第2823話 黄昏の森編 ――複写――
賢者ブロンザイトの葬儀や遺言に関する手配を取り仕切ったことにより、彼の実弟にしてラリマー王国の重鎮であるクロサイトの訪問を受けたカイト。
彼はサリアの思惑もありラリマー王国のお家騒動に巻き込まれてしまっていたわけであるが、ソラ達を派遣しクロサイトの護衛を行いつつ、自身はラリマー王国の裏で暗躍する犯罪組織の資金源である違法魔道具の製造工場の破壊に成功。
それと時同じくして動いた暗殺者ギルドの長により犯罪組織の総元締めであるとある公爵もまた暗殺されることとなり、一件落着となっていた。というわけで、遠くラリマー王国にてソラらが帰りの飛空艇に乗り込んだ一方。カイトはというと使い魔を引き上げさせて設計図を回収していた。
「ティナー。居るかー?」
「なんじゃ?」
「おう……ラリマー王国の一件が片付いたんでな。回収した設計図が必要かと聞きたくてな」
これは不思議でもなんでもないが、カイトが設計図を持っていた所で有効活用は出来ない。なので技術者であるティナに引き渡すのが最善だった。というわけで持ち込まれた設計図の山を見て、ティナが思わず笑った。
「こりゃまたたくさん手に入れたもんじゃのう。そんな大組織とは聞いておらなんだが」
「組織の規模としては小さいが、技術力の高さを売りにしてた組織って所かもな。明らかに自分達だけで手に入れたにしては情報の数が多すぎる」
感心したようなティナの言葉に対して、カイトは国毎に選り分けた設計図の束を机に置いていく。先にカイトも確認していたが、ここにある設計図にはラグナ連邦や皇国など明らかにラリマー王国以外の設計図もあった。なので彼は各地の組織が意図的に解析などを依頼していたのでは、と読んでいた。
「サリアはなんと言っておったんじゃ?」
「まだ聞けていないな……が、おおよそあたりだろう。殺し屋ギルドにも繋がりがあった所を見るに、もしかしたら裏のマーケットに魔道具を卸していた可能性は高い」
「なるほど。あり得るやもしれんな……ほぅ。こりゃラグナ連邦の物に、皇国……サンドラに……魔族領も当然のようにある、と。こりゃすごいのう」
技術として自分が見るに値する物があるかどうかは現状定かではなかったが、少なくともこの設計図の範囲にはティナも驚きを隠せなかったようだ。少しだけ興味深い様子で設計図を流し読みしていた。
「なにか技術的に有用になりそうなのは」
「それはおそらくあるまいて。流石に最新鋭も最新鋭。現在開発中や新型と呼ばれる物の設計図がもし万が一流出しておればどの組織もただでは済ますまい。企業にしてもヴィクトル商会であれば皇国を。アクアラグナであればラグナ連邦を……そんな具合で影響力を行使するじゃろう。それ以外にも国に影響を及ぼせぬ企業であれば冒険者を動員することもあり得よう。それをせぬのなら流出してもさほど痛くはない程度、と各組織が判断する程度じゃろうな」
そしてその程度であれば、自分が改めて設計図を確認して有用な技術があるか精査する意味はさほど無いだろう。ティナは自身が最先端の技術を研究開発しているという自負があればこそ、そして著名な魔術師達とも関係があればこそ流出した程度の設計図なら気にする点はさほど無いと思っていたようだ。とはいえ、だからと調べないで良いかとはまた話が別だった。
「ま、見るには見るがさほど興味がある物は無いじゃろうて……ああ、とはいえ先に持ち込んでくれた鍵開けの魔道具は少し見たい。色々と次に活かせるかもしれんからの」
「なるほど……まぁ、これについては好きにしておいてくれ。で、終わったらサリアさん……もといヴィクトル商会に流しておいてくれると助かる。コピーするなら時間掛かるだろうしな」
今回手に入った設計図は基本的には軍事用の物が多い。なのでカイトが見てもわからない所は多いと思われたし、何より当然のように複写防止の様々な技術が施されている。これを複写したいのなら大本のデータで同じ物を作り上げるか、手作業しかなかった。が、そんな常識を語るカイトにティナは肩を竦める。
「別に時間なぞ掛からんよ……スキャナーあるからの」
「え? 軍用にせよ冒険者用にせよ、戦闘用の魔道具に関する設計図のスキャンって出来なかっただろ? オレ達も戻ってから色々と試しはしたが、成功してなかっただろ」
