第2818話 黄昏の森編 ――交戦――
賢者ブロンザイトの葬儀の手配を行ったことにより、公務により皇国を訪れていた彼の実弟にしてラリマー王国の重鎮であるクロサイトの訪問を受けていたカイト。彼はサリアの思惑を受けてラリマー王国のお家騒動に巻き込まれてしまっていた。それもあってクロサイトの護衛としてソラとトリンの両名をラリマー王国に派遣することになっていた。
というわけで、二人が飛空艇に乗ってマクスウェルを出発して二日。後一日程度でラリマー王国に到着するという距離のとある山脈にて、二人とクロサイトを乗せた飛空艇はラリマー王国の裏に潜む犯罪組織の攻撃を受けて墜落。山から少し離れた荒野に落着していた。
「っぅ! クロサイトさん! 無事ですか!?」
「うむ。問題はない」
「ふぅ……」
とりあえず第一段階はクリア、って所かな。ソラは目立った怪我が見受けられないクロサイトを見て、一つ安堵を滲ませる。まぁ、今回の墜落は織り込み済みだ。なのでソラが警戒しつつ、トリンが魔術的なフォローはしていた。怪我があるとは思えなかった。もちろん、トリン当人にも怪我はなかった。というわけで、三人の無事を確認出来たことでソラは改めて気を引き締める。
「よし……じゃあ、次っすね。とりあえず籠城ってわけっすけど……」
「どう?」
「やべ」
トリンの問いかけに、ソラはもはや笑いがこみ上げたようだ。さもありなん。彼がそう言うと同時に、左右の壁が斬り裂かれた。
「おぉおお!」
左右の壁が斬り裂かれると同時に、ソラが雄叫びを上げて全周囲に向けて――もちろんクロサイトとトリンに影響出ないようにはしたが――魔力を放出する。
「ぐぅ!」
「何!?」
まさか自分から飛空艇の壁をすべて取り払うとは。迸った魔力により吹き飛んだ壁と天井、そして自分達に襲撃者達は思わず困惑と驚きを露わにする。とはいえ、このソラの行動は当然といえば当然だった。
「よし! 視界確保! クロサイトさん、移動します!」
「うむ!」
周囲が見通せるようになった上、今の一撃でかなりの敵が吹き飛んでいた。といっても流石にクロサイトもトリンも居たので殺すことは出来なかったが、彼らが居た上層部は完全に崩壊。遠くまで見通せるようになっていた。
「っ! 逃がすな!」
「外の連中に急ぐように言え! っ! 面倒な!」
「はぁ! クロサイト殿を守れ!」
どうやら飛空艇の内部は完全に敵しかいないわけではなかったらしい。内部に入り込んでいた犯罪組織の勢力とラリマー王国の兵士達との間で交戦がそこかしこで繰り広げられていた。というわけで、それを横目にソラは自身が先導する形で魔導炉を目指して進む。
「トリン! 魔道具は、っと!」
「持ってる!」
迫りくる刃を盾で受け止めたソラの問いかけに、トリンは今回の作戦に先駆けカイトから渡されていた特殊な魔道具を掲げる。これを使う動力源に、魔導炉が必要だったのである。というわけで、背後で響いた返答にソラは気合を入れる。
「おっしゃ! とりま吹っ飛びやがれ!」
気勢を上げてソラが盾を器用に操って敵の剣戟を滑らせ、がら空きの胴体に向けて拳を突き付ける。そうして轟音が鳴り響いて、敵の剣士が大きく吹き飛ばされた。
「一発試させてくれよ!」
せっかく多少の魔術は学んだのだ。ソラはせっかくなので、『地母儀典』で学んだ魔術を使ってみることにしたらしい。というわけで、吹き飛ばされた敵の直下目掛けて習得したばかりの魔術を展開する。
「ぶっとびやがれ!」
敵がターゲティングした場所の直上を通り過ぎると同時。まるで何かを遠隔で起動するようにソラが拳を握りしめる。すると勢いよく岩の塊が吹き出して、吹き飛ばされた剣士を勢い良く回転させ一度飛空艇の床をバウンド。勢い良く吹き飛んでいった。
「……あら」
「要練習だね!」
「がんばりま!」
ソラの予定では本来ならば隆起した岩は敵を打ち上げ、床をバウンドすることなく吹き飛ばされるはずだったらしい。しかしどうやらソラの発動のタイミングが少し遅れてしまい、スピンが掛かって野球のフォークボールのように急降下してしまったのであった。
なお、タイミングが遅れた理由は拳を握り込む動作が入ってしまったからなのだが、今の彼の力量では何かしらの動作で発動のタイミングを制御する必要があったらしい。要練習であった。というわけで改めて魔導炉のある飛空艇の後部に向けて走り出す三人であったが、やはり敵の目的はクロサイトただ一人だ。ラリマー王国の兵士はほとんど無視する格好で敵は迫っていた。
「こっちだ! 逃がすな!」
「おぉおおおお!」
迫ってくる敵に向けてソラは再度雄叫びを上げ、腕に力を込めて吹き飛ばす。そうして彼らは彼らで敵は無視してただひたすら進み続け、およそ一分ほど。魔導炉のある動力室の真上にたどり着いた。そしてたどり着くと同時に、ソラは動力室の天井を切り裂いて、中を見る。
「おっしゃ! ラッキー! 誰もいない! トリン!」
「うん! クロサイトさん!」
「うむ!」
トリンに促される形で、クロサイトが斬り裂かれた天井を潜って動力室に入る。そうしてその後を追う形で、トリンもまた動力室に突入する。
「うし……まぁ、こうなるわな」
トリンとクロサイトの二人が動力室の中に入ったのを見て、ソラは一人周囲を見回す。先にソラが確認した魔道具をトリンが持っていたのは、何もソラが道中で戦闘をしなければならないからだけが理由ではない。
あの魔道具を魔導炉と接続したり作業するまでの間は誰かが外で防衛せねばならないため、結局はトリンが設置。ソラが防衛戦となるからという理由もあったのである。というわけで一人外に残ったソラであるが、当然周囲は完全に包囲されていた。
(ランクは……Cが中心か。数人ランクBの奴も居るっぽいけど……こいつらが多分、外で待機してた奴らだよな?)
