第2814話 黄昏の森編 ――出立――
賢者ブロンザイトの葬儀を取り仕切ったことを受けて、彼の実弟にしてラリマー王国の重鎮であるクロサイトの訪問を受けていたカイト。そんな彼はサリアの思惑により、ラリマー王国のお家騒動に巻き込まれてラリマー王国の犯罪組織の対応を行うことになってしまう。
というわけでその対応に入っていた彼であったが、そこに更に別口でエルーシャの元婚約者が自身を逆恨みしているという情報を掴み、それが自身とエルーシャの実家であるグリント商会。元婚約者の実家であるヴァディム商会の3つを狙う何者かの策略であることを察知して、ラリマー王国の一件とともに対応を行うことになってしまっていた。
「はぁ……」
財界の要人が集まるパーティの終了後。カイトは会場を後にして一旦マクダウェル公爵邸に戻ると、そこで一つため息を吐いた。
「きらびやかなパーティの後だというのに、でかいため息ですねー」
「あはは。もともとでかいパーティってのはあまり得意じゃないけどな」
出された言葉に反してどこか気遣うようなユハラの言葉に、カイトは笑いながらそう告げる。やはりもともとが一般家庭の出であるからか、何年経ってもきらびやかなパーティというのは得意になれない様子だった。
「ま、それでも昔に比べれば疲れなくなった分まだマシかもな」
「にしては、大きなため息でしたけども」
「あはは。それはそれ。これはこれ、ってことさ」
違いない。ユハラの言葉にカイトは再度笑う。とはいえ、今回はどうしても自分が巻き込まれている策略のこともあり、気苦労が絶えなかったところも大きい。こうなるのもむべなるかな、というところだっただろう。
「ふぅ……とはいえ、だ。今回は少し面倒事に巻き込まれちまってたからそれで疲れてはいる」
「噂は聞いてますねー」
「まぁ、そうだろうな……え? マジで?」
「はい。まぁ、単なる与太話かと思いましたが……」
どうやらヴァディム商会の第二子がカイトを逆恨みしている、という情報はマクダウェル公爵家にも入っていたらしい。とはいえ、これは特段不思議ではないだろう。というわけで、一瞬驚いたカイトであったが一転して不思議はないと思い直す。
「いや、不思議はないか。もともと冒険部……というか天桜学園の最終的な保護者はウチか」
「そういうことですねー。流石に学生程度ができる領域を超えてましたが、実家が絡むならそれもあり得るかもというところではありましたが。どうにせよ現状のご主人さまを考えればそういうこともなさそうだなー、と……まぁ、あり得るのもあり得ましたが」
「昔からそこらのやっかみだけは留まることを知らなかったからなー」
どうしても有名人になればなるほど、こういった逆恨みじみた感情を向けられることは少なくなかった。それでいえば実は今の方がまだマシといえて、カイトの様子にどこかお気楽さが見えたのもそれ故だった。この程度ならまだ楽だと思えていたからである。
「で、それはともかく。ウチにも入ってきてたということはそれなりには広まっていたということか」
「でしょうねー。意図的にどなたかが流して?」
「だろうな。リデル家にも入っていたらしい」
「あー……」
商人ギルドを中心に流れている噂ならウチより先に仕入れていそうですね。ユハラはカイトの言葉に納得を示す。というわけで、それならと次の方針も彼女にはわかったようだ。
「では、イリア様かイリス様に話を?」
「そうしようと思う。ただし流石に今の時間だとあれだから、明日だな」
「かしこまりました。こちらからお伝えしておきますか?」
「そうしてくれ。流石に冒険部としてのオレで話すより、こっちのオレで話す方が話は早いし向こうも良いだろう」
ユハラの問いかけにカイトは一つうなずいて、マクダウェル公爵として話を通して貰っておくことにする。これについては別にマクダウェル公としてでなくても良いのだが、現状後手に回っていることも鑑みてこうしたようだ。というわけで、カイトはその後は少しの間ユハラから現在流れている噂で自分の知らない点がないか確認することになるのだった。
さて明けて翌日。カイトはというと朝から空港に居た。理由は言うまでもなく、ラリマー王国に戻るクロサイトに同行するソラたちを見送るためだった。
「これが前に言ってた襲撃が考えられるポイントだ。出発後すぐに読み込んでおけ」
