第2806話 黄昏の森 ――裏で――
賢者ブロンザイトの葬儀を取り仕切った事で彼の実弟にしてラリマー王国の重鎮クロサイトからの訪問を受けていたカイト。そんな彼はサリアの思惑により、ラリマー王国のお家騒動とその裏でうごめく犯罪組織との戦いに巻き込まれてしまう。というわけでそれに対応しながら更に持ち込まれる依頼を隠れ蓑にした不法行為やエルーシャの元婚約者の噂から始まる案件に対応し、としていた。そしてもちろんそれだけで彼の日々が終わるわけもなく、その合間合間にはアリス達の訓練を見ていた。
「っ! アリス!」
「消します!」
霊力を分けた事により生まれる視線に暦が一瞬自身の呼吸を乱され、それにアリスが霊力の衝撃波を放つ事で無効化する。何も本人にも思えるほどの分身を実体化させるだけが霊力と気を混ぜ合わす事により出来る事ではない。こういう芸当も出来たのである。
「おっと……」
霊力の衝撃波はよほど強力にならないと紙一枚動かせないが、多少の力でも魂を揺らす事が出来た。しかも霊力に対しては霊力を使えねば対処が殆ど出来ない。カイトには通用していなかったが、本来ならこれだけで格上をひるませる事さえ出来る威力ではあった。
「さて……」
吹き荒ぶアリスの霊力の奔流を受け流しながら、カイトは一度だけ呼吸を整える。そうして呼吸を整えたと同時に、カイトは<<縮地>>を展開。それに合わせる様に、暦もまた<<縮地>>を使うべく地面を踏みしめる。
「アリス!」
「はい!」
暦の声掛けと同時に、アリスがその場で反転。それに合わせて、暦が<<縮地>>でその背を守る様に移動する。相手はカイト。正面から来ても背後を取られても不思議はない。が、そのどちらも訪れず、二人が一瞬の困惑を露わにする。
「「っ」」
気配を感じない。暦もアリスもどこかへ消えたはずのカイトの気配がなく、更に警戒を強める。そして周囲を見回す二人が同時に同じ方向を見た瞬間だ。その死角に立ったカイトが二人の肩を叩いた。但し人差し指を立てる格好で、だ。
「ふぁ!」
「あぷっ!」
「はーい。一週間ほど前に一回だけちらーっとやった芸当にまーた引っかかりましたー」
肩を叩かれたので振り向いたその先にあったカイトの人差し指に頬を突かれ、二人が少しだけ素っ頓狂な声を上げる。
「二人共霊力と気によって敵の動きを察知出来る様になったのは良いが、逆に今度はそれに頼りすぎだ。そのどちらもを抑えられると、一気に見落としが増えちまう」
「で、でも見えませんでした」
「視てはいました」
暦は見ていたが見えなかったと、霊力に依存する力で視認しようと頑張っていたとアリスは口にする。そしてそれに関してはカイトも同意する。
「そうだな。二人がきちんと確認しようとしていた事はわかっている。が、まだ足りない。目だけでなく耳にも注意しておけ。今のは二人の死角に移動する様に動いていた。目だけではどうにもならんかっただろう。目だけに意識を集中させるではなく、耳や肌の感覚を常に研ぎ澄ませろ」
「「はい」」
「良し……じゃあ、少し休憩したらもう一度演習だ」
「「はい」」
カイトの指示にアリスと暦がはっきりと頷いた。というわけで用意されている椅子に腰掛けて休む二人であるが、その間にカイトはソラに声を掛ける。
「で、そっちはどうだ?」
「なんとか魔力は回復した……あー……」
先にアリスと暦との模擬戦にて魔術以外を使おうとした事を受けて『地母儀典』にへそを曲げられたソラであったが、なんとか重力の檻からは出られたらしい。が、かなり苦労したらしく魔力がごっそりと減ってしまっていた。故に模擬戦は一旦小休止を挟んでから、となったのである。
「まぁ、魔導書ってのはそんなもんだ。普通の武器と違って一癖も二癖もある」
「よく理解しました……」
「あはは」
