第2785話 黄昏の森編 ――再会――
いつものギルドマスターとしての業務の最中のカイトに実家に戻っているというランテリジャからもたらされた情報。それはカイトがエルーシャの彼氏と誤解され、その結果彼女の元婚約者とやらから目の敵にされてしまっているというものであった。
というわけでクロサイトの一件の傍らエルーシャの一件にも取り掛かる事になってしまったカイトであるが、彼はその情報収集を椿に任せると自身は昼からギルド同盟の会合に出るべく支度を行っていた。
「良し……まぁ、さして何かする意味も必要も無い程度の状況だが」
定例会ではあるが、それ故にやっておかねばならないものではあるだろう。カイトはギルド同盟の定例会の有益性と重要性を理解しているからこそ、これをおろそかにするつもりはなかったようだ。
「ソラ。昼から半日ほどだが仕事は任せる」
「おーう。今回の議題って何になりそうなんだ?」
「まぁ、メインはユニオンの遠征だが……これに関して話し合おうにも情報が無い状況だからな。一応ユニオン側への体面として話してウチは前向きにやってますよ、って見せるポーズの意味合いが強い」
「遠征ねぇ……結局冬の1月で良いのか?」
「ああ。そろそろ通達が出る頃だが……流石に通達も出てない状況で情報を出すわけにもいかないからな」
流石に通達が出される前に情報を手に入れていたらどこから手に入れたんだ、と言われかねない。カイトはそう考え黙っておく事にしたようだ。それに何より前もって言っておく必要もない事だし、言った所で現状ではなにかが出来るわけでもない。
「ふーん……まぁ、それならそれで良いけどさ」
「ああ……いや、それは良いだろう。兎にも角にも半日任せる。多分、そんな掛からないだろうけどな」
「あいよ」
現状でなにか急がねばならない事は無いし、遠征以外に目立った揉め事も起きていない。なのでカイトとしても特に話し合う必要があるとは考えておらず、他としても似たりよったりの状況ではあったらしい。
まぁ、あっても精々小さな小競り合いがありそれの仲裁やらがある程度で、その程度は何時もの事だ。そこまで時間は掛からなかった。というわけで、後の事をソラにまかせてカイトは軽い気持ちで出立する事になるのだった。
さてカイトが会合に出てから暫く。留守を頼まれたソラはというと、こちらは頼まれた仕事を行っていた。というわけで、彼は前とは異なりマクダウェル公爵邸に表から入っていた。
と言っても別に何か重大な出来事があったというわけではなく、飛空艇の購入に必要な書類の手続きを行っていただけだ。なので向かう先も何時もの本邸ではなく、一般的な業務を行っている別館の窓口だった。
「おまたせいたしました。では、こちらにサインか印鑑をお願いします。もしくは花押でも構いません」
「ありがとうございます……ここです?」
「そこです。そこの枠の中にお願いします」
「えっと……」
受付に促されて、ソラは執務室の金庫から持ってきた印鑑をカバンから取り出す。そうして彼は少しだけ緊張した様子で捺印する。彼が緊張しているのは基本こういった公的書類への捺印はカイトがする事が多かった事と、今回持っている印鑑は謂わば角印や丸印といった組織が公的な書類への捺印に使用するものだ。それを持っているという事がどうにも緊張する要因になっていたようだ。
「ふぅ……これで大丈夫ですか?」
「はい、ありがとうございます。これで手続きは完了になります。また追って空港の格納庫を保有した証明書が発行されますが、郵送になさいますか? それとも取りに来られますか?」
「あ、郵送でお願いします」
「わかりました。ではこちらの書類に……」
再度受付に促されて、書類に書類の郵送先を記載する。当然だが飛空艇を買ってもそれだけで良いわけではない。飛空艇を購入する場合は保管する格納庫は必要だし、修理になった場合の手配のあて等も用意しておく必要があった。まぁ、そのどちらもカイトには伝手があったのでそこらの前準備は彼がしてくれており、後はサインをしておくだけだった。
「はい、ありがとうございます」
「はい」
「では、後は追って書類と格納庫の鍵が届けられますので、そちらの方は大切に保管してください」
「はい……あ、そうだ。そういえば一個聞いておきたいんですけど、大丈夫ですか?」
「なんでしょう」
これで一通りの申請は終わり。そう言われたので立ち上がろうと思ったソラであったが、なにか気になる点があったらしく持ってきていた筆記用具類を仕舞う手を止める。そうして、彼は少し気になっていた事を問いかける。
「格納庫の鍵ってこっちで交換して大丈夫なもんなんですか?」
「ああ、鍵の交換ですね。ええ。一応は問題ありません。ですがもし交換された場合は格納庫を返却される際に鍵の交換に関わる費用を負担して頂く事になりますのでご注意下さい」
「それってやっぱ敷金から取られる形に?」
「そうですね。基本はそうされる方が多いですが、稀に別に負担される方もいらっしゃいますので、そちらでも大丈夫です」
「あ、そうなんっすか」
マクダウェル家としても最終的に次に引き渡す際に問題が無いのならその途中については勘案しないというわけか。ソラは受付の返答にそう理解する。というわけで手続きも疑問も解決出来たため、ソラは改めて受付を後にする。
