第2787話 黄昏の森編 ――二つの事件――
老紳士クラルテの墓参りを終えてマクスウェルに帰ってきたカイト。そんな彼を待っていたのは、ブロンザイトの弟にしてラリマー王国の重鎮であるクロサイトを狙うラリマー王国の王位継承問題とエルーシャの元婚約者の誤解による襲撃事件のタレコミだった。
というわけでクロサイトの事件の情報収集を行いながらも、カイトはエルーシャから彼女の元婚約者の情報を集めていたのであるが、それもそこそこで終わらせてセレスティアも混じえて適当に話を繰り広げていた。
「じゃあ、もう暫くはこっちに留まるんですか?」
「そうなるわね。ラン曰くそっちに居て暫くカイトさんとの間で連携を取ってほしい、という事らしいわ」
「オレとねぇ……」
ギルド同盟の会合を終えて暫く。エルーシャから聞きたい情報は聞けたのではいさよなら、と去ろうとしたカイトであったが、その頃合いを見計らったかの様に彼女の所にランテリジャから連絡が入ってきたらしい。それで待つ理由も無いが同時に待たない理由もなかった――セレスティアも同様――ので気まぐれに待っていたら、自分が関わる話だったというわけである。
「というか、実家からだろ?」
「でしょうね。近々こっちに来るらしいから、顔を見せろって」
カイトの問いかけに対して、エルーシャは嫌そうな顔で深くため息を吐いた。これは偶然なのであるが、近々マクダウェル領内の財界の要人達が中心となった夜会が開かれる事になっていた。
そこでは各界の要人達も集まるのであるが、マクダウェル領でも顔役の一人であるカイトも呼ばれていた。そしてエルーシャの両親も同様という事なのだろう。
今回の裏で起きている一件もあり、密かに話したいという要望が透けて見えていた。更には娘や息子の事もあり礼は述べておきたいのだろう。そして更に別の目的もカイトには見えていた。
(こっからの帰り道は今の時期だと人は少なくなる……下手に件の次男坊が馬鹿をやらない様に、こっちに置いておきたいって所もあるんだろうな。まぁ、流石にヴァディム商会でも裏ギルドを雇う事は無いだろうが……念には念を入れ、という所かな)
流石にそんな事はしないとは思うが、絶対にないとは言い切れない。そして流石にそうなると縁談は完全に御破算だし、今後の取引にも甚大な影響を与える事になるだろう。流石にこれは許容出来るとは思わなかった。
「はぁ……あんまり会いたくないんだけど」
「嫌いなんですか?」
「別に嫌いじゃないけど……家出した手前、お小言が五月蝿いだろうから」
「あ、あはは……」
それはそうだろう。エルーシャの言葉にセレスティアは頬を引きつらせる。これにカイトは楽しげに笑う。
「ま、諦めろ。それに時たまには親御さんに元気な姿を見せるのも悪くはないだろ」
「それは悪くないけどドレス着たくない」
「そう言われると俄然見たくなるな」
「あ、私も見たいですね」
「見た所でなんも面白くないわよ」
楽しげにのたまったカイトとセレスティアに、エルーシャが深くため息を吐いた。言うまでもないが財界の大物達まで集まる会合とはパーティである。基本礼服での参加は必須で、エルーシャも昔参加した時には普通にドレスを着ていた。というわけで辟易した様子のエルーシャに、カイトが再度笑う。
「あはは……ま、諦めろ。逃げ出すって選択肢は流石に無いだろ。現状維持をするためにもな」
「うー……まぁ、そうなんだけどさ……」
一応家出をした手前、ほうぼうに迷惑を掛けている自覚はあるらしい。それで戻るのかと言われればそれはまた別のお話になるし、今ここでギルドマスターの仕事を投げ出すのはそれはそれで筋が通らない。現状維持をしたいのなら、最低限の筋は通しておくべきだった。
「取り敢えずウチの部屋についちゃそのまま使って良いよ。部屋は余ってるからな」
「……甘えて良い?」
「良いよ。まー、若干職権乱用な気がしないでもないが、空いてる部屋に客人泊まらせる程度なら誰も気にしやしない。それが同盟の相手なら尚更だな」
おずおずと問いかけるエルーシャに、カイトは一つ笑って承諾を示す。というわけで、また暫くの間エルーシャをギルドホームの客室に泊まらせる事にして、結局カイトは行きと同様に帰りもエルーシャと共に帰る事になるのだった。
