第2765話 燃える地 ――色気のない話――
かつて世話になった老紳士クラルテの遺言と彼の墓を詣でるべく、イリアとユーディトを伴って彼の故郷の地を訪れていたカイト。そんな彼はクラルテの故郷に唯一存在していた慰霊碑に遺言通りネックレスを捧げると、そのまま慰霊碑を詣でて依頼と墓参りを完遂する。
その後イリアとユーディトのお参りを待ってクラルテと引き換えに用意された魔道具を観察したり、イリアやユーディトと昔ばなしをしたりして過ごしていたのであるが、それも半時間ほどが経過したタイミングで三人は再び公共施設側に戻っていた。
「ふぅ……埃っぽさが完全になくなったな」
「ええ……でも外は相対的に悪化の一途っぽいわね……」
どうやらお参りをしている間に状況は悪化していたらしい。一応カイトが居るのでどんな状況でも行って帰れるだろうが、危険な事に違いはない。そして流石にカイトとイリアはそれぞれ現公爵と元公爵。なにかがあったら軍が大々的に動かねばならないため、折角情報漏洩に気を使って最小の人数で動いているのにそれでは意味がない。安全策を取るべき――そうでなくても安全策は取るべきだが――だろう。
「となると……暫く待ちか」
「そうね……どれぐらい待つ事になるかはわからないけれど」
「少なくとも明日には発ちたいが」
こればかりはどうしても自然現象だ。半日で帰れる事もあれば、一日待っても無理な事はある。なのでカイトもイリアも若干諦めのムードが漂っていた。と、そんなカイトがふとこちらに来るまでは確認していたユーディトの姿が見えない事に気が付いた。
「……あれ?」
「どうしたの? 急にキョロキョロしちゃって」
「ユーディトさんは?」
「貴方の後ろに居るけれど?」
「ふぇ!?」
何を言っているんだ、この男は。そんな様子で告げたイリアにカイトが素っ頓狂な声を上げる。が、これはどちらかといえばカイトが正しく、イリアはユーディトが消えて戻るまで気付いていなかっただけだった。というわけで、ユーディトが頭を下げた。
「只今戻りました。カイト様に気付かれる前に戻るつもりだったのですが」
「はぁ……どこに行ってたんですか?」
「……そんな。いくらカイト様でも申し上げられない事はございます。どうしても、と仰っしゃられますのでしたら、お答え致しますが……」
ぽっ。僅かに頬を赤らめ声のトーンを落として、ユーディトはカイトの言葉にいかにも恥ずかしくて答えられないというような風を装う。が、これにカイトはため息を吐いた。
「お手洗いじゃないですよね。ユーディトさんの場合、お手洗いなら逆に一声掛けて出られますし」
「……むぅ」
流石に十何年も付き合いがあれば、ユーディトの性格をカイトも把握しているだろう。昔の純朴な少年時代なら慌てふためいていただろうに、平然と返された事にユーディトは不満げだった。とはいえ、隠すほどの事でもないし、隠す必要もないことだった。なので彼女は普通に教えてくれた。
「最悪は一晩明かす可能性が見えましたので、地図で客室を確認しておりました。こういった公共施設であれば、どこかしらに地図はありますので」
「ああ、なるほど……見付かりましたか?」
「ええ。流石に部屋までは確認出来ませんでしたが」
カイトの問いかけにユーディトは用意されていた地図の写し――といってもスマホ型魔道具でスキャニングしたものだが――をカイトに提示する。
「ありがとうございます。まぁ、判断はもう暫く待ってからですが」
「は……ですがこのご様子では無駄になる可能性は低いかと」
「ですね……」
村の周辺で発生していた幾つもの炎の柱はいつしか巨大ないくつかの柱となっており、その周囲では熱による乱気流が発生。明らかに横断なぞ出来ないような状況だった。更に上の方ではそれら炎の柱が乱気流で煽られ一つになっており、若干だが炎がドーム状になりつつあった。
「……下手にドーム化して巻き込まれれば悲惨ですね」
「ええ……この状況では外に出るべきではないかと」
本当に危険な場所だ。カイトは悪化の一途を辿る現状を見ながら、そうため息を吐いた。というわけで、暫くは様子見となるのであるがそんな中でイリアがふと問いかけた。
「そういえばカイト」
「なんだ?」
「ふと、ふとよ? ふと思ったのだけど……貴方そういえば、王都ラエリア防衛戦に参加してたわよね?」
「ん? ああ……懐かしいな。オレ自身も記憶を封印されてたが、今思えば笑うしかない状況だったな……」
王都ラエリア防衛戦というのは三百年前に王都ラエリアに移動要塞が攻め込んだ事件で、丁度この時イリアはリデル公として王都ラエリアに来ており、紆余曲折あって偶然再会したカイトも彼女の護衛として王都ラエリアに滞在していたのであった。というわけで、当時を思い出して苦笑するカイトにイリアも同意するように苦笑した。
「まー……あれはね……って、そんな事はどうでも良いの。貴方確か、あの当時すでにすべての大精霊様とは契約を果たしていたのよね?」
「ああ。意外と勘違いされやすいけど、オレがあいつらと契約したのは俗に言う堕龍討伐の前。ウィルと旅を始めるよりずっと前の話だな」
気を取り直したイリアの問いかけに、カイトは別に隠していないので普通に答える。そもそも彼がすべての大精霊の聖域にウィル達を案内しているのだ。ならばその時点で発見済みのハズなのであるが、世間一般ではウィルらとの旅の中で契約した事になっていたのであった。