「あー……」
やっぱ慣れねぇなぁ。ソラはそんな様子でため息を吐いた。カイトがやはり引き継ぎを目的としているからか、ソラ達にも責任が重い仕事が割り振られる事が多くなっていた。が、それ故にこそ慣れない間は重責によるプレッシャーが酷い様子だった。と、そんな事をしながら公爵邸を後にして庭園に出る。
「ふぅ……」
少し休もう。ソラはそう思ったようだ。幸いにも晩秋であっても晴れ渡っていた事と庭園はある程度気温がコントロールされているからか一休みするには丁度良く、散歩の途中らしい老婆やらが同じ様に用意されている長椅子に腰掛けて彼と同じ様に休んでいた。というわけで、彼も同じ様に長椅子に腰掛けて一休みする。
「はぁ……」
「……」
「……うおっ!?」
一休み。そんな様子で腰掛けて少しだけ一息吐いたと同時に真横に誰かが居る事を視認して、ソラが思わず仰天して仰け反った。幸いな事に長椅子には背もたれがあったので落ちる事はなかったが、かなり不格好だった。というわけで、横の人物が笑った。
「久しぶりね」
「え? あれ? どこかでお会い……しました?」
「ふふ……声と気配で分からないのはまだまだ未熟ね」
「え……あ……えっと……すんません」
どうやら何者かが化けているらしい。ソラはエルフの女性の楽しげな笑いを見ながらそう思う。が、なんと言われようとわからないものはわからない。なのでソラは素直に謝るしかなかった。
「まぁ、しょうがないわね。数度しか会ってないし」
「いえ……数度会ってるんなら覚えとかないと職業柄マズいんっすけど……」
「そうね。だから姿も前に会った姿にしてあげたのだし」
「……すんません」
これは確定で試されていたパターンだな。ソラは楽しげなエルフの女性にただただ頭を下げるばかりだ。というわけで、女性はネタバラシをする前にコツを教えてあげた。
「こういう場合、記憶を幾つかの箱に分けておくのが良いわね。エルフの女性ならエルフの女性。男性なら男性……そういう風に分類分けしておくと楽に取り出せるわ。特に何十年何百年も生きるなら必須」
「さ、参考にします」
「ふふ……それで私よ。アルミナよ」
「……えぇ!? あ、そういえばその姿って……」
思い出した。ソラは一番最初にアルミナと遭遇した時に彼女が取っていた姿がこれだと思い出したらしい。目を見開いて驚きを露わにする。そんな様子でアルミナもソラが自分を理解したらしいと理解する。
「そういうことね」
「すんません。完全に忘れてました……でもどうしたんっすか? なんかカイトに伝言っすか?」
「ああ、いえ……貴方には貴方で教えてあげようと思って」
改めてしっかり長椅子に腰掛けたソラの問いかけに、アルミナは一つ首を振る。
「教えて?」
「ええ……クロサイトさんの暗殺の件」
「っ」
なるほど。相手は殺し屋ギルド。それに対してアルミナは暗殺者ギルドだ。共に犬猿の仲と言われており、殺し屋が動くのなら暗殺者もまた動くという事なのだろう。
「身辺警護には私達も動くわ。クロサイトさんを殺されるのはこちらとしても有り難くない。何より、彼ほどの賢人を失うのはエネフィア全土の損失。見過ごせないわ」
「そうですね……」
ブロンザイトの弟とはいえクロサイトとは殆ど話した事はないが、それでも彼との話がソラにとって有益だった事は間違いない。そして立場云々を超えて助言をくれた事も覚えている。彼を助けたいというのは事実だった。というわけでそれを言うだけ言ってアルミナが笑った。
「まぁ、そういうわけだから貴方もあまり気張らず会食を楽しみなさいな。毒殺は問題無いのだし」
「あ、そっちは本当に大丈夫なんっすね」
「料理人って毎日口に入る物を作るわけだから、どの貴族でも一番厳重に管理されてるのよ? 後、毒殺って簡単に思えるけどマクダウェル家だと特に難しいし」
「そうなんですか?」
「ええ。妖精族って毒とかの混入がわかるみたいね。何故かは知らないけれど、そうらしいわね。カイトも昔はよく世話になった、って言ってるわね」
そういえば聞いた事があったな。ソラはその昔カイトとユリィから妖精族は毒を見分けられると言われていた事を思い出す。無論、今回の会食にはユリィも同席予定だ。なので毒殺は本当に無理と言えたそうである。
「ま、そういうわけだから。実力行使が無理なぐらい、貴方もわかるでしょう?」
「そうっすね」
マクダウェル家の数々の防備を抜いて暗殺出来るのならもはやそれはどこでも可能だろう。ソラもアルミナの言葉に笑って同意する。と、そんな彼にアルミナが一つの封筒を手渡した。
「っと……これは?」
「あの子から内情は聞いてる?」
「まぁ、おおよそは」
「その関係者の写真ね。話す事があるかどうかはわからないけれど、知っておいて損は無いでしょう。あげるわ」
「あ、ありがとうございます」
それは確かに知っておいて損はないかもしれない。アルミナから渡された封筒をソラは有り難く受け取っておく。そうして、ソラはアルミナが立ち去ると同時に自分もまたギルドホームへ向けて歩きだすのだった。
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