第2798話 黄昏の森編 ――会食――
賢者ブロンザイトの葬儀の手配を取り仕切った事を受け、ラリマー王国の重鎮にしてブロンザイトの実弟であるクロサイトの来訪を受けていたカイト。彼はクロサイトとブロンザイトの娘であるマリンを引き合わせるべく会食の場を用意していたのであるが、そんな会食が始まるまで彼はマリンとの間で研究所の設営に関する話を繰り広げていた。
「なるほど……こんな軽い素材になるのね」
「ええ……と言っても、精錬には膨大な電気が必要になるので簡単にはいかないのが地球での常識です。さりとてエネフィアで錬金術を使おうとしても、量の確保は難しい……総じて扱いにくい素材なのかもしれませんね」
「うーん……でも使えれば便利になると思うのだけど」
「それは否定しません……が、やはり現段階では難しいと言わざるを得ないでしょう」
今更言うまでもないが、アルミニウムは地球でも様々な局面で使われている様に有益な素材の一つと言えるだろう。実際、カイトも数ある素材の中で研究所の素材の一部にはアルミニウムを選んでいる。が、どうしてもエネフィアではこの大量生産法の確立が難しい状況で、現段階でアルミニウムの商業利用は困難と言うしかなかったようだ。
「そうね……でも知っておくのは重要。父も知識はあって損はない、と何時も言っていたもの」
「そうですね……遺跡探索もそういった点が高じて、でしたか」
「らしいわね……母とも、その話で盛り上がったそうよ」
「そうだったんですか」
マリンという娘。そしてトリンの実父という息子の存在を聞かされていたカイトであるが、やはりそれは必要な範囲でだけ知っているだけだ。なのでマリンの母の事はほぼ知らぬも同然だった。とはいえ、マリン当人もこれは当人から聞いたわけではなかったらしい。
「母の日記に楽しそうにそれを書き記している様子があったわ。次はこの遺跡について話そう。あの遺跡について話そう……本当にたくさんの事を話したみたいね」
「なるほど……確かご実家は古い地元の名士でしたか」
「無駄に歴史だけは長いのよ」
カイトの言葉にマリンが楽しげに笑う。と、そんな事を話すマリンであったが、ここでソラに話を振った。
「そういえば……歴史が長いと言えば。ソラくんのご実家も長い歴史を持っているのではなかったかしら。前にそんな事を言っていたわね」
「え、あ、そう……ですね。確かもう一千年にはなるんじゃなかったかと」
より正確に言えば更に先には皇室に連なるというので二千年以上なのかもしれないけど。ソラは流石に二千年以上ともなると眉唾な話だと感じられる可能性があったからか、敢えてはっきりとしている点でお茶を濁しておく事にしたようだ。
「そんなに。ということは、貴方の家にも色々と古い物があって?」
「あー……どうなんでしょう。確かに家に蔵は幾つかあったんで、なくはないと思いますけど……」
「何個もあるのか?」
「あったよ……って、お前来ても前の方だけだから知らないか」
元々カイトとソラは友人関係だったため、ソラの家にカイトが訪れた事は何度かあった。なので蔵があっても不思議はないとは思ったらしいが、何個もあるとは思っていなかったらしい。思わず口を挟んでいた。というわけで、それから暫くの間は遺跡やらそういった古来の品に関する話が繰り広げられる事になるのだった。
さてそれから暫く。雑談をしているとあっという間に時間は過ぎたらしく、四人を尻目に会食がスタート。カイトは先にソラに話していた通りマリン達に遠慮して――もしくは彼目当ての要人達の会話に巻き込まれるのを防ぐため――三人と別行動を取ると、色々な相手と話していた。が、そんな中でも彼は顔見知り二人と会う事になる。
「やぁ、久しぶりだね」
「ルークとエテルノさんか……随分と長い逗留だな」
「思った以上にゴタゴタが長引いちゃっててね」
「嘘だろう? まさか『賢人会議』の解体にそんな強固に反対出来る勢力が『サンドラ』にあるのか?」
あり得ないだろう。カイトはエデクスを筆頭にした最高評議会。更には創設者サンドラの直弟子である六家が揃って解体を明言しているのにそれに強固に反対するという事は即ち『サンドラ』での居場所を捨てるというに他ならなかった。が、そういうわけではなかったらしい。故にルークははっきりと首を振った。
