第2763話 燃える地 ――火焔の谷――
かつてカイトが貴族となった最初期の一番大変な頃に貴族としての立ち振舞を学ばせてもらった老紳士クラルテ。そんな彼の故郷に墓参りと彼の遺品を届けるという依頼を受けて向かう事になったカイトであるが、彼は数々の奇っ怪な自然現象に立ち向かいながらも、この地域で作られている特殊な耐火レンガを用いた村の跡地へと到達する。そうして到達した村であるが、一見するとおよそ三百年以上も昔に放棄されたと思えないほどに原型を留めていた。
「驚いたな……こんな原型を留めているものなのか?」
「私もびっくりね……前に来た時より確かに風化してはいるけど、こんな原型を留めていたなんて」
三百年前に放棄された、というよりも十数年前に放棄されたと言われても信じられるほどに、クラルテの故郷は原型を留めていた。それにカイトもイリアも仰天している様子であったが、そんな建物の一つに触れたユーディトが原因を理解したらしい。カイトを見ながら口を開いた。
「カイト様。このレンガに触れてみて下さい」
「レンガに?」
「ええ」
「……」
ユーディトがわざわざ触れてみろというのだ。おそらく触れればわかるのだろう。カイトはそう認識し、まだ比較的原型を留めていた民家の一つのレンガに手を触れる。そうして、彼もまた目を見開いた。
「これは……火が土を生んでいる? 五行相生の理にも近いな……」
五行相生の理。それは地球の陰陽道で語られる五行論だ。即ち火は土を生み、土は金を生む。それらの理論の事なのであるが、これはカイトやティナ曰く不完全な論理であるとのことだ。
が、一概に間違いと否定する事は出来ず、真理に近い所は突いているらしい。陰陽術が使えるのもそれ故との事であった。有り体に言えば厳密には間違いではないがより正確に細分化するべきだろう、とのことであった。
「ええ……おそらくこの地で作られていたこのレンガは現代で主流となる八属性論……基本四元素等の議論が発達する前から使われていたものなのでしょう。レンガに耐火性を持たせると共に、陰陽道風に言えば火生土の理論を用いてある程度の自己修復能力を保有させている」
「なんで陰陽道把握してるんっすか、って聞きたい所ではありますが……そうですね。その結果、火を得てこのレンガはとんでもない耐久性を有している……これ、何時建てられたものなんでしょう……」
おそらく見た目は殆どあてにならないだろうな。カイトは民家の壁に手を当てながら、この建物が何時作られてどんな歴史を辿ったのかに思い馳せる。
「わかりません……イリア様。この耐火レンガの学術的な調査は?」
「ごめんなさい。出来ていないわ。どうしてもここら一帯は戦争の折に火属性の魔術の影響で付近一帯が異常気象を頻発してしまったの。それ以降、封鎖は解かれないままだったから……」
そんな特殊な素材を使っているなんて思ってもいなかった。イリアはユーディトの問いかけに少しだけバツの悪そうな顔で首を振る。もしこの素材の調査を行っていれば、なにか良い素材が出来るきっかけになっていたかもしれなかった。そんな彼女に、カイトが問いかける。
「ということは、このレンガの作り手なんかも?」
「そうね……どこかを探せば、残っているかもしれないけれど」
「そうか……サンプルを貰っていっても?」
「構わないわ。すでにこの一帯は危険地域指定が解かれているとはいえ、封鎖措置が解かれているわけではない。なので封鎖措置の解除に伴う学術的な調査においては、リデル家が自由に出来る権利を有している」
今回は若干越権ではあるが、素材の有益性が認められた事からという事で良いでしょう。カイトの問いかけにイリアは一つ頷いた。
「そうか……なら、有り難く。これは今後何かしらを作る上で興味深いサンプルに成り得るからな」
「なにかあてはあるの?」
「まぁ……ここらはティナの領分になるからはっきりとはオレには言えんが。今の話を聞いて思ったのは五行相生と五行相克の理論を活用した素材を作る事が出来れば、これみたくある程度の自己修復能力や高い耐久性を有する素材が出来るかもしれない……あくまでも出来るかもしれない、という可能性の話だがな」
実際の現物がある以上、完全に不可能というわけではないのだろう。カイトはそう思いながら、比較的状態の良いレンガを一つナイフで切り出して、まるごと頂いておく。どうせこの状況だ。どこが時間経過による風化で、どこがカイトの切り出した痕跡かはわかりそうもなかった。
「良し……とりあえずそっちも封鎖解除の検討に入った体で調査隊を送る上で、サンプルの確保と有効活用の検討をさせた方が良いだろうな。技術協力が必要なら言ってくれればやるが」
「それはあの子が考える事ね。あの子が貴方に支援を求めるのならそれは必要だということ。私が言うべき事ではないわ」
「そうか……それはそちらに任せる」
カイトとイリアはあくまでも他家の存在だ。なのでリデル家の事はリデル家が考えるべきだった。というわけでイリアの言葉を良しとしたカイトはレンガをサンプルを確保しておくための専用の容器に確保するとそれを異空間へと収納。改めて周囲を観察する。
「……流石に案内の看板なんかは……なさそうか」
「人が殆ど往来しなかったのなら、案内の看板を設ける意味も殆ど無いのでしょう」
「そうか……確か公共施設はあの谷を切り出して作られた物になるんだったか?」
「ええ……ひとまずあっちに向かいましょう。墓に行くにもあちらからでないと行けないのだし」
