第2775話 黄昏の森編 ――草原で――
老紳士クラルテからの遺言と最期の依頼を受けて、イリアと共に彼の墓参りを行ったカイト。そんな彼は皇都にてイリアと別れマクスウェルに帰還すると、再びギルドマスターとしての稼業に戻っていた。
そこに訪れたエルーシャとセレスティアからの要請により彼は四種の魔物の狩猟に出掛ける事になると、森にて<<桃色茸>>と呼ばれるマタンゴ種の魔物を狩猟。氷漬けにして確保すると、次なる狩猟対象を求めて森を抜けて草原に出ていた。
「さってと……次は<<戦猪>><<暴れ牛>><<赤色狼>>の三種か」
「メスメスオスね」
「ああ……改めて思うが、狂気の沙汰だな……」
カイトは今回の依頼の狩猟対象の残る三種を思い出し、改めて辟易した様に深くため息を吐いた。何が楽しくてこんな依頼を受けねばならないのか。素直にそんな様子だった。
まぁ、それでも美少女二人と簡単な依頼――また別の意味での厄介さを鑑みなければだが――でほぼ終日一緒に過ごせるのだ。それぐらいの役得がなければやってられなかった。
「まぁ……あ、そうだ。二人共お昼はどうしますか? いえ、具体的にはいつ頃食べますか、という所ですが」
「あー……どうしよっか。別に私は何時でも良いけど。せめて安全は確保してからにしたいわね」
カイトの言葉に少しだけ苦笑を浮かべていたセレスティアの問いかけに、エルーシャが自身の要望を口にする。そしてこれはある種の当たり前みたいな所ではあったので、カイトも頷いた。
「そうだな……まぁ、可能なら<<暴れ牛>>あたりでも討伐した頃に飯にしたいが」
「確かに昼までに一種は討伐しておきたいわね……でもなんで<<暴れ牛>>限定?」
「いや、昼飯に食いたいな、と」
小首を傾げたエルーシャに対して、カイトが少しだけ舌なめずりでもしそうな様子で告げる。というわけで、エルーシャが再度問いかける。
「美味しかった?」
「まぁ、もう一度食いたいな、と思えるぐらいには。部位は選ばないと駄目だけどな」
「よし……じゃあ、頑張って探しましょ」
「あはは……はい」
どうやら美味しいと聞かされて少しだけエルーシャも興味が湧いたらしい。少しだけ気合を入れる。そんな彼女にセレスティアが笑って、改めて三人は草原で対象の三種類の魔物を探す事にするのだった。
さてそれからおよそ一時間ほど。丁度昼に近付いた頃合いだ。当初はどうなるかわからなかったものの、どうやら幸運にも一番最初の標的はカイトのお目当てである<<暴れ牛>>の群れだった。
「やっぱ数が多い!」
「強さはそこそこですが!」
十数体の<<暴れ牛>>の群れに囲まれながら、セレスティアもエルーシャもまるでマタドールの様に突進してくる<<暴れ牛>>を回避しては切り捨てていく。なお、すでに<<暴れ牛>>のメスを一体確保しているため、気兼ねなく潰す事が出来た。
「よいしょっと……二人が居ると前線が楽で良いな」
『……働いているのは私だと思うのだが』
「魔力はオレが融通してるだろ? 後照準もオレがやってる」
『魔術は全部私達』
ナコトとアル・アジフの言葉に、カイトは楽しげに笑いながら氷の上で優雅に足を組んで観察していた。と言っても勿論、彼自身もまた魔術を使って支援を繰り広げている。前線三人より支援が一人居た方がもし敵が近付いてきた場合に先手を取れるからだ。
「ま、それは否定せんがね……とりあえずこれで終わりかな」
「ふぅ……」
「はぁ……」
やはり地力の差は歴然という所だろう。エルーシャもセレスティアも数の多さと突進力には辟易していたものの、辟易するだけで苦戦らしい苦戦は見受けられなかった。というわけで、一つ汗を拭う二人へと氷塊から下りたカイトが肉付きの良い一体の死骸を確保しながら告げた。
「よし。とりあえず飯にするか。二人は休んでおいてくれ。さっさと血抜きしちまう」
「時間掛からない?」
「道具持ってきた」
エルーシャの問いかけに、カイトは異空間の中に収納していた血抜き専用の魔道具を取り出す。そうして専用の魔道具を死骸にぶっ刺して血抜きが高速で行われるのを待ってカイトは使えそうな部位を物色する。
「んー……二人は昼に何食べたい? いや、具体的にはどの部位か、だけど」
「カルビ。もしくはハラミ」
「ガッツリ派か。セレスは?」
らしいっちゃらしいな。カイトは笑いながらエルーシャの求めに応じてそこら近辺の部位を切り分ける。
「私は赤身の方が……」
「りょーかい……そんな部位があればだけど。後セレスはサラダもだな?」
「あ、頂きます」
やはり腕前の問題とイミナが信頼出来るという一点から時折カイトとセレスティアも組んで仕事をする事があるらしい。なので食の趣向を把握しているらしかった。そんな二人の様子に、エルーシャが手を挙げた。
「あ、私もー。師匠から野菜もしっかり食べろって言われてるから」
「おーう」
まぁ、オレもサラダは付け合せに食べるから言われなくても出すつもりだけどな。カイトはそう言いながら、<<暴れ牛>>の必要な部位を切り分けていく。
そう言っても<<暴れ牛>>は数百キロもの巨大な魔物だ。男一人に少女二人ではどうあがいても食べきれない。そもそも魔物なので食用に作られているわけでもないし、本来は食べる必要もない。と、そんなわけで手早く解体して料理の手配までしていくカイトに、のんべんだらりと手頃な石に腰掛けていたエルーシャが気付いた。
「……ちょっと待った」
「あ、どうした? 部位変更か?」
「いや、あまりに自然過ぎたけど……手伝うわ」
「え、あ」
何度か言及しているが、二人共かなり良家の令嬢だ。なので本来ならお付きの者たちが言わなくてもやってくれる立場ではあっただろう。が、この二人の性格上それを許すかと言われればそんなわけもなく、カイトがあまりに手早くやってしまうので思わず任せてしまっていたのであった。そんなわけで慌てて立ち上がった二人に、カイトは笑って手を振った。
「いや、別に良いぞー。オレは適当に魔術連射してただけだから、体力は使ってないし」
『その魔術も私達が組み上げたがな』
「うるせぇ……ま、そんなわけで。二人は座っておいてくれ。どうせここからも<<赤色狼>>以外に出番無いだろうし」
わかろうものであるが、エルーシャは完全に近接戦闘特化。セレスティアもどちらかと言えば近接戦闘に長けている。と言ってもセレスティアは本来は巫女なので後方支援が出来るが、防御面やスペックアップの生存率を上げる側の支援に長けていた。今回はそちらが必要無いので、カイトが支援。セレスティアが前衛になっていたのである。
「そう? でも何もしないのも結構キツいから、お皿の用意とかだけはしておくわ」
「あ、じゃあ私はお水の用意を……いえ、結界を用意しておきます」
「そうか……まぁ、好きにしてくれ」
水の用意も何も水筒から水を出すだけなので何をすれば良いか一瞬わからなくなったセレスティアであるが、どうやら手が空いているから簡易の結界を構築――――する事にしたようだ。そうして、三人はカイトの作った肉料理とサラダのセットを食べ終えると再び狩猟対象を求めて草原を駆け抜けていくのだった。
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