「うむ」
カイトの指摘に対して、ティナは一つ頷いた。地球から戻った彼らは様々な地球の技術を用いて、どういう技術にはどういう弱点があるか、という洗い出しを徹底的に行なった。というよりも、今もまだ行わせている。その中でこういった戦闘用魔道具の設計図のコピーは地球の技術を応用しても無理と結論付けられたのである。
「が……これに余はどうしても、納得が出来んかってのう。色々と原因究明に努めた……で、原因ががわかった」
「ほう……興味深いな」
「うむ。端的に言えば動力源に魔導炉を使ってしまっておったことが原因じゃった……お主には今更じゃが、余らが地球の技術を再現する際にどうしても動力源だけは魔石を利用しておる……それは良いな?」
「今更だな」
当たり前の話であるが、エネフィアは地球ではない。なので地球で使われている電化製品をそのままエネフィアで使おうとしても使えるわけがなく、手間や持ち運びの問題などもあって動力源だけは雷属性の魔石を利用して、そこに更に変換器等を噛ませることで安定した使用を実現させていた。そしてこれはもちろん、カイトも説明を受けて熟知していた。なのでだからこその問いかけを彼は行った。
「が、そんなもん微少だって話じゃなかったか?」
「うむ。動力源に使う魔石は微小なもので、本来は……いや、基本的な使用においてはおおよそ考えんで良い誤差レベルじゃ。が、ここで問題になったのはその誤差レベルの魔力じゃ」
「……そうか。警戒するべきなのはデカいカメラとかじゃなくて、スパイカメラ等の超小型の魔道具。極微小量でさえ見過ごしてはならないのか」
考えれば道理だった。カイトはティナの言葉に思わず納得を露わにする。そしてそんな彼の言葉にティナもまた頷いた。
「然り。故に動力源に魔力を利用したスキャナーでは弾かれたんじゃ」
「だがそれなら尚更スキャン出来んだろう。エネフィアには火力発電も地熱発電も一切無い。純粋に電力だけを生み出す施設を……待て」
魔力に依存しない電力を生み出す施設が無いはずなのに、魔力に依存しない電力を生み出すことが出来るということなのだ。カイトはそれなら、と逆説的に出た結論に顔をしかめる。とはいえ、流石にそういうことはなかったようだ。
「あぁ、それは安心せい。蓄電システムを使っておる……とどのつまりデカい電池じゃ」
「発電は?」
「……」
「は・つ・で・ん・は?」
「縮退炉をちょっと試験的に……い、いや、超小型じゃぞ?」
「んなこったろうと思ったわ! んな危険なの定期的に動かしてるのかよ!」
質量のその全てをエネルギーに変換するという動力炉を使って電力を生み出していたティナに、カイトは思わず声を荒げる。まぁ、縮退砲だのなんだのと作っているので今更と言えば今更だが、それを使って電力を作るぐらいならいっそ地熱発電所を作ったと言われた方がまだマシだった。
「きちんと安全には配慮して、試験地は異空間としておる。万が一の暴走でも問題はない」
「頼むからそこは注意してくれよ……」
暴走してマクスウェルが更地に、なぞ笑い事にならない。なのでカイトはため息混じりにそう言うだけだ。とまぁ、それはさておいて。カイトは一つティナに問いかけた。
「はぁ……まぁ、それは良い。とりあえず電力のみのスキャナがあって、それで取り込めるってわけだな?」
「うむ。とりあえずその認識で良い」
「そか……まぁ、それならそれでお前に任せる。さっき言った通り、ヴィクトルに回すのもそっちで頼む」
「む? なにかせねばならんことでもあるんか?」
どこか急ぎ足で研究室を後にしようとするカイトに、ティナが小首を傾げる。
「出しなにイリアから連絡が入ってな……なにやら面倒事らしい。三十分後に話が出来るか、って言われたんだよ」
「終わったばかりなのにお主も大変じゃのう」
たった今しがたクロサイトの一件が終わったのだ。にも関わらずイリアからの連絡にカイトはただただ肩を竦めるしかなかった。というわけで、彼はイリアからの連絡に遅れないように上の自室に戻ることにするのだった。
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