第2781話 黄昏の森編 ――情報収集――
老紳士クラルテの最期の依頼を終えてマクスウェルに戻ってきたカイト。そんな彼を待っていたのはいつもどおりの日々だった。なので時にソラから相談を受けたりエルーシャ達から泣きつかれたりしていた彼であったが、当然それだけで終わるわけもない。というわけで、彼はエルーシャとセレスティアから受けた依頼の後。公爵家を介してユニオンの支部に連絡を入れていた。
「はぁ……」
「珍しいですね。ユニオンに苦情を入れられる方は」
「うん? まぁ……そうだろうな」
これが最終的に自分の家に関係しない所であれば苦情は入れなかったかもしれないな。ソーニャの問いかけにカイトはそう思う。実際、苦情と言ってもそこまで厳しく追求する物でもなく、単に注意喚起を願う程度のものだった。
それでも苦情を入れたのは政治の世界の面倒な所で、どうしても公爵家の関係者が一部にでも関わる依頼で不備があれば回り回って自分が面倒になる事があるのだ。先んじて手を打っておくべきだった。
「こういった依頼は追々面倒を引き起こしかねん。ユニオンが仲介しているなら、そこらの見落としは最終的には回り回ってユニオンの損になる。ウチとしても請け負って揉め事なんて防いでおきたいしな」
「それは否定しませんが」
「ああ……まぁ、ソーニャもそういった情報に欠損が見受けられる依頼に関してはなるべく事前に確認出来る様にしておくか、わかった時に確認を促す様にしておいてやってくれ。特にソーニャの受け持ちなら大規模な依頼が少なくないだろう。そうなると、被害も馬鹿にならん」
「わかりました」
カイトの指示にソーニャは一つ頷いた。まぁ、彼女がそういった所で不都合を起こす事はまず無い――彼女はそういった粗が気になる性質――が、こういう事が起きた時点で注意喚起は必要だった。
そしてソーニャもそれはわかっていたので、素直にイエスと頷くだけであった。というわけでユニオンへの苦情を今日の最後の仕事として様子で、カイトは肩の力を抜く。
「ま、それはともかくとして……こっちの生活は慣れたか?」
「……まぁ。誰かさんが変な妄想を垂れ流す以外は」
「あはは」
「……一つ良いですか?」
この男は懲りないな。そんな様子でため息を吐いたソーニャであったが、一転して少しだけ真面目な様子でカイトを見る。そんな彼女に、カイトは小首を傾げて一つ頷いた。
「ああ、良いが……なんだ? ベッド空いてる日の相談か? ちょっと暫くなさそうかなー」
「……」
「どうどう……仕事終わりに少しは巫山戯させてくれ」
「はぁ……」
ジェスチャーで自身を宥めるカイトの姿に指先に宿った霊力の光を霧散させ、ソーニャは一つため息を吐いた。もう彼女も若干諦めの境地に到達しつつあったらしい。まぁ、それでもやはり時折ぶっ放すあたり、素直になれないお年頃という所なのだろう。
とはいえ、今日は彼女自身仕事終わり――カイトの苦情に立ち会うのが最後の仕事だった――だった事もあり、撃つのも面倒になったようだ。そのまま手を下ろして話を進めた。
「あの霊力を遮断する部屋はどうやって作ったんですか? というか、どうしてあの部屋があるんですか?」
「ああ、あの部屋か」
ソーニャの疑問は尤もと言えば尤もだろう。カイトは彼女の問いかけにそう思う。今更言うまでもないが、彼女は他者の想念を読み取ってしまうという特異体質だ。そしてその媒体は魂。霊力だ。故に彼女の霊力を遮断する様な特殊な部屋を用意していたのだが、それに疑問を抱かないわけがなかった。
「ソーニャも知っていると思うが、オレも霊力を保有している。そしてこれをソーニャが知っているかはわからんが、勇者カイトも持っていたらしい……そして色々と文献を調べた限りだと、日本人には霊力持ちが多いそうだ。それでオレを試験体として霊力の遮断が出来る部屋を用意しておいたんだ。ソーニャのため、ってわけじゃない」
「そうでしたか……妙に手配が良いと思いましたので」
「あはは。実際は逆ってわけ。元々用意していた所にソーニャが来たってわけ。別にソーニャのためにあの一角を空けたわけでも、空けていたわけでもない。単にソーニャみたいな力を覚醒させた者が出た時に対応出来る様に、あの一角は元々空けていたわけだ」
