第2791話 黄昏の森編 ――賢者の願い――
ソラの師匠である賢者ブロンザイトの葬儀の手配を取り仕切った事を受けて彼の実弟にしてラリマー王国の重鎮であるクロサイトの訪問を受ける事になったカイト。そんな彼は合わせてブロンザイトの実の娘にしてトリンの伯母となるマリンを呼んでソラ達に会食を受けさせる事にしていた。
が、そこでカイトは情報屋ギルドからの情報提供によりクロサイトがラリマー王国のお家騒動に巻き込まれて命を狙われている事を察知。サリアの要望やら様々な要因により、この案件に取り掛かる事を決めてティナとの間で打ち合わせを行っていた。というわけで、それが終わった頃。今度は魔導学園に連絡を取っていた。
『はい、フェリシアです』
「おーう。オレ」
『あ、カイト。猫被って損した』
「あはは……今、大丈夫か?」
問い合わせ先はユリィだ。基本マクスウェルに戻った時は各々が各々抱えている仕事をしている事が多く、いくらマクダウェル家と言えど一緒に居ない方が多かった。常日頃から一緒に居るのは共同代行になるクズハとアウラぐらいだろう。
『だいじょーぶだけど。何かあった?』
「いや、ヴァディム商会の話を聞きたくてな」
『なんで? それなら私よりサリアの方が良くない?』
「サリアさんはきついだろ。総会長は人付き合いが嫌いで通してるから……いや、どうにもヴァディム商会と一悶着ありそうな匂いがしてきててな。お前からも話を聞いておきたい」
『なんでさ』
現状カイトとヴァディム商会との繋がりはパーティで長男と何度か話した程度だ。そしてヴァディム商会の本拠地はマクスウェルからもそこそこ遠く、冒険部の活動範囲からは外れている。一悶着起きる事はまず無いはずだった。というわけで、困惑するユリィにカイトは状況を説明する。
「と、いうわけ」
『あー……そういえばそんな噂が一年ぐらい前に出てたねー。あれから色々とあり過ぎて完全に忘れてた』
「まぁ……この一年はなー」
流石にトラブルが多すぎた。カイトはおそらくこの一年でこの三百年分のトラブルが出ているだろう状況を想像して笑う。まぁ、笑うというより半ば現実逃避をしたくて笑っている、と言っても良かったかもしれない。
『まぁ、それは良いよ。でもそれならアルに聞けば?』
「そっちからも聞く。でも学園の話ならお前の領分だろ?」
『まぁ、そうだけどね……でもそんな噂。こっちではちっとも出てないよ。流石に学園内でそんなヤバい噂が流れればすぐに私の所に報告入るし』
カイトの指摘にユリィは頷きながらも、しかしヴァディム商会に関する噂は何も入っていないと首を振る。
「そうか……一年前に荒れてたりするのがあれば、と思いはしたんだが」
『うーん……でもそういった話って基本的に実家に帰ってやるからねー。よほど確定した話とか両者の合意があるなら、ウチで顔合わせぐらいはしてるかもだけど』
「エルーシャって魔導学園には入ってないんだったな?」
『入ってないね。推薦状は取れる立場のはずだから、入っても良かったんだろうけど』
これはエネフィアの特性上仕方がない事なのであるが、やはり領土面積が広大過ぎて領土全ての子供を学校に入学させるのは不可能に近い。なのでマクダウェル領ではある水準に満たす教育が受けられる環境があるのなら就学は免除されており、エルーシャはそちらを選択したのだろう。
「まぁ、考えたらアイゼンを呼んで訓練を受けたいのなら確かに個人になるか」
『あー……それはあるかも。アイゼンというかあそこ魔導学園避けてるっぽいし』
「いや、普通は用もないのに近寄らんよ……とはいえ、憧れだのなんだので近寄って来られても困るか」
『カイトがそうだったからねー』
「あはは」
どうしても<<熾天の剣>>は冒険者ギルドだ。なので子供相手にどう接して良いかわからない者は少なくない。更には彼らの力はあくまでも個人に依存するものだ。武蔵の様に誰かに教える事に長けているわけでもない。
子供らに囲まれてどうすれば良いかわからない者は多かった。そういう意味では、個人レッスンに近いとはいえ弟子を何人か持つアイゼンは非常に珍しいタイプではあった。
「まぁ、そりゃ良い。まだ在学中だったはずだから、なにか噂が手に入りでもしたら教えてくれ」
『ん、りょーかい。でも取り敢えず先にクロサイトさんの件でしょ?』
「オレ単騎狙いならどうにでもなる。よしんば大部隊を動かすなら動かすで情報は手に入りやすい」
『そーだね……わかった。こっちはこっちでアンテナ張っておくよ。張らなくても手に入りやすい相手ではあるけど』
ヴァディム商会の次男坊は表向き魔導学園に無関係なカイトの所にも噂が届くほどに女癖が悪いというのだ。ならば学内でもそれなりには有名だろう。更には今勢いに乗るヴァディム商会の第二子だ。
良くも悪くも情報が手に入りやすい相手ではあっただろう。というわけでそちらの話を終わらせた所で、カイトは今度は会食に向けた用意を進めていく事にするのだった。
