第2783話 黄昏の森編 ――来訪――
老紳士クラルテの墓参りを終えて数日。一旦皇都のフロイライン邸に立ち寄ってマクスウェルに戻って来たカイトであったが、彼は戻ってからも忙しい日々を過ごしていた。
というわけで、彼がエルーシャとセレスティアと共に依頼に出て二日。ギルド同盟の会議が開かれる前日となり各地からギルドマスターや代理となるサブマスター達が集まり出した頃。カイトの所には再びセレスティアがやって来ていた。とはいえ、そんな彼女は一人ではなかった。
「ふぅ……まさか二人揃って来るとはな」
「急な訪問となり申し訳ない」
カイトの言葉に頭を下げるのはレクトールだ。彼がやって来たため、カイトへの挨拶の仲介人としてセレスティアが来ていたのである。というわけで、そんな彼にカイトが告げた。
「いや、良いさ。冒険者なんて本来は根無し草みたいなものだからな。何時来れるかもわからんのが普通だ。とはいえ……こっちに来たってことはラエリアの政情は安定したみたいだな」
「ああ。残党はかなり討伐した。もう我々の仕事は必要無いかと」
「そうか……それが良いか悪いかはわからんが……まぁ、民衆にとっては良い事なのだろう」
かつてがどうあれ、今のカイト達は冒険者だ。なので政情が安定して軍が正常に機能しだしたという事は仕事がその分なくなってしまうという事でもある。その面では良いとは一概には言えなかった。とはいえ、やはり三人とも為政者という立場が根底にはあるからかレクトールは特に感慨もなく頷いた。
「ええ……それで今後は一度<<死翔の翼>>として姿を消そうかと」
「それが良いだろう。現状だとどうしても汚れ仕事が多くなっちまうだろうからな。本来なら、こっちが先の方が良かったんだろうが……」
「当時のラエリアの情勢から考え、それが良かったかと」
「そうだな……」
<<死翔の翼>>はどうしても汚れ仕事が多く寄せられてしまっている。なので一度姿を隠して手広く依頼を受けられる様にするつもりだった。というわけでそこらの現状の報告をレクトールから聞いて、カイトは一つ頷いた。
「そうか。まぁ、皇国での活動に関してはオレがバックアップしよう。取り敢えずは好きに動いてくれ……何かあてはあるか?」
「今の所は」
「そうか……なら一つ仕事を頼まれてくれないか?」
「仕事、ですか?」
「ああ」
小首を傾げるレクトールに、カイトは一つ頷いた。そうして彼がその仕事とやらの詳細を明らかにする前に、一つ確認を取った。
「確か<<死翔の翼>>の拠点は飛空艇だったな?」
「ええ……先代から引き継いだものですが」
「そうか……それについて一旦ウチで改修を加えてやるから、各地で情報を集めて欲しいんだ」
「情報? 何のでしょう」
レクトールの問いかけに対して、カイトは一つ地図を広げる。それはかつてのルナリア文明の地図をベースに今の遺跡の情報等を重ね合わせたものだった。
「集めて欲しいのは転移術の情報……但し、その中でも世界間転移術の情報だ。ルナリア文明の事は?」
「一般常識程度には」
「そうか……ルナリア文明はかつて地球からの召喚術を研究していた事があったらしい。そこから世界間での転移術も研究がされていたらしい」
「なるほど……確かにそれは……」
俺たちにとっても重要だ。レクトールはカイトの申し出が自分にとっても渡りに船である事を理解する。そんな彼の様子にカイトは更に話を進める事にする。
「ああ。有益だろう? まぁ、これはオレ達の問題点なんだが、オレ達は研究施設を保有しと色々と出来る様にはなった。なったんだが、如何せん拠点を保有している関係でマクスウェルからは遠く離れられん。何よりオレがこの地の為政者っていう事もあって長期間不在にも出来ん事が大きい」
「それで我々に届かない所の調査を、と」
「ああ……まぁ、すでに手が入っていたりする事も多いから現地での情報収集も多いだろう。というより、メインはそっちだな。流石に実績がないと入るのは厳しいだろう」
レクトールの理解を見ながら、カイトは現状で気になる遺跡の幾つかに印を付けていく。その大半がかつてのカイトからの情報提供を受けて現地の貴族が依頼した冒険者達が調査に入っていた所だ。
カイトとしてもどうにかして調査出来ないか色々と考えてはみたのだが、やはり場所がネックとなって出来ていなかった。そこにレクトールが来たのでこれは渡りに船と話してみたのである。そして勿論、レクトールもまた元の世界への帰還は考えている。
「わかりました。引き受けましょう」
「即断したが……よいのか?」
「ええ。報酬としてはかなり高額ですし、依頼内容から考えて他の依頼との並行も大丈夫でしょう。十分受けておいて損がない」
別に遺跡を攻略しろと言われているわけでもない、単なる情報収集の依頼だ。無論遺跡に入れとは言われているが、言われている遺跡は未知の遺跡ではなくすでに一度調査の手が入った遺跡ばかり。
そうなると申請も通りやすく、危険性もたかが知れている。それで飛空艇にマクダウェル家の改修が加えてもらえるのなら十分受けて損がなかった。
「そうか……それならまた追ってマクダウェル家から正式な依頼書を出させる。マクスウェル支部で受け取っておいてくれ」
「わかりました」
カイトの言葉にレクトールは一つ頷いた。そうして真面目な仕事の話を終わらせると、改めて雑談に興ずる事になる。そこでレクトールは一つ問いかけた。
