第2767話 燃える地編 ――遺った物――
かつて貴族となる上でその立ち振舞の教示をして貰った老紳士クラルテ。彼の墓参りと彼の遺品であるネックレスを彼の故郷に奉納したカイトは、そのまま少し寄り道になるが皇都へとやって来ていた。
というわけで、皇都にてアウラ達を待っている間にやって来たハイゼンベルグ公ジェイクとかつての戦争で破壊された移動要塞の部品について話し合う事になっていたカイトであるが、結論としてはこれになっていた。
「契約者……ね」
「うむ……どうにかしたい」
「結局そこか……」
「なんじゃ。まるで誰かから言われたみたいな様子じゃのう」
この間もイリアから言われたばかりだったのでそうなるのか、と若干辟易した様子のカイトに対して、ハイゼンベルグ公ジェイクはこれはおおよそ誰かに言われたのだろうと察したようだ。
「まぁな……まぁ、契約者が足りないってのはわかった。わかったが、どうにかして欲しいって言われてどうにかなるもんじゃないぐらい、爺ならわかってるだろう。どうにかなってるんなら今頃大量生産も出来ているしな」
「ま、それはそうじゃがのう」
やはり大精霊や精霊関連に関してはカイトこそが第一人者だ。なのでもっぱら彼に相談が持ち込まれるのは仕方がない事ではあったろう。が、そう言われてもカイトにもどうにもならない事はある。これこそがその最たる事例であった。
「はぁ……とりあえず。話を戻すぞ。移動要塞の解析って結局出来てないのか?」
「出来ておらん、というよりも重要な部品をお主が持ち去ったからやっても意味無いという所じゃ」
「まぁ、そりゃそうだが……素材やら脚部やらのある程度の構造は割れてるだろ?」
「そりゃのう。が、それでも限定的じゃ。それにここでわかった構造上の欠陥は対応されとるじゃろう」
それを言ったらおしまいなんだがな。カイトはそう思いながらも、決して解析していないわけじゃないと理解していた。そもそも自分達が居た頃から解析は行っていたのだ。結果が出ていないわけがないとわかっていた。
「はぁ……そうだな。とりあえず大精霊の試練に関しちゃ、一つ手が無いわけじゃない」
「ソラくん達か?」
「ああ……オレが秘密裏に導けるとなるとその面子しかいない。が、基礎的な戦闘力がまだまだ低い。契約者の力を一人で行使するには、最低限ランクS並の素体は必要だ」
「それはあろうな……そういえば裏道なんていうものもあるんじゃったな」
「共同契約ってのはあるが……あんまりオススメは出来んし、冒険部全体を巻き込むならそもそもオレが表立った方が良いからな」
裏道というのは契約における裏技のようなものだ。基本契約者というのはカイトやアイナディスの様に大精霊と契約者が一対一で結ぶものだが、行使出来る状況や契約の状況等で複数人で契約を結ぶ事も出来たのである。こちらだとランクS並の素体がなくても契約を果たせるし力も使えるが、逆にランクS並の素体があっても契約した全員が居ないと力を行使出来ない等のデメリットがあった。
「そうか……まぁ、それに関しちゃ追々話す事にしよう。とりあえず儂は移動要塞の遺物に関する手配を行おう」
「頼む……ああ、爺。夜は遅れないでくれよ」
「わかっておるよ」
とりあえず移動要塞の遺物に関する相談を終えたハイゼンベルグ公ジェイクは再び皇城の軍が管理する建物に向かう事にしたらしい。立ち上がって部屋を後にする。
「移動要塞、か……今度は空中移動要塞なんてものを作られそうで怖いんだがな……」
おそらく技術と素材があれば、奴らなら出来るだろうが。カイトは深くため息を吐いて、首を振る。
「まぁ、良い……どんな相手であれ状況であれ、なんとかするだけか……ちっ。面倒事ばっか増えやがる」
はじめは天桜学園の帰還を目指すだけの予定だったんだがな。カイトは大陸間会議から大きく予定が狂い出した状況に一つため息を吐く。とはいえ、いつまでもため息を吐いてばかりもいられない。なので彼もまた動き出す事にして、結局なんだかんだ夜まで公爵としての仕事を行う事になるのだった。
さて結局仕事をしながらアウラ達の到着を待つ事になったカイト。そんな彼はティナやらその他技術班の面々と共に今後移動要塞復活があった場合に想定される事態と対応について話を行ったわけであるが、それも夕食時になった事で切り上げていた。というわけで、彼はイリアと共にアウラが来るのを待っていた。
「なんだか本当に久しぶりね、こうやって集まるのも」
「実際にゃもう少し前にも集まってるがな」
「あはは……でもそっか……うん。長くかかったなぁ」
もう取り戻せるとは思っていなかった。イリアは箱を見ながらそんな様子だった。と、そんな彼女がふと思い出す。
「そういえば……奴らは死者は丁重に扱ってくれてたわね」
「うん?」
「私の両親にせよ、烈武帝陛下にせよ、遺体は防腐処理が施されて丁重に扱われていた……そんな事を思い出したのよ」
「……そうだな」
