第2820話 黄昏の森編 ――破壊――
賢者ブロンザイトの葬儀と死後の手配などを取り仕切ったことを受けて、彼の実弟にしてラリマー王国の重鎮であるクロサイトの訪問を受けたカイト。そんな彼であったが、サリアの思惑を受けてラリマー王国のお家騒動に巻き込まれることになってしまう。
というわけで、彼はクロサイトを狙うラリマー王国の犯罪組織の暗躍を受けてソラとトリンをクロサイトの護衛に派遣。ソラの奮戦もあり、クロサイトはなんとか襲撃を乗り切ることに成功。そこにカイトの介入することにより安全を確保されることになったわけであるが、その後彼はソラに代替の飛空艇到着までの警護を任せ自身はラリマー王国の犯罪組織最大の資金源である魔道具の違法製造工場を叩き潰すべく戦闘行動を開始していた。
「おぉおぉ、こりゃすごい。社外秘の設計図がこんなに」
「何だ!? 何なんだ、こいつは!?」
「ありったけをぶち込め! 後のことは考えるな!」
狐の面を被って犯罪組織の有する『工場』に単騎で乗り込んだカイトであるが、そんな彼はサリアが予め入手していた情報を元に物理的に一直線に設計図が確保されているエリアへと到達していた。
まぁ、そんなことをすれば当然犯罪組織の兵隊が大挙して押し寄せることになるのであるが、彼はその一切を無視していた。
「うわっ……これサンドラの部外秘の資料……こっちは……うわ……ラグナ連邦の軍事機密? 流石に最新鋭機じゃないみたいだが……」
すごいな。カイトは犯罪組織が各所から手に入れただろう設計図を選別していた。ここは違法に作られた『工場』。ラリマー王国の中にあってラリマー王国の法律が通用しない場所だ。何が起きようと問題にはならず、カイトはせっかくなので情報を貰っていこうと思っていたのであった。
と、そんなわけで敵の攻撃を完全無視しながら設計図の選別をしていたカイトの通信機――ソラとの間で使うかもと使い魔にも持たせていた――から音が鳴った。
「ん?」
『ダーリン。今襲撃中です?』
「なんでこっちに。本体側でも良いだろうに」
今更言うまでもないことであるが、サリアが現在居るのはマクスウェル。カイトの本体が居るのもやはりマクスウェルだ。ラリマー王国のヴィクトル商会を経由してやり取りをする意味も必要もなかった。なので少しの呆れを滲ませるカイトに、サリアが理由を告げた。
『いえいえ。どうせなら見ながらお話したいと思いましたので』
「何? なんだったら全部持っていこうか?」
『あら……良いんですの?』
カイトの申し出にサリアがさも望外とばかりに喜色を浮かべる。これにカイトは肩を竦める。
「別に良いよ。どうせ廃棄するつもりなかったし」
『まぁ、当然ですわね』
「こんな他国の極秘資料をお目にかかれる機会なんてそうそう無いからな」
一応古い技術に関しては一部が払い下げの形で流れることがあるため、カイト達も色々と伝手を使って手に入れている。なのでそこから現在の技術を推測して、ということを行っているわけであるが、ここにあるような明らかに違法に流出した設計図を手に入れることは不可能に等しい。なのでカイトとしても是が非でもほしい所であった。
「でも驚いたな。どうやってこれだけの設計図を手に入れたんだ?」
『まぁ……色々ですわね。ウチや幾つかの国みたいに金欲しさにコピーしたり盗み出したり。はたまた犯罪組織の人員が潜り込んでコピーしたり、と……理由は様々ですわね』
「ふーん……」
まぁ、どれだけ頑張っても不正や腐敗はなくならないのだろう。カイトは違法に集められた設計図を見ながら、そんなことを思う。というわけで、一通り回収した彼であったが、そんな彼が唐突に閃光に飲み込まれる。
「やったか!?」
「避けた様子はない! 直撃したはずだ!」
「いや、そんなフラグ立てられましても……」
「んなっ!」
「なんだと!? 戦艦にも乗せるような大砲の一撃だぞ!? なぜ無傷なんだ!」
再度になるが、カイトは犯罪組織の兵隊達は完全無視でここまで来ている。一応通行の邪魔になる分に関しては倒しはしたが、生死さえ確認していないほどの大雑把さだ。
それはそうだろう。彼からすればここの設計図さえ回収出来て、そして不要な分を廃棄できればそれで問題ない。後は『工場』を操業停止状態に追い込めれば良いだけで、そこで働いている人員については一切興味がなかった。
「へー……そんなのもあるのか。サリアさん。現物は全部破壊で良いんだよな?」
『構いませんわ。現物なぞ持ってこられても困るだけですし』