流石のソラも高重力の檻は堪えたらしい。しかも魔力まで勝手に吸い取られる形になっていたため、早急になにか手立てを講じないと自滅の可能性さえ有り得たのだ。その焦りは相当なものだった。
「基本魔導書を使う場合はその中身を知っておく必要がある。自動で発動して貰うにせよな。そこは前提として理解しておけ」
「おーう……はぁ」
「……ま、取り敢えずは魔導書との連携を主眼に戦え。魔導書は確かに道具だが、同時に意思を持つが故に連携になる。自分勝手に戦うってもんじゃない」
出来るのだろうか。先の一幕から若干後ろ向きに考えていた様子のソラに、カイトはそう助言を送る。そうして、この後はソラがきちんと動ける様になってから再びアリスと暦とソラの模擬戦が行われる事になるのだった。
さてそんなこんなである意味いつも通りであり忙しい日常を過ごしたカイト。そんな彼は夜になると共に、とある案件に対する報告を受け取っていた。そのとある案件というのは、ラリマー王国のお家騒動だ。というわけで流石に冒険部では報告を受けられないのでマクダウェル公爵邸の自室に戻っていた。
「そうか……やはり第一王子と第二王女の密約は成立の流れか」
「は……やはりクロサイト殿も犯罪組織がのさばる事だけは許容出来ぬものと思われます」
「だろう。犯罪組織が公然と力を発揮出来る様になってしまえば、亡国も目の前だ。その芽を早い内に摘んでしまおう、というのは当然の話だろう」
ストラの報告にカイトはやはり収まるべき所に収まったか、と特に驚きもなく頷くだけだ。ちょうどこの一時間ほどにクロサイトを立会人として代理人を介した会合が行われ、第二王女は自身の安全と引き換えに第一王子の支援を約束する形になったらしい。
「それはそうですが……若干遅きに失するかと」
「それは否めんな。本来なら国外で代理人を介した話をせねばならない状況になる前に片を付けるべき……なのだろうが。そうだ。ラリマー王国の現状に関する調査報告は?」
「こちらに」
兎にも角にも現状を知らない事には動きようがない。カイトは潰すべき標的は理解しているものの、それ以外の現状について分からない点も少なくなかったので追加で調査させていたらしい。というわけで、マクダウェル家の伝手を介して調査させた結果を確認する。
「ふむ……取り敢えず優先的に行うべきなのは第二王女と恋仲というこの令息の保護か。そちらに関してクロサイト殿はどうされるおつもりなのか……」
「なにか手立ては考えてらっしゃるとは思いますが」
「無策に出られる方ではない……その点はソラに探らせておくか」
こちらの動きを向こうに知らされても困る。カイトは第二王女をこちら側に引き留める意味も含め、この第二王女と恋仲という青年の保護に関して追加で調査させる事を決める。というわけで追加調査の結果を聞いたカイトは一つ頷いた。
「そうか……引き続き調査を進めてくれ。どうにせよ『工場』の破壊はせねばならんしな」
「は……」
「……若干甘やかしすぎ、って顔してるぞ」
「いえ……」
「あはは……まぁ、サリアさんに甘いのは今に始まった事じゃないが、ヴィクトルの製品にはウチの技術も使われている。好きにさせるわけにもいかん」
若干不承不承という様子だったストラの様子を見て、カイトは笑いながら道理を説く。カイトとて何もサリアだから動いた、というわけではない。マクダウェル家の利益にならないから、動いているのである。
「失礼しました……そういえば閣下」
「ん?」
「もうひとつの件に関しては如何なさいますか?」
「あれか……そういえば次男坊は東町に通っているという話だったな。お前の方になにか情報は入ってないか?」
もう一つの件というのはやはりこのカイトを狙う襲撃の方だ。ストラからしてみればラリマー王国のお家騒動よりこちらの方が重要らしい。まぁ、所詮他所様の喧嘩と自分の主人を狙う案件のどちらが大事かと言われれば当然の反応だろう。