カイトの言っている事がどこまで真実かはわからないが、そんなソーニャにもカイトの懸念事項は彼が霊力を保有している事からも妥当と考えられたようだ。そしてそれなら、と彼女も気にしない事にしたらしい。と、そんな彼女はそれ故に気になった事が出たようだ。
「もうひとつ良いですか?」
「ん? まぁ、折角だから」
「他にもそういった部屋とか一角とかってあるんですか?」
「んー……そうだな。無いわけじゃない。精霊と誓約を結んだりした奴が出た場合とかに対応出来る様にある程度の空き部屋は設けている」
やはりこの男はギルドマスターとしては一流らしい。ソーニャはカイトの想定が多岐に渡る事を理解する。実際、ここらがあり得ないかというとカイト達の目的を考えた時出てくる可能性はかなり高い。先行投資出来る所でしていたのだと理解出来た。そしてそれ故にこそ、彼女は深く嘆息する。
「はぁ……」
「どうした?」
「なんで真面目を何時もしないんでしょう、この男……」
「真面目一辺倒ってのも面白みがない人生だ。どうせ生きるなら面白く生きた方が良い」
おそらく本気でギルドマスターとしての業務を担えば八大ギルドの長達にも劣るまい。ソーニャはここ数ヶ月の付き合いでカイトの長としての才覚をそう認識していた。が、如何せん冒険部は層が薄い。さりとて彼自身が抜ける事も無いだろう。ユニオンの職員としては少しだけ歯がゆかった。
「ま、それはともかく。付き合わせて悪かったな」
「いえ。苦情は尤もなお話でしたので……」
やはりユニオン関連の話になるとどうしてもソーニャが同席せねばならない事はある。今回の場合は依頼書の不備があったため、そこらの注意喚起の意味も含めて同席させたのだ。
「そうか……良し。取り敢えずこれで今日の業務は完了だ。椿も適度な所で切り上げてくれ」
「かしこまりました」
流石に苦情を入れている所をあまり大っぴらにしたくなかった事。そして今回の話の筋として依頼人の中に公爵家の関係者が居た事もあり、マクダウェル公としての立場も含みでの苦情になってしまっていた。なのでどうしても終業後しか出来なかったのだ。
と、そんなわけで仕事が終わって執務室を後にするか、と立ち上がった所で彼は腰を落とす事になった。というのも、まるで見透かしたようなタイミングで通信が入ったからだ。
「はぁ……仕事、終わったんだがね。作業効率と作業能率はお宅の所の鉄則だと思ったんだが」
『私も、そうしたい所ですわね』
「はぁ……それで?」
『例の件……と言えばわかります?』
「……何か情報に進捗が?」
『なければお仕事も終わった時間に連絡なんて取りませんわね』
カイトの問いかけにサリアは笑う。例の件、というのはクロサイトの来訪に関する事だ。事もあろうにマクダウェル領内でなにか事件を起こそうとしている以上、これを見過ごすわけにはいかなかった。
「聞こう」
『はい……ラリマー王国にて現在後継者争いで揉めている事は?』
「噂程度には、だな。だがどこの国でもあるだろ。逆の意味で揉めるなんて、皇国ぐらいなもんだぞ」
『そういう意味では皇国は楽しい国ですわね。ダーリンの国と言えば納得ですが』
これは皇国の特色という所なのであるが、皇国の皇族はどうしてかアクの強い人物が多い。まぁ、現皇帝レオンハルトを見てもそれは明らかだろう。
なので皇位継承権より自分の趣味を優先するような皇子皇女達は少なくなく、何回かは誰が継ぐかの押し付け合いで揉めた事さえあったそうだ。というわけでそんな皇国にカイトが楽しげに笑う。
「オレが仕えている国だからそうなのか、オレが仕える国だからそうなのか……はてさて。どちらなのだろうな」
『少し調べたくはありますわね……とまぁ、それはさておき。クロサイトさんがどの派閥かは?』
「知らん。中立だとは思うが」
基本珠族の者たちに求められるのは知恵袋としての役割で、政治的にあれこれしてくれというのは望まれない。そして彼らもまた政治的にどうこうというのはあまり興味がない。あくまでも中立が彼らの在り方だった。
『そうですわね。が……彼らは逆に言えば味方に付ければそれで勝利を確定させられる。であれば、逆説的に言えば』
