第2828話 企業暗闘編 ――仕事――
賢者ブロンザイトの実弟にして、ラリマー王国と呼ばれる王国の重鎮であるクロサイト。そんな彼の来訪をきっかけとしてラリマー王国のお家騒動に巻き込まれてしまったカイトであったが、それの対策の最中に今度は自身がエルーシャの元婚約者に逆恨みされ、襲撃が計画されていると知らされる。
が、それの調査を進めると今度はそれが何者かに意図的に流された嘘の情報であることを知り、更に調査を進めその何者かが皇国でも最大規模の企業である皇都通信と呼ばれる企業であることを察知。皇都通信が元国営企業であったこともあり、事態は皇国の上層部をも巻き込んだ物となっていた。というわけで、この案件への対応を開始して数日。特に何かが起きるわけではなかったが、警戒するべき事態は起きていた。
「よし……カイト。とりあえずこの依頼には出て良いんだな?」
「ああ。というより、やってもらわないと困る。一応、マクダウェル公爵軍のフォローも入るから、どこかの横槍は無いだろう」
瞬の問いかけに対して、カイトは少しだけ肩を竦める。瞬が何の準備をしていたのかというと、先だって発覚した森の掃討任務における不正を受け出された依頼だ。こちらについては状況が状況なのでカイトが数日の遅滞を認めさせていたが、いつまでも放置で良いわけがない。
なので準備は進めさせていたのだが、これ以上長引かせるわけにはいかない、とカイトもゴーサインを出したのであった。
「わかった。一応、発煙筒等の万が一の場合を報せる道具は持っていくし、竜騎士部隊もいつもどおり帯同するが……他になにか取れる手はあるか?」
「いや、今のところ取れる手としてはそれが限度だろう。一応申し訳ないとすれば軍もウチの精鋭部隊じゃなく、普通の一般兵になってしまうことではあるが……」
「それは仕方がないだろう」
僅かな懸念を口にするカイトに対して、瞬は一つ首を振った。これは彼が言う通り、仕方がないことではあった。冒険部はあくまでも一介のギルドだ。
そして今回の依頼も内々には冒険部を指定して出された依頼であるが、あくまでも特別扱いをしたわけではないという建前はある。なので出せる増援も普通と大差無い待遇しか出来なかったのだ。というわけで、理解を示した瞬は続けた。
「まぁ、それでも周囲の警戒をしてくれるだけ有り難い話ではある。それが普通の対応だろうとな」
「すまん……まぁ、アルとリィルの二人を同行させるから、万が一の場合にも大丈夫だろう。そちらについては表向き今回が軍の不正があったための監督役ということで外的にも通じるからな……二人を上手く使ってくれ」
「わかった」
なら今回はやはり当初の予定通り三つに班を分けて掃討作戦を行うべきだろう。瞬はカイトの言葉にそう判断を下す。そんな彼にカイトは改めてしっかりと念押しする。
「ああ、後それと。前にも話したが、優先するのはウチの人員に被害が出ないことだ。それさえなければ、多少の無茶はもみ消せる。というよりもみ消させる。可能な限り、ではなく絶対にウチの人員に被害は出さないでくれ」
「わ、わかった。心得ておく」
通常出るような発言ではない言葉を聞かされて、瞬は思わず頬を引きつらせていた。とはいえ、カイトからすれば本当にこの一件で天桜の人員に犠牲者が出るのは避けねばならないのだ。多少敵に甚大な被害が出ようと、圧力を掛けてもみ消すのは当然の話であった。というわけで、そんな彼はしかしと少しだけ眉間のシワを緩めて告げた。
「ああ……と言っても、流石に森を破壊とかはしないでくれよ。地形が変わっちまうともみ消しも何も無いからな」
「あはは。わかった。気を付ける」
「ああ」
どうやら少しは肩の力が抜けたようだな。カイトは自身の冗談に笑う瞬にそう思う。というわけで、その後は瞬は人員や物資の最終調整に入り、カイトはカイトでその支援を行うべくマクダウェル公として暗躍するのだった。
さてカイトがマクダウェル公として様々な状況を想定して支援を行える様に準備を行っていたわけであるが、当然それだけが彼の仕事ではない。天音カイトとしての仕事もまだまだあった。というわけで、カイトは準備の傍ら天桜学園での会議に参加していた。
「そうか……わかった。まぁ、市場の競争原理を考えればなぜと思う所ではあるが」