さてギルド同盟の会合を終えてエルーシャと共に再び冒険部のギルドホームに戻ったカイトであるが、エルーシャは当然この時間からでは何もする事が無いので休む一方で彼の方はギルドマスターとしての統率を行う必要があった。というわけで、若干暗くなりだした頃に戻った彼は椿に状況を確認していた。
「そうか。特に変更がなければそれで良いよ」
「はい」
「で、この封筒はなにか届いてたのか? 表紙に何も書かれていないが」
「……封筒、ですか?」
きょとん。カイトの問いかけに椿が小首を傾げる。彼の机には一通の封筒が置かれており、てっきり椿が置いたものだと思っていた。が、この様子を見るにどうやら違うらしい。
「これ、お前が置いたんじゃないのか」
「はぁ……申し訳ありません。気付きませんでした」
「となると……いや、良い。おおよそは察した」
こんな事を仕出かすのも出来るのも自分の周りでは一人しかいない。カイトはアルミナのいたずらっぽい顔を思い出して、一つため息を吐いた。カイトは彼女が来ている事を理解していたため、普通に渡してくれれば良いのにと呆れながらも、苦笑混じりに笑うしか出来なかった。というわけで、現状等から中身も理解した彼は封筒を開いて中を確認する。
「ふむ……」
やはりか。カイトは中身が思ったとおり、ラリマー王国の一件での関係者の写真である事を理解する。今後どう出るかはわからないが、場合によっては関わらざるを得ないのだ。先んじて知れる情報は知っておきたい所であった。
(これは……件の第一王子か。で、こっちが第二王女……かなり若いな)
第一王子は二十代前半。第二王女は十代半ばという様子だった。年齢差は若干ある様子だが、王侯貴族にもなるともっと離れる事はザラだ。見た目としてはやはり同母の兄妹らしく顔立ちと目の色が同じで、おおよそ兄妹だろうと察せられる所ではあった。
(で、こっちは……件の第二王子とその取り巻き達と……うっわ。一目見て悪人ってわかる悪人面。まぁ、見た目で判断しちゃいけません、って話ではあるけどさ……)
それでも明らか悪人です、って風貌だな。カイトは第二王子と共に映っている人物達を見て、若干苦笑する。実際悪人なのだから仕方がないだろう。
(後は……ああ、こっちは流石に見た事があるな。現国王か。さて、どう彼は動くつもりなのか……)
当然であるが、王位継承権があろうと、そして後継者としてのレースに抜きん出ようと現国王にして父である彼が承諾しなければ王位継承はあり得ない。最悪は大どんでん返しもあり得るのだ。
もしその承諾無しに継承するのであれば彼を殺すなりする必要があった。が、そこらは流石に彼も警戒しているはずで、彼が何を考えているかも重要な所であった。
(まぁ、良い。取り敢えず暗殺者達も動いた、って事は戦闘面に問題は無いだろうし、道中の警護も問題は無いだろう)
若干面倒だが、降りかかる火の粉は払わねばならぬ。カイトはそう考え、同封されている書類を確認していく。そのおおよそは第二王子が率いている犯罪組織等の情報であり、あまり良いものではなかった。
(規模としては中々の物か……まぁ、流石にそこまで大っぴらに関わるつもりもないが……資金源は……違法賭博に……これは……ふむ……)
資金源も中々というわけか。殺し屋ギルドに依頼が出せるほどには大きな犯罪組織ではあるのだろう。カイトはそう判断する。というわけで一頻り書類を読み終えると彼は書類を封筒に再度仕舞って、更にそれを異空間に入れておく。
「椿」
「はい」
「今日はもう部屋に戻る。何かがあったら、そっちへ頼む」
「かしこまりました」
部屋に戻る。それは一見すると単に上の自室に戻る様に聞こえるが、カイトが敢えてこう言う場合は公爵邸の自室に戻るというパターンが多かった。冒険部のカイトではなくマクダウェル公としての様々な力や情報網を使いたい場合にはあちらを使う事にしており、今回はことの性質上そうするべきと判断したのである。というわけで、彼は今日の仕事をこれで終えた形にして公爵邸に向かう事にするのだった。
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