第2810話 黄昏の森編 ――密談――
賢者ブロンザイトの葬儀や死後のあれこれを取り仕切った事を受けてラリマー王国の重鎮にしてブロンザイトの実弟であるクロサイトの訪問を受けていたカイト。そんな彼はサリアの思惑によりラリマー王国で起きていたお家騒動に巻き込まれる形となったのであるが、それと共に別口で今度は自分がエルーシャと親しくしていた事から元婚約者の逆恨みを受けている事を知らされる。
が、それが何者かが意図的に流した噂だと知ると、今度はその元婚約者の実家であるというヴァディム商会。更にはエルーシャの実家であるグリント商会の両方に加えて自分か冒険部を狙う策略と判断。ちょうど開かれる事になっていた財界の要人が集まるパーティの場を借りて、この両者と密かに会合を開く事にしていた。
「ふぅ……アル。聞こえているか? もう控室に入ったか?」
『うん……控室に入ったのは初めてだけど、良い部屋を用意してくれてるみたい』
「このホテルは一流のホテルだからな」
今回の財界の要人達の集まりであるが、これは主催がマクダウェル家ではない――協賛には名を連ねており、招待状を用意出来たのもそれ故――のでマクスウェルにある一流ホテルの宴会場を使って行われていた。
なので控室もホテル側が手配したものなのだが、やはり財界の要人達の警護とあってかなり一流の部屋を用意されていたそうだ。
「……で、それはそうとして。そっちから見る限りどうだ?」
『今の所は特には……警備も厳重だからかな』
「マクダウェル領の財界の要人達に加え、一部マリンさんのように古い豪族達も集まっている。警備はいつも以上に厳重になっている」
流石に財界の要人が集まるからと軍を動かせないのが痛い所ではあるがな。カイトはこの集まりがあくまでも一般人達の集まりにすぎない事を口にする。
『警察かぁ……』
「なにか含みがあるな」
『あー……いや、うん、まぁ……』
「ああ、叔父さんか。今回の警備の総責任者じゃなかったと思うんだが」
『違うよ。もしそうなら叔父さんの性格上、絶対にウチに一度挨拶に来るはずだし』
これは別段珍しくもなんともない話であるが、アルの父親であるエルロードには弟が一人居た。その叔父は軍ではなく警察に所属していたのだが、アルはそれを思い出していたのだろう。
「そうか……警察の世話にはなっていないとは聞いていたが?」
『な、なってないよ。流石に僕もそこらは節度はあるよ』
「そう信じよう」
『本当だって……』
楽しげに笑うカイトに、アルはかなり慌てた様子で無実を口にする。まぁ、たしかに彼は騎士の名門の生まれとしてそれを誇りとしていたし、それは幼少期から変わらない。というわけで流石に警察の世話になった事は一度も無いのであるが、件の叔父から苦言を呈された事は何度かあったらしい。
「あはは……まぁ、それならそれで良い。今回は事の性質上、警察が警備の主力になる。若干居心地は悪いだろうが、そこは我慢してくれ」
『それはわかってるよ。珍しくもないしね』
やはり警察と軍は縄張りが被る事も多いのか、あまり仲が良いわけではないらしい。なので軍人であるアルが邪険に扱われる事もあったのである。
「そうか……っと。オレはまたパーティに戻る。そっちももう暫く待機しておいてくれ」
『了解』
いくら警察が警備の主力であろうと、警察の仕事は捕縛だ。戦闘ではない。そして今のところ戦闘が起きる様子はなかったので、アルは待機となるのであった。というわけで、彼との話し合いを終えたカイトは休憩用の一角を後にするのであるが、その前に一度だけ周囲を確認する。
(さて……)
幾らかの財界の要人とは話したし、急場で話しておきたい相手は今のところ問題ない。あるとすればバルフレアと話しておきたい所だが、流石に彼と即座に話せるほど天音カイトという男の重要度は高くなかった。
そしてカイトがそうであるように、大半の要人達も一通り今回の会合で目的だった相手とは話せていたようだ。各々がある程度自由に話し始めており、ヴァディム商会と話すのなら今がチャンスと言えた。そしてどうやら、相手もそう考えていたらしい。流し目でカイトの方を何度か見ており、機会を探っている様子だった。
(要件はわかっている……という所か。なら、そろそろ動くか)
相手もそう考えているのであれば、動いて良いタイミングだろう。カイトはそう判断して休憩用の一角を後にする。そうして彼は話し相手を探すフリをしつつ移動。それとタイミングを合わせる形で、ヴァディム商会の長男坊が話しかけた。
「カイトさん」
「これはオーランドさん。お久しぶりです」
努めてこの場で偶然出会ったように。カイトはこれが意図した遭遇ではないと見せるため、わざと少しだけ驚いたような様子を見せる。これにオーランドも頷いた。
「ええ、お久しぶりです。少し良いですか?」
「ええ」
オーランドの求めに応ずる形で、カイトは一つ頷いてその場で立ち止まる。
「ありがとう……最近はどうですか?」
「あはは。やはり忙しいですよ。特に今は」
「やはりそちらも」
これは仕方がない事なのであるが、単刀直入に本題というわけにはいかなかった。どちらももしこの場が見張られているならそれを見極める必要があったのだ。そして両者は数度の雑談を交わし、ひとまず傍聴されていない事を確認。ようやく本題に入る事にした。
