第2778話 黄昏の森編 ――出回り――
さてカイトがエルーシャとセレスティアに頼まれて、マクスウェル美食家クラブの依頼に同行していた一方その頃。留守を任されていたソラと瞬はというと、当然だが色々なギルドマスターの業務を手分けしてこなしていた。というわけで、軍との折衝を終わらせた瞬と商人達との折衝を終わらせたソラは偶然町中で遭遇すると、別に別れて帰る意味もなかったので並んで歩いていた。
「……何時も思うんっすけど……カイト、これを一人で全部やってるんっすよね」
「……そうだな」
今更だがあいつのスペックはおかしすぎないか。瞬もソラも自分達が手分けして一日掛けて終わらせた仕事を一人で終わらせるカイトを思い出して改めて深くため息を吐く。単純計算で倍の仕事量だった。
まぁ、そう言っても彼の場合は軍はマクダウェル公爵邸に呼べば良いし、何より公爵として話す必要もある。そこのついでで話せば良いだけだ。そして商人達との会合はサリアが情報をくれている。特に時間は掛からないのである。とはいえ、そんな事を知らぬ二人はただただ彼我の差を思い知らされるばかりであった。
「まぁ……そりゃそうとして。とりあえずそっちどうだったんっすか?」
「軍は基本は何時も通りという所か……ああ、そういえばまた大規模な討伐の仕事が組まれる見込みと言っていた」
「それが出たって事は……」
「まぁ……ウチで受注してくれ、という事なのだろうな」
「了解っす」
瞬の言葉にソラは一つ頷いて、頭の中でどうするべきか考えておく事にする。こういった大規模な討伐依頼というのは定期的に組まれており、先にカイト達が苦言を呈していた森のような場所である程度魔物が発生した時に発注される。
規模や想定される敵によっては冒険部に一括で発注した方が安上がりになるので、今回もその規模だったという事だろう。なんだかんだマクスウェルに一つ大規模なギルドがある、というのはマクダウェル家としても有り難い話ではあったようだ。
「で、そっちはどうなんだ?」
「やっぱ今回はヴィクトルの営業さんが押し強かったっすねー。パンフどうでしたー、って」
「あー……そういえばあの件。カイトはどうするつもりなんだろうな……」
ソラが口にしていたのは、合同軍事演習が本格化する前に話し合われていた新しい飛空艇の購入に関するものだ。冒険部は規模に反して飛空艇の保有台数が少なすぎて、大規模な依頼の度リースしていたのでは費用が嵩むと判断したカイトが購入を決めたのであった。
「さぁ……そういや、ティナちゃんと話してるっぽいのは聞いてますけど」
「となると……どうなるんだろうな」
「わからないっすねー……まぁ、あの二人だからダメ出しも多そうっすけど」
なにせティナは飛空艇開発の第一人者というよりもはや先駆者。カイトはそれを主導した者だ。どちらも飛空艇の運用やスペックに関しては一家言存在していた。
となると、必然色々と苦言も出てしまっていた可能性はあり得た。というわけで、二人はそんな他愛もない話に見えてその実運営にかなり関わりのある話をしながら歩いて行く。
「あー……そうか。そういえばそこらの備品もそろそろ買い足しが必要な時期か」
「っすね……あ、そういや先輩の方は……」
「それか。それなら……」
折角仕事から離れているのだから仕事から離れた話でも話し合えば良いのではと思わなくもないが、職業病にも近いのだろう。どうしても仕事の話が中心だった。と、そんな風に話す二人であるが、そんな瞬の袖がくいくいっと引っ張られた。
「ん?」
「どうしたんっすか?」
「……」
不意に引っ張られた袖に気が付いて足を止めた瞬に、ソラもまた足を止めてそちらを振り向く。そうして彼が見たのは一人の褐色肌の金髪の少女が瞬の袖を引っ張っていた姿だった。そんな女の子はじっと瞬を見つめながら、彼の袖を掴んでいた。
「……あー……何か用か?」
「落とした」
「え? あ! すまん。拾ってくれたのか」
「そうだ」
あれ。見た目に反してそこそこ尊大な口調。瞬もソラも女の子の返答に思わず呆気にとられる。とはいえ、瞬が落としたのは事実だし、拾ってくれたのも事実。なので瞬は自身が落としたストラップを受け取った。そうしてストラップを見る瞬であるが、紐がほつれて千切れていた様子だった。
「……ああ、ほつれたのか。これももう長いからな……」
「意外っすね。先輩、そんなストラップ使うんっすか?」
「使いたくて使ってるんじゃない。付けられたんだ」
「リィルさんっすか?」
「……あり得ると思うか?」
「……」
いや、それを俺に聞かないで欲しいんっすけど。ソラはあり得ぬとわかりながらも彼氏の手前なんとも言えなかった。そしてこれは瞬もわかったらしい。一つ笑った。
「すまん……まぁ、アルと凛の奴だ。俺もリィルも素のままで良い、と言ったんだが……特に凛の奴にあり得ない、って言われてな。強制的に買わされた。まぁ、付き合いもあったからしょうがないんだが……リィルはアルがおそろいで買ったら、という感じだ」
こればかりはやはり冒険部も組織運営をしているから、という所があるだろう。どうしても付き合いの関係で何かしらは買わねばならない事がある。その中で小物を買わねばならなくなり、このストラップを買ったそうであった。
「あー……でもそれなら紐なんとかした方が良いんじゃ」
「リィルのはすでに紐は千切れてて、俺だけがしてた形だ」
「あ、そっすか」
