第2777話 黄昏の森編 ――依頼完了――
何時も通りのギルドマスター業務の中で訪れたエルーシャとセレスティア。二人の要請を受けてマクスウェル美食家クラブという集団からの依頼に協力する事になったカイトであったが、そんな彼は二人と共に四種類の魔物の狩猟を行っていた。
というわけで、三種類まで確保した三人は残る一種類である<<赤色狼>>を呼び寄せたものの、それと共に<<青色狼>>なる魔物まで現れる事になり、そちらをエルーシャを主軸として殲滅しつつ、セレスティアを主軸として<<赤色狼>>と交戦を開始していた。
「「「おらおらおらぁ!」」」
「うおー……見る見る内に減っていくなぁ……」
元々エルーシャはランクAでもかなり上位に位置する戦闘力の持ち主だ。故にランクC程度の、しかも数を頼みにするからこそこのランクに割り当てられている<<青色狼>>は相手にならなかったらしい。何十もの分身達の拳により瞬く間に殲滅されていた。その一方。こちらまで引き寄せていた<<赤色狼>>の群れがカイトの射程圏内にまで接近する。
「セレス。一体を確保する。その後は前線を切り裂いて、残りをこっちに回してくれ」
『わかりました。その後は支援は私が』
「頼んだ」
とりあえず数を減らして、後はその中から選別すれば良いだろう。カイトはそう考えたようだ。そしてどちらにせよ、そこまでしっかりとした考えで動かねばならない依頼でもない。
というわけで、猛ダッシュで迫り来る<<赤色狼>>の群れに向けて、カイトは体躯の差等からオス個体を見つけ出してその一体を氷漬けにする。が、そんなもので止まる<<赤色狼>>の群れではない。
「……はぁ!」
十分に引き付けた所で、セレスティアが巨大な斬撃を放って群れの半数を切り捨てて、更にそのまま跳躍。カイトが魔糸で回収した氷塊の真上に着地した。そしてそれと入れ替わる形で、カイトが前に飛ぶ。
「さて……」
ここからが本番だ。カイトは一体一体しっかりと選別する必要があるため、しっかりと見極めて倒す必要がある。というわけで彼が選んだのは魔銃だ。距離を取ってどれがオスでどれがメスか見極め、必要の無い個体を始末していこうという魂胆だった。というわけで、一射一殺で確実に始末を付けていくわけであるが、カイトは一際大きなオス個体を見つけ出す。
「セレス。群れの長を見付けた……奴を捕獲する」
『よりによって一番難しい事を』
「して欲しいだろう?」
『期待しています』
そう言われては期待せざるを得ない。『勇者カイト』としての挑発的な問いかけに、セレスティアがそれを承諾する。というわけで、カイトは群れの長と見定めた個体以外を殲滅。群れの長と相対する。
「さて……やれよ? それが依頼人の希望だからな」
戦いの中で興奮状態に陥って、更に群れまで壊滅させられたのだ。ただでさえ気性の荒い<<赤色狼>>が更に興奮状態に陥る事は想像に難くなかった。
というわけでカイトは敢えてこちらからは攻め込まず、向こうが更に興奮状態に陥るまで待つ。そうして、暫くの後。遥か彼方にまで響き渡るほどに強大な魔力の乗った遠吠えが、響き渡った。
「……来るか」
<<赤色狼>>が危険視される理由は幾つかあった。その最たる物は勿論群れで行動する点だ。だがまた別の理由に極度の興奮状態に陥ると身体が冠する色に合わせて輝いて、体中の筋肉が肥大化。危険度が増すというものがあった。
しかもこの状態になると身の危険を感じているからか生殖本能も肥大化しており、見境なく他種族を襲うという性質まであったのだ。と言ってもカイトは同性なのでその点での危険はないが、その分増大した凶暴性に真正面から晒される事になる。
「ふぅ……」
およそ2メートルほどの巨体へと変貌した<<赤色狼>>を見ながら、カイトは一つ息を吐いて敵の出方を伺う。そうして数瞬。地面が大きく抉れるほどの勢いで<<赤色狼>>が駆け出した。
「っと……」
繰り出される真紅の爪撃にカイトは軽くバックステップで回避。そのまま魔銃の引き金を引く。が、<<赤色狼>>は大きく吹き飛ばされるだけで地面を抉りながら着地する。
『倒さなかったのですか?』
「まだ興奮が足りてない……もう少し興奮状態にさせておきたい……ぶっちゃけるともう一回同じ事はしたくないからな……」
『あ、あはは……』
カイトの言う通りである。セレスティアはもう一度<<赤色狼>>を興奮させて倒す事はごめんとカイトの言う通りにしてもらう事にする。というわけで、再度自身に襲いかかる<<赤色狼>>を今度は蹴り飛ばして再度距離を取らせる。そうして三度地面を踏みしめる<<赤色狼>>であるが、それと共に再度の雄叫びを上げた。
「っ……うるせぇな……だがこれだけ興奮すれば……」
カイトは<<赤色狼>>の遠吠えに顔をしかめながらも、これだけ興奮していれば十分だろうと判断する。とはいえ、やはり彼としてはもう一回やれと言われるのだけは嫌だったらしい。もう一度だけ、突進させる。が、今度は蹴っ飛ばすでも魔弾で弾き飛ばすでもなく大剣の腹で回転させる。
「……うえ」
いくら狼型だろうなんだろうが、興奮した魔物の生殖器なぞ見たくもない。いや、人の物だって見たくはないだろう。が、それを確認しない事には始まらない。
というわけで、盛大にしかめっ面になりながらもカイトは確認を終えると縦に回転する<<赤色狼>>を今度は逆回転する様に叩いて、更にそのまま地面に叩き落とす。
「おらよ! っと!」
地面に叩き付けられる瞬間に四足をしっかりと地面に付けてしっかりと踏ん張る。が、これがカイトの目的だった。そうして、次の瞬間。カイトはまるでタップダンスの様に地面を軽快に叩いた。
「よいしょっと」
地面から飛び出す魔力の鎖で<<赤色狼>>を雁字搦めに拘束し、カイトは押さえつけていた大剣を上げる。そうして外された重しを受けて、<<赤色狼>>が全身に力を入れて大きく吠える。
「ここだ」
<<赤色狼>>が大きく吠えた瞬間。カイトは大剣から細剣へと持ち替えてマタドールの様に軽やかに跳び上がり、真上からコアを一突き。そのまま細剣を手放して、それを媒体として<<赤色狼>>の全身を完全に凍結する。
「ふぅ……完全興奮状態の<<赤色狼>>の確保完了……と。おーい、セレスー。終わったぞー」
『あ、はい』
仕方がない事ではあったが、セレスティアは頬を赤らめ視線を逸していた。というわけで彼女に完了を告げたわけであるが、一足先に戦いを開始していたエルーシャもまた戦いを終えていたようだ。こちらもまた戦闘とは別の理由で視線を逸して、頬を赤らめていた。
「エルの方も終わりか」
「え、ええ……とりあえず後始末だけしちゃって、さっさと帰りましょ。急ぐ必要も無いといえば無いけれど、こんな見晴らしの良い所で立ち止まってると次の魔物が来ちゃいかねないし」
「そうだな」
「はい」
これで依頼は全て完了なのだ。なのでここで立ち止まっている必要は何もなかった。というわけで、三人はさっさと後始末を終わらせる事にして、さりとて急いで帰る理由もさほどはないのでのんべんだらりと話しながら帰るのだった。
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