第2801話 黄昏の森編 ――二足草鞋――
賢者ブロンザイトの葬儀の手配を取り仕切ったことを受けて、ラリマー王国の重鎮にしてブロンザイトの実弟でもあるクロサイトの訪問を受けていたカイト。
そんな彼はクロサイトとの会食を終えてからは彼を狙う殺し屋ギルドの殺し屋達に対処していたのであるが、それが一段落出来た所で一旦彼はそちらを様子見として報告を待つことにして、その間にもう一つの案件に取り掛かることにしていた。そのもう一つの案件とは言うまでもなく、エルーシャの元婚約者がカイトを狙っているという案件だった。というわけで、その案件に必要な人物としてとある人物を彼は公爵邸の自室に呼び出していた。
「興味深いのか?」
「あはは……うん。僕、この部屋来るのって本当に数えるほどしかなかったなぁ、って」
「まぁ、普通に考えりゃ領主様の執務室だからな。親父さんはよく来てるんだが」
どこか物珍しげに執務室の中を見回すアルに、カイトは笑いながらそう告げる。何かとカイトの腹心として動くこともあるアルであるが、逆にだからこそこちらの公爵邸の執務室には顔を出すことが非常に稀だった。話すことがあればギルドホームで事足りるし、軍の公務の場合は基地で出すことも少なくないからだ。
「父さん達は指揮官だからね」
「そうだな……で、こっちに呼んだのは仕事の話ってわけでもなくてな。いや、場合によっては仕事の話になるかもしれないからこっち、ってわけで」
「どういうこと?」
仕事の話になるかもしれないし、仕事の話にならないかもしれない。そんな困った様子を見せるカイトに、アルもまた困惑気味に小首を傾げる。というわけで、そんな彼にカイトは一応念のために問いかけることにした。
「アル。一つ確認なんだが、お前ヴァディム商会の次男坊とは付き合いあったよな?」
「ああ、ラザール? 知ってるよ」
どうやら名前で呼び合うぐらいには懇意にしているらしい。まぁ、元々が女癖が悪いと言われていたアルと、同じく女癖の悪いと言われている次男坊――ラザールというらしい――だ。
年齢もかなり近いらしいし、どちらも魔導学園の学生だ。エネフィアでの政治学には当然の様に軍に関する授業も含まれる。無論、逆もまた真なりで軍の授業には政治学も含まれている。接点が無いはずがなかった。とはいえ、それでもここでその話が出る理由がアルには思い当たらなかったらしく、小首を傾げたまま問いかける。
「でも彼がどうしたの? 仕入れとかならカイトの方がご両親と知り合いっぽそうだけど」
「いや……実はエルの元婚約者がラザールって話を耳にした」
「え? あー! そういえばそんな話聞いた聞いた! 酒場ですごい愚痴言ってたよ! そっか! あれ、エルーシャちゃんのことだったんだ! すごい納得だよ! あはははは! 世間って狭いなぁ!」
当時のことを思い出したらしい。アルは面白くて堪らない、という様子で大笑いしていた。そしてそんな様子に彼に話を聞いても良いだろうとカイトは判断。問いかけてみる。
「どんな様子だったんだ?」
「結構根には持ってたみたいだけど……でも僕も他に一緒に居た人達も全員それはお前が悪い、で一致してた。あれは流石にねぇ。いくら婚約者として紹介されても、初見の女の子にベタベタ触ったらそれは怒られるよね。良い薬になったと思うよ」
「反省はしてたのか?」
「してたと思うよ。少し不貞腐れてたけど最後はえぇえぇ、俺がわるぅございました、って口にしてたし……実際、トラウマっぽくて初見の女の子に馴れ馴れしく触れるのは控えてたしね」
楽しげに笑いながら、アルはその当時のことを聞かれるがままに答える。ここらについては学生時代の笑い話と特に隠すつもりも毛頭無い様子だった。というわけで一頻り笑ったアルが問いかける。
「でもそれがどうしたの?」
「いや……実はランテリジャ経由でそのラザールってのが、エルーシャとオレが付き合ってると勘違いしてオレを逆恨みしてるって話を聞いてな」
「え?」
流石にそれは想定していないぞ。アルはカイトから出された言葉に鳩が豆鉄砲を食ったような顔で呆気にとられる。そうして暫くの後。アルはあり得ないという様子で首を振った。
「いや……流石に無いと思うよ。その話ってもう一年以上も前の話だし、流石に馬鹿なことを考えるならご両親は黙ってないはずだしね」