「……そういえばカイトさん。一つ窺いたいのですが」
「なにか?」
「弟の噂をなにか耳にされてはいらっしゃいませんか? 確か貴方もアルフォンスさんとは親しくされていたと思うのですが……何分、マクスウェルは実家から遠い。羽目を外していないか気になりまして」
当然であるが、オーランドはラザールとアルの二人が友人である事は知っている。なのでこの切り口で進める事にしたようだ。が、その表情は弟が馬鹿をしていないか気遣っているというよりも、厄介な状況になっている事をわかった上での物だと察せられた。
「噂……一つだけ、聞いている事がありますが」
「やはり……」
「その件で別に話せる場を設けたいと考えているのですが、お父君の予定はいただけますか?」
かなり苦い顔を浮かべたオーランドに対して、カイトはこれ以上ここでこの話を進めるわけにはいかない、と単刀直入に切り出す。これにオーランドは即座に応じた。
「もちろんです。父も今回の一件は耳にしており、非常に困っていた所でした。そちらが場を設けて下さるというのなら、渡りに船です」
「ありがとうございます……部屋は用意させています。あちらを」
カイトは小さくジェスチャーで密かに紛れ込ませていた――ホテルの従業員に偽装させている――マクダウェル家の従者を指差す。彼女は護衛も兼ねており、万が一別室への移動の道中で襲撃されても問題無いようにという配慮だった。
「……わかりました。父に伝え、なるべくすぐに向かうようにしましょう」
「お願いします。早急な対応をせねばならないかと」
「同意しましょう」
カイトの言葉にオーランドもまた同意。表向きはそれで話が終わった体でその場を後にする。というわけでヴァディム商会との話し合いが終わった所で、カイトは再度ランテリジャと合流した。
「ラン」
「カイトさん。どうでしたか?」
「向こうもやはりかなりやばい状況だと認識していたらしい。オレが離れるや否やすぐに話しかけてきた」
あの顔は嘘で出来る表情じゃないな。カイトはオーランドの表情をそう認識していた。オーランドの顔にはそれだけの焦りが見て取れたのである。
「そうですか……助かります」
「いや、良い……それに何より、実際に動けるのはここからでもあるしな」
「そうですね……足場が固まらない事には動きようがない」
全てはここからだ。カイトもランテリジャも一旦はこの三者による対立が防げた事に安堵しつつも、同時にまだ始まってさえいないと気を引き締める。と、そんな所に声が掛けられた。
「何の話?」
「姉さん……なんでも無いよ。単に雑談してただけ」
「ふーん……」
「お前の実家とオレ、そしてヴァディム商会の三つをどこかの誰かが嵌めようとしてくれててな」
「ちょっ、カイトさん?」
この件は黙っておくはずでは。カイトの唐突な暴露にランテリジャが目を見開く。が、これにカイトは肩を竦める。
「別にもう隠す必要もない……というより、タイミングとしてはここしかないだろう?」
「それは……そうですが」
考える事を苦手とするエルーシャであるが、それが考えるより殴る方が楽というだけで決して馬鹿ではない事をランテリジャは知っている。故に自分とカイト、そして父まで一斉にいなくなればなにかがあると姉が勘繰るぐらいの事は疑いの余地がなかった。とはいえ、唐突に話された話にエルーシャは困惑気味だ。
「どういうこと?」
「そのままの意味だ。どうにもエルーシャとヴァディム商会の次男坊との破談を利用して、ヴァディム商会がオレに襲撃を仕掛けようとしているって噂が流れているみたいでな」
「はぁ? あのナンパ男が?」
「それを誰かが意図的に流しているんですよ」
あいつそんな事をしようとしたのか。怒髪天を衝くとまではいかずとも眦を決するエルーシャに対して、ランテリジャが改めてはっきりと明言する。
「……つまりは?」
「誰かがオレ達を仲違いさせよう、って企んでるってわけ」
「まぁ、ウチとヴァディム商会はまだ良いわ。なんでカイトまで?」
「……ちょうどよかったのがカイトさん、というわけなんでしょう」
利用される土台を作ってしまったのが自分という認識はあったらしい。その点は素直に受け入れ少しだけショックを受けていた様子のエルーシャであったが、同時に何故カイトが巻き込まれているかわからなかったらしい。ランテリジャの言葉に再度問いかける。
「だからなんで」
「どうにも、同盟で仲良しこよしをしてるのを付き合ってると勘違いされてしまったみたいだな。そこから次男坊がオレを逆恨みしている、って噂にされたようだ」
「んぐぅ!? 根も葉もな……くはないけど!」
「そうなんよねぇ。根も葉もなくはないんよねぇ」
根も葉もない噂なら完全否定も出来てしまえるのであるが、あまりにも状況が悪いとエルーシャにも思えてしまったらしい。真っ赤になりながら否定しようにも出来ない状況に困惑するしかなかった。
というわけで、困ったように笑うカイトは同じ様に少し困ったようなランテリジャと共にひとまずエルーシャに情報の共有を行う事にするのだった。
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