今更だが、サリアがほしいのも情報だけだ。なので設計図を用いて作られた商品に関しては価値を見出だせなかったようだ。それどころか彼女にしてもこの一件にヴィクトル商会の介入を勘付かれることは嫌――カイトがお面をかぶっているのもそれ故――なので、足が付きやすい現物は持ってこない方がありがたかった。
「よし……じゃ、とりあえずこの『工場』は完全に破壊しておくか」
再興されても面倒だし、何より設計図さえ回収出来てしまえば後はどうとでもよい。そしてこの『工場』を潰して復旧不可能にしまえば犯罪組織は一気に力を失うだろうし、そこから先はクロサイト達の仕事だ。カイトが気にすることではなかった。というわけで、カイトはめぼしい設計図をすべて回収するとそのまま製造に使われていた大型の魔道具類や違法製造された魔道具を破壊して回ることにするのだった。
さてカイトが『工場』の破壊を開始しておよそ一時間。徹底的に施設を破壊して回ったカイトであったが、その作業も一段落つくことになっていた。
「ふぅ……こんなもんかね」
最後の大型の魔道具を内部に仕込まれている刻印から破壊して、カイトは一つ頷いた。刻印をしっかり破壊していたのは、こういった魔道具の中に情報が残ってそこから設計図を復元されないようにするためだった。
「さて……サリアさん。『工場』の破壊は完了だ……更地にはしてないが、こんなもんで大丈夫か?」
『あら……もう終わりましたの? さすがダーリン。仕事が早いですわね……そうですわね。ここまで完膚なきまでに破壊していれば、もう再興は出来ないでしょう』
カイトからの連絡を受けたサリアは現地に派遣していた情報屋ギルドの構成員――もちろん施設内ではなく外で待機していた――から送られてくる映像を確認し、『工場』が到底再興出来ないぐらいに破壊されていることを確認する。と、そんな彼女が楽しげに笑った。
『にしても……相変わらずの戦闘力ですわね。数百人規模で兵隊を送り込んだご様子ですのに』
「雑魚しかいない、ってのはもともとサリアさんが言ってたことだと思ったんだが?」
『ええ。ダーリンからすれば雑魚しかいなかったでしょう?』
「まぁ……否定はせんがね」
サリアの指摘にカイトは自身の周囲を見回す。そこはまさしく死屍累々という有様で、何十人ではなく何百人の戦士が倒れ伏していた。施設の破壊が優先されたし、こういった戦闘に関わる者たちは生きてようが死んでようがどちらでも良かった。
彼らの生死なぞどちらでも魔道具の違法製造に関係はないからだ。なので生きている者は生きているだろうし、死んでいる者は死んでいるだろう。カイトはそう考えていたし、殊更確認してとどめを刺すつもりもなかった。面倒でしかないからだ。
「一応殺すつもりもなかったから、適当に魔力で昏倒させた程度だ。死にはしないだろうが……」
『ダーリンの圧は軍人でも厳しいものがありますわね。まぁ、所詮はと言えば言い方が悪いですが、所詮は裏組織の存在……ラリマー王国としてもどちらでも興味はないでしょう。私達としても生きてようと死んでようとどちらでも良いですし』
何度か言われているが、サリアが問題視しているのはあくまでもヴィクトル商会から違法に持ち出された魔道具の設計図のみ。後はそれを製造する施設が破壊されさえすればそこで働く者たちなぞどうでも良かった。
「そうだな……後片付けは必要か?」
『そちらに関してはクロサイトさんが手配なさっていますわ。私共の方からご連絡は入れておきましたので、もう暫くすれば第一王子の傘下にある王国兵が来るでしょう』
「……あれか。存外遅かったな……いや、ちょうどか?」
カイトは遠く離れた所に小さくだが見えるようになった数隻の飛空艇を確認して、カイトの襲撃により犯罪組織の資金源を根絶しようとする第一王子が動いたのだと理解する。
『タイミングとしてはベストでしょう。どうします? 引き渡しまでされますか?』
「しないよ。せっかくウチの介入がバレないようにした、ってのに」
楽しげに問いかけたサリアの言葉に、カイトは笑って首を振る。もともとカイトは自身の介入が知られたくないから、お面をかぶったのだ。わざわざ話に行く意味がわからなかったし、第一王子にしても誰が破壊したかは興味はないだろう。というわけでカイトは兵士達が到着する前にその場を後にして、後は王都でクロサイトの到着を待つことにするのだった。
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