第2812話 黄昏の森編 ――密談――
賢者ブロンザイトの葬儀を取り仕切った事によりラリマー王国の重鎮にして彼の実弟であるクロサイトの訪問を受けていたカイト。そんな彼であったが、サリアの思惑によりラリマー王国のお家騒動に巻き込まれる事になってしまう。
しかもその対応をする最中、商人ギルドに流れていた噂から自身がエルーシャの元婚約者に逆恨みされている事を知るわけであるが、それがギルド同盟かエルーシャの実家であるグリント商会と元婚約者の実家であるヴァディム商会を嵌めるための策略である可能性を察知。財界の会合を隠れ蓑に密談を開く事にしていた。
「驚いたな……魔術ではエルを超えているのか」
「その代わり、気であれば勝ち目はありませんよ」
魔術であればエルーシャが頼りにした事を驚いていた彼女の父であるが、そんな彼にカイトは笑って首を振る。そして別にこんな他愛もない話をしたくて集まっているわけではない。なによりこのまま集まっていれば何が起きるか定かではないのだ。盗み聞きがされる前に、手早く話を終えたい所だった。
「いえ……それは良いですね。今見て頂いた通り、おそらくどこかの誰かが我々を嵌めようとしているという事で間違いないでしょう。それがどこのどいつかまではわかりませんが」
「「……」」
カイトの言葉にエルーシャの父もヴァディム商会の当主も揃って苦い顔を浮かべる。というわけで、カイトは仲介人かつ第三者として話を回す事にした。
「まず伺いたいのですが……グリントさんもヴァディムさんも。まさかとは思いますが。お二人のどちらかが今回の噂を流した仕掛け人……という事は無いですよね?」
「「っ」」
強大な圧力と共に掛けられた言葉に、二人の当主達が僅かに気圧される。当然だがカイトも巻き込まれている以上、このどちらかが仕掛け人だった場合は容赦するつもりはなかった。そしてその有無を言わせぬ圧力に対して二人ははっきりと頷いた。
「もちろんだ……何よりやるにしても君を巻き込むのは愚策だろう。それはグリントさんも同じだと思うが」
「無論だとも」
やはり経緯が経緯だったからか、どちらも若干の敵愾心があったのは仕方がないだろう。とはいえ、カイトからするとそんな事はどうでも良い。そしていがみ合わせるためにこの場を用意したわけではない。
「ならば結構です。それならまず伺いたいのは、グリントさん。商人ギルドで流れている噂ですが、具体的にどなたから伺ったのですか?」
「グレイス商会……正確にはマクダウェル領を拠点とするノース・グレイス商会だ。彼らが君の事を知っていて、我々に伝えるように情報をくれたんだ」
「グレイス……」
となると大本はイリアかイリスか。カイトはグリント商会の情報の仕入先を理解して、苦い顔を浮かべる。これにヴァディム商会の当主が問いかける。
「なにか心当たりがあるのか?」
「いえ……とある理由から、グレイス商会は私に関するこういった噂を流す事は無いと判断出来まして」
「それは何故?」
当然だがカイトが言うからと素直に信じられるわけもない。なのでエルーシャの父の問いかけに、カイトは明かせる限りで話を広げた。
「グレイス商会の大本はリデル家……先だって先代のリデル公には一つ借りを作った所だったのです。彼らも商人ですが、義理堅さはお二人の方がご存知でしょう。私が何かしらの策に巻き込まれたのを察知して、先代がグリントさんに伝えるように言ったと考えるのが自然でしょう」
「ふむ……確かにリデル家が自らの子飼いの企業の勝手を見過ごすとは思えん……」
「それに何より、現在のカイトさんは皇国が喧伝している存在。公爵がそれを潰すとは思えませんね。自分達の利益にならないですし、何よりそうなるとマクダウェル家との禍根になりかねない」
「ふむ……」
カイトの推測はおそらく正しいだろう。ヴァディム商会の親子もグレイス商会が噂を流している可能性は無いと判断する。そしてこれはカイトの話を子供二人から聞いていたエルーシャの父もまた同じだったようだ。
「我々も、そう判断したのです。なのでこの噂の信憑性は高いだろうと思いお伺いしたのです。話としても我らも原因の一端のようなものでしたから……」
「ふむ……だがなんと言われようと、我らに身に覚えがないのもまた事実だ」
結局、これで話は堂々巡り。ヴァディム商会はグリント商会が噂を流しているのでは、と考えて話を取り合わなくなってこじれかけてしまったという所であった。
