第2813話 黄昏の森編 ――密談――
賢者ブロンザイトの葬儀を取り仕切った事を受けてラリマー王国の重鎮にしてブロンザイトの実弟であるクロサイトの訪問を受けていたカイト。そんな彼はサリアの思惑を受けてラリマー王国のお家騒動に巻き込まれていたのであるが、それと同時に商人ギルドに流れている噂から自身がエルーシャの元婚約者に狙われている事を知る。
が、それが何者かにより流された嘘の噂であると察知すると、カイトは当事者であるグリント商会、ヴァディム商会という二つの商会の長達との間で密談を交わして対応を協議していた。その協議の後。再び財界の要人達が集まるパーティ会場に戻るわけであるが、カイトはその前にアルと話をしていた。
「アル……どうだった?」
『なんとか……かな。ギリギリだったよ』
カイトの問いかけに、アルはほっと胸を撫で下ろす。そんな彼の前には一つのゴーレムが氷漬けにされていた。
『でも流石だね。多分、僕単独だったら動く前に自壊されてたかも』
「最強は伊達じゃないのさ……が、少し予想外だな。使い魔の次はゴーレムか。いや、確かにゴーレムも超小型かつ超低出力にすれば気付かれないが……人が来るものだと思っていたな」
ここは少し予想から外されたな。カイトは少しだけため息を吐いた。先にカイトも述べていたが、使い魔を捕まえたとてそれで終わりとは思っていなかった。
なので次に来るだろう腕利きを捕らえるべくアルには引き続き待機して貰っていたわけであるが、やって来たのは超小型のゴーレムだったのだ。が、周囲を警戒していたカイトには通用しなかった。
「まさか配線を埋め込むための隙間に潜り込むほどの小型か」
『床を軽く切り裂いちゃったけど……大丈夫なんだよね?』
「それについてはこちらで全て手配する。問題にはならんしさせん」
これは仕方がない所なのであるが、エネフィアの建物は部屋と部屋。階層と階層の間に僅かな隙間がある場合があった。魔術的な防備を整えるにはどうしてもそれを設置するための隙間が必要になってしまうからだ。
無論全ての建物がそうであるわけではないが、このホテルを筆頭にして要人が宿泊する可能性の高いホテルは高確率でそうなっていた。その隙間に小型のゴーレムを潜り込ませ、カイト達の話を盗聴していたのである。
「……アル。取り敢えずその氷漬けにしたゴーレムはティナの所へ持っていってくれ。どこで作られたか程度は知りたい。使われている技術を見ればあいつならおおよそがわかるはずだ」
『了解……でもそっちはもう大丈夫?』
「まだなにかがある可能性はあるが……ひとまず今回は大丈夫だろう。あるとすればオレの帰り道だろうが」
今回の密談で敵は一番厄介な敵が自分だと認識した事だろう。カイトはそう思いながら、しかし何ら一切気にしてはいなかった。それが彼の思惑だったからだ。
『それは……哀れだね、君に挑まされる人達は』
「だろうが……まぁ、挑んでこない気はする」
『どういうこと?』
「おそらく敵はオレを侮ってないな。侮らなくとも単にオレがその想定の上をいっちまったってだけで」
『そ、それはまたなんというか……』
それはそれで哀れと言うしかない。アルは乾いた笑いを浮かべながら、そう思うしかなかった。当然であるが、敵はカイトが勇者カイトにしてマクダウェル公カイトという前提では動いていないだろう。あくまで辣腕ギルドマスターの天音カイトを相手にするつもりで最大限警戒しているだけだ。
「ま、それはともかくとして……だから生半可な戦士を差し向けた所で撃退される……いや、それどころか捕縛される事も想定しているはずだ。ならやらん方が良い」
『だから刺客は差し向けない、と』
「ああ……ゴーレムと使い魔を差し向けているのはその証拠だな。共に遠くからでも自壊させられるから、しっぽを掴まれる事がない」
おかげで使い魔でしっぽを掴む事には失敗しているし、ゴーレムはそもそも使い魔のように主人との繋がりは強くない。喩え捕獲出来てもしっぽを掴む事は難しかった。
「グリント商会への刺客も難しいだろう。エルは流石に抜けない。残るはヴァディム商会だけだが……おそらく彼らへの襲撃は無いな」
『どうして?』
「それなら最初からこんなまどろっこしい事をせず潰しておけば良いだけだ。わざわざオレ達まで巻き込む理由はない」
アルの問いかけにカイトはヴァディム商会を狙って襲撃を仕掛ける可能性は小さいと告げる。
「ま、後はちまちま情報を集めてなんとかしますかね」
『了解……じゃあ、僕はこれを持っていくよ。君も気を付けて』
「そっちもな……まぁ、流石にお前に喧嘩を売るような事は無いと思うが」
