第2807話 黄昏の森編 ――出立――
賢者ブロンザイトの葬儀の手配を取り仕切った事を受けて彼の実弟にしてラリマー王国の重鎮であるクロサイトの訪問を受けていたカイト。彼はそこでサリアの思惑によりラリマー王国のお家騒動に巻き込まれてしまう事になる。
しかもそこに入ってきたエルーシャの元婚約者が自身を逆恨みしているという情報からそれが何者かが自分やエルーシャの実家。そして元婚約者の実家を狙う策略である事を察知。同時に二つの案件に対応するという指導者としての能力が問われる状況になっていた。
というわけで、クロサイトを狙う殺し屋達への対処を決めた翌日の朝。カイトは朝一番でアルから直接報告を受けていた。昨日は時間が足りず通信機を介していたのだ。
「と、いう感じだよ。多分あれは嘘を吐いていない……と思う。年単位で付き合いがある僕から見て、でしかないけれど」
「いや、それで良い。流石にそのラザールとやらが手配出来る領域ではお前と正面切って戦う事は出来ん。お前が警戒に入った、って察した時点で動きはなくすだろう」
「それでも噂が止まらなかった時は……」
とどのつまりそういうわけなのだろう。アルとしても学生時代の友人がそこまで馬鹿とは思っていなかった。なので自分が注意喚起を行った以上、解決するまで目立った動きはしないだろうと判断。その上で噂が止まらないのなら、誰かが意図的にラザールを貶めようと流していると考えて間違いなさそうだった。
「ああ……アル。今日の夜財界の集まりがある。そこに警護役として潜り込む事は出来るか?」
「え? いや……出来るか、って言われれば手配してくれるなら出来るけど」
「ああ、すまん。言い方が悪かったな。お前、変装とか偽装は出来るか?」
「あー……」
そっちか。カイトの問いかけにアルはカイトの求めを理解して、少しだけ困った様に笑う。そしてそれにカイトもおおよそを理解した。
「そうか。それなら良い。騎士にそこらを頼むのは筋違いだからな」
「ごめん」
「良いさ」
「でもそうなると、直接会うつもり?」
「ああ。流石にこのまま放置は出来ん……オレが仲介人として立てば、エルとランの実家もヴァディム商会も共に話し合うしかないだろう」
現状でわかっている限りでは、この三つの組織を狙った何者かの策略だと考えられる。であれば、この三つで一度話し合う必要があった。が、そうなると当然この三つを嵌めようとする何者かは面白くないだろう。故にアルが問いかける。
「でも危険じゃないかな? 多分、何かしらの妨害してくるよ」
「危険は承知だ……が、このまま放置して三つ巴になるのが一番最悪だ。現状おそらくエルの実家とヴァディム商会はお互いの信頼関係が無い状況だろう。こうなりゃ正面から腹を割って話すしかない」
「なにか情報は無いの?」
「火元を探さない事にはどうにもならん。ならひとまずは水を掛けて延焼を防ぐしかない」
アルの問いかけにカイトは深くため息を吐きながら首を振る。何度か彼自身が述べているが、現状この件に関しては情報が無いのだ。まずは出処を探すのが先決だった。
「情報屋は?」
「これがマクダウェル家に売る喧嘩なら、向こうから送ってくる。それが無いって事は即ちって事だ」
「……どういうこと?」
「とどのつまりこれはマクダウェル家……勇者カイトに売る喧嘩じゃなくて、天音カイトか二つの商会を狙っての物だって話。まぁ、場合によっては冒険部の可能性もあるけどな。その時は流石に情報を買うかもしれんが、まだわからん。出来るだけ後手に回りたくはないが……」
あまり情報屋ギルドに依存し過ぎたくもない。カイトはアルの問いかけに再度深い溜息を吐く。おそらく今回の噂の出処などはすでにサリアが掴んでいると思うが、それに頼りすぎると自分の腕は落ちるし話術も劣化する。あまりそうしたくないのが実情だった。と、そんな考えを滲ませるカイトであったが、一つ首を振る。
「……いや、それは良い。今じゃない、という程度だ。それに優先したいのはラリマー王国の件だ。サリアさんにはそっちに注力して貰いたい」
「確かに……そっちの方が重要と言えば重要……かぁ」
こちらは最悪後手に回ってしまってもカイトが裏で動いてしまえばリカバリは可能だろう。が、ラリマー王国の件に関しては失敗するとリカバリは厳しく、何十人では済まない犠牲者も出かねない。優先するべきはどちらか、と問われればこちらに他ならなかった。
「まぁ、良い。取り敢えず変装が出来ないならそれはそれで良い。パーティの裏に控えておいてくれ。ヴァディム商会の当主とは?」
「顔合わせはしたよ。二回か三回ほどだけど」
「そうか……流石にお前の顔を忘れるようならやり手とは言われんだろう。万が一の場合はお前がそっちを頼む。エルのご両親は……」
「エルーシャちゃん居るから問題はなさそうだね」
「だろうな」
ランクA冒険者に匹敵するエルーシャも今回のパーティには参加する予定だ。そして彼女の武器は自らの肉体。万が一戦闘になっても自分と両親ぐらいは守り抜けるだろう。というわけでアルと同様に笑うカイトは彼にパーティへの招待状の入った封筒を手渡した。
「これがパーティの招待状だ……それでこっちが裏から入るために必要な書類。ホテルの通用口には話を通してある。待機用の部屋も用意する様には伝えてあるから、そこで待機。もし何もなければそれはそれで良い」
「了解……会場の警備は?」
「結界は展開するが……流石に参加者を威圧するわけにもいかん。いつもより少し上程度にしている。<<死魔将>>の事があるので、という言い訳が通用する程度と思ってくれ」
