第2824話 企業暗闘編 ――通信機――
ラリマー王国の重鎮にして賢者ブロンザイトの実弟であるクロサイトの来訪をきっかけとして巻き込まれたラリマー王国のお家騒動。それはラリマー王国の背後にある犯罪組織によるものだった。
というわけで、犯罪組織の資金源を壊滅させ、暗殺者ギルドによりその総元締めであったさる貴族も殺された後。ソラ達を戻らせる一方で使い魔を引き上げさせたカイトは回収した設計図をティナに渡すと、緊急で話がしたいというイリアの要請を受けて急いで自室に戻っていた。
「ふぅ……なんとか間に合ったかな」
自室に戻ったカイトはまだ時間には余裕があることを理解して、深くため息を吐く。ちなみにであるが、ラリマー王国はまだ夕刻だがこちらはすでに夜も遅い時間だ。その時間に緊急の連絡という時点でカイトには良い予感はしていなかった。というわけで、彼女の指定した時間ぴったりに通信機が音を鳴らす。
「あいよ」
『ん。時間ぴったりね。感心感心』
「そりゃ、こんな時間だからな……余裕はあった。言っとくがウチは最東端。そっちより遅い時間だぞ」
『ごめんごめん』
呆れるカイトの言葉に対して、イリアは少しだけ上機嫌に笑う。そんな彼女の様子で、カイトは彼女の状況を理解した。
「酒飲んでるな?」
『悪い?』
「悪くはねえよ……まさか絡み酒したい、ってんなら切るが?」
『少し付き合いなさい……と、言いたいけれど。まさかそんなバカみたいな理由でこの時間に連絡は入れないわ』
酒が入って少しだけ上機嫌だったイリアであったが、呆れ気味なカイトの様子に少しだけ肩を竦める。当然だが彼女とてカイトが多忙であることは知っていたし、今日ラリマー王国の一件があるだろうことも知っているはずだった。
「それなら結構……それで? 盛大に良い予感はしてないんだが」
『ご明答ね……まず先に誤解してるようだから言っておくけど、私も貴方と同じような時間帯よ。時差は無いわ』
「どういうことだ? と言うか、時差が無いならどこに居るんだ?」
地球よりはるかに広大な面積を有するエネフィアの中でも更に最大の面積を誇るエネシア大陸。それも最大の面積を誇る皇国だ。マクダウェル領とリデル領の間だけでもかなりの時差が生じていた。その時差が無いのなら、つまりイリアはマクダウェル領に近い所に居ることに他ならなかった。
『皇都よ。あんたが言ってた件の調査……というわけでもないんだけど。皇都でちょっとした集会があったのよ』
「ふーん……何か面白いものでもあったのか?」
『別にそこまで面白い物はなかったわ。単に古い知り合い達とちょっとしたお話ってだけだし……ただ古い知り合い達ばっかりだったから、その件の噂のネタ元がわかったのよ。で、教えてあげようかと思って』
「何?」
イリアとしてはどうやらどこかでそんな話が聞ければ程度でしかなかったらしいが、彼女が思うより皇都では多くの情報が集まっていたらしい。
「誰……いや、どこなんだ? この噂の出処は」
『その前に……まず情報のおさらいしておきましょう。ヴァディム商会の売れ筋商品はわかってる?』
「今の主力は通信機だな。ウチとヴィクトル共同で開発したヘッドセット型に真っ先に食い付いた企業の一つだ。今じゃ結構なお得意様になっているはずだ」
だから尚更カイトはグリント商会とヴァディム商会の縁談が蹴られたと聞いた時は驚いたのだ。まぁ、当時のヴァディム商会はまだ今ほど勢いがあったわけではなかったが、それでも十分に先見の明は感じられたのである。
『そうね……グリント商会は?』
「主には家電製品……という所か。ヴィクトルのような世界的な、ではなくマクスウェル北部での売上に根ざす地元企業という所だろう。良い商会だ。ここもヴィクトルのお得意様だな。特にこれからの時期は売上が上がってくるだろう」
