第2780話 黄昏の森編 ――提出――
留守のカイトの代役として軍や商人達との折衝を行っていたソラと瞬の二人。そんな二人はその帰り道で出会った迷子の少女をマクダウェル公爵邸まで案内するのであるが、そこでふとした事から少女の違和感を察知。ティナへと報告する。
そうして報告した二人が再びギルドホームに戻る道を進み始めた頃。エルーシャとセレスティアの要請を受けて、マクスウェル美食家クラブなる集団からの依頼に同行していたカイトはというと、丁度マクスウェルに帰り着く直前だった。
「はぁ……これで大丈夫だよな? なにか狩猟忘れとか無いよな?」
「……そうですね。四種類計五体。全て狩猟完了です」
カイトの問いかけに、依頼書を持っていたセレスティアがはっきりと頷いた。流石のカイトもこんな依頼を再度行いたくはないらしかった。何時もならここまで入念なチェックはしないのだが、今回ばかりは何度もチェックを――特に今回は時間的に漏れが出ると徹夜仕事になりかねない事も大きかった――行っていた。
「良し……じゃあ、後は依頼人に届けて完了か」
「そうね……カイト、ありがとね。何から何まで……」
「いや、今回は依頼書が悪かっただろう。ま、困った時はお互い様って事で一つ」
エルーシャの感謝に対して、カイトも一つ笑って首を振る。今回ばかりは依頼書の情報不足が過ぎた事が何よりもの原因。カイトはそう考えていたため、エルーシャ達になにか文句を言うつもりはなかったようだ。
「良し……じゃ、取り敢えず行きますかね」
こんな依頼は金輪際請け負いたくないんだがな。カイトはそう思いながらも、五体の魔物を収納した容器を持って北町にあるさるレストランまで移動する。が、そうしてたどり着いたレストランの前で、カイトは唖然となった。
「ここか」
「知ってるの?」
「知ってる」
なんだったら時々使ってる。カイトは今回のマクスウェル美食家クラブが依頼したらしい料理人が居るらしいレストランの前で肩を落とす。そこはマクスウェルでもかなりの格式を有するレストランで、マクダウェル家が公的な会食でも使う事があるレストランだった。とはいえ、それなら話は早いとエルーシャが切り出した。
「あ、それなら話が早いわね。頼める?」
「あいあい……はー……」
「あ、すいません。今日は18時からです……あれ?」
準備中の立て看板を無視して入ってきた何者かに気付いて慌てて駆け寄ってきた従業員であったが、すぐにカイトに気が付いて目を丸くする。どうやら時間帯からバイト等はおらず、カイトの事も知る従業員だったようだ。そんな彼にカイトが問いかける。
「料理長は居るか?」
「あ、はい。少々お待ち下さい」
来たのはカイトだ。ならば無下には出来ないと従業員は大慌てで厨房へと向かっていく。そうして数分すると、老年の料理人がやって来た。が、やはりカイトとは知り合いだからか仕事人の顔ではなく素の顔だった。
「お久しぶりです、料理長」
「おう……どうした? また瞬くんでも来るのか? 次は周年か?」
「流石にまだ早いですよ」
どうやらこのレストランは以前にカイトが瞬を紹介していたらしい。その縁で瞬の事も知っていたようだ。そしてレストランの格から瞬も何かしらの記念で、と考えていたらしく店側もその用途で理解していたらしい。
「そうか……なら次はお前さん自身か?」
「違いますって……それにそれなら時間外には来ないでしょ。マクスウェル美食家クラブからの依頼です」
「あー、あの依頼か」
料理長にも依頼の話は通っていたらしい。これは後にカイトが聞く事なのであるが、マクスウェル美食家クラブが請け負った雑誌はカイトも知るような有名な雑誌だったようだ。
なのでこの料理長も請け負ってくれたのである。勿論、彼自身が料理人として試してみたい、という心情があった事は否定できないだろう。
「ってことはお前さんが請け負ったのか」
「正確には後ろの二人が請け負って、ですね」
「……あー」
どうやら料理長はおおよそ何があったかを察したらしい。少しだけ恥ずかしげに視線を逸したエルーシャとセレスティアの二人に苦い顔で首を振っていた。というわけで、そんな彼がため息混じりに頷いた。
「わかった。おおよそ理解した……まぁ、変だとは思ったんだよ。お嬢ちゃんらみたいな別嬪さんが受けるような話じゃないからな」
「でしょうね……でも正気ですか?」
「何がだ?」
「食材ですよ。確かにコブクロだとか乳肉はまぁ、時々聞きますが……」
<<桃色茸>>やら<<赤色狼>>やらは正気の沙汰とは思えない。が、そんなカイトに料理長は心底感心したような顔を浮かべていた。
「試さない事には何も始まらん。ああいった部位を食そうって発想は美食家達でもないと中々生まれないもんだからな。俺も心底感心したよ。確かに言われてみりゃ動物……牛だとか豚だとかに似てるからそれに類する部位を食べよう、って話はある。俺も一度か二度ぐらいは珍味として食べた、って話は聞いた覚えもある……けどまぁ、それを俺が食材として使おうってのはこういう機会でもないと無いからな」
