第2802話 黄昏の森編 ――仕事――
賢者ブロンザイトの実弟にしてラリマー王国の重鎮であるクロサイトが抱えていたラリマー王国のお家騒動。それにサリアの思惑により巻き込まれることになってしまったカイトであるが、そんな彼はそれへの対処と同時にエルーシャの元婚約者にしてアルの友人であるというラザールが自身を狙っているという噂を耳にする。
というわけで、方やマクダウェル公カイトとして。方や冒険部のギルドマスターである天音カイトとしてそれぞれの案件への対応を開始していたカイトであるが、そんな彼はアルにラザールへの探りを頼むと即座にギルドホームの執務室に顔を出していた。といっても特に理由があるわけではなく単に公爵邸でやることがなかったのでこっちで仕事に精を出すか、という程度であった。
「さて……」
「御主人様。先ごろランテリジャ様がお見えになられましたが、現在出ていることをお伝えしたらまた来ると」
「ああ、もうこっちに着いたのか」
改めてにはなるが、エルーシャの実家はかなり大きな商人だ。なので今回マクスウェルで開かれる予定の財界の要人達の集まりにも参加することになっていたのである。そこでランテリジャは先にカイトにお目通りを、という所だったのだろう。
「なにか言っていたか? それと一人だけか?」
「はい。お一人だけで……取り敢えずはエルーシャ様について感謝していると。それと一応一時間後にまた来ます、と。予定の方はその時間問題無いことを確認しておりますので、それで応じておりましたが……問題の方はございませんか?」
「そうか……いや、問題無い。暫くはギルドホームに詰めているつもりではあるからな」
先にソラに語った通り、下手に動いてギルドホームに殺し屋ギルドの手の者か犯罪組織の手の者が入り込んでも面倒くさい。なので基本カイトはラザールの一件の様にこちらで話せないことや出来ないこと以外はギルドホームに控えているつもりだった。
「かしこまりました。それとユスティーナ様より飛空艇のオプションパーツについての提案書が届きました。作製に取り掛かりたいので早急に意見を頼む、とのことです」
「わかった……ランが来たのは?」
「三十分ほど前です」
「そうか……ならそれが終わってからだな。午前中に目を通す」
「お願いします」
椿はそう言うと、カイトに書類の束を手渡す。先に桜と話していた新規で購入する飛空艇のオプションパーツのリストと作製に必要になる物資や費用の資料だった。
飛空艇が足りていない現状がある以上は飛空艇を早めに用意したいし、そうなるとオプションパーツも早めに用立てる必要があった。というわけで椿からの報告を受けた所で、カイトは片付けるべき書類に取り掛かる前に口を開いた。
「で……次、ソーニャ」
「はい……大規模な依頼が二件届いています。どちらも冒険部指定です。共に利率は良いかと」
「ふむ……」
ソーニャから渡されたのは、片方はキャラバンの護衛依頼。日程としては最長でも一週間ほどとそこまで大きくはない。それ以外にはなにか取り立てて言う必要もない平凡な依頼といえるだろう。
もう片方は大規模な掃討作戦の依頼だ。先にカイトがエルーシャとセレスティアからの要請で請け負った依頼での森の一件で改めて掃討作戦が組まれることになったのだ。そこで冒険部に、となったらしかった。
日程としては短いが、規模としてはキャラバンの護衛より大きなものになりそうだった。が、これに関しては何時もの依頼と言えば何時もの依頼だったので、カイトはこちらから片付けることにした。
「掃討作戦については……まぁ、問題無いか。先輩」
「何だ?」
「こんな依頼が出ているんだが、そっちで頼めるか? 森での掃討作戦ではあるが、相手の力量はそこまでない事はオレが保証しておこう」
唐突に水を向けられ小首を傾げた瞬であったが、そんな彼はカイトから渡された依頼書を確認。一通り目を通して、一つ頷いた。
「ん……わかった。そうだな。この程度の依頼なら腕試しや軽い稼ぎになるか」
「頼む……ああ、新人何人か連れて行って、森での教育もしておいてくれ。使えると思うぞ」
「なるほど……そうだな。確かにこの依頼なら大規模な任務に慣れさせるにも、森での戦いに慣れさせるにも丁度良いか」
やはり冒険部の独特な点として挙げられるのは、大規模な依頼があることだろう。冒険部でも新入りでもなければ問題無い依頼だからフォローは出来るし、森での戦いに慣れていない新人の教育に使える依頼でもあった。
「そうだな……というわけで頼む」
「わかった。手配しておく」
「良し……次のはキャラバンの護衛任務か……規模としては大規模と中規模の間……積荷は医療品を中心として、飲食料品か」
「そうですね……食料品に関しては健康食品等という話だそうです」
「そうか。おかしいな……」
これは冒険部というよりカイトの方針なのであるが、実は彼は冒険部で依頼を独占しない様にユニオンに掛け合って特定の条件に当てはまる依頼はそもそも持ち込まない様に頼んでいた。都市の規模からギルドに無所属の冒険者も多いため、そちらにも大規模な依頼を回せる様にしていたのだ。
この依頼はその持ち込まれないはずの依頼の条件に合致していたのである。故に少しだけ困惑を見せるカイトであるが、故にこそ彼はソーニャに問いかける。