こんな場所だ。墓を設けようにも普通に設けただけではすぐに駄目になるだろう。というわけで墓は少し特殊な形式で設けられていたとの事で、これについてはかつて墓参りに来た事のあるイリアが詳しかった。というわけで、ここからは彼女に案内を頼みながら三人は岩壁を利用して作られた公共施設を目指して歩いて行く。
「ここは元々なんだったんだ?」
「村の集会所や医療施設……だったそうよ。後は水汲み場なんかもあったそうね」
「水汲み場……」
その詳しい話をイリアは知っているのだろうか。カイトはマスクとフードで覆われ表情の読み取れない彼女の言葉を聞きながら、そう思う。そして彼女の表情が窺い知れない様に、彼女からもまたカイトの表情は窺い知れない。なので彼女の側もまた何も言う事なく、三人は公共施設の中へと入った。
「……意外と埃っぽくないな」
「前に私が来た際に持ち込んだ魔道具がまだ活きているのでしょうね。ここ出身の人が来ていたという事だから、定期的に修理とかもしていたのかもしれないわ」
「なるほどね……何処に設置したんだ?」
「報告では地下ね。基本、この地だと諸々は地下に設置するのが基本みたいよ」
となると、まずはそれを再起動する事から始めるか。カイトはイリアの言葉にそう判断すると、周囲を見回しながら地下へ続く階段を探索する。そうしてカイトは一人。イリアとユーディトは二人の組み合わせで探索を繰り広げること暫く。カイトは地下へ続く階段を発見する。
「こちらカイト……地下へ続く階段を発見した。ここらだけ比較的清掃されているから、間違いないだろう」
『そう……なら私達は上に留まって、設備が動くかどうか確認するわ』
「頼む」
通信機を介して響くイリアの返答にカイトは上での確認を任せると、懐中電灯を片手に地下へと進んでいく。
(ふむ……どうやら魔素の属性が極端なまでに偏っているからか、魔物が生まれない土壌が出来てしまっているのか。こういった場だと『炎の霊』の寿命は非常に短い。自然を考えなければ、魔物の出ない良い場所ではある……か?)
その自然が過酷過ぎる以上、これはどうなんだろう。カイトはこういった魔力絡みの異常気象が自身には通用しないからこそ短絡的に考えてしまっているかもしれないと考える。
とまぁ、それはさておき。『炎の霊』以外の魔物は先程のような火属性の魔素が過多になる事で生ずる数々の自然現象で勝手に討伐されていく。ある意味では天然の結界に守られているようなもので、僻地に目を瞑って自然現象に対応出来さえすれば、居住には適していた。そんなある意味ではどうでも良い話を考えながら地下へ進む事一分足らず。カイトは地下一階にたどり着く。
「……まぁ、そりゃそうか」
『何かあった?』
「いや、単にどの村でも街でも公共施設の地下は同じだな、と若干興ざめただけだ」
『そんな重要な所で奇を衒うわけないでしょう……』
上層階は特殊なレンガで出来ていたり谷をくり抜いて作られていたりで独特な見た目を持っていたため、カイトはこの地下も少しぐらい独特な形状や機能を持っていないかな、と期待したらしい。
が、地下は別に特殊な事をする必要はなかったのか至って普通だった。というわけで、同じであれば特にカイトにも迷いはない。周囲を見回してかつてイリアが持ち込んだエアコンと空気清浄機を合わせたような魔道具を見つけ出して起動させる。
「……立ち上げを確認した。そっちは?」
『風の流れが生まれました……イリア様の方は?』
『私の方でもそう感じるわね。まだ現役で使えそうね』
やはり精密機械より魔道具は耐久年数が非常に高い点は利点だろう。なので数百年前に設置された魔道具だというのに、少しの違和感もなく動いてくれていた。とはいえ、流石に何もメンテナンス無しというわけではなかったようだ。カイトは空気清浄機型の魔道具を少しだけ確認する。
「そうか……イリア。持ち込んだ魔道具はどこ製だ?」
『ウチのよ』
「そうか……うん。こいつはヴィクトル商会製の清浄機だ。多分誰かが新しい物を持ち込んだみたいだな」
『古いのは?』
「動かなくなった奴は部屋の片隅にまとめて置かれていた。これはどうやら三代目らしい」
一つはリデル家の紋章が入っているので、イリアが来た時に設置されたもので間違いないだろう。それに対してもう一つははっきりと確認していないのでわからないが、少なくともリデル家が運営する企業の製品でもヴィクトル商会の製品でもなかった。そんなカイトの言葉に、イリアはやはり比較的人が訪れていたのだろうと認識する。
『そう……まぁ、とりあえず。これで上は復旧したわ。制限時間だけ設けて上に上がって』
「りょーかい」
イリアの問いかけにカイトは一つ頷いた。一応、カイト達は今日中に帰る予定にはしている。が、如何せんここに来るまでと同じ様に、未知の自然現象が一同を襲う可能性はある。
最悪は一泊は想定していたのだが、それでも一泊だ。明日にはまたここは無人になるので、魔道具を消耗させない様にタイマーをセットしておく事にしていたのであった。というわけでタイマーをセットしようとしたカイトであるが、そこでふと思い出す。
「ああ、そうだ。そういえば一応他の点に問題が無いかだけシステムチェックを行っておく。次に調査隊を派遣する際、そこらの修理様の機材や部材があれば二度手間にならなくて良いだろう」
『ああ、それは有り難いわね。お願いするわ』
カイトの言葉にイリアは一つ礼を述べる。というわけで、カイトは十分ほどで情報を取得するとそれをイリアに渡すべく一度彼女らと合流する事にするのだった。
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