都の冒険者の動きを調べる。今回の一件、ウチを狙う冒険者ギルドがあると思われるからな」
兎にも角にも皇都通信以外の、それこそ実働部隊を確認しないことには対策の立てようもない。というわけで、カイトは皇都に入ることにしていたようだ。そしてそんな彼は楽しげに笑う。
「後は……皇都通信の面でも拝みに行こうと思ってな」
『なにか情報でも貰って帰る?』
「それは相手の状況次第、って所かな」
アルミナの問いかけにカイトはそう言って笑う。そうして、そのまま姿を偽装したカイトは飛空艇ではなく自らの飛空術と転移術を活用し皇都に入るのだった。
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