第2815話 黄昏の森編 ――情報収集――
賢者ブロンザイトの葬儀を取り仕切ったことを受けて、ラリマー王国の重鎮にして彼の実弟であるクロサイトの訪問を受けていたカイト。そんな彼はサリアの思惑によりラリマー王国のお家騒動に巻き込まれることになってしまっていた。
それの対応を行う傍ら、ギルド同盟を介して入ってきた情報から自身とエルーシャの実家であるグリント商会。更には彼女の元婚約者の実家であるヴァディム商会の3つを巻き込んだ策略を察知し、彼はそれへの対応も行うことになってしまっていた。
というわけで、クロサイトの護衛としてラリマー王国へ向かう飛空艇に乗り込んだソラを見送った後。彼は今度はマクダウェル公爵邸に入ってイリアとの間で話を行うことになっていた。
『ああ、それ。たしかに私がグレイス商会にグリント商会に話すように伝えたわね』
「やっぱりお前だったか」
『なにか面倒事にでもなった?』
「楽しそうに言ってくれるなよ」
見世物としてしか考えてねぇな。カイトは楽しげに笑うイリア――彼女に接触したのはリデル公イリスと直接話すより手配が楽だから――に肩を竦める。たしかに彼女の言う通り面倒にはなったが、彼女が思う面倒さとはまた違う面倒さだった。というわけで、カイトはそこから調査を進めた結果を彼女へと共有する。
『あら……それはまた面倒な話になったわね』
「まぁな……両方の商会共にウチに主軸を置いている商会だからそっちになにかしてくれ、とかの話は今の所はないが」
『まぁ……今持ってこられた所でこっちじゃ動きようがないものね』
「そういうことだな」
今回の話で出ている三つの組織はすべてマクダウェル領に拠点を構えている。なのでこれへの対応は領主であるカイトがするべきことだったし、その点に関してはリデル家の手を借りるつもりは一切なかった。そして彼にそのつもりがない事はイリアもわかっていた。
『となると……聞きたいのはこの情報がどこから流れてきたものか、という所かしら』
「そういうこと……グリント商会はグレイス商会……正確にはノース・グレイス商会から仕入れたって話だ。となるとお前がどこからか仕入れた情報と考えたわけだが……まぁ、お前が噂の出処とは思えんかったんでな」
『そりゃそうでしょ。誰が好き好んであんた敵に回すのよ』
面倒この上ない。現役時代にカイトと最も懇意にしていた貴族の一人であるイリアは、カイトを敵に回す厄介さと面倒さを嫌というほど知っていた。そして現状カイトを皇国として喧伝していることはわかっている。そこに傷を付けるようなことをするわけがなかった。
「だろうな……どこから仕入れたんだ?」
『皇都から来た商人よ。最近はあなたの所の商人達からも時折話を聞くようになったけど』
「ふむ……たしかに商人ギルドに流れる情報だと皇都かウチがここらだと大きいか……」
『遠くで良ければウチもね。そのどれかが情報を発信するならベストな土地でしょう』
皇都は皇国の中心でギルドなど各種の施設が多い。マクダウェル領マクスウェルはエネフィア最大の都市。リデル領リデルは皇国でも商業の中心地だ。この三つが一番効率が良いし、商人ギルドに加盟する商人の母数が多く発信源を特定するにも時間が掛かる場所だった。
「だな……にしても、皇都かぁ。そういえばそんな話聞いたなぁ……」
『厄介ね。皇都とマクスウェルって遠いように見えて今は近いから』
「何かしらの仕入れでマクスウェルと皇都を行き来、ってのは割りと多いからなぁ……」
マクダウェル領の商人が意図的に、もしくは何かの商談のついでに皇都に向かい噂を流すということが簡単にできてしまう。この事実を思い出し、カイトは盛大にため息を吐いた。
それこそ今の最新型であれば日帰りも可能――可能であってそこまで無駄な金を払うかは別だが――だ。マクダウェル領でしっぽを掴まれないように皇都で噂を流して、というのは比較的簡単だった
『さすが最終防衛ライン。補給線はバッチリね』
「厄介払いされただけなんだがね。しかも当時は補給線壊滅状態だったわけだし」
『そうよねぇ……まぁ、その代わり今は皇都に一番近い大都市の上、魔族領にも一番近いとあってその利益を一番得られるんだから良いじゃない』
「それは否定せんがね……まぁ、魔族領じゃないだけまだマシか」
あっちは他国だから情報を流してもこちらまで流れてこないかもしれないからな。カイトはそう口にして、ため息を吐いた。
「まぁ、とりあえず。噂を広めるのに協力しないでおいてくれ。現状でこれ以上の面倒事を抱えたくない」
