第2797話 黄昏の森編 ――会食――
賢者ブロンザイトの葬儀の手配を行った事で彼の実弟にしてラリマー王国の重鎮クロサイトの来訪を受けていたカイト。そんな彼はラリマー王国のお家騒動に図らずも巻き込まれる事になり、様々な事情からそれに取り掛かる事になっていた。
というわけで、同じく――但しこちらは自らだが――お家騒動に関わる事になったソラと警備の打ち合わせ等を行いながら暫くの時間を費やしていたわけであるが、それも会食の時間に近い頃になると切り上げる事になっていた。
「わかった……では何か情報が入ったらまた頼む」
『かしこまりました』
軍やら各国の中に居る協力者達との間で得られた情報網から報告を受けていたカイトは、それらを一通り聞き終えて深くため息を吐く。やはり自分達と完全に敵対している組織となると色々と情報が足りず、対応が後手に回る事が多かった。というわけで、そんな彼を見てソラが問いかける。
「なんかあったのか?」
「ん……いや、やはり色々と各国で揉めてるみたいでな。色々と厄介な話を耳にした」
やはり色々と情報を集め直していたからだろう。各国で暗躍する殺し屋達の噂の中にはカイトも聞いていない物も少なくなく、中には各国の暗闘にも近いのだろうという物も見受けられたようだ。
「ふむ……いや、良いな。これは今考える内容でもない」
それにソラに話す内容でもないしな。というわけで、カイトは気を取り直すとソラに告げる。
「取り敢えず、さっき話した内容は覚えておいてくれ。おそらく敵の狙いは超長距離からの狙撃による強襲……二段構えの作戦だ」
「俺はその狙撃を防げば良いのか?」
「いや……おそらく狙撃を防いでも意味はないだろう。狙撃はあくまでも足を止めるためのものだ。足止めが出来ないならできないで別の作戦で代用出来る」
ソラの問いかけに対して、カイトは一つ首を振る。
「代用……例えば接近しての直接的な破壊とか?」
「それも手の一つだろう。この場合、デメリットとしては接近するまでの間に時間が掛かるから下手をすると付近の軍やらが接近してそちらとも交戦状態に陥ってしまう可能性がある事かな」
「それは面倒そうだな……相手からは」
「そうだ。だから超長距離狙撃で足を止めて、即座に乗り込んでのターゲットの殺害。その後は即座に撤退……」
「後始末は……やらなくても良いのか」
「そうだ……重要なのは殺したという事実だけだからな。そして殺し屋ギルドは裏の組織。ラリマー王国に迷惑は一切掛からない」
どうやら電撃戦を考えているらしい。カイトと話しながら、ソラはそんな所感を得る。というわけで、そんなソラが一つ問いかける。
「なぁ、カイト。一つ良いか?」
「なんだ?」
「待ち伏せされてるパターンとかない?」
「大いにあるな」
「だよなー」
笑うカイトの返答にソラもまた半ばやけっぱちに笑う。狙撃するのは相手側。そしてこちらにはそれを事前に察知する方法は殆ど無い。なので狙撃してからおおよその墜落位置は相手がコントロール出来るため、その近辺に兵員を配置しておく事なぞ容易だった。
「ってことはこっちはその増援が到着するまでに、ってわけか」
「護衛対象からはあまり離れるなよ。あ、後それと周りの奴らは基本信用するなよ。ラリマー王国の奴は基本敵と考えて行動しろ」
「……マジ?」
「国内で会談出来ないから代理人を使って国外で会談する、というぐらいだ。その代理人さえ敵側の可能性もある……まぁ、今のところ入ってきている情報ではそういう事はないらしいがな」
「ってことは単にその心構えでやれ、って事か」
「国が敵になる、ってのはそんだけ面倒な事態って事だ」
「あいよ」
実際の所、ソラとしても国の大半が敵のような状況というのは初めてに等しい。なのでそれについては心に留めておかねば、と思ったようだ。というわけで、これで一通り情報共有は完了とカイトが立ち上がる。
「まぁ、こんなもんだろう。ほら、行くぞ」
「あ、もうそんな時間か」
「そういうわけ」
カイトに合わせてソラもまた立ち上がる。そうして向かう先は言うまでもなく迎賓館だ。というわけで迎賓館にたどり着くのであるが、カイトの場合はマリンの時とは違って裏口から入る事にしていた。
「閣下」
「おう、おつかれ」
「お疲れ様です!」
基本的に裏口はカイトやクズハと言った公爵家でも重鎮が使う通路だ。なので当然この出入りを見張る衛兵は非常に腕利きだし、カイトの事も見知っていた。そしてもちろん、カイトがチェックされるわけもないので顔パスで普通に通る事が出来る。
「顔パスかよ」
「お、おいおい……家主が顔パスされない屋敷って何さ。いや、表口なら今のオレは止められるけどさ」
「そ、そりゃそうだけどさ」
時々このマクダウェル公爵邸がカイトの自宅である事を忘れそうになるなぁ。ソラは逆にびっくりした様子のカイトに少しだけ恥ずかしげだった。というわけで、そんな彼は慌て気味に話題を転換する。
「ま、まぁ、それはそれとして。こっからどうやって会食の場所まで行くんだ? 確か今日のって立食形式の会食だったよな?」
「そうだな。あまり格式張ったものにするわけにもいかなかったからな」
「そういえば……もしかして俺らに?」
「それはある」
「あんのね」
そうだろうとは思っていたけど。ソラはカイトの言葉にがっくしと肩を落とす。とはいえ、これについては想像出来ない方がおかしいし、ソラもわかっていた。が、これにカイトが笑った。
「半分は冗談だ。そんな理由で立食になんてしないさ。単にクロサイト殿と話したいって奴は多い。で、マリンさんやお前やらが問題なく話せる様にすると、どうしてもこの形式になっちまったって形だ」
