第2826話 企業暗闘編 ――対策会議――
賢者ブロンザイトの実弟にしてラリマー王国の重鎮クロサイトの訪問をきっかけとして巻き込まれたラリマー王国のお家騒動。その対応の最中に入ってきた別の噂を追っていく中で、カイトはイリアから噂の出処が皇国でも有数の大企業である皇都通信という企業だと知らされる。
というわけで、流石に相手の規模とその歴史から冒険部での対応は不可能と判断。冒険部としては皇都通信の手勢による襲撃を警戒させながら、自身はマクダウェル公として情報収集と対策に動いていた。
『むぅ……』
『なんとも面倒な……』
冒険部での対策会議を終えた後。カイトが接触したのは皇国の上層部だ。流石に今回の状況は皇国として座視していられるものではなく、何が起きても即座に対応出来るように綿密に連携せねばならなかった。というわけで、緊急事態との報告で通信に応じた皇帝レオンハルトは盛大に顔を顰めていた。
『いっそ、こういう時には公がマクダウェル公でなければと心底思うがな』
「いっそ、私も無知のふりをしておきたい所です」
「『はぁ……』」
当然そんなことをしてしまえば今後待ち構えるカイトの公職復帰に良くない影響が出てしまう。カイトが有能であれば有能であるほど、公職に復帰した際に勇者カイトの有能さをアピール出来るのだ。
それはひいては彼の求心力に直結しており、皇国もカイトもそこを甘くはみていない。となると必然として、ここで面倒という感情に流されて楽を選んでしまうわけにはいかなかった。
『まぁ、良い。兎にも角にも状況は理解した。こちらも情報局を動かそう。出来るな?』
『無論です。皇通には知り合いも多い。誰がこの絵を描いて、どういう決着をつけようとしているのか探らせましょう』
皇帝レオンハルトの問いかけに、皇国内部での諜報活動を行う部署の局長がはっきりと頷いた。やはり彼らの職務上通信網は重要で、元国営企業である皇都通信には伝手があったようだ。カイトが皇国上層部との間で会合を開こうとしたのも、そういうった側面があったからだ。というわけで、そんな局長は同席していたハイゼンベルグ公ジェイクに問いかける。
『ハイゼンベルグ公。各国がどの程度勘付いているか等の調査を願いたいのですが、よろしいですか?』
『良かろう。こんなもの、各国にバレれば赤っ恥も良い所じゃ。内々に処理するに限る』
せいぜいトカゲのしっぽ程度が処罰される程度ならこの場の誰も問題視しない――せいぜい愚か者が痛ましい事件を起こしたと哀悼の意を表する程度――が、それが元国営企業で皇国を代表する企業の一つにもなると話が変わる。こんな醜聞がバレては困る、と内々に処理することを誰もが決めていた。というわけで、今度はハイゼンベルグ公ジェイクがカイトを見る。
『とはいえ……そうなるとマクダウェル公。彼らには一切の被害を出してはならんぞ。特に天桜の者達には一切被害は出てはならん』
「わかっている。もし被害が出れば日本国との問題にもなるし、そうなれば皇帝陛下が出られなければならない最悪の事態だ。いや、民間企業の場合でもそうだが……頭を下げる意味合いが変わってくる。そうならんように未然に防ぎたい」
そしてそのためにこの場を設けた。カイトは皇国の上層部に位置する者たちに対して、改めてその認識の共有を求める。そしてその言葉にハイゼンベルグ公ジェイクもまた頷いた。
『うむ……国民の代表として頭を下げるか、為政者として頭を下げるか。それで謝罪の意味合いは変わろう。各員、それを肝に銘じよ。陛下に不要に頭を下げさせるわけにはいかん』
『『『……』』』
自分達の仕事次第で最悪は皇帝レオンハルトに頭を下げさせねばならなくなるのだ。それは流石に各所の長達も避けたい事態だという認識は共通していたようだ。というわけで、誰しもの顔には真剣さが滲んでいた。
『まず情報がどこまで漏れているか。それを改めて探らねばならんだろう』
『いっそ我々が掴んだことを見せるのは? 流石に皇通もこちらが動いたと察すれば動きを止めるかもしれん』
『それが最善かは情報を集めてからにした方が良い。情報が少なすぎる。いや、それ以前に皇都通信の更に裏になにかの影が無いか調べる必要もある。よしんばもしそうなら彼らとて万が一は想定して……』
侃々諤々。流石に自分達が無能であると示すような事態は避けたい長達は即座に対策会議を開始する。というわけで、皇国としての動きは彼らに任せることにして、カイトはハイゼンベルグ公ジェイクと話を交わす。
『で、カイト。お主としてはこれからどうするつもりじゃ?』
「さっき爺も言っていたが、何が何でも死者を出すわけにいかん。しかも今回の場合、オレの近辺が狙われる可能性も高い。それが誰でも最悪は最悪だが……一番やばいのはアリスだ」
『っ……その可能性は……』
カイトの指摘され、ハイゼンベルグ公ジェイクの顔が盛大に歪む。そして歪んだのは彼だけではなかった。
『マクダウェル公……それだけは是が非でも防いでくれよ。流石に教国との間での揉め事は現状御免被りたいぞ』