「は……少なくともここ暫くの動きを見ますに、閣下を狙うという噂はデマかと」
「そうか……アルからも僕が見る限りは真実とは思えない、との事だったが。やはりそうか」
「はい」
「となると……どこのどいつがそんな噂を流しているか、だが。噂の出処は掴めたか?」
ラザールが無関係である可能性は高そうではあったが、やはり案の定だったか。カイトは自分とラザールの関係性から彼が良い様に出汁に使われただけと察したようだ。というわけで一つため息を吐いて問いかけるカイトに、ストラがわかっている部分を報告する。
「現状、まだ定かには。ただ東町に流れる情報を統合すると、マクスウェルが始点ではなさそうです。マクダウェル領出身でない者が口にしているという報告が」
「ほぅ……若干そうじゃないかな、と思ってはいたが。やはり外からだったか」
カイトとて自分のお膝元でなにか悪さを企んでいるのなら即座に掴める体制は構築してある。そこで掴めなかった時点でなにかの力が働いているかマクダウェル領で流された噂ではないのでは、と考えたのだが、案の定だったらしい。
「引き続き、情報は集めておいてくれ。こちらもパーティでヴァディム商会と接触はするが……おそらく向こうもわかっていないだろう」
「かしこまりました」
こちらもこちらで情報が無いと動きを取れない。ならば情報を集めていくしかなかった。というわけで、カイトは再び二つの案件の情報収集を進めさせる事にして一旦ストラを下がらせる。そうして下がらせた所で彼は今度はティナに連絡を取った。
『と、いう塩梅かのう。ロックの解除を行う魔道具を使ってみた所、ログデータの破損が見受けられた』
「なるほど……開けた履歴そのものを破壊して、誰がどうやって入ったかの入退室記録を見れなくするって腹か」
『うむ……まぁ、これを使うのが殺し屋ギルドの者たちである事を鑑みれば、その点はさしたる問題にはならなかったのじゃろうな。何時殺したとバレても問題はない。故にロックもログも破壊する形で……おぉ、そうじゃ。そういえばその点も話しておらんかったな』
そういえばどういう方法で鍵を開けているか話していなかったか。話しながらティナはその点に思い至ったらしい。
『この魔道具じゃが、どうやら魔術的な回路を破壊する形で作動しておる。なので魔術のみに頼る場合は有用じゃ……物理的な物に関しては一切通用せんがの』
「その点は魔糸やらピッキングやらでなんとかするつもり、ってわけか」
『そういう事じゃな。更に言えばログが破壊されるに伴って警報装置も破壊。破壊されれば警報もならぬ。大元の所で警報装置の異常が感知されても、確認が入るまでに仕事は終わらせられるのじゃろうて』
「ふむ……そうなると対応策はやはり二重ロックか?」
『それが一番じゃな。魔術的なロックと物理的なロック。その二つを併用するのが手っ取り早かろう。物理的なロック側にも警報を組み込めば、ある程度の抑制は出来るじゃろうて。それも幾つかの案が浮かんでおる』
魔術的にだけなら壊されて終わりというのなら、物理的な鍵も併用させるのが良い。そう述べたティナは現状で取れる幾つかのプランをカイトへと提示する。これに彼は頷いた。
「良し……ティナ。そっちに関してはお前の方から頼む。作業についてはどれぐらいの時間が必要だ?」
『小一時間もあればすぐに終わる。どうにも扉はヴィクトルの物みたいじゃからのう』
「わかった。それで頼む。ロックは一番厳重なものでな」
『相分かった。こちらで手配しておこう』
優先するべきはクロサイトの身の安全。そう判断したカイトにティナもまた頷いた。そうしてティナは早速提案書を作成してクロサイトへと持ち込む事にして、カイトは再びギルドホームに戻るのだった。
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