「ええ……とはいえ、地球でもそうである様に利益が失われてしまえばそこには恨みが募るのも無理はないことでしょう。今回はまさにそれだったのだと」
桜田校長のどこかため息混じりの言葉に、カイトもまたため息混じりに同意する。当然だが狙われているのは天桜学園としてである以上、天桜学園側にも今回の一件を報告する必要はあった。とはいえ、実はカイトはこちらへの襲撃は無いだろうと読んでいた。
「とはいえ……こちらへの襲撃は無いでしょう」
「ん? なぜかね」
「流石に相手も非武装の一般人を……それも皇国が直接的な保護を行っている所に襲撃なぞしてしまえば流石に無茶も過ぎるからですよ。まだ冒険部ならギルド同士の抗争やら色々と偽装も出来ますが……天桜で言えば流石にそれは通用しない」
「なるほど。流石にそんなことをしてしまえば皇国も隠し通せないし、マクダウェル家も沽券に関わると」
「そういうことですね」
流石に非武装の一般人に無茶をされてはカイト達ももみ消しなぞ出来ようはずもない。この場合は冒険部に死傷者が出る以上に大問題に発展してしまうことは目に見えており、よしんば皇都通信が組織として無茶を許容していてもそれは許容出来ないだろうと判断していたのである。
「とはいえ、それでも警戒するに越したことはない。マクダウェル家から追加で警護の人員を出してもらいますので、暫くは注意して頂いた方が良いでしょう」
「わかった。何から何まで手配、申し訳ないね」
「いえ。それが私の仕事ですから」
桜田校長の言葉に、カイトは一つ笑って首を振る。というわけで、この話はこれでおしまいとなって話は次の話題へと切り替わる。そして次の話題はというと、予てから話し合われていたこれだった。
「で、次の話題だが……飛空艇か。流石に手狭かね」
「流石に」
少しだけ苦笑を滲ませる桜田校長に対して、カイトもまた苦笑を滲ませる。元々カイトが飛空艇の購入を決めたのは、今の一隻だけだと冒険部の人員の輸送が出来ないからだ。というわけで、彼は一般論を口にした。
「そもそも飛空艇はギルドの所属員100人に対して一隻が妥当とされています。所属がおおよそ300人である冒険部の組織規模を鑑みれば、本来は三隻保有しているのが妥当なのです。飛空艇のリース料金も馬鹿になりませんし……」
「とは聞いているよ……ではもう一隻更に追加で買う予定はあるのかね?」
「ゆくゆくは、という所でしょうか。さっきも言いましたが、リース料金は馬鹿にならない。特に冒険者相手のリースではその活動内容から保証金がね……一応、多少の破損なら返却後に返還されますが……」
「それでも負担には違いない、か」
「はい。まぁ、相手も商売なので仕方がないことではあるのですが……」
これに関しては天桜学園側の人員全員がそれはそうだろう、と思うしかなかったようだ。なのでカイトの提案というか指摘にも誰もが僅かに苦笑し、更に追加はやむを得ないと判断してくれていた。
「流石にいつもいつも借りて、となってしまうとリース料金が馬鹿にならなくなってくる。どこかではもう一隻更に用立てて、と考えるべきなのでしょう」
「一応聞きたいのだが、二隻同時に購入することで割り引かれたりはしないのかね?」
「してくれはするでしょうが……流石に飛空艇の購入資金の方が足りませんよ」
「そうか」
これについてはどうやら聞いてみただけだったらしい。カイトの返答に桜田校長も理解を示す。そもそも今回の購入資金の大半は以前の『子鬼の王国』事件のものだ。あれは事の次第から報酬が跳ね上がったが、それでも二隻の飛空艇を買うには頭金としても足りていなかった。
「わかった。ではそちらについてはまた追々稟議に掛けてくれ。話を聞く限り、今回同様にただ追認する形にはなるだろうがね」
「いえ。それでも組織として承認されている、というのは重要なことですので」
桜田校長の言葉に、カイトは一つ首を振って理解を示す。というわけで、飛空艇の購入に関してはこれで正式決定となり、カイトは冒険部のギルドホームに戻り次第即座にヴィクトル商会に連絡を取ってそれを伝達することにするのだった。
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