さて時は進んで夕刻。カイトは各方面との調整を終えると、公爵邸に戻って貴族としての礼服に身を包んでいた。理由は勿論、クロサイトが来るためだ。というわけで、夕暮が街を包む頃にはマリンに先駆けクロサイトが一足先に公爵邸に到着していた。
「お久しぶりですな、マクダウェル公」
「ええ。ブロンザイト殿の葬儀以来、ですか」
「あれは兄が悪かった。若い頃の兄はお調子者な所がありましたからな。その癖悲観主義者のような所もあったのだから、始末が悪い」
「あはは」
少しだけ冗談めかすクロサイトの言葉に、悼ましげに沈んだ様子を見せていたカイトが笑う。これはあくまでも自分を慰めるための冗談のようなもの。そう察したらしい。というわけで一つ冗談を交わした後に、カイトとクロサイトは応接室の椅子に腰掛ける。
「まずは……我が兄ブロンザイトの葬儀。まこと感謝致します」
「いえ……私は受けた恩に報いたまでのことです。何より時間も体力も無い中でソラにも教えを授けてくださった。彼の教えは如何なる金銀財宝にも勝る。この程度のご恩返ししかできなかったのが、ただただ悔やまれます」
やはりカイトにとって天候に阻まれブロンザイトの救出が間に合わなかった事がしこりとして残ってしまっていたようだ。再度かれは沈痛な様子でため息を吐いた。が、これにクロサイトは首を振る。
「天ばかりは人の思うがままにならぬ事です。間に合わなかったのであれば、それは天命という事だったのでしょう」
「でしょうか……ですが、時々思うのです。あの時、私が形振り構わねば救えたのではないかと」
「神ならぬ身が、神の御業を振るうと後が怖いですぞ。それが如何に御身であれど、です」
「……」
どこか少しだけおどけながらも慰めの言葉を語るクロサイトの言葉に、カイト自身それを誰より理解していればこそ何も言えなかった。無論、それ以外にもあの時そんな天変地異をしてしまえば彼が勇者カイトである事がバレかねない。
そうなれば喩え救われてもブロンザイトは怒った事だろう。いや、怒られるならまだ良い。嘆かれてはたまったものではなかった。ブロンザイトの救出を急ぎたいカイトのわがままであった以上、それは避けねばならなかった。
「それに何より……おそらくあそこで死ぬ事が兄の本望だったのでしょう」
「本望……ですか」
「ええ……晩年の兄はどこか生き急いでおりました。今思えば、本当にトリンくんの事が大切だったのでしょう。彼に全てを遺すのだ……そして自ら羽ばたける様にしてやるのだ。そう、考えておった様に思うのです。そのためには、荒療治が必要と」
「……」
どうなのだろうか。よしんばブロンザイトを降霊術等で呼んだとて、答えてはくれそうにないだろう。そうなのでは、とカイトにもクロサイトにも思うしかなかった。
「……そうなのかもしれないですね」
「ええ……っと、そうでした。そういえば兄の娘もお呼び頂けたとか」
「あ、ええ。マリンさんですね。お呼びしたのはお呼びしたのですが……まだ到着はされていないようです」
気を取り直したクロサイトに合わせる形で、カイトも気を取り直してマリンの事を語る。クロサイトの場合はカイトとの会談もあったので、少し早めにマクスウェルに到着する必要があった。なのでマリンはまだ到着していなかったのである。
「そうですか……少し楽しみではあるのです。あの兄の娘なぞ、思いもしなかったものですからな」
「あはは……そうだ。そういえばクロサイト殿の方のお孫さんは? 確か風の噂でお生まれになられていたと伺ったのですが」
「あれなら兄やカルサに触発され一度世界中を見て回りたい、と旅に出ました。まぁ、一度ぐらい世界中を見て回るのも良い経験でしょう。何より親が認めた行動を爺が拒むわけにもいきますまい」
「飛空艇で?」
「いや、馬車と徒歩で回るそうです。海は流石に飛空艇を使っている様子です。流石に連絡はこまめに取らせておりますがな。兄やカルサの様に年単位で連絡が取れなくても困りますからな」
「あははは。私はなんとも言えませんね」
どこか冗談っぽく告げるクロサイトの言葉に、カイトは楽しげに笑う。実際、彼が三百年前に旅をした頃は通信施設がなかった事もあるが皇都に戻ったのは二年近くが経過していた。その間一度も連絡を取っていなかった。というわけで、まるで都合が悪いとばかりに彼は話を横にずらした。
「ですが、今のこのご時世に馬車と徒歩で。相当時間が掛かるでしょう」
「ええ……勿論、立ち寄って終わりというわけではなく逗留している地もある様子。もうかれこれ二年ほどになりますか」
「ではもう半分以上は見て回っている頃でしょう」
「ええ……後は、今回の兄の様にどこぞで種を蒔いて帰ってこなければ良いのですが」
「あはは」
それはもう笑うしかないな。カイトもクロサイトもクロサイトの孫について話しながらそんな益体もない事で笑い合う。そうして、二人は暫くの間他愛もない笑い話に花を咲かせる事になるのだった。