となると本職の殺し屋達なら普通に抜いてくるか。カイトからの情報にアルはそう考える。というわけで、この後暫くの間アルはカイトと共に今日のパーティに関する打ち合わせを行う事にするのだった。
さて時は進んでその日の昼。カイトはソラと共にクロサイトの所を訪れていた。出立が近付いてきたため、挨拶をしておこうと判断したのだ。
「カイト殿。この数日、世話になりました」
「いえ……ゆっくりと休んで頂けたなら幸いです。明日の朝にご出立でしたね?」
「ええ……今回の訪問はあくまでも私の私人としての訪問。陛下の勧めではありますが……それ故にこそ、長居は出来ません」
カイトの問いかけにクロサイトははっきりと頷いた。クロサイトの皇国訪問は公務であったが、マクダウェル領の訪問に関しては公務ではない。だがこれに関してはラリマー王国の現国王がせっかく皇国を尋ねるのなら賢者ブロンザイトの件で礼を言ってきてはどうか、と勧めたらしい。これにカイトも一つ頷いた。
「そうですか……残念ですが、そういう事なら仕方がないでしょう。またの時を楽しみとさせて頂きます」
「はい……まぁ、今度は貴公の婚礼の儀の時になるでしょう。その時には、ゆっくり逗留させて頂きたく思います」
「あはは。その時までには平和にしたいものですね」
クロサイトの少しだけ冗談めかした言葉にカイトも笑って応ずる。そしてこれにクロサイトも笑って頷いた。
「全くです……それでソラくん。明日から数日だが、警護の方を頼む」
「はい」
今回のソラへの依頼だが、表向きは警護にかこつけたブロンザイトとの思い出話をしたいがためと周囲は捉えていた。実際、クロサイトとしても何事もなく戻れるのであればそれでも良いだろうと考えていた。
「うむ……では、カイト殿。ソラくんとトリンくんの二人、数日ですがお借り致します」
「はい……まぁ、道中ブロンザイト殿の思い出話でもしてやってください。話し相手ぐらいにはなるでしょう」
「ははは。そうですな。私しか知らぬ兄。彼らしか知らぬ兄……色々な事があるでしょう」
両者一応は道中でなにかが起きる事はない、というような口ぶりで話を進める。というわけで、更にそれから少し。クロサイトへの挨拶が終わった所で、ソラが口を開いた。
「クロサイトさん、こっちには仕事じゃなかったのな」
「ん? ああ、そりゃまぁ……そうだろう。ブロンザイト殿はあくまでもクロサイト殿の兄というだけに過ぎない。公人と私人を分けねばならん以上、当然だ」
「そりゃそうか」
言われてみれば当たり前の話だ。ソラはカイトの指摘になるほど、と納得する。とはいえ、これにカイトは少しの裏話を混じえた。
「が……おそらく進言したのは第一王子だろうな。現国王はそれに乗ったと見える」
「どうしてだ?」
「マクダウェル家に良い所を見せたい、って心情が働いたんだろう。そして件の第二王子の勢力とてマクダウェル家の手前、クロサイト殿へ温情を見せる現国王の方針には反対し辛い。その裏に狙う物があるのがわかりながらも、な」
「でもそれならクロサイトさんを使者として選ばなければ、とも思うけど……やっぱそれもムズいか」
「そう。現状使者として一番良いのはクロサイト殿だ。今なら葬儀の件を持ち出す事でラリマー王国がマクダウェル家と関係性の構築を行う事も出来るからな」
様々な面を考えた時、今回のクロサイトの皇国訪問は避けようがなかった。ソラはカイトとの話の中で再度それを認識する。というわけで、そんな彼がカイトに問いかける。
「それで第一王子と第二王女の密約はどうなったんだ?」
「成立した。後はこれを本国に持ち帰って、中身をお互いに精査。最終的な合意だ」
「そうか……なら第二王子の勢力は一気に攻勢を強めるか」
「ああ……おそらく確定で襲撃が来る。気張れよ」
「おう」
ここまで想定通りに話が進んでいる以上、襲撃も想定通り起きそうではあった。故にソラはカイトの言葉に再度気合を入れ直す。と、そんな彼に今度はカイトから告げる。
「ソラ……おそらくクロサイトさんもお前が第二王子の勢力を知っている事。そしてオレがそれも織り込み済みでお前を送った事はわかられているはずだ。道中で可能であれば第二王子の想い人とやらの手配がどうなっているか確認を取ってくれ。もちろん、どこかに居るだろう密偵にはバレない様に注意しろ」
「わかった……あれ? でもどうやってお前に情報を送るんだ?」
「途中で襲撃があるだろうから、そのタイミングで渡してくれ」
「そういや、その後ってお前も一緒に来るのか?」
襲撃があり、その襲撃に対するカウンターをカイトが狙っている事はソラも知っている。が、その後カイトがどうするかまでは聞いていなかった。というわけで、彼の問いかけにカイトもそういえば言っていなかった、と口を開く。
「ああ、いや……流石にオレは襲撃に対するカウンターにも表向き参加しない。あくまでも最後までお前とトリンが単独でラリマー王国に送っていく形だ。それに、オレはお前を囮として『工場』に攻め込みたいしな」
「囮ってはっきり言うなよ……」
「事実なんだからしゃーない」
「そうだけどさ……」
それでもはっきりと言われると気分が萎える。ソラは笑うカイトにそうツッコミを入れる。というわけでその後もカイトはソラとの間で打ち合わせを行い、カイトのこの日の日中はほぼほぼ打ち合わせで終わる事になるのだった。
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