やはり料理人なので料理長が手にする食材は大半がすでに加工済み――あくまでも切り分けられたという意味で――だ。豚一頭丸々解体、というのはまずない。故に今回言われるような部位は必要でもなければ手を出す事もなかったのだ。というわけで、料理長はしきりに感心しながら続けた。
「それに何より、こういった依頼でも無けりゃああいった部位はまず手に入らない。まぁ、確かに話を聞いた時は俺もちょっと引いたは引いたが……」
「あ、引いたんですね」
「ま、そりゃ……同じ男というかオスとして……なぁ?」
「まぁ……ねぇ」
料理人云々は別にして、料理長も男なのでカイト同様にその状態にしてかぁ、と思わなくもなかったようだ。カイトと共に若干引きつった笑いを浮かべていた。
「ま、それでも。食べられるかどうかは試してみないとわからん。多分、今回の料理の大半がエネフィア初だろう」
「そうですか」
「レシピが出来たらお宅の料理長の所にも届けておくか?」
「それは結構です……悲惨な事になりかねませんので。主にオレが」
「あははは!」
それはそうだな。ため息混じりのカイトに料理長は大笑いする。というわけで、一頻り雑談を交えた所でカイトは料理長に五体の魔物が収納された容器が納められた専用のケースを引き渡す。そうして中の様子を確認して、料理長は一つはっきりと頷いた。
「……良し。原型も十分留めてる。これなら料理に問題無い。確かに、受け取った。依頼書は?」
「あ、私が」
「良し……じゃあ、これで完了だ」
セレスティアから受け取った依頼書の署名欄に料理人が自分の名前を記載する。これで、今回の依頼は完了だった。というわけで、レストランを後にした三人であるが、そこでエルーシャが問いかける。
「随分仲が良かったわね。長い付き合いなの?」
「まぁ……付き合いが短いわけじゃないが。レストランの格が格だからな。会食で利用させて貰う事はあるんだ。どうしても立場上、街のお偉方と会食する事も少なくないからな。特に北町は富裕層が多く住む。必然、利用する事が多いんだ」
「なるほど……セレスは?」
「私はどちらかというと宿泊するホテルのレストランが多いので……」
「あー……あっちもかなり格式高そうだもんねー」
セレスティアの返答にエルーシャはなるほど、と一つ頷いた。ここらは必然としてそうした方が安上がりだし、色々と良いのだろう。というわけでそんな話をしながら、マクスウェル支部へと足を運ぶ。
「はい。お疲れ様でした。このまま次の依頼を受諾しますか?」
「ああ、良いわ。私はまた地元で受けるだろうし……セレスは?」
「私も一旦は良いですかね。暫くの宿泊費は稼げていますから……」
どちらも単に暇潰しや懇親会程度で請け負っていたらしい。まぁ、そうでもないとこの二人が組んで仕事をする意味もないだろう。というわけで、少女二人が依頼の受託の意図無しと見て受付はカイトを見る。
「そちらは?」
「オレも流石に今は良い……それに受けるにしたって朝の方が良いだろうしな」
「そうですね……では、改めてお疲れ様でした」
ユニオンの受付も単に仕事なので聞いた程度だったらしい。カイトの返答に道理を見ていたため、これで終わりとしたようだ。
「はぁ……これで完了か」
「カイト。取り敢えずありがとね」
「ん? ああ、別に良いよ。座ってばかりだとケツが痛くなるしな。軽く訓練がてら、と思えば特に苦にもならんかったし」
エルーシャの感謝に対して、カイトは一つ笑って首を振る。戦闘力としてはさほど練習相手にはならなかったが、オスとメスを見分けながら戦うというのは普通はやらない戦い方だ。故にその点ではカイトとしても良い経験になった、と素直に受け入れていた。そんな彼に、セレスティアもまた頭を下げた。
「それでも、ありがとうございました。おかげで助かりました」
「そうか……ま、それなら今度一杯奢ってくれれば良いよ」
「はい……では、私はもう戻ります。あまり遅いとイミナに怒られてしまいますし」
そもそも昨日もイミナにはかなり唐突に外泊を伝えていたのだ。相手がカイトなのでまだ受け入れられたものの、かなり気を揉んでいる事は察するに余りある。というわけで、今日は早めに帰宅する事にしたようだ。
「そうか……なら、オレらももう帰るか」
「りょーかい……はぁ、今度からは依頼書もう少し気を付けよ」
「今回ばかりは気を付けても意味なかったように思うがな……」
エルーシャのボヤキにカイトは少しだけため息混じりに応ずる。今回の依頼は依頼書に書かれていない内容が多すぎた。まぁ、それも気にならない者なら気にならない程度ではあったが、少し不親切と言わざるを得なかっただろう。というわけで、カイトはそれらに注意させる事にしてエルーシャと共に冒険部のギルドホームへと戻る事にするのだった。
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