「わかっております。そのためには私が直接的な警護を行うのが最良かと。幸い彼女との間には師弟関係に似た関係が結ばれております。理由を付けるのは簡単かと」
『そうしてくれ……言われて肝が冷えたぞ。だがそうか。軍の強硬派が動いている可能性もあるか』
もし軍の強硬派が狙うにしてもルーファウスは狙えない。彼の戦闘力はランクAも上位に位置しており、生半可な戦士では相手にならないだろう。よしんば暗殺を狙おうにも生真面目な性格があり、遊び呆けて隙きを見せることがない。これも難しかった。となると、狙えるのは妹のアリスだけだった。
「ええ……良くも悪くもウチは火種を抱えすぎている。普通には問題にならないのですが……」
『こういう悪意ある相手には面倒が多いか。まぁ、それがわかった上で公に対応を一任しているのだが』
良くも悪くもカイトの有能さを見込んでのことではあった。が、やはりこうやって起きてしまえば面倒だと皇帝レオンハルトもただただため息を吐くばかりであった。というわけで、この後も暫くの間カイトは皇国上層部との間でも対策会議を重ね、午前中は二つの会議で終わることになるのだった。
さてカイトが皇国上層部。冒険部上層部との間で対策会議を終えた後。カイトはというと、今度はマクダウェル家での対策会議に入っていた。
「ストラ。東町の方での情報は?」
「今のところ、そのような依頼を受けた者は入っていないようです」
「ちっ……いや、良かったと思うべきか……?」
東町に情報が入っていないということは、まだ皇都通信が差し向けた冒険者達は入っていないということだろう。カイトは情報が入っていないことを苦々しく思いながらも、同時に僅かな安堵を浮かべる。そんな彼に、ストラが問いかける。
「それはともかく。閣下……如何なさるおつもりですか? 流石に今回の一件。警護の対象が多すぎてこちらでは手が足りないかと」
「それはわかっている。足りない分についてはこちらで何とかする。とりあえずお前達には街の全域の見張りを引き続き頼む」
「かしこまりました。警戒レベルを引き上げても?」
「構わん。今回の一件で死人が出る事態は面倒極まりない。もしもの場合には実力行使も許可する。その場合、オレの判断を待つ必要はない……優先されるのは陛下が頭を下げる可能性の排除だ。それに……オレも不必要に頭は下げたくないからな」
「かしこまりました」
少しおどけたように笑うカイトに対して、ストラは一見して優雅に一礼する。が、カイト至上主義の所がある彼だ。今回の一件は公職復帰後にカイトも為政者の一人として頭を下げねばならなくなることは理解しており、かなり気合が入っている様子だった。というわけで早速手配に入った彼を見送って、カイトは通信機を起動させる。
「ティナ。ホーム地下の装置についての進捗を確認させてくれ」
『結界展開用の装置じゃな。これに関しては新しい物の設置は完了しておる。後、魔導炉も非常用の物を備え付けたから、稼働時間も十分じゃろう』
「よし……もし万が一ギルド同士の戦争になっても大丈夫そうか」
やはりカイトが一番警戒していたのは冒険部のギルドホームに直接襲撃が掛けられる展開だ。その場合でも色々と手は打っていたが、地下の改築工事に合わせてそちらもパワーアップさせていたのである。
『そうじゃのう。んで、一時間もせん間にウチ……この場合はマクダウェル家か。そちらから人員が出て終わりじゃろう』
「だな……良し。後なにかもし万が一の場合に必要になるものはあったか」
『とりあえず外に出た時に襲撃された場合をどうにかすることは考えねばなるまい』
「やはりそれか……」
兎にも角にも冒険部も冒険者集団である以上、襲われた時にどうするか考える必要があった。というわけでカイトもティナも色々と考えていたのだ。
『とりあえずベストはツーマンセルじゃが』
「腕利きの殺し屋にツーマンセルは通用せんだろうが……やらんよりマシか?」
『じゃろうな……まぁ、ソロの冒険者以外では最低ツーマンセルで行動しろ、は常識じゃろう。背中を守れればある程度はなんとか出来るじゃろう』
当然であるが、人間は後ろが見えるようには出来ていいない。というわけで、死角をなるべく減らすべくツーマンセルを基本として、そして基本を改めて見直すように注意喚起していくことにしたようだ。とはいえ、そうなると考えるべきはどのようにして事の性質を理解させず、行動に移れるか注意するべきだった。
「いっそ、基本に立ち返る週間でも立ち上げさせてみるか……?」
『学校の掲示板見りゃ役立つとはさほど思わんがのう』
「わかってるがやらんよりはマシだろ」
ティナの指摘はカイトも感じていたらしいが、現状ですぐに思いついたのはそれだけだったらしい。というわけで、カイトは今度は冒険部の対策に関してをティナとの間で話し合い、この日は結局一日中対策会議で終わることになるのだった。
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