当たり前であるが、カイトはマクダウェル領の領主だ。なので領内の有力な企業や商会はおおよそ把握していたし、ここはと思った所は取り上げさせたりして商業の活性化もきちんと行っていた。
『そうね。ウチもマクダウェル北部での取引ではグリント商会を介することは珍しくない、北部ではかなり有名な商会でしょう』
「だな……今ならグリント商会の北部でのコネクション。ヴァディム商会の通信機のコネクションを組み合わせれば良い縁談になれただろうが」
『それで進めさせる?』
「流石に当人達の相性が悪いだろう……それに、あまり望まない結婚は推し進めさせたくない」
『そ』
自身の手前もあるのだろうが。カイトの返答にイリアは少しだけ楽しげに笑う。政略結婚という言葉はあるが、カイトはあまり好んでいなかった。イリアもまたそうだった。
「まぁ、そりゃ良い。で? ぶっちゃけるがこんなもん、釈迦に説法だぞ? いくらなんでも領内の有力企業の主力商品をオレがわかってないとは思ってないだろう」
『そうね……でもそれがかなり重要だったのよ』
「と、いうと?」
イリアの言葉に対して、カイトは小首を傾げる。先に彼の述べた通り、この二つが取り扱う商品に共通点はかなり薄い。今では完全に分離しているとも言えた。というわけで、理解が出来ないカイトにイリアはとある名を問いかける。
『皇通って知ってる?』
「知ってるもなにも皇通……皇都通信。より正確には皇都移動体通信事業者だろ? 携帯型通信機の研究開発と販売における最大手の一つじゃないか」
おそらく皇国国民に聞けば七割は知っているだろう大企業の名を出され、カイトは何を当たり前なと言わんばかりの様子で肩を竦める。これの名を領主が知らないと言われれば無知どころか暗愚と詰られても仕方がないレベルの、それこそグリント商会やヴァディム商会が合併したとて到底及ばない程の大企業だった。
『正確には販売と通信事業者は同じ会社。研究開発は別会社だけどもね』
「まぁな……敢えて言えばグループ会社って所か。メインは通信事業者だから、ヴィクトルやサンドラの製品も普通に取り扱ってるけどな。ここ暫くは良い付き合いをさせて貰ってますわ、ってサリアさんが言ってた。すごい良い笑顔でな」
何度か言及されているが、カイト達が開発したヘッドセット型は馬鹿売れしていた。更に実はその後もスマホ型も共同開発しており、こちらは馬鹿売れとまではいかなかったものの他の企業も順次スマホに似た形式を売り出していく等勢力図は大きく変化を見せていた。それらを取り扱う皇都通信はカイトとしても無視出来ない企業だった。
『でしょうね。今年のヴィクトル商会の通信機の売れ行きは前年比で倍レベルの利益。今年の携帯型通信機の切り替え先の最有力候補はヴィクトル商会とさえ言われる状況。来年は各国その流れに追従するだろうから、今からウハウハでしょう』
「オレもね」
これまた何度か言われているが、ヴィクトル商会は勇者カイトのスポンサーを公言しているので本拠地はマクダウェル領マクスウェルにおいている。なのでその税金はすべて本拠地であるマクダウェル家に入ってくる。ヴィクトル商会の売上が増えれば増える程マクダウェル家の売上も増えるのであった。というわけで笑うカイトに、イリアがため息を吐いた。
『でしょうね……でもそれで笑ってられない所があったのよ』
「まぁ……そりゃそうだろうがな」
新技術が出たことにより勢力図が大きく変わったということは即ち、今まで利益を得ていた所のどこかでは利益が得られなくなっても不思議はないのだ。
それはカイトもわかっていたが、こればかりは競争原理と無視するしかなかった。というわけでそれは仕方がないだろうと首を振った彼であるが、この話の流れで思わずはっとなった。
「……え? ちょっと待った。マジ?」
『マジじゃなけりゃこんな話長々してないわよ』
「待て待て待て待て!」
まさか敵はそこなのか。気付いて目を見開いたカイトであるが、それ故にこそ思わず声を荒げる。まかり間違っても戦いたくない相手だったのだ。そうして、確認するべくはっきりと問いかける。