「なにか裏はあるか? 依頼主はマクスウェルじゃないみたいだし、内容を鑑みてもウチに持ち込まない様に頼んでいた依頼に合致する。ウチ指定もよほどが無い限りされない様に手配されるはずだ」
「どうやら医療品が中心であることがあり、そういった医療品への理解があるギルドか冒険者を指定したいと依頼人より要望があったそうです」
「なるほど……」
医療品である以上、輸送には細心の注意が必要だ。請け負えるギルドはかなり限られてくるだろう。その中でキャラバンの護衛の実績もあるギルドは、となると更に限られる。地元のユニオン支部が冒険部を指定するのはどうか、と案内したとて不思議はなかった。が、やはりカイトは気になったらしい。
「少し確認良いか?」
「どうぞ」
「確かユニオンにはマクスウェル周辺の支部からの転送の場合、数十人以上の規模にならない限りはウチに回さない様に頼んでいたな? 周囲の支部にもそう通達を出す様に頼んでいたはずだ」
「そう伺っています」
カイトが指定していた条件であるが、その一つはまずマクスウェル支部に直接持ち込まれた依頼でないこと。加えて数十人規模の人員を集める必要がある依頼でないことということがある。
これ以外にも色々と条件はあるが、少なくともこのどちらもにこの依頼は合致する。前者は兎も角、後者になると冒険部クラスの規模が必要になるのだが、マクスウェル近辺でそれだけの規模を抱えるのは<<暁>>だけだ。受けざるを得ないので受ける、という所が大きいだろう。
「今回の依頼は最大でも二十人とある。この程度の人数なら、マクスウェルでなら医療品に理解のある冒険者を探せないとは思えんのだが」
確かにこのエネフィアで医療品に理解のある冒険者を探すのは難しいが、医療も盛んで平均的な教養も高いマクダウェル領の更に中心であるマクスウェルなら話は異なる。
数十人どころか数百人単位で探す事だって出来た。それなのに冒険部を指定されるのはカイトには違和感だったのだ。が、これはやはり外から来たソーニャには驚きだったらしい。
「可能ですか?」
「ああ……マクスウェルの病院の数は百は下るまい。総合病院だって何個もある。そういった病院からの依頼を専任して受けている冒険者は少なくない。それに限定せずとも、病院からの依頼の受諾実績がある冒険者を探すだけでも何百人と見付かるだろう。中心を専任で受けている奴にして、フォローという形で出せば人はごまんと集まる。それを周辺の支部の奴らが知らんとは思えんな」
まだマクスウェルに来て日の浅い上にマクスウェル支部を介さず直接冒険部に来たソーニャであれば知らないでも無理もないが、普通にマクスウェル近郊でユニオンの職員をしているのならこれを知らない道理はない。カイトはそんな様子でソーニャに告げる。
「ではどうされますか?」
「一旦依頼については回答を保留したい、と回答しておいてくれ。理由についてはサブマスター二人とギルドマスターに別件での依頼が入っているため、依頼の遂行が可能か確認中……で良いだろう」
「わかりました」
この依頼はおそらく調べさせた方が良いだろう。カイトはそう判断し、ソーニャに支部には返答を保留する様に指示を出す。というわけで、彼女にマクスウェル支部への回答を伝えせると共に彼自身は依頼に関する情報を精査する。
(依頼内容に不審点は無いな……もし騙そうとしているならどこかで何かしらの意図が見えるはずだが……)
やはり冒険部も規模が大きくなってきた事。カイトやソラ達上層部の面々が功績を重ねてきた事で色々な妬みを受ける様になってしまっている。故にあの手この手で面倒事を引き起こそうとする事も珍しくなかった。カイトは依頼内容の不自然さからそれを警戒していたのである。とはいえ、同時に彼は少し困惑してもいた。
(つってもなぁ……依頼を偽装してまでちょっかい出して来ようってのは今までなかったが)
どう考えるべきなのだろうか。カイトは自分達が指定されていても不思議が無いという半信半疑の状態だった。が、同時にあり得る状況でもあったので困っていたのであった。
(ふむ……となるとやはり確認するべきなのはこの支部で何があったかか。ソーニャに探ってもらう……わけにもいかんか。さりとて周辺のユニオン支部だとオレは確定で顔と名前がバレてるしな……)
どうしたものかね。カイトは有名になればこそ取れる手が限られてしまった現状に苦虫を噛み潰したような表情で考える。
(……しゃーない。裏取りすっかね)
流石に時間も限られているし、彼が乗り込んでいって調査というわけにもいかない。となると、取れる手は限られた。というわけで、彼は椿の方を向いた。
「椿」
「なんでしょう」
「ランとの話が終わった後は少し出る。三十分ほどで戻る」
「……かしこまりました」
先のカイトとソーニャの会話を聞いていたからだろう。おおよそ何をするかと彼女は察したらしい。カイトの言葉に僅かに真剣な顔で頷くばかりであった。というわけで、カイトはひとまずこの依頼については横においておいて残っている仕事に取り掛かるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