『クロサイトさんのお話は聞いたわ。あまり好き勝手はしないで貰いたいのだけど』
「ブロンザイト殿の手前、断るわけにもいかなかったんだ。理解してくれ」
『それはわかっているけどもね』
それはそれ。これはこれでしょう。カイトの若干言い訳がましい言葉に今度はイリアがため息を吐いた。とはいえ、イリアとしても現状これがクロサイトが取り得る最善の一手だっただろうというのはわかっていた。ただ他国の揉め事を皇国に持ち込んでほしくない、というだけの話だった。
『まぁ、ラリマー王国の『工場』を潰してくれるなら文句はない……としておきましょう。あの『工場』をこれ以上勢い付かせる方が面倒だし』
「ずいぶん良心的だな」
『そりゃさっきも言った通り、やれるなら自分達だけで片付けろ、とは思うのだけどね』
クロサイトは重鎮といえど所詮は重鎮止まり。王侯貴族ではない。爵位を求めないのは珠族らしいという所であるが、それ故にこそ権力を行使できないという問題があった。クロサイトが動かねばならなくなった時点でイリアも仕方がないと判断したようだ。
『まぁ、実利優先で行きましょう。私も協力を惜しまないわ』
「そうか……まぁ、申し出は有り難く、としておくよ。外交関係については爺通してるしな」
当然だが他国が関係してくる話になりそうだったので、今回の案件はハイゼンベルグ公ジェイクにも話を通しておいた。実はソラに渡した襲撃があり得るポイントの洗い出しには彼も参加しており、この作戦がうまく行けば次期ラリマー王国の国王に恩を売れると承諾してくれていたのである。
『そう。じゃあ、私はあんたがそっちに注力できるように商人ギルドの話についての情報収集をしておくわ。餅は餅屋、というしね』
「頼んで良いか?」
イリアの言う通り、商人ギルドの関係であれば商家であるリデル家こそが餅屋だ。なにげにカイト率いるマクダウェル家は商人ギルドに参加していないし、なんだったら直接商業を営んでいるわけではない。直接は情報を仕入れられなかった。
まぁ、そのためのヴィクトル商会だったしどうせ商会を立ち上げても彼女の傘下か彼女が率いるだけだ。ヴィクトル商会と何ら変わらなかった。それはさておき。カイトの確認にイリアは一つ頷いた。
『その代わり、『工場』は確実に潰してね』
「あいよ。それについては三日後にはなんとかする。しっぽさえ掴んだら……ま、後はこっちのモンだ。サリアさんが特上のネタは揃えてくれているから、乗り込んでって潰す。後は国王陛下がどうご判断されるかだが……そちらも問題ないだろうというのが爺の推測だ」
『なら結構。なら、こちらもそれまでの間に情報源は特定しておきましょう』
リデル家に情報を持ち込んだ商人が何者かはカイトにもわからないが、皇国最高位の貴族の一角であるリデル家がどこから聞いたか聞いて答えないということはまず無理だ。後はその線で追っていけば、ある程度の絞り込みはできるはずだった。
「頼む……ふぅ」
カイトは一つため息を吐く。とりあえずこれでどちらの案件にも解決の目処が立ちそうだった。と、そんな彼に今度はイリアがそういえば、と問いかける。
『そういえば』
「うぁ?」
『ソラくんがこの間のコンベンションで興味持ってたウェポンパックはどうなったの? ウチからもカタログやら持ってってたみたいだけど。魔導書で全部片付けるつもり?』
「あー……それか。そういえばあいつがどうするか、とか聞いてないな」
現在のソラは<<地母儀典>>を手にしているわけであるが、それはあくまでも彼当人のパワーアップだ。オーアとの間でいくつかの強化プランを構築していることは聞いていたが、ウェポンパックは作戦毎に切り替えられるのでそれとは別に考えるべきものだ。
鎧に武装を内蔵し過ぎると今度は整備性の悪化や使い勝手の悪化が出てきてしまうからだ。何より無制限に内蔵できるわけでもない。ウェポンパックは考えるべきだった。
「で、何? なにかキャンペーンでも始めたのか?」
『というより、始める予定なのよ。必要なら営業向かわせるけど、というお話』
「あー……了解。ラリマー王国の帰りにでも聞いてみてみるよ」
『ん、お願いね』
確かにここ暫く忙しかったりしていたのですっかり忘れていたな。カイトはイリアの指摘に少しだけ内心で助かった、と思うことにする。そうして、その後も少し様々なことを話し合ってカイトは昼からは冒険部に戻ることにするのだった。
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