「いや、それは無いよ。流石にあれはもう解体されてる……エデクス公らが気にされているのは『星神』だ」
「あっちか」
「そう……流石に魔術都市が誇る数々の結界を無遠慮に無力化……いや、もはや無視された挙げ句、直視してなお殆どわからなかったというような状況だ。対策の策定は困難を極めているみたいでね」
「で、お前は引き寄せてしまう可能性があるから対策が定まるまでこっちに留まってろと」
「しかもこちらならなにかあっても君が居てくれるからね」
カイトの言葉に続けて、ルークが楽しげに笑う。なお、流石にそうなると表向きなにか遅れる理由の一つや二つ必要になるのだろうが、そこは流石にソシエール家。どうにでもなるらしかった。
「はぁ……オレは便利屋じゃないんだがね」
「でも今は似たような仕事をしているだろう? 万が一の場合にはソシエール家から依頼を出すから、ぜひ受けてくれ」
「やれやれ」
とはいえ、魔術の名門中の名門とも言えるソシエール家から依頼を受けられるとなると冒険部の評判は非常に高くなるだろう。カイトかティナしか対応出来ない、という点を除けば受けた方が良い話だった。というわけで呆れながらもそこらはわかっているカイトは肩を一つ竦めるに留めていた。
「まぁ、良い。取り敢えずそういう事ならなるべく変な事はしないでくれよ。狙われてるの、オレなんだから」
「わかっているよ。それに流石に……まぁ、マクスウェルでなにかを仕出かそうと言う気はないんじゃないかな」
何度かマクスウェルに来た事があったルークであったが、やはりその都度思うのはこの街には攻め込めない、という事である。明らかに周辺国家より技術が数世代先を行っているのだ。それをルークは優れた魔術師であればこそ理解していたのである。が、彼が優れた魔術師であればこそそれを知る様に、カイトも自身の特異な経験があればこそそれが油断出来る要素にはなり得ない事を知っていた。
「残念ながら、奴らの知恵がエネフィアの数千年先にある物さえ取り出せる事を知ってるんでな。唯一上回るのは大精霊達の縁ぐらいだ」
「それ一つだけで十分すぎるような気はするのだけどもね」
いくら『星神』と言えど神である限り、神の機能から外れる事は出来ない。故に大精霊達が常日頃滞在するマクスウェルには下手な手出しが出来ないだろう事も察せられる。迂闊な事が出来ない、というのは無理のない事ではあった。というわけで、そこらの『星神』に関する話を改めて繰り広げた所で、カイトはふと思い出す。
「あ、そうだ……ルーク。お前、『星神』は良いんだが『神』を召喚してなんともなかったのか?」
「え? ああ、それに関しては問題なかったよ。そのために十数年毎日身体を各方面で鍛えたしね」
「これに関しては、私からもはっきり問題無いと明言させて頂きます」
心配してくれてありがとう。そう言うルークに続けて、エテルノもまたはっきりと明言する。ルークの駆る『神』はエテルノに記された『神』。故にパイロットであるルークの体調管理も出来るらしく、その点から問題無いとはっきり言い切れたのである。
「そうか……それなら結構。まぁ、それなら『星神』対策で必要ならウチ……この場合はマクダウェル家の方にも声を掛けてくれ、と言っておいてくれ。さっきも言った通り、狙いはオレだろうからな」
「わかった。有り難く受け取っておくよ」
カイトの言葉にルークが一つ笑う。そうして旧知の相手との会話を終わらせた所で、カイトは丁度空いたらしいクロサイトの所に向かう事にする。話す事はなかったが、話したという事実が欲しかっただけだ。
「クロサイトさん」
「おぉ、カイトくん。久しぶりだね」
冒険部のギルドマスターとしての立場で話すからかさん付けに変わったカイトに対して、クロサイトもまたそれに合わせて若い指導者に向けて話す口ぶりに変わる。そうして、二人は暫くの間他愛もない雑談を繰り広げる事になるのだった。
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