「だろうとは思う……が、火のないところに煙は立たない。噂が出ている以上、どこかしらに何かしらの火元はあるはずだ。その火元を突き止める必要がある」
誰が何を目的としてこんな噂を流しているのか。もし本当ならラザールとやらの対処だけで良いが、これが誰かがなにかの目的を持ってヴァディム商会とカイトを争わせようとしているのであればまた話は変わってくる。それを突き止める必要があった。そんな彼の言葉に、アルもまた頷いた。
「それは……確かに」
「ああ……それで聞きたいんだが、ラザールとは今も付き合いがあるのか?」
「まぁ……うん。実を言うと、先週も休暇の日に会ったよ。でもその時はなにかを企んでいる様子は一切なかった。もしカイトに喧嘩を売るつもりなら僕との接触も控えるんじゃないかな。彼も今の僕が軍属で、カイト達の支援を目的として冒険部に配置されていることは知っている。もちろん、僕がヴァイスリッター家であることもね」
「なるほど……」
もしラザールとやらがカイトの襲撃を企んでいた場合、その警護を担う一人であるアルとの接触は是が非でも避けねばならないはずではあるだろう。いくら旧知の仲とはいえ、ヴァイスリッター家の騎士がその行動を見過ごすとは誰も思わないからだ。
しかもアルは表向き主君であるクズハから直接カイト達の支援を命ぜられている立場だ。家と祖先の名に誓って、そんな出来事を見過ごすわけがなかった。
「……えーっと……一応、えっと……聞いておいて良い?」
「え? ああ……なんだ? あ、一応言っておくと、流石にもし本当でもラザールを処刑しようとかは無いから安心しろよ?」
「え、あ、いや、その……そっか。それもあるよね……」
それは可能性としてありえるのか。アルはカイトの笑いながらの明言にそう思う。まぁ、流石にラザールは知る由もないだろうが、カイトはマクダウェル公だ。それに喧嘩を売るということは殺されても文句は言えない。が、カイトもそこらは弁えているので、もし本当でも少し痛い目に遭って貰う程度で考えていたのであった。とはいえ、少し困ったような、それでいて不安そうな様子のアルにカイトは小首を傾げる。
「どうした?」
「いや……その、僕疑われてたりしたのかなー、って……」
「え? あ、あぁ! あはははは! いや、そりゃあり得るわな!」
カイトはこの場合アルが裏切ってラザールに協力している可能性を完全に見落としていたらしく、アル当人の指摘で楽しげに笑って同意する。が、そんな言葉をカイトは早々に否定した。
「あー……笑った。ま、無いだろ。お前もルクスも生まれ変わっても騎士をやってるような根っからの騎士だ。もし友人がそんな筋違いをやろうとするなら、逆に説教かましてオレの前に引っ張ってきて土下座させるまである。それにお前……オレを裏切った時点でルクスが出てきて大説教大会開始だぞ? まー、それだけで済まないだろうけどな」
「それは勘弁したいなー」
「しましょうか?」
「今回は遠慮させて頂ければ」
「そうしてください」
自分のことが話されたからか、ルクスが出てきたらしい。楽しげに問いかける彼に、アルも――どこか安堵した様に――楽しげに笑って頭を下げる。そうして彼が裏切っている可能性を切って捨てた――実際そんな逆恨みで主君を裏切るわけもないが――カイトが再び笑ってはっきりと断言した。
「あはは……ま、そういうわけでお前が裏切る可能性はまずないだろ」
「そう思ってくれるならありがたいよ」
「あはは……で、それなら一つ頼みたくてな」
「主命であれば何なりと」
一応、この場では改めて騎士としての忠誠を誓う形にした方が良いだろう。アルはそう考えて、カイトに対して騎士として跪く。これにカイトもそれなら、と主命の形で命ずることにした。
「そうか……ならば、主命として命じよう。ラザールに探りを入れろ。やり方は任せる。警戒し会わないのならそれはそれで良い。会うなら弁明の機会を与えても良い」
「ご命令のままに」
カイトの命令に対して、アルは即座の承諾を示す。というわけで、件の次男坊への探りをアルに任せることにして、カイトはカイトで別口でなにか裏で動いていないか探るべく動くことにするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