「一つ良いですか?」
「答えられる事なら、だが」
「……他の方々と再会の見込み等は?」
「ああ、それか」
前に言われていたが、レクトール達の世界を守り抜いた八人の内一人がカイトだ。そして彼らは数百年前の戦いの後は各々別の世界へと旅立っていったと言われている。
が、その中で同時にまた再び集うためにそれぞれの武器に誓約を課したとも言われていた。そして何より、自分の祖先だ。気になるのは当然だっただろう。
「一人は見つけ出した。お前の祖先だ」
「黒き森の賢者を?」
「ああ……何が楽しいのかウチでショタやっとるわ、あの馬鹿」
「「……はい?」」
困ったような嬉しいような。あの馬鹿と言いながらもそこには親愛の感情が滲んでいた。そんな様子で笑うカイトにレクトールもセレスティアも小首を傾げる。これに、カイトが告げた。
「オレの実弟に転生しやがった、あの馬鹿」
「じ、実弟ですか?」
「ああ……最強にして最凶のあの魔眼なんてこの世に一人しかいない。覚醒しない様にして貰いたいんだがねぇ……まぁ、当人が戦う意思を持つのならしゃーないんだろう。せいぜい星を吹き飛ばさない様には制御してくれって話だ」
「は、はぁ……」
破壊の規模がとんでもない。レクトールはそう思うものの、少しして気を取り直す。
「と、とはいえ……再会されているのなら良かった」
「あはは……ま、そんな感じだ。他は追々見付かるだろう。まさか地球に半分居るとは思わなかったがな」
「半分? ということはレックス様達は」
「居ないよ。多分……いや、確定かな。オレ達より更に前に探してくれていた人が居て、その人があいつらは地球に居ない、って確定させてる。ついでに言うとエネフィアには勿論居ない。ま、あいつらの事だ。どこかで元気にやってるだろ」
どうやら誰がどこの世界で何をやっているのか、というのはカイトは興味が無いらしい。レクトールの問いかけに対してどこかぞんざいだった。が、そこにはどこに居ようと問題無いだろうという信頼があればこそだった。
「ま、オレはオレで別口でそっちに協力する……存外、オレとしちゃ実はそっちのが良いと思ってたりもする」
「それは、どういう……」
「……オレさ。確かにそっちじゃ勇者とか言われてるけど殆ど何もしてないんだよ」
カイトはどこか苦笑が滲んだ笑みを浮かべる。そうして、彼は新しく入れてもらった紅茶を一回しして思い出す様に告げた。
「ほら、オレって結婚後すぐに世界に呼ばれて……あ、これ知ってる話?」
「詳細は知りませんが、そうだとは伺っています。王家に伝わる話、という所ですが……」
「そか……ま、そういうわけでさ。あいつらには数百年頑張って貰ったけど。オレはずっとその間別の世界をうろちょろしてた。あいつらほど頑張っちゃいないのさ。戻ってからは記憶喪失でなーんでか廃城の賢者とか言われたけどさ。それだって世界に貢献したわけでもない」
「ですが、それは……」
より大きな物を守るべく頑張った結果だ。苦笑混じりのカイトにレクトールは言外にそう告げる。そしてそれは事実であるが、だからこそカイトにとってある種の負い目になっていた事もまた事実であった。
「オレが頑張れたのはあいつらがそっちを守ってくれていたからだ。だから、今度はオレが守りたいんだ。あいつらがどこかで頑張ってるならさ。多分それが、オレがここでお前達に会った理由だと思う」
「「……」」
単なる偶然。よしんば転生の際に近くが選ばれたのだとしても、ここにレクトール達が来たのは必然とは言い難いだろう。なので普通に考えれば偶然でしかないが、カイトはこれを必然と考えていたらしい。
「……ま、そんなわけだから。あいつらが居ようと居まいと関係はそんなない。何より今のところ見付かってるのもウチの馬鹿な弟だけだしな。ま、流石にあいつを除け者にするのは可愛そうだから連れては行くが……」
「そういえばご先祖様は? こちらにご一緒に?」
「いや、あいつは地球だ。まだ記憶も戻ってない……オレが封じてたからな」
「それは、どういう……」
苦笑の色を深めたカイトに、レクトールが再度問いかける。これにカイトはその理由を語る。
「……色々とあるのさ。生まれ変わってまで戦いの輪廻に関わらせるべきなのかとか……兄貴としての沽券とかな。これが一番大きかった。あいつは弟に生まれ変わる事でオレをサポートしてくれようとしたんだろうが……今生のオレはまぁ……色々やっちまってな。兄貴って立場にこだわりを持っちまってたみたいだ。何も知らないのなら関わらせたくない。そう思ってた……オレのエゴ……だろうがな」
「……」
それは何も間違っていない。レクトールは兄としての心情を滲ませたカイトにそう思う。が、やはりカイトにも色々とあり過ぎて、そう思ってしまったのである。と、今までずっと苦笑を滲ませながら話していたカイトであったが、一転して気を取り直す。
「いや、それは良いな。取り敢えずあいつもその時が来れば、関わってくるしかないんだろう。こればかりは因果があるからな」
「……そうですか」
おそらく余人には預かり知れぬ様々な事があるのだろう。カイトの様子からレクトールはそれを察する。そうして、その後はかつてカイトが旅した場所がどうなっているか等の他愛もない雑談を繰り広げる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