「まぁ、勘違いされやすいっていうか貴方達が隠してたっていう話が大きいでしょうけど」
「そうだな……まぁ、それはウィルやティナが考えた事だけどな」
「そうね……で、思ったのよ。貴方、新しく契約者が出たら知る事とかって出来るの? もしくは同じ大精霊様の契約者が現れた場合、その者たち同士で理解する事って出来るの?」
確かにイリアの言う事は尤もだ。今までカイトが会った契約者は三人。ヴァルタード帝国の兄弟とアイナディスであるが、そのどちらもカイトが帰還するより前に契約者となっていた。
さりとてウィル達が契約者となった場にはカイト当人が居たので、感知もなにもない。新しく契約者となった者を感知出来るのか、と言われるとやった事が無いのでわからなかった。というわけで、カイトも素直にそう口にした。
「ん? いや……どうなんだろう。わからん。ここ一年は確定で出てないらしいからな。でも、どうした?」
「いえ……現状が現状だから、契約者が欲しいと思うのは不思議? 三百年前だって契約者が何人も居て、って感じでしょう? 戦意高揚の側面でも大国に一人ずつぐらい欲しい所ね。実際、ここまで長い期間契約者が誰一人として居ない、ってエネフィアの歴史上でも珍しい事でしょう? いえ、私が知らないだけかもしれないけれど」
「ふむ……」
確かにわからないではない。三百年前の戦争にカイト達が勝てたのは確かにカイト達の奮戦もあるが、何よりカイトを筆頭にした契約者による『勇者』パーティの結成が大きい。これにより民衆は希望を見出し、各地で奮起。勢力が盛り返していき、最終的には勝利を収めたのだ。
が、現状では公的には契約者は誰も居ない事になっている。当時を知るイリアがその有無を気にするのは至極当然だろう。というわけでその言葉に道理を見たカイトへと、イリアは続けた。
「で、時々噂には聞くのよ。こんなご時世だから契約者となるべく聖域を探しているって。それなら誰か一人ぐらい突破してても良いんじゃないかなー、って」
「まぁ……確かにな。オレの偉業でも最大のものはすべての大精霊との契約と祝福。後者はまず無理でも、前者は何例もあるから不可能ではないか」
「うん……というか、今更だけどその祝福って貴方以外本当に不可能なの?」
「あー……まぁ、ぶっちゃけると無理。これに関しちゃ本当に色々とあるから、本当にオレだけの特例措置って言っても過言じゃない」
そもそも大精霊の祝福はカイト以外に有史上存在していなかったし、数多の学者達さえ前代未聞と口を揃える。が、実例としてカイトという存在があるので、そういう力が存在すると誰しもが認めるしかなかったのだ。
「ぶっちゃけると、ってことはマジなんだ」
「マジ。これを説明すると色々と面倒があるからしないが、ガチで無理と考えてくれて結構」
「ふーん……まぁ、貴方を量産なんて多方面にはた迷惑だからしたくもないから、それは良いけど。ただ契約者の方は本当に手を打ちたい所ね」
「途中見過ごせんセリフが入ったが……まぁ、確かに契約者はなにか考えた方が良いかもなぁ……」
いっそアイナディスが前面に出るのも手だが。カイトはそう思うも、彼女一人に負担が伸し掛かる事になるのでそれはそれで考えものと考えていた。何より彼女の場合は真面目なのでそれをしようとしてしまう事も問題だろう。フォローするにも限度があった。かといって、契約者の量産なぞ出来ようはずもない。
「でもなぁ……流石に聖域まで案内出来ても、そこから契約者になれるかはそいつ次第になっちまう。かといってあいつらだからなぁ……適当な奴を案内しても確定で追い返されるだけだしなぁ……」
「流石にそこらは甘くない、と」
「そりゃそうだろ。ルクスにせよウィルにせよバランのおっさんにせよ、元々の性根を大精霊達もわかってたから追い返される事はなかったってだけだ。試練は課された。その試練の突破はあいつらが頑張った結果だ。その点は間違いない」
「やっぱりそうかぁ……」
カイトの返答にイリアはやはりそこまで甘くはなかったか、と項垂れる。まぁ、彼女自身もわかってはいたのだろう。なのでカイトが感知出来るのなら儲けもの。増やせれば儲けものでしかなかったようだ。というわけで、この話が決着した所でユーディトが口を挟んだ。
「……なんとも色気のない話は終わられましたか?」
「どんな会話期待してたんですか」
「折角リデル家やマクダウェル家の監視の目が無い場ですので……何か睦言の一つでもされないかと」
「しませんよ……」
下手な監視より厄介なユーディトだ。そんな彼女の前でイリアと男女の会話なぞ、後々どうなるかわかったものではなかった。まぁ、彼女がこんな事を言い出す時は決まって会話に入れない話題だったので拗ねている時か、重苦しくなってしまった雰囲気を緩ませるためだ。というわけで、カイトは長い付き合いから前者と理解していた。
「ま、それはともかくとして……確かにこんな所でまで仕事の話をしなくても、ですね。これ以上は帰ってからにします」
「そうね……しかも休んでいるのに真剣に頭を悩ませて疲れるのも本末転倒ね」
「それが良いかと」
カイトの言葉にイリアもまた同意し、ここからは素直に休む事にする。そうして、それからは様々な思い出話やらここ暫くの雑談を三人で繰り広げる事になるのだった。
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