「味方にならないなら殺してしまえ、か。馬鹿だねぇ。成功するとも思えんが」
『事実、ダーリンに察知されてしまってますものね』
「垂れ込んだ奴が言うか?」
今回の一件をリークしたのは他ならぬ情報屋ギルド。とどのつまりサリアである。正しくどの口が言うか、であった。
『ふふ……さて。それで話を進めましょう。それで今回問題になっているのは第二王子の派閥ですわね。これがあまりよろしくない』
「具体的には?」
『非合法組織との繋がりが強い派閥、といえばよろしいですか?』
「それは最悪なこって」
非合法な相手はどうしても法律を無視するがゆえに一度勢いに乗ってしまうと厄介な事になってしまう。それが国を乗っ取った結果はかつてのラエリア王国と大大老を見れば明らかだろう。
無論ラリマー王国の規模からそこまで大変な事態にはならないだろうが、ラエリア王国の腐敗により両親を失ったサリアは流石に見過ごせなかったようだ。未然に防ぐべくカイトにリークしたのだろう。というわけで、そんな彼が問いかける。
「現在の勢力図は? 確かラリマー王国は直系に五人子息が居たと思うが」
『三男二女ですわね。勢力図としては先の第二王子が優勢』
「それはそれは」
困った展開になっているみたいだな。カイトはサリアの言葉に楽しげに笑う。どうやら非合法組織がバックに居る事により、色々とあくどい手を使っている様子だった。そうなってはまともにやっても勝ち目は薄いだろう。が、それをクロサイトが見過ごすとは思わなかった。
『ええ……それでクロサイトさんもこう考えられたのでしょう。一人で勝ち目が無いのなら幾つかの勢力を纏めて抵抗勢力を作り上げよう、と。そこで同母の第一王子と第二王女で連合を組ませるつもりみたいですわね』
「道理だな……が、相手は非合法組織をバックに付けているんだ。上手く立ち回らないと逆に潰されるだけだ」
『そうですわね……さりとてクロサイトさんとて皇国の手を借りるつもりは無いでしょう』
「なるほど。オレ達か」
これは上手い手だ。カイトは感心した様に唸る。勿論、このオレ達というのはマクダウェル家ではなく、冒険部の事だ。しかもこの手を選ぶ利点はクロサイト側には幾つもあった。というわけで、そこらを全て見通したカイトはただただ深くため息を吐いた。
「上手いなぁ……こりゃ、どうしようもない。いや、感心ばっかりもしてられんな。それでその第二王子はこっちで何をするつもりなんだ?」
『端的に言えば会合を潰す。あわよくば会合の重要人物を三人共殺す……という所でしょうか。流石に国外まで出られると大増援なぞ不可能。なので少数精鋭を差し向けるつもり……みたいですわね』
「一人はクロサイトさんだな。もう二人は?」
『第一王子の派閥の外交官と第二王女付きのメイドですわね。片方は今回の外交に付き従う文官の一人。もう片方は主人である第二王女に見聞を広めてくる様に言われた形……と言った所でしょうか』
その実態はクロサイトが間を取り持つ形で簡単な取り決めを行い、勢力を一つにするつもりなのだろう。それを理解したカイトが問いかける。
「どちらが上だ?」
『第一王子ですわね。現状勢力図としては第二王子が圧倒的優勢。第一王子がそれに続く形……その次は第三王子。王女二人は共に王位に興味無いご様子。その中でも特に第二王女は懸想する相手が居る事もあり、どちらかといえば継承を放棄したいと考えているみたいですわね』
「利害が一致した、ってわけか」
『そういう事ですわね』
第二王女の周辺の貴族達も同母の第一王子なら支援はしやすい。犯罪組織と繋がる第二王子が王位を継ぐよりはるかに良い待遇も受けられるだろう。第二王女に王位継承の目が無いのなら、確かに受けて損のない申し出だった。
「わかった……まぁ、人の家を使われるのは癪に障るが……これも政治の世界か。わかった。適時情報は送ってくれ」
『ええ……では、後はお願いしますわね』
「あいよ」
どちらにせよ領内でクロサイトが殺されるわけにはいかない。おそらくクロサイトはそこまで読んだ上での行動だろうとカイトは理解。仕方がないのでこの一件への介入を決めて、密かに動く事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




