第2788話 黄昏の森編 ――商人の思惑――
老紳士クラルテの墓参りを終えてマクスウェルに戻り、いつものギルドマスターとしての業務をこなす日々に舞い戻ったカイト。そんな彼は時にソラ達冒険部ギルドメンバー達の相談に乗り、時にエルーシャらと共に依頼に出てとして過ごしていた。
その最中に商人ギルドからの情報提供によりブロンザイトの弟にしてラリマー王国の重鎮クロサイトの暗殺事件とエルーシャの実家とその近辺の誤解に伴う元婚約者からの逆恨みじみた感情を受けている事を知ると、そのどちらもに取り掛かる事になっていた。というわけで、アルミナからの情報を受けカイトはマクダウェル公爵邸の自室に戻っていた。
「はぁ……」
「戻られるなり大ため息なんて。また何かありました?」
「無けりゃ直接こっちには入らんよ」
ユハラの問いかけ――椿が冒険部側の業務が残っていたので代打――にカイトは首を振る。そうして、自分の椅子に腰掛けると机に備え付けられた通信機を起動した。
「サリアさん」
『あら……ダーリン。夕餉のお誘い? それとも一夜を共に?』
「わかってるだろ」
『はてさて……ダーリン。昔ダーリンもおっしゃいましたが、口にされない事には何のことかわかりませんわよ?』
呆れ半分で睨むカイトの問いかけに対して、サリアは楽しげにうそぶいた。この様子では間違いなく彼女は知っていたと見て間違いないだろう。というわけで、望み通り口にする事にした。
「ラリマー王国の第二王子の裏だ」
『ああ、そのことですのね。ええ、勿論。ですがダーリンは知っても知らなくともやらねばならない事は変わらないでしょう?』
「変わらんは変わらんがね」
確かにサリアの言うことは尤もだ。自領地でクロサイトに被害が及ぶかもしれない、という時点でカイトに動かないという選択肢はない。が、それでも裏を知っておく事は重要だった。
「だが知っておけばそれ相応の対応にもなる」
『あら……まさかラリマー王国まで行って『工場』でも潰してくださるんですの?』
「やらねぇよ。やらねぇが、やらにゃならん状況になった時に準備無しで取り掛からんで良い様にはなる」
『それはやると言っているのと同義のような気がしますわね』
「やりたくはねぇって……」
深い溜息と共に、カイトは再度そう口にする。が、クロサイトの思惑や自分の利益を考えた場合、そうするのがベストになる可能性は十分に有り得た。ただ素直に応じられないのは、完全にサリアの手のひらの上で転がされるような感じだったからだ。
「それにやらにゃならんかどうかはクロサイト殿がどう出るか次第だ」
『というより、ソラさん達次第の気もしますが』
「そこなんだよなぁ……」
しくじったな。カイトは現状からクロサイトの行動とそれを受けてソラ達が関わっていくだろう事を理解していればこそ、自身の失策を理解していた。そして同時に、その失策がサリアの策略であった事も理解していた。
「やってくれたな、本当に」
『ふふ……だってあの時点で教えていればお二人を遠ざけた可能性はあったでしょう?』
「ちっ……」
否定は出来んな。カイトはサリアの指摘に同意するしかなかった。もしあの時点でクロサイトの裏に繋がる組織がこんな札を持っていたのだと知っていた場合、ソラ達に襲撃は教えずクロサイトとの会食に集中させた可能性は大いに有り得た。
が、あの時点ではオークションの襲撃を悟られたくなかったため、気を逸らさせる目的で教えてしまったのだ。というわけで、今回はサリアの勝ちとカイトは判断したようだ。
「わかった。オレの負けだ」
『はい、ありがとうございます。ダーリンの仰った通り、情報は如何なる金銭にも勝るお宝ですわね』
「せめて身内なんだからもう少し教えてください。動いてほしいならそう言ってくれれば動くからさ」
『考えておきましょう』
クスクスと楽しげにサリアが笑う。別にこんな事をされなくても頼まれれば動いたのだ。というわけで、呆れ顔のカイトは気を取り直してはっきりと明言した。
「それに何より、ヴィクトル商会の売上はウチの税収に直結する。そういう意味じゃウチも被害を被ってるようなもんだ。見過ごすわけにゃいかん」
『ですわね……ただ問題としては関わる方法がなかったというわけで』
「もし関わるならソラ達を利用するしかなかったのも事実というわけか」
『そうですわね……まぁ、クロサイトさんは私の動きも踏まえた上で動かれていらっしゃるでしょう』
この点で両者の思惑は合致したというわけか。サリアひいてはカイトは第二王子の裏に潜む犯罪組織のとある収入源を潰したい。それはひいては犯罪組織の壊滅、ないしは影響力の低下を意味する。
それに対してクロサイトは自国に悪貨がはびこるのを防ぎたいし、何よりこのまま第二王子が権勢を握ってしまって亡国の危機に陥るのを避けたい。必然として彼は犯罪組織をなんとかしたい。カイト達が動いた結果として、犯罪組織をなんとか出来ると判断したのである。
「だろうな……わかった。ソラ達にも伝えておく」
『ああ、多分彼なら今頃トリンさんからおおよその推測も聞いていらっしゃるでしょう。アルミナさんが接触されていらっしゃいましたし』