「皇通が噂の出処なのか!?」
『そ……皇都通信』
「嘘だろう!? 敵対するようなことはしてないぞ!? いや、まぁ……してないか、って言われれば若干困るけど……」
先に言及されているが、携帯型の通信機の勢力図は大きく変わっている。ヘッドセット型の通信機とのリンクが最も安定するのはヴィクトル商会の通信機で、軍や冒険者向けは当然としてそれ以外の一般向けでも暫くヴィクトル商会の商品一択になるだろうと言われる程の状況だ。この流れを作ったのは冒険部と言われても仕方がなかった。
「だがそれでも、ウチに手を出すのはありえんだろう。なんで今さら」
『今更、って言われると色々と要因が重なった、としか言いようがないわね。まぁ、最終的に一番の要因になったのはグリント商会の令嬢とあんたの熱愛報道でしょうけれど』
「報道すな」
『あはは……それはともかく。グリント商会とヴァディム商会のいざこざ。グリント商会の本家と分家の諍いやヴァディム商会と敵対する企業の暗躍……それらが折り重なった結果、皇通が付け入ったという所でしょう』
当たり前だが、勢いに乗る企業というのはどうしても敵も増えやすい。それはヴァディム商会も例に漏れず、結果としてそこらが複雑に折り重なった結果今回の噂になってしまったとのことであった。というわけで、見えた敵にカイトは盛大にため息を吐いた。
「最悪だな……落とし所が相当に難しいぞ」
『最悪は陛下に出て頂かないといけない事態よ? どこのどいつが絵を描いたかは知らないけれど、描いている絵次第じゃタブロイド紙を賑わわす程度じゃ済まないわ。下手を打てば自分達だってただじゃ済まない。捨て駒でも用意してるのかもしれないけれども』
「ちっ……どこのバカだ、こんな絵を描きやがったのは」
面倒な事態では済まない事態が浮かび始め、カイトは盛大に顔を顰めていた。下手を打って落とし所を間違えると、カイトはともかく自分達もただでは済まなかった。そんな絵が浮かんでいたのである。
『それは追々考えましょう……とりあえず、この状況は無視して良いものじゃないわ。ウチも動くわ』
「頼む。ウチ……マクダウェル家も動く。流石に落とし所と隠蔽工作やらも考えんとまずいぞ」
これは仕方がないことなのだろうが、今回の絵を描いている何者かはカイトが勇者カイトであることを知らないだろう。なので多少無茶をしてもトカゲのしっぽを切り落とすことで保身は図れると思っている可能性は高かった。が、相手は実質マクダウェル家とリデル家だ。なんとかなる相手ではなかった。
『それはそうとしても、よ。まず身内の警護はしっかりなさい。規模、大きいでしょう』
「そりゃそうだが……どうしようもない所は大きいぞ」
『それはそうでしょうけど、もしこの一件で冒険部に死人が出れば落とし所なんて限られるわ。皇通はもともと半官半民。今でこそ民の割合が圧倒的に高いけれど、大本は国営企業。死人なんて出た場合は本当に陛下にお出で頂かないとだめになるわよ』
曲がりなりにも天桜学園は現在皇国の庇護下にある。その傘下にして実働部隊の冒険部に皇国の大企業、それももともとは国営企業だった企業が手を出して死人が出てしまった、となると皇国として何かしらの責任を負う必要も出てきてしまうのであった。というわけで、カイトは再度ため息を吐いて頭を抱える。
「はぁ……その場合、各国からなんて言われるか。赤っ恥じゃ済まんぞ」
『未然に気付けて本当に良かったわ』
そんなことになったら目も当てられない。二人はそんな様子で盛大にため息を吐いた。というわけでカイトもイリアもこの案件に本腰を入れて取り掛かることにして、両者は再度の情報収集に取り掛かることにするのだった。
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