やっぱ似た者夫婦。ソラは瞬とリィルの様子にそう思う。と言っても、実際には腕時計等の小物がペアルックになっている事もあるので、彼らは彼らなりの付き合い方をしているのだろう。普通に考えれば大きなお世話なのだろうが、どうしても弟扱いと実の妹だ。押し切られる事が多いらしかった。
まぁ、当人達も自分達らしくはないが時にはこういうのも良いだろう、と存外悪くは思っていないらしいのでこの四人の付き合い方としてこれで良いのだろう。と、そんな事を話した二人であるが、瞬が慌てて少女を見た。
「っと……すまなかったな。拾ってくれてありがとう」
「良い……それで対価を求める様で悪いのだが、一つだけ良いか?」
「ああ。わかることであれば」
「……道を教えて欲しい」
どうやらこの少女は迷子だったらしい。かなり恥ずかしげに二人と視線を合わせる事もなく、ボソリとそう呟いた。そうして、そんな彼女が早口で告げた。
「実は連れ合いと来たのだが、その……この街は初めてではないのだが、それ故に案内を断ったのだ」
「そうしたらものの見事に道がわからなくなった……と」
「……そうだ」
少女は恥ずかしげながらも瞬の問いかけにはっきりと――しかし恥ずかしいのかやはり視線は合わせずに――頷いた。これに瞬もソラも顔を見合わせ、一つ笑った。
「ああ。それぐらいで良いのなら案内しよう。どこへ行きたいんだ?」
「公爵邸だ。そこで落ち合う事になっていた」
「ああ、公爵邸か。それなら丁度俺達も近くに拠点を構えているから、戻る所だったんだ。案内しよう。ソラも良いか」
「うっす。問題無いっす」
瞬の問いかけに、ソラは一つ快諾を示す。やはり街の中央にマクダウェル公爵邸はある。なので待ち合わせに使われる事が多く、今回もそうだというわけなのだろう。
というわけで、二人は迷子の少女と共に少しだけ寄り道として公爵邸へと向かう事にする。と、そんな中で無言で歩くのも、と思ったソラは少女へと問いかけてみた。
「そういえば……この街が初めてではない、という事だけど。別の所の出身なのか?」
「ああ……ここではない別の場所で生まれた。この街には知り合いが住んでいるんだ」
「その知り合いと連れ合いってのは別?」
「ああ」
どうやら別に人付き合いが苦手等というわけではないらしい。聞けば普通に返してくれる少女にソラはそう思う。
「へー……じゃあ、こっちに来たのは仕事なのか」
「ああ。本当は部下に任せようと思ったし、そうする予定だったのだが……任せようとした先に拒否された。奴は腕は良いのだが時に仕事に遊びを入れるのが悪い点だ」
自分はマクスウェルに仕事で来た。そう述べた少女はソラの問いかけにどこか憮然とした様子でそう答える。どうやら部下に仕事を断られた事に少し腹を立てているらしい。そんな様子に、ソラはぎょっとなった。
「……あれ? もしかして結構おえらいさん……とか?」
「偉いわけではない」
「あ、そうなの」
部下に仕事を任せられたり、仕事でこっちに来る事が出来たり。見た目から十代半ばの少女なのかと思ったソラであったが、その実違うのではとも思ったようだ。が、即座の否定にソラは思わずたたらを踏んでいた。そんな彼に、どこか憮然とした様子で少女は告げる。
「単にあいつが気を回しただけだ。久しぶりに顔を見せてこい、と」
「あ、そういう」
どうやら先の知り合いとは長く会っていなかったようだ。それで仕事にかこつけて会いに行く様に部下が気を回したのだろう。どこまで上の地位に居るのかは少女の様子から定かではないが、少なくとも部下に愛されている人物ではあると察せられた。
と、そんな話をしながら歩く事暫く。いくら大陸最大の街とはいえ、話しながら歩けば時間なぞあっという間だ。気付けば公爵邸の前にたどり着いていた。
「ここが公爵邸だ」
「ああ。昔来た事があるからここらはわかる。案内、感謝する」
「いや、こちらこそストラップを拾ってくれてありがとう」
少女の礼に対して、瞬もまた礼を述べる。そうしてお互いに礼を言い合った所で、どこからともなく艶やかな黒髪の燕尾服の偉丈夫が現れた。
「主人……随分と遅いご到着で」
「……色々とあった。それだけだ」
どうやら連れ合いというのがこの偉丈夫らしい。二人は恥ずかしげにそっぽを向く少女にそう思う。その一方、偉丈夫は少女のお目付け役という所だったらしい。深くため息を吐いて苦言を呈する。
「大方調子をこいて道案内か子供の相手でもしていたら戻れなくなったという所でしょう。お遊びもほどほどになさいませ」
「……留意する」
「結構です」
少女の返答に偉丈夫は一つ頷いた。そうして少女を頷かせた偉丈夫は瞬達の方を向いて、深々と頭を下げた。
「お二人共、お手間を取らせました」
「いえ……元々はストラップを拾ってくれたので、その恩返しにここまで案内しただけですから」
「そうでしたか……ですがどちらにせよ、ご案内頂いたのは事実。ありがとうございました」
「いえ……あ、では自分達はこれにて」
どうやら知り合いがこの街に住んでいるという事なのだ。そして仕事で来ていて部下が気を回して、というのであれば滞在時間等も限られているのだろう。瞬はそう思ったらしい。偉丈夫にそう告げると、ソラと共にその場を去ろうとする。
「そうですか……では、ありがとうございました」
「世話になった。感謝する」
「いえ、では」
少女と偉丈夫の礼を背に、二人はその場を後にする。その一方背後では更に老人と思しき声が響いており、少女と偉丈夫に話しかけていた。そんな光景を一度だけちらりと見やり、ソラと瞬はそのままギルドホームへと向かうのだった。
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