流石にランクB相当の猛者になるとソラもひと目見てわかった。トリンなら尚更だろう。というわけで、ランクB相当の敵を外からの増援と判断。ソラは警戒しつつ、間合いを測る。
「……」
「「「……」」」
包囲網を構築した犯罪組織の兵隊達とソラの間で僅かな沈黙が流れる。ソラはクロサイトの護衛が仕事だから離れられないし、相手はソラがランクA相当の猛者と知っているが故に動けないのだ。
とはいえ、ソラからしてみればこうしている間にもトリンは作業を進めてくれている。時間は彼にとって有利で、敵からすれば不利。それは敵側もわかっていたらしく、僅かな視線の動きで犯罪組織の兵隊達が意思を交わしたようだ。
「「はぁあああ!」」
ランクBに匹敵する剣士二人が気勢を上げて、ソラへと襲いかかる。これにソラは敵の思惑を理解する。
「ふっ! はっ!」
両側から迫りくる二つの刃に対して、ソラは盾と<<偉大なる太陽>>を構える。そうして攻撃が激突すると同時に、ワンテンポ遅れて他の戦士達が動力室目掛けて一直線に駆け出した。
「そんなもん、わからねぇわけねぇだろう! おぉ!」
「「!?」」
それは明らかに見え透いているだろう。ソラはぐっと自らを押し込む二つの刃に対して、鎧の機能を起動。一瞬だけ出力を増加させて弾き返し、その直後にまるで地団駄を踏むように飛空艇の床を踏みしめる。
「うぉ!?」
「と、とと、止まれない!」
「何だ!?」
襲いかかる強大な揺れに、犯罪組織の兵士達が姿勢を崩して足を止める。しかもどうやらタイミング敵に<<縮地>>の最中だった者も居たらしく、停止のタイミングでの地面の揺れに耐えきれず減速に失敗。自滅する形で吹き飛ばされていった者も少なくなかった。
とはいえ、これはソラも考えていたことではなかったらしく、彼もわずかに驚きながらもラッキーと捉えることにした。
「ラッキー! おらよ!」
「つっ」
「つぅ!」
振動で同じように足を止めていたランクBの剣士二人に対して、ソラは容赦なく<<衝撃杭>>を叩き込んで吹き飛ばす。まぁ、流石に相手も壁超えを果たした戦士なので戦闘不能になることはなかった様子だが、しっかり踏ん張れていなかったことが悪かった。まるで射出されるような勢いで吹き飛んでいった。
「おし……っと!」
流石にこれで終わりなんていう甘い展開はないよな。ソラは二人吹き飛ばした所で減った様子のない犯罪組織の兵隊達に僅かに笑いながらも、続けて繰り出される槍の刺突に盾の曲面を利用する形で回避。真横を通り過ぎた槍の柄を<<偉大なる太陽>>で叩き落とす。
「くっ!」
「おらよ!」
地面に突き刺さった槍に目を見開いた敵に向けて、ソラは容赦なく蹴りを放ってぶっ飛ばす。
「はぁ……」
次はどいつだ。ソラはランクBの戦士でさえ為すすべなく倒されていく様子に警戒を強める敵の戦士達に対して、一切の油断なく次に襲いかかってくるのはどいつか見極める。そしてどうやら、敵もソラを打ち倒さない限りは動力室のクロサイトを殺すことは出来ないと理解したらしい。先程まで動力室の方に僅かに向いていた視線がすべて、ソラに集中する。
(おし……これでとりあえず俺も俺だけに注力出来る……かな。まぁ、それで油断出来るわけじゃないけど……)
とりあえずは、こっちに注力させることは出来たかな。ソラは動力室に向かう勢力も揃ってこちらに来ることを予想して、再度気を引き締める。そうして、そんな彼に向けて犯罪組織の戦士達が一斉に肉薄してきた。
「<<風の踊り子>>!」
「「「!?」」」
自分達が包囲網を一斉に狭めると同時に、今度は逆にソラを守るように現れた何体もの風で出来た戦士達に瞠目する。そうして風の踊り子達が疾風を撒き散らし吹き飛ばし隊列をかき乱すとほぼ同時。トリンが声を上げた。
「ソラ! こっちの準備出来たよ!」
「了解! やってくれ! こっちは気にすんな!」
「了解!」
ソラの応諾を受けて、トリンが魔導炉に接続した魔道具のスイッチを入れる。そうして、次の瞬間。飛空艇の魔導炉の動力をすべて使った結界が展開されて、簡易のシェルターが完成する。
「おっしゃ……これで大分と安全だろ。じゃ、やろうぜ」
「「「っ」」」
今までソラが満足に戦えなかったのは、ひとえに動力室の安全が確保出来ていなかったからだ。そして動力室の安全が確保された今、遠慮する必要はなかった。というわけで、気圧される犯罪組織の戦士達に向けてソラは一転攻勢に出ることにするのだった。
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