「それが嘘なのではないか。そう思ったのですよ」
「それは聞いた。だが」
「待った。グリントさんもそれは承知の上です。無論、ヴァディムさんも嘘である、というのは私も承知しています。ですね?」
ここで話がこじれられても困る。カイトはお互いに何者かの策略に嵌められただけだとわかっていながらも、不信感から若干ヒートアップしそうになった所で割って入る。というわけで、カイトの介入を受けたエルーシャの父も頷いた。
「……そうでしたね。失礼。ヴァディムさんも失礼しました。単にそういうわけなので、というだけです」
「いや……良い。現在商人ギルドに流れている噂の広さは我々も知っている。嘘と捉えられても仕方がなかった」
一つ頭を下げたエルーシャの父に対して、ヴァディム商会の当主は首を振って水に流す事にする。そもそもこのまま放置して困るのは彼らなのだ。ここは謝罪を受け入れておいた方が得と判断したようだ。というわけで、両者共にお互いの言っている事が真実であるという前提で話を進める事にする。
「ふぅ……とりあえず話を進めましょうか。グリントさんが誰から聞いたかはわかりました。ヴァディムさんは誰からこの噂を?」
「誰から……というのは無い。明確に問われたのはそちらのグリントさんだけだ」
「かなり広く流れている噂でしたので……」
ヴァディム商会の当主の言葉にエルーシャの父も明言する。これにカイトが問いかけた。
「どの程度知られている噂なのですか?」
「我々が気付いた時点で三割ぐらいは知っている……という所でしょうか。これが与太話なら消えていくのですが、消えるどころか広まっていく様子でしたので信憑性が高いと思ったのです」
「我々もそのぐらいだ。今は更に広まっているだろうがな……」
嫌になる。ヴァディム商会の当主は盛大にため息を吐いた。ちなみに、これが大体先々週の話だそうだ。その後グリント商会とヴァディム商会の話し合いがされて、物別れに終わり今に至るのであった。というわけで、現在までの情報共有がされた後。カイトは一つ唸った。
「ふむ……やはり誰かが意図的に嘘の情報を流していそうですね。しかもある程度の確証が得られる形で……ヴァディムさん。改めてになりますが、本当に息子さんは何もされていないのですね?」
「断言する。なんだったら、この場にあれを呼んで証言させても良い。必要とあらば誓約書も書かせよう」
この様子ならやはりヴァディム商会は一切無関係と考えても良さそうだな。カイトは自らの目をまっすぐ見据えて告げるヴァディム商会の当主にそう判断を下す。というわけで、彼が今後の方針を告げた。
「となると……やはり噂の流れを追って誰が流した噂か調べた方が良さそうですね」
「そうでしょう……それと共に噂が偽りであるとした方が良い」
一見するとグリント商会は無関係に思えるが、発端が自分達の所にある以上放置していると要らぬ疑いを持たれかねない。更に言えば無関係を装うと心象も悪くなるだろう。はっきり否定した方が良かった。
「そうですね……それについてはお二人にお願いして良いですか? 何分、私は所詮外の者ですので……」
「わかりました」
「請け負おう」
カイトの要請に対して、二人の当主ははっきりと承諾を示す。とはいえ、だからカイトは何も動かないというわけではない。商人ギルドに伝手はなくとも彼には彼の伝手があった。
「私の方は一度リデル家に話を聞いてみようと思います。グリントさんが噂を聞かれてから暫く経っているらしいですので……何かその他の情報が入っているかもしれませんし」
「出来るのか?」
「ええ……まぁ、流石に先代のリデル公や当代に話は聞けないでしょうが、話ぐらいは聞いて頂けるかと。よしんば何も知らずとも、先に仰っしゃられた通り私の状況を考えれば座視される事も無いでしょう。それだけで安心感というものは違ってきますから」
ヴァディム商会の当主の言葉にカイトは笑ってそう告げる。まぁ、カイトが絡んでいる時点でリデル家が動いていないわけもないだろうが、それは彼らが知る由もない。というわけで、この後も暫く三組織のトップ達は今後の対策について手早く話を行って、パーティ会場に戻っていくのだった。
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