第2784話 黄昏の森編 ――誤解――
老紳士クラルテの墓参りを終えてマクスウェルに戻ってきたカイト。そんな彼は色々と仕事をしながら日々を過ごしていたのであるが、その中心はギルド同盟の会議とブロンザイトの弟にしてラリマー王国の重鎮クロサイトの暗殺を狙う勢力への対処であった。
というわけで日々の業務の合間にそこらの情報収集を行っていたわけであるが、セレスティアを介してレクトールの訪問を受けた翌日。この日はギルド同盟の会議である事もあって朝の訓練を終えた後はその準備に勤しんでいた。いたのだが、その中でカイトはとある人物からの連絡を受けていた。
「うん? ランから?」
「はい……通信が入っております」
「ふーん……まぁ、実家に急に呼ばれて、って話だから気になったか?」
とある人物というのはエルーシャの弟にしてお目付け役のランテリジャだ。今回の帰宅は急遽決定されたものだというのはエルーシャから聞いており、それ故に準備もままならなかった事は想像に難くない。
なので土壇場に問題が無いか確認しておこうと考えたのだろうとカイトは判断したようだ。というわけで、カイトは椿に一つ頷いて通信機を立ち上げる。
「わかった。通信を回してくれ」
「かしこまりました」
『すいません、ランテリジャです』
カイトの承諾を受けると同時に回線が切り替わり、カイトの通信機からランテリジャの声が響く。これにカイトも応ずる。
「ああ……どうした? エルーシャへ取り次ぐか?」
『いえ……それには及びません。というより、姉さんが聞くとへそを曲げかねないので……』
「ということは……実家の話か?」
『ご明察です』
カイトの問いかけにランテリジャは一つ頷いた。考えるまでもなくランテリジャは実家に居るだろう。そこでへそを曲げる話題となると、必然彼女の実家の話としか考えられなかった。しかも話題はエルーシャに関係する話だろう。
『以前お話したかと思いますが、姉さんに婚約者が居た事はご存知ですね?』
「聞いたな。当人曰く物理的に婚約者を蹴っ飛ばして出てきたって話だったか」
『ええ。当人は何ら気にせず笑い話にされてますが』
「まー、笑い話にゃならんわな」
『ごもっともです』
相手が誰かまではカイトも把握していない――何より興味もない――が、間違いなく相手の面子は丸潰れだろう。勿論、用意した親の面子も丸潰れだ。問題にならないはずがない。
『まぁ、幸いな事に相手とウチの関係であればウチの方が上だったので取引上での問題は避けられました』
「それは結構。良かったじゃねぇか」
『ええ……が、それはあくまでも取引上での話。相手も面白くない。さりとて姉さんはアイゼンさんの弟子。それがわかっていて喧嘩を売ろうという輩は皆無です』
「オレだって嫌だわ、そんな相手」
しかも間が悪い事に現在はマクスウェルにアイゼンが居るし、カイトまで居る。政治的な話ならカイトも無関係を貫くが、暴力沙汰にするのなら話は別。即座に彼かアイゼンが出てきて痛い目に遭うだろう。これにランテリジャは一つ頷いて同意した。
『ええ……それで非常に申し訳ない話なのですが』
「……待て。おおよその想像は出来たが、そりゃあまりに筋違いも良い話じゃないか?」
『ですから非常に申し訳ない話、と』
「オレに喧嘩売るつもりなのか?」
さすがはマクダウェル公カイトという所だろう。あまりに信じられないという顔でランテリジャに確認する。これに、ランテリジャははっきりと頷いた。
『ええ……どうやら姉さんが親しくしている事から、彼氏と勘違いされたらしいです。ウチの実家もそう勘違いしていましたよ。色々と理由があるみたいではありましたが』
「おいおい……」
それで喧嘩を売られるのは流石にやめて欲しいんだが。カイトはそう思う。が、いくら嘆いても現実が変わるわけではない。なので彼はそこに関しては諦める事にした。
「まぁ、それに関しちゃ横に置いておおこう。とはいえ、誤解だってわかってるならそっちから誤解を解いておいてくれよ。流石に誤解で刃傷沙汰になるのは面倒だぞ」
『ウチが言ってなんとかなる状況だったら、そもそもご報告差し上げてはいませんよ?』
「だよな……」
楽しげに――但し半ばやけっぱちの様子もあったが――笑うランテリジャに、カイトもまた状況を理解していればこそため息を吐いた。
「流石にそっちからの言い分は庇い立てしてると取られても仕方がないか」
『ええ。それと……現在姉さんがお世話になっているそうですね?』
「間が悪かったか」
『完璧なタイミングでしたね』
「最悪なタイミングと言ってくれ」
両者の関係を誤解しているのなら、この状況は完全にお目付け役が居ない事を良い事に彼氏の所に泊まり込んだ形だ。しかも公的にはギルド同盟の会議があるので、という言い訳まで可能と来た。誤解を更に促進させしまいかねなかった。しかも、悪いのはそれだけではなかった。
『後それと』