「おう……どんなものが使われるか、ってまだわかってないのか?」
「型式は流石にまだわかっていない……どうしても向こうが勝手に作って勝手に輸送しているからな。独自ルートを使われるとこっちにもどうしようもない」
おそらく一撃で撃墜できるものを使ってくるとは思われるが、それがどういう物になるかはやはり情報屋ギルドでも掴めていなかった。カイトの言う通り、武器の調達から搬送に至るまで彼ら独自のルートを使っているせいでつかめないのだ。が、それがわからないでもソラにやってもらうことは変わらない。
「が……お前がやることは変わらない。どうせチャージが始まった時点でお前の感覚なら掴めるだろう。飛空艇を一撃で落とすだけの出力、ってのはそんな領域だ」
「まぁ……それがどんなのかわかんないけど、とりあえずわかった」
確かにそれは尤もだ。カイトの言葉にソラは頷くと、情報の入った小型の魔道具を懐にしっかりとしまい込む。そうしてそんな彼は改めて一つ問いかけた。
「で、一応襲撃されたら即座に介入はしてくれるんだよな?」
「ああ。こっちもこっちで戦力は動かしている。そこは安心してくれ」
「オッケ。ならこっちもクロサイトさんの護衛に全力を尽くす」
「頼む。おそらく初撃から襲撃までは敵の方が早いだろうし、敵もそれを見越して電撃戦を想定しているはずだ。時間はこちらに有利にしかならん」
「了解」
それがわかれば安心だ。カイトの明言にソラは一つはっきりとうなずいた。そうして自身に背を向けて飛空艇に乗り込んでいく彼を見送って、更に暫く。カイトは飛空艇が飛び立っていくのを見ながら、通信機を起動。ティナに連絡を入れた。
「ティナ。クロサイト殿を乗せた飛空艇が今飛び立った」
『うむ。こちらでも管制塔からの情報で確認した……ひとまず爆薬などはないみたいじゃのう』
「ここで一発ドカンってのは一番赤っ恥だからな……まぁ、それがないようにアルミナさん達が動いてくれていたわけなんだが」
僅かな安堵を滲ませるティナに対して、カイトは少しだけ苦笑混じりに笑った。彼が直々に見送りに来ていたのは万が一に備えて、というところもあったのである。
「とはいえ、ここからが本番か。こちらの飛空艇は?」
『もう待機中じゃ。ラリマー王国の手前、距離を離す必要があるのと狙撃に巻き込まれても面倒なので現在は軍の基地にあるがのう』
「そうか……まぁ、ウチの飛空艇だから速度はこっちが上か」
『そうじゃな。後から追いかける形でも十分間に合う……で、わかっとると思うが乗るでないぞ?』
「わかってるよ」
今回であるが、いくらサリアの要請があるとはいえカイトが直々に動くことはない。が、彼の使い魔が動くことになっており、『工場』の壊滅も彼の使い魔が主軸で動くことになっていた。
まぁ、使い魔を介して自身を召喚することもできるので万が一の場合には自身が動くこともできた。単に彼がつきっきりで動く意味がないし彼が本気にならないといけないような相手でもない。使い魔で十分だった。
「何より現状だとこっちでも厄介事が出てきちまってるからなぁ……こっちで対応しておきたい」
『そういやなんぞ商人ギルドで噂が流れておるということじゃったのう』
「そ……面倒この上ないがな。ある意味敵が明確になってるラリマーの方が楽で良い」
ティナの言葉にカイトは盛大にため息を吐いた。やはり彼にしてみれば敵が最初からわかっていて後はそれどどう殴るか、というだけだったラリマー王国の方が楽だったらしい。まぁ、そう言っても中小国相手に戦う方が気が楽といえるのは彼だからだろう。現状でさえ何も見えないこちらの方が大変だったようだ。
『そう言えるのはお主じゃからじゃのう……ま、こっちについては余にも適時報告を入れさせておる。お主はこちらの報告を待つ形で良いじゃろう』
「あいよ。頼んだ」
これから警戒しなければならないソラに対して、カイトはやはり報告を待って報告があり次第使い魔を動かして襲撃に介入するだけで良い。なので実は後彼がするのは報告を待つことだけだった。というわけで、彼はソラ達を乗せた飛空艇が見えなくなるまで空港で待機して、見えなくなった後は今度は公爵邸に戻ることにするのだった。
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