第2804話 黄昏の森編 ――奔走――
賢者ブロンザイトの葬儀を取り仕切った事を受けて彼の実弟にしてラリマー王国の重鎮であるクロサイトの訪問を受けていたカイト。そんな彼はサリアの思惑からラリマー王国のお家騒動に巻き込まれる事になってしまうのであるが、それの対処をしている所に今度はエルーシャの元婚約者が自身を逆恨みしているという情報が入ってくる。
が、その元婚約者とやらが実はアルの友人である事を知った事からそれが自身とエルーシャの実家。そして元婚約者の実家というヴァディム商会の三つを嵌める罠である可能性を掴み、更に調査を重ねる事になっていた。
「取り敢えずはそういう形で頼む」
「わかりました……そういえば当人には確認を取ったんですか?」
「ラザール当人か? ああ。アルに探らせているが……そんな探るなんて器用な芸当が出来る奴じゃない。真正面から聞きに行くだろう」
「そ、それはまた豪胆というかなんというか……」
普通ならできないだろうが、おそらくアルなら出来るだろう。ランテリジャはカイトからの返答に頬を引き攣らせる。なにせもしラザールが本当に企んでいた場合、アルが来た時点で警戒する。そこに真正面から聞けば何が起きても不思議はない。それでも正面からなんとでも出来ると判断した、というわけであった。
「そりゃ、殺し屋ギルドの殺し屋でも雇うのなら無理ではないかもしれんがな。それだって相当な金額を積まないと無理だろう……ま、そんな殺し屋でも魔導学園の中にまで入り込めるとは思わんがな」
「それは否定出来ませんね……」
かつて『サンドラ』の教導院にて話されていたが、魔導学園では精霊が教師として勤めている。他にも神族である者やその子が居るなど、保有する戦力は下手な中小国の軍事力を凌駕する勢いだ。そこに生半可な殺し屋を潜り込ませても数秒と経たずに捕まるのが関の山だった。
「だろう? さりとてラザールとやらがそんな実力者とは聞いていない。正面から聞いた方が良いかもしれん」
「やはり軍人は軍人……というわけですか」
「そういうことだな。軍人が本気になった時の圧に一般人は耐えられんよ」
どうやらカイトにはアルが取るだろう流れが見えていたらしい。この時にはすでに案の定の事になっているのであるが、それを知ってか知らずか優雅に紅茶を傾けていた。
「もし噂が本当なら、一般人とは言えませんが」
「その時はその時だ……それはさておき。本題が終わったんで一個聞きたいんだが」
「なんでしょう」
「エルどうする? 連れて行くか?」
「あー……」
そういえばお世話になっているんでしたか。ランテリジャはカイトの案件が大きすぎてすっかり忘れてしまっていたらしい。カイトの問いかけにそういえば、という様子で頷いた。それにカイトが笑った。
「忘れてたのか」
「ええ……姉さんには黙っておいてくださいね」
「もちろん。何を話した、と聞かれても面倒だしな」
「あはは……で、姉さんですがもう暫くお願いして良いですか? この案件に関して姉さんに首を突っ込まれると碌なことがない」
元々元婚約者がカイトを逆恨みしているのでは、という話があったのだ。それを姉に掴まれるのが嫌だから、とランテリジャが隠れてコソコソと動いているわけだ。下手に近付けて勘付かれて首を突っ込まれたくはなかった。
「そうか……まぁ、別に部屋を貸すだけだから問題はないよ」
「お願いします……っと、もうこんな時間ですか。そろそろ僕はホテルに戻ります。両親が情報収集に動き出しても困りますし」
「そうだな……頼む」
「はい」
カイトの言葉にランテリジャは一つ頷くと、ランテリジャは一つ頷いて立ち上がる。そうして彼は応接室を後にして、カイトはそれを見送って自身もギルドホームを後にするのだった。
さてランテリジャと共に冒険部のギルドホームを後にしたカイトであるが、そんな彼が向かったのはヴィクトル商会だ。といってもサリアに用事があるわけではなく、今回は情報屋と話すためだった。
『はい、ダーリン専属の情報屋。どんな物でもご用意。ヴィクトル商会のサリアですわ』
「……」
冗談はよしてくれ。情報屋にアクセスするために用意されていた内線の受話器を上げるなり響いたサリアの声に、カイトは思わず受話器を下ろす。そうして数秒。彼はもう一度受話器を上げて、ボタンを押す前に受話器を耳に当てる。するとなにかをするよりも前に声が響いた。
『もう。ひどいですわね』
「ひどいのはあんたの頭だわ……何やってるんだ」
『ちょっとストレスが堪ったのでダーリンのお顔を見ようかと』
「満足しました?」
『ええ、とっても』
良い趣味してやがるぜ。人を苛立たせてそれを見て喜んでいる様子のサリアに、カイトは盛大にため息を吐く。とはいえ、カイトとしては情報さえ手に入れば誰でも良いのだ。そこにサリアのストレス解消まであるのであれば、彼は自分のストレスは無視する事にした。
「はぁ……で、出てきたって事は事情は把握してるって事で良いんだな?」
『もちろん。ダーリンのギルドに持ち込まれた依頼ですわね。具体的には医療品を中心とした物品の搬送を行うキャラバンの護送依頼』
「流石で」
カイトの所に入ってきたのはおよそ三十分ほど前だというのだ。なのにもうサリアはカイトが来る事まで全てお見通しだったらしい。流石は情報屋ギルドの長という所であった。が、それとこれとは話が別とカイトは告げる。
「言っておくが、サリアさんが出てきたとて料金上乗せとかは応じないぞ。そっちが勝手に出てきたんだからな」