「あ、そういう」
確かに思えば自分はまだしもマリンさんはどうして招かれたんだ、と言われても釈明に困る事になるな。ソラはカイトの言葉にその点への解決になると納得する。
多く招かれた中の一人に豪族であるマリンもおり、そこでクロサイトと話したのだとした方が筋は通りやすかった。自分達のためではあったが、同時にそれだけが理由というカイトの言葉は正しかった。
「そういうこと……で、行き方はオレについてくれば良いよ。お前がこっちを使う事はまず無いだろうからな」
「そか」
そもそもこの通路は所謂裏口で、マクダウェル家の家人が検査等をパスして通るための物だ。ソラは確かにカイトの指揮下にはあるが、同時にマクダウェル公爵家に所属しているわけではない。
今回の様にカイトと一緒以外で使う事は出来なかった。というわけで、カイトと共に迎賓館を歩くこと暫く。一階にある大広間の前にたどり着く。
「普通に来れた」
「まぁな……まぁ、本来のオレなら更に裏にある出入り口から入るんだが。今回はオレもこっち」
「こっち顔パスとかは……」
「表口だから無理。招待状、忘れてないな?」
「大丈夫」
だよな。カイトの返答にそう思いながら、ソラは懐に仕舞っておいた自分用の招待状を取り出す。これがなければ会場には出入り出来なかった。というわけで、会食の会場に二人は他の参加者と共に並んで入っていく。
「うお……地元の名士達がたくさん」
「まぁ、マクダウェル家がやってる会食だからな。こうもなる」
大半はマリンとクロサイトの関係性を隠すための偽装だが。カイトはそんな裏の思惑があるとも知らない名士達を見ながら、そう思う。まぁ、彼らとしてもここで新たな縁が得られる事もあるし、こういった会食とはそういう場だ。マクダウェル家の思惑なぞ気にはしないだろう。
「……そういや、お前これからどうするんだ?」
「まずはマリンさんと会っておくよ。クロサイト殿とはまた別に話すが」
「ってことは、先にマリンさんか」
「そうなる。だからお前と一緒に開始を待つ形になるかな」
やはりまだ会食が始まっていないからか、よほどこの相手と話したいという場合を除いては身内に近い者たちで集まって開始を待っていたようだ。というわけで、カイトとソラは並んでマリンが居る所へと向かう事にする。
「あら」
「お久しぶりです、マリンさん」
「ええ。久しぶり。この間の商人ギルドの会食以来でしたかしら」
「ええ。あの時はありがとうございました。お陰で良い取り引きが出来ました」
「そう。お役に立てたなら何よりね」
頭を下げるカイトに、マリンが一つ上品に笑う。先に述べられているが、カイトとマリンは何度か財界等の集まりで会っていた。その中でマリンの商人としての伝手を借りて何度か仕入れを行っていたらしい。こういったコネクションの広さはやはりカイトがギルド内で一番だった。そんな彼に、マリンが当時の事を思い出したのか少しだけ興味深い様子で口を開いた。
「でも珍しいわね、あんな物を買おうとするなんて」
「あはは……ええ。ですので取り扱っている商人が非常に少なくて困っていたんですよ」
「あんな物?」
なにか珍しい物でも買ったかな。カイトとマリンの会話からおそらくギルドの運営に関わる物か天桜の運営に関わる物だろうと想像の出来たソラであったが、そんな珍しい物資が最近搬入されたという話は聞いていなかった。なので小首を傾げていたようだ。そんな彼に、マリンが教えてくれた。
「赤軽鉄っていう鉱石よ」
「赤軽鉄?」
「ああ、赤軽鉄はこっちで言われている言い方だ……地球風に言うとボーキサイトだ」
「あぁ、ボーキサイトか」
それなら確かに少し前に天桜の修繕やらで使うから、って大量に仕入れていたな。ソラは暫く昔に届いて天桜への輸送の手配を行っていた鉱石を思い出す。ボーキサイトとはアルミニウムの原料で、これを精錬してアルミニウムを作り出すのであった。というわけで久しく聞かなかった名前を聞いてソラが理解したのを見て、カイトが語る。
「そ……あれ、まだエネフィアだとあまり活用されていない鉱石だから。ドワーフ達ぐらいしか原石を持ってないんだけど……って、この話は前にしたか」
「聞いたな」
ボーキサイトが地球で活用され出したのは明確には1500年代以降と非常に新しい。その大量生産法が定まったのも1800年代と非常に新しく、エネフィアではまだまだ用途が定まっていない物質の一つだった。
「ま、そういうわけで。ボーキサイトを仕入れさせて貰ったんだ」
「でもあれ、何に使ったの? こっちだとイマイチ用途が見出だせない素材、って聞いてたのだけど」
「ああ、研究所を作った話はさせて頂きましたか?」
「ええ。その時に」
「その扉や窓枠の素材に使ったんです。他にも色々と使いましたので……意外と馬鹿にならない量が必要だったんですよ」
当然だがボーキサイト全てがアルミニウムというわけではない。なので使えるのはほぼ仕入れた分の半分かそれ以下だ。というわけで大量に仕入れた様に見えても、その実さほどの量は手に入らなかった。
それでも良かったのは用途が殆ど見出されていない素材だったので、仕入れ値が鉄鉱石等一般的な鉱石に比べればタダ同然という所だろう。
「窓枠に。何か利点はあるの?」
「そうですね」
やはりこういった場ではソラやトリンに比べカイトが一枚も二枚も上手という所だろう。マリンが興味深い様子でカイトの話を聞いていた。そうして、会食の開始までの暫くの間。カイト達は研究所についての話を繰り広げる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