「まだあるのか」
『ええ……正直姉さんから聞いて笑いましたよ。先日の依頼の件』
「あれか。あれは依頼書が悪かった」
『ですね。僕から見てもそう思います……が、それは冒険者の内情を知るからこそ出た言葉です。他所から見ると精力剤をカップルで取りに行った様にも見えます。それが意味する所は、わかりますよね?』
「おいおい……」
流石に穿ち過ぎじゃあないか。カイトはそう思うも、同時にそう受け取られても仕方がないとも思っていた。なにせ先の依頼の目的は精力剤や不妊治療に役立つ料理を作る材料。そう勘ぐられても仕方がない。が、カイトにも言い分があった。
「あれはオレが後から参加した形だぞ? しかもセレスとエルに頼まれて、だ」
『それはまた別の話です。事実として貴方と姉さんが一緒に精力剤の材料を取りに行った。それが重要です。何より姉さんが普通ならそういった依頼を受ける人物ではない、というのも悪かった』
「それはわかるが……」
確かに誤解を招きかねない要因は色々とある。あるがそれでも誤解なのだからカイトとしては誤解だと言うしかなかった。
「オレとしちゃ誤解というしかないぞ」
『わかっています。が、相手がそれで納得するかというとそれはまた別の問題です』
「それはわかるが……はぁ。面倒くせぇな」
『わかっています。なので父も母も本件については申し訳ないと伝えてほしい。別途迷惑料は支払いたい、と』
やはり結果として迷惑を掛けてしまった以上、何かしらの形で詫びをしなければならないのがこの世の中だ。そしてカイトもエルーシャの両親は知っているし、逆もまた然りだ。
カイトとの関係悪化が良い結果をもたらさない事を理解していた両親は彼の手前エルーシャに温情を見せつつ、こういった形で尻拭いをするのがベストと判断した様子だった。
「はぁ……まぁ、オレも迂闊な点があるにはあったが」
『それは否定出来ませんね』
「はっきり言うね、お前さん……」
実際否定は出来ないのだから仕方がないが。カイトはそう思いながらもランテリジャのはっきりとした物言いに肩を震わせる。実際、こう受け取られても仕方がない依頼を受けていたし、状況としてもそう受け取られる状況だ。カイトに完全に非がないかと言われれば彼自身否定し難かった。
「まぁ、良い。取り敢えず状況は理解した。このクソ面倒な時期にクソ厄介な話を持ってきてくれてどうも、って所だが」
『面倒な時期?』
「ああ、すまん。こっちの話だ。気にしないでくれ」
現状カイトはクロサイトの暗殺に関する対処に追われている所だ。そこに来てどこかの誰かから喧嘩を売られるのは御免被りたいが、タイミングが合致してしまった以上は両方に取り掛かるしかなかった。
とはいえそんな事を言えるわけでもないし、ランテリジャも深く突っ込むつもりはなかった――何よりそんな事を話すために連絡したのでもない――ようだ。両者は改めて気を取り直す。
『はぁ……それで相手の情報に関しては詳細を商人ギルド経由で送ります』
「そっち経由にするのか?」
『ええ。今回は冒険者ではなく商人としてのお話ですので』
「そうか……まぁ、情報をくれるならどっちでも良い」
兎にも角にも相手が誰で何をしようとしているのかがわからなければ対処のしようもない。カイトはランテリジャにそう告げる。まぁ、商人ギルドを介するとなるとサリアの耳にも入ってしまうのがネックだが、どうせ彼女は情報屋ギルドの長。それ以上の情報を持っていても不思議はなかった。というわけで、情報の授受の方法の相談が終わった所でランテリジャが告げた。
『それで……これは一つお願いなのですが』
「ん?」
『姉さんには秘密でお願いします。この話が姉さんの耳に入るとまた元婚約者の所に殴り込みに行きかねないので……』
「あー……性格上そうするだろうなぁ……」
エルーシャの性格は直情型で熱血漢だ。こういった自分の周囲に手を出すやり方を一番嫌う。確実に婚約者の所に乗り込みかねなかった。とはいえ、それはカイトもまた言える事だった。
「だがそれはオレも一緒だぞ? 来るなら叩き潰すし、多少は痛い目に遭って貰うが?」
『それは構いません。僕らは一応止めましたし、貴方を止める道理がありませんから』
「そうか……まぁ、それならこっちはこっちでやらせてもらおう。が、一応そっちで止めれないかやってみてくれると助かる。面倒を避けられるなら避けたいからな」
『試しはしますが……期待しないで頂ければ』
「わかってる」
ランテリジャやその実家が動いてなんとかなる状況ではない事はカイトもわかっている。なので無駄な抵抗とはわかっていたが、それでもやらないよりはマシだった。というわけで、カイトは朝一番から頭の痛い思いをしながらも、再びギルド同盟の会合の準備に勤しむ事になるのだった。
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