これは<<死魔将>>というか当時の魔族に総じて言えた事なのだが、彼らは相手が強者――これは単なる武力だけでなく精神的な意味も含んでの強者――は喩え殺してもその遺体を保管。丁重に弔っていた。
これに関してティナは当時の魔王軍は古い魔族の集団だったため、強者に対しては敵味方問わずに敬意を払っていたのだろうという事であった。なのでウィルの祖父である烈武帝とそれに付き従ったイリアの両親は強者として扱われ、共に弔われていたのである。と、そんなイリアに同意したカイトであったが、一転して苦笑する。
「だがまぁ、軍旗ってのもなんというか遺品として味気ないというか」
「それは言わないで……こんなものしかなかったのだから仕方がないでしょ」
「まぁ、そうだがな」
戦いは壮絶を極め、最終的には当時戦った堕龍は討伐されはしたものの独立部隊もまた壊滅。生還したのはたった数人という塩梅だ。最後にどうなったのかは生存者が殆どいないのでわかっていなかったが、一説には最後にはアウラの両親が自らの命を対価にした大魔術を発動。相打ちになった、との事であった。遺品が遺っていないのも当然だろう。と、そんな事を話しているとアウラ達が来たらしい。
「ただいま」
「失礼します」
「おつかれー。というか、イリアもこっちだったの?」
やはりアウラら三人は三者三様という所だろう。というわけで、ユリィの問いかけにイリアは一つ頷いた。
「そうね……そういえばハイゼンベルグ公は?」
「まだお見えになられておりま……はい。はい……どうやら来られたそうです」
まだ来られていない。そう言おうとしたユーディトであったが、どうやらタイミングよく彼も来たらしい。一つ頭を下げて部屋を後にする。というわけで、十分ほど。ハイゼンベルグ公ジェイクがやって来た。
「すまんな。軍部と話してその後各国の外交官と話しておるとつい立て込んでしまったわ」
「しょうがない……今はみんな忙しい」
ハイゼンベルグ公ジェイクの謝罪に、アウラは一つ首を振る。というわけで、かつてのフロイライン家の面子に加え数人が集まった事で軽い食事会が開かれる事になる。そうしてそれもほどほどになった所で、カイトが手を鳴らす。
「「「ん?」」」
「で、だ……まぁ、オークションで色々と買ったんで、それぞれにこれを」
「ありがとうございます」
「ん……ありがと」
「ありがと……え? 私のなんかアウラのだけむちゃくちゃ大きくない?」
どうやらなのであるが、カイトはクズハの分も買っていたらししい。そんな彼は一つだけ大きな箱を渡されて小首を傾げるアウラを見て困惑するユリィに笑う。
「しゃーないだろ……まぁ、それぞれ見たらわかる」
「ふーん……わ! これ高かったんじゃない?」
「まー、そこまでは高くなかった。コンパクトミラー壊れかかってたって言ってただろ?」
「わー……ありがと」
「こっちは……首飾り? ですがこれは……」
嬉しげに笑うユリィの横。クズハの小箱はどうやら首飾りだったらしい。が、それもどこかで見た事があったらしく、驚いていた。そんな彼女にカイトが教える。
「そっちはクズハの親父さんに仕えていた細工師の作った首飾りだな。偶然オークションに出品されていたから、物珍しさで買った。どんな人かはオレも殆ど知らんが……王室御用達だとレアかとな」
「ありがとうございます……それに、多分これは……」
おそらく本来は王室に献上されるはずだったものだろう。クズハは回り回って自分に戻ってきた首飾りに僅かに苦笑する。というわけで、小箱だった二人が開け終えて中を確認した所で、アウラもようやく中を開けられたようだ。そうして、彼女の顔が驚愕に包まれる。
「っ!? これ……」
「まー、それに関しちゃ恥ずかしい話だが、イリアが最初に気付いてな。こいつと折半だし、元々買うってのもこいつが言い出した事だ。礼はこいつに言ってくれ」
「お世話になったし、最後の出兵の時私も見送ったから……ついね」
「ん……ありがとう」
どこか恥ずかしげに笑うイリアに、アウラが礼を口にする。そんな彼女をカイトとハイゼンベルグ公ジェイクが優しく見守るわけであるが、ユーディトやその他フロイライン家の古くからの従者達の手で改めて旗が広げられる。
「杖を持つ双翼の貴婦人……フロイライン家の家紋の軍旗」
「現存してたの?」
「らしい……どうやら部隊の生存者が戦友の遺品を包んで持って帰ってたそうだ。それが紆余曲折あって、出品されたそうだ」
驚いた様子のユリィに、カイトはオークションで聞いた話をそのまま告げる。
「まぁ……オレも軍旗は実物を見たわけじゃなかったが。それでも、この家に戻してやるべきだろうとは思ったからな」
「そういうわけね」
「ああ……」
「ん……ありがとう」
やはり恥ずかしげなカイトとイリアに、アウラが再度頭を下げる。そうして、その後はのんびりとした食事会となるのだった。
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