「アルミナさん……」
そっちにも接触したのかよ。カイトは深い溜息を吐いた。と、そんなつぶやきが風に乗るとほぼ同時に、甘い香りと共に彼の耳に吐息が吹きかけられる。
「ふぅー」
「わんぎゃぁ! アルミナさん!」
「ふふ。呼んだ?」
「呼んでません!」
貴方も貴方で本当に好き勝手して。カイトは楽しげに笑うアルミナに深い溜息を吐いた。この様子なら最初からずっと部屋に居たのだろう。そんな彼女に、ユハラが問いかける。
「あら、アルミナさん。お戻りで……御夕食は如何がなさいますか?」
「ああ、頂くわ。あ、お茶ありがとう」
「やれやれ……」
『ふふ』
邪魔しないなら好きにしてください。カイトは慣れ親しんだ様子で応接用の椅子に腰掛けるアルミナと彼女にもお茶を振る舞うユハラにため息を吐く。が、もう遅い時間だし夕食も近い。無駄な時間を過ごす時間はなかったので、すぐに気を取り直す。
「話を戻そう……取り敢えず犯罪組織を潰す。それで良いんだな?」
『そこまでは望んでおりませんわ。ただ『工場』を潰して頂ければ』
「ある程度の兵力は必要だが、そこはなんとかできそうなのか?」
『ヴィクトル商会を舐めてもらっては困りますわね。兵力は自前でも用意出来ますわよ?』
「それ、オレの前で言わんで貰えんっすかね」
『昔からでしょう?』
「そうなんっすけどね……」
貴族として一介の商人が私兵を有していると言われてなんと答えれば良いのだろう。カイトはそう思いながらも、結局は利用させて貰うのでそこはそれと考えておく。
なお、私兵とは言うが実際にはほぼほぼ専属契約にも近い契約を行っているお抱えの冒険者達だ。昔から商人ギルドの商人達とユニオンの繋がりは強く、こういった傭兵に近い形で契約を結んでいる冒険者はかなり多いらしかった。
『惜しいですわね。子供の頃のダーリンを雇っておけば、全ての利益を総取り出来たのですが』
「無理だっただろ。フロイライン家だし」
『そうなんですわよね。あわよくばフロイライン家に拾われる前のダーリンを、とも思わないでもないですわね』
「あはは……まぁ、良いや。その様子なら『工場』の場所とか色々とは掴んでるんだろ?」
兵力の準備も出来るし、何より『工場』という単語を出したのもサリアだ。そしてここまで見通していたのなら、必然としてそこらの情報は持っていると見て良さそうだった。そして案の定、サリアは頷いた。
『ええ……ただ如何せんやはりヴィクトル商会は一介の商人。犯罪組織を勝手に壊滅なぞ出来ないものです。しかも、そのバックに第二王子まで居るとなると尚更』
「叩き潰すための大義名分が必要、と」
『厄介ですわね。被害を被っているのはウチだというのに』
「まぁ、そりゃ企業が好き勝手するわけにもな」
どうやらサリアとしては今まで動く機会がなく、歯がゆい思いをしていたようだ。しかもヴィクトル商会は勇者カイトのスポンサーを表に出している。殊更下手な行動は出来ない。
そしてそれ故に大義名分が得られるタイミングでカイトが動かざるを得ない様にして、確実に潰せる様にしたかったというわけなのだろう。というわけで、カイトの言葉に今度はサリアがため息を吐いた。
『ええ……はぁ。まぁ、そういうわけですので全ての情報が集まっているのにも関わらず、ラリマー王国の状況から手を出せずにいたんですのよ。向こうもそれがわかっているからか好き放題という有様』
「そうか……でも意外だったな。情報流出なんて人一倍気にしてそうなのに」
『気にしてはいますわ。でもゼロに、なんて到底無理ですわ』
再度、サリアが深い溜息を吐いた。どうやら流出した情報が巡り巡って悪い事態を引き起こしたらしく、更に彼女の頭を痛めていたのであった。
「それはそうか……わかった。それならついでに全部破壊しておく」
『お願いしますわね。一応ラリマー王国以外に出回っている物は全てこちらでなんとか出来ますが……大元のあそこのだけはなんとかするには国の介入が不可欠でしたの』
「まぁ、相手が相手だからなぁ……」
下手な介入をすると第二王子に面倒な事を言われかねない。それは厄介にしかならないので今の今まで介入出来なかったのだろう。というわけで、その後も暫くサリアから情報を手に入れるわけであるが、それが終わった頃合いでカイトは少し気になったので問いかける。
「あ、そうだ。そういえば犯罪組織の情報って無いのか? 主にヤバいのとか」
『? 必要です?』
「いや、そりゃあったら良いだろ」
『犯罪組織と言ってもラグナ連邦のとかに比べれば木っ端な組織ですわよ? ダーリンの手を煩わせるような化け物が居るとは思いませんが……必要であれば戦闘員の情報は送りますが』
「まぁ……あるならお願い」
買いかぶり過ぎの気はしないでもないが、実際カイト当人もこれをさもどうでも良さげに問いかけているので彼自身そこまで気にしてはいなかったのだろう。というわけで、カイトは追加で情報を送ってもらう事にして通信を終わらせる事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