一応、公的にはカイトとアルであればアルの方が強いとされている。なので正面からカイトを攻略出来ないならアルも無理とわかるはずだった。というわけで彼を見送ってカイトは今回の対処で壊れた部分を魔術で修繕。何もなかったかを装って、再びパーティ会場に戻るのだった。
さてパーティ会場に戻ったカイトであるが、そんな彼は戻って早々に数人の要人と話すと再びランテリジャと合流していた。
「取り敢えず父にはギルド同盟関連もあり得る、と伝えておきました」
「そうか……なにか言っていたか?」
「どうやら父もその点は気付いていなかった様子で、驚いた様子でした」
先程のグリント商会、ヴァディム商会との密談であるが、その中でカイトは意図的にギルド同盟の話を出さなかった。敢えて出さない事でその後の動きを見極めて、どの組織を狙っての物か切り分けるつもりだったのだ。
「ただ父としては状況からグリント商会とヴァディム商会を狙ったものだろう、と考えている様子です」
「まぁ、それはオレも否定はしない。あり得る、ってだけの話だからな」
そして有り得た場合は厄介というだけで。カイトはランテリジャの言葉を認めつつも、決して油断は出来ないと口にする。そしてこれはランテリジャも同意した。
「そうですね……敵が何を目的としているか。何よりそれを確かめるべきなのは変わらないでしょう」
「ああ……それでラン。一つ確認なんだが」
「何でしょう」
おおよそは推測出来ますが。そんな様子でランテリジャはカイトに先を促す。これに、カイトは提案を口にした。
「グリントさんの護衛の手配は? まぁ、ボディーガードは雇っているだろうが」
「それはもちろん……それ以外については現在進めているかと」
「目処はあるのか?」
「流石にそこまでは」
今更であるが、ランテリジャは今回の噂を受けて実家に呼び戻された形だ。そして彼はまだグリント商会の仕事に関わっているわけではない。なので父がどのような手配をしているかは知らない――聞けば教えてもらえるだろうが――のだ。
「そうか……それなら一つ。今回もし雇うなら、ゴーレムや使い魔の探知に優れた冒険者を雇った方が良いと伝えておいてくれ。戦闘は二の次でも良いかもしれん」
「それはどういう?」
「さっきの密談……実は小型のゴーレムに盗聴されていたんだ。それならアルが捕獲済みだが……」
「え?」
初めて知らされた事実に、ランテリジャが大きく目を見開く。やはり彼は気付いていなかったらしい。
「だろうな……まぁ、エルは空気の流れが微妙に変化した所で気づいたみたいだが」
「姉さんも気付いていたんですか?」
「みたいだ……だから黙っておいて貰った。捕獲したかったんでな」
そうなるとアルに動いてもらうしかなかった。カイトはエルーシャが気付きながらも一切反応しなかった理由をそう語る。とはいえ、そこらを長々と話すつもりはなかった。
「それはともかく……そういうわけだから、今回の敵の主力はゴーレムや使い魔になる可能性が高そうだ。情報の露呈をなるべく減らすためにな」
「なるほど……わかりました。助言、有り難く活用させて頂きます」
当然の話であるが、ゴーレムや使い魔に対する対応と人による盗聴に対する対応はまるっきり異なる。それらを全てしてしまえるカイトやエルーシャの気配を感知する能力がおかしいだけであった。
「そうだ。そういう事なら姉さんはどうしましょうか」
「ん? ああ、エルか……んー……お前、ギルドの統率出来そうか?」
「難しいですね……いえ、現状だといっそウチで請け負った方が良いかもしれませんね……」
ランテリジャが所属するギルドではエルーシャの手ほどきもあり、気を使える者は多い。更にはそこから気配を読む事に長けた者も少なくなく、そこに幾つかの魔道具などによるサポートも含めれば十分に対応可能ではありそうだった。
「まぁ、これはそちらさんで話してくれって話だが、もしあれだったらエルはこのままウチで滞在させても良いが。どうにせよ誰かしらの連絡役は必要だろうからな」
「そうか……それも必要ですね……」
今回やはり何かと連絡と連携を取る必要が高くなりそうではあった。なのでそこらを総合的に考えた時、エルーシャにはこのままカイトの所に残留して貰った方が良い可能性は高かった。無論そうなると戦力的には少し厳しいが、それでも連携が取れなくなるよりマシだった。
「わかりました。そこらは一度姉さんや他のギルドメンバーを含めて話し合ってみます」
「そうしてくれ。もし必要ならまた声を掛けてくれ」
「ありがとうございます」
そうと決まればすぐに話に行くか。カイトの提案を受けたランテリジャはエルーシャや父と話すべくその場を後にする。そうして、その一方のカイトは再び財界の要人達との話し合いに戻る事になるのだった。
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