『構いませんわ。単に私はダーリンの嫌がる顔を見たかった、という自分のストレス解消を目的として出てきただけですもの……コンソール、立ち上げてくださいます? お金は後で結構です』
「あいよ」
カイトはサリアの指示に従って用意されていたコンソールを立ち上げると、情報が送られてくるのを待つ事にする。そうして、数秒。ヴィクトル商会の内部ネットワークを介して今回の依頼に関する裏が送られてきた。
『はい、今届いたはずですわね。まぁ、見ての通り。当然の様に裏がある依頼ですわね』
「だわな」
オレ以外が依頼の処理をしていたなら乗せられてしまったかもしれないな。カイトは少しだけため息を吐きながら、今回の依頼の裏を確認していく。
「ほう……ほうほう。どこのどなたとは存じませんが。ウチの領地で好きにしようとしてくれてるじゃないの」
今回の依頼の裏を確認するカイトであるが、段々とその口角が上がっていく。まぁ、こういった依頼がある場合は大抵、どこかに犯罪の匂いがしているのだ。今回も案の定、何かしらの犯罪があったらしい。
『ええ。医療品の一部に違法薬物を潜り込ませている……みたいですわね。それは移送に関して細心の注意が払えるギルドを指定するでしょう』
「万が一でも中身を開かれない様に、か」
『そういう事ですわね。今どき密閉された容器に医療品が納められるなんて珍しくもない』
やはり医療品になると空気に晒すと劣化してしまったりする事も珍しくない。なのでカイトは医療技術の向上の一環で真空保存に関しても開発させており、今ではエネフィアでも一般的だった。
「ま、それはそれとして……ふーん。ウチを利用してくれようって腹ならそれ相応には代償を払って貰おうかね……ふーん。道中で積荷を増やす作戦か。予めの量を減らして……ふーん。少しは考えてるじゃねぇか」
『行商において余剰に持っていくのは珍しくもありませんので、余剰分は表向き廃棄した様にして裏で流通させるつもりなのでしょう。後は品物の管理を自社の社員で行う様にしておけば、迂闊には触られませんし』
「なるほど。素直で良い子ってのも考えものか」
『お取引において素直で良い子というのは大切ですわよ?』
取引における素直で良い子というのは信頼がおけるという事に他ならない。その信頼の上で言えば冒険部はかなり信頼されるギルドと言ってもよく、その面に付け込んだと言っても過言ではなかった。
とはいえ、それは当然普通の依頼人からすれば非常に重要なもので、今後もこの流れを変えるつもりはカイトにもない。
「ま、それはそうだしだからこそのオレだ……さて。どうしてやりましょうかね」
『ご自由に。この程度の木っ端な犯罪組織ならダーリン一人でも叩き潰せますし、ギルドとしての評判を高めるにも軍に手柄を与えるにも使えるでしょう』
「そうだな……ん。ちょっと軍に頑張って貰う事にしましょう」
『前の森の件で?』
「そういうこと。失態を犯したならそれに対して挽回のチャンスを与えるのもトップのお仕事だ」
どうやらカイトは先に発覚した軍の不正に対して、軍に名誉挽回のチャンスを与える事にしたらしい。というわけで、カイトは情報を手に今度は公爵邸に向かう事にする。軍に指示を出す場合はギルドホームでは流石に出来ないからだ。
「あら、お兄様。お戻りになるとは思いませんでしたが……」
「ああ。ちょいとこっちに持ち込まれた依頼を調べると、ちょっとした犯罪が見付かってな。事の次第から軍に解決させようと思ったんだ」
自身の執務室に入ってきたカイトにきょとん、とした表情を浮かべるクズハに、カイトは先にサリアから提供された情報を渡す。これに、彼女は少しだけ顔をしかめた。
「あら……これはまた」
「好きにしてくれたものだろう? まぁ、この程度の小物ならオレが一人で乗り込んで密かに叩き潰しても良かったんだが」
「この程度の雑兵にお兄様が出られるべきではないかと」
「だな……で、ウチで解決するか軍に解決させるか、で悩んだんだが軍に解決させる事にした」
「なるほど」
カイトの言葉を聞いて、クズハはおおよそ彼の思惑を理解したらしい。というわけで、彼女はカイトの意図を汲んで口を開く。
「丁度先の部隊の取り調べが終わった所です。これを名誉挽回のチャンスとしましょう」
「そうしてくれ。後の手配は任せて良いか? クロサイト殿の件もそうなんだが、もう一個別に入ってきた案件が面倒な事になりそうでな」
「エルーシャさんの件ですか?」
「知ってるのか?」
「ついさっき、ユリィと話しましたので」
「そういうことか。ま、そういうわけでな。ちょっと流石に二つも厄介ネタ抱え込んでこんな雑事に対処してられん」
明らかにこの案件はクロサイトとカイト達を巻き込んだ何かしらの陰謀よりも程度の低い案件だと思われた。なのでカイトもこれに関しては自分が処理するべきではない、と思っていたらしくそのままクズハらに対処させる事にしたようだ。
「どれぐらいで対応できそうだ?」
「そうですね……これだけ情報が整っていれば長めに見積もって一週間もあれば十分でしょう」
「わかった。その間こちらで時間稼ぎはしておこう」
クズハの返答に、カイトは一つ頷く。そうしてカイトは少しだけクズハと雑談を交わした後、再び冒険部へと戻っていく事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




