第2761話 燃える地編 ――炎の風――
かつて世話になった老紳士クラルテ。その彼の墓参りと彼からの依頼により彼の故郷を訪れる事になったカイト。そんな彼はリデル領の歓楽街『フンケルン』でのゴタゴタを片付けると、イリアと共にとある僻地を訪れていた。そこは火属性の魔素が異常な偏りを生じている場所で、晩秋にも関わらず真夏よりも熱い外気温に晒されているという特殊な地域だった。
「っ……」
飛空艇を飛び降りて降り立った地面であるが、そこは水気の殆ど無い乾いた土だ。しかも地面そのものもにも火属性の魔素が多分に含まれているのか、迂闊に触れようものならそれだけで発火しかねない危険性を有していた。
「やっべぇな……迂闊に踏み込んだらそれだけで大爆発しちまう」
「ここら一帯が天然の地雷原のようなものよ。迂闊に火属性が過剰に蓄積されている地面を踏み抜けば、それだけで連鎖反応で大爆発なんてなりかねない。あんただから軍だってすんなり許可したでしょうけど、普通の一般人なら準備期間一ヶ月に専門のガイドを付けないと駄目な場所よ」
「だろうなぁ……」
先にカイトも言っているが、彼はすべての属性攻撃を無力化出来る。なのでカイトの場合はこういった属性の偏りにより起きる各種の現象そのものが危険にならない。が、そうでないのならきちんとそういった属性の偏りを見抜けるガイドが必須だった。
「はぁ……二人共、オレが先導して地雷を潰していく。その後ろを通ってくれ」
例え爆発しようと、カイトに吸収されるのだ。ならばいっそ敢えて爆発させて後ろの二人の安全を確保した方がよほど良かった。というわけで、カイトを先頭にして三人は進んでいく。が、やはりその道中は普通に生活していてはお目にかかれないような現象ばかりだった。
「これは……」
「炎の華ね」
「ということは……」
そういうことよ。どうやらクラルテからこの現象の事を聞いていたらしいカイトにイリアが一つ頷いて、姿勢を低くする。それに合わせてカイトもユーディトも姿勢を低くして、その場で立ち止まる。
「炎の華が咲き乱れたら、危険なんだ……だったか?」
「当人から聞いてたわけね」
「ああ……炎の華が咲き乱れたら、その後に待つのは……っ」
イリアやユーディト同様に身構えたカイトであるが、そんな彼が言葉を発するとその数秒後。まるで巨大な彼岸花のような火焔の華が生ずる。それは周囲にまるで花びらを散らすような格好で炎を撒き散らし、更にそれらは小さな火焔の華を無数に生じて消えていった。
「すごいな……見事なもんだ」
「今の爆発の連続を受けながら見事なもんだ、ってあんたね……」
生じた火焔の華はただ火焔を生じただけではない。巨大な爆発によって周囲には衝撃波が撒き散らされ、しかもそれに付随して生じた小さな火焔の華もまた無数の衝撃を生じていたのだ。
その連続は勿論魔力を伴うもので、それが数十数百と連続するのだ。耐性が無い者がもしまともに受けたら、喩え余波でも意識を失いかねなかった。無論、そうなれば次に爆発が起きた時には無防備に身体を晒す事になり、命は無いだろう。が、それらはすべて普通の話。カイトは普通ではない。
「まー、オレはそういう奴なんで」
「わかってるから呆れてるんでしょ……まぁ、良いわ。今のデカい一発が来たから、暫くは来ないでしょう。さっさと行きましょう」
「……そうしたい所ではありますが」
「みたいですね……ユーディトさん。イリア頼みます」
「かしこまりました」
どうやらそうは問屋が卸さないらしい。カイトはユーディトにイリアを任せると、刀を取り出して腰に帯びる。これにイリアも何かしらの魔物が接近しているのだと理解した。
「何が来たの?」
「……まだわからん……が、こっちになにかが来て……っ、そこか!」
目視はまだ出来る状況ではない。カイトはそう踏んでいたらしいのだが、気配の流れから彼は即座にそれが読み違えていると理解。先の火焔の華の残滓の一つに向けて剣戟を放つ。
「『炎の霊』か……ひのふのみの……」
これは中々に多そうだな。カイトは火焔の華の中に潜む――というより大気中の魔素と爆発等により生じた形――『炎の霊』という魔物に僅かな苦笑を生じさせる。
(全周囲で生じているな……こりゃ、まともにやってると面倒か。それなら……こいつか)
カイトが取り出すのは、特殊な金属で出来た二つのブーメランだ。それは使用者の意図を受けて自由自在に飛翔するもので、こういった空中に魔物が無数に居るような状況では非常に有効な武器だった。
「はっ! ふっ!」
二つのブーメランを投げ放つと、カイトはそのまま魔銃を取り出す。逐一接近して倒していると延々終わらないし、何より下手をすると次の爆発が生じて本当に終わらない事になりかねない。それを危惧したのだ。が、双銃を取り出した彼に向けて、先に切り裂いた『炎の霊』とはまた別の『炎の霊』が炎を放って薙ぎ払う。
「残念。無駄だ」
放たれた炎に向けて、獰猛に笑うカイトはただ右手をかざすだけだ。が、炎がカイトへと命中するかに思われたその瞬間。彼の右手に嵌められた指輪が赤く輝いて、その全てを吸収する。
「じゃあ、返礼だ」
吸収した魔力を魔銃へと装填。属性を反転させて水属性の魔弾として射出。火炎放射を放った『炎の霊』を撃ち貫く。そして更に左手を後ろに動かして、背後から自身を狙う『炎の霊』をブーメランで切り裂いて消滅させる。そんな光景に、イリアがため息を吐いた。
「楽しそうね、あいつ……」
「元気でよろしい事かと」
踊る様に戦うカイトは確かに元気そうだ。そうして瞬く間に彼は数十体の『炎の霊』を殲滅する。
「ふぅ……終わった」
「はいはい……じゃあ、行きましょうか」
「おう」
やはり属性が偏った事によって生ずる魔物はカイトにとってはどれだけ高位になろうと問題にはならなそうだ。イリアは疲れるどころか先程より元気そう――実質回復したみたいなものなのだから当然だが――なカイトにそう思う。そうして再び進み始める三人であるが、更に少し進むと今度はうだるような暑さが襲いかかる。
「……流石にこれはキツいな……まだ湿気が無いだけマシだが……」
この暑さの原因はすべて火属性の魔素が満ち溢れた事によるものだ。なので日本の夏のような湿気を孕んだものではない。が、そのかわりとばかりに刺すような痛みがあった。というわけで、そんな一帯を進みながらカイトは思わず問いかけた。
「……なぁ、イリア。これ昔はどうやって往来してたんだ? 村があったんなら、人の往来は当然されてただろ?」
「基本は徒歩よ、徒歩。物資は特殊な魔物を使って、かしら」
「特殊な魔物?」
「火に強い馬型の魔物が居るのよ」
「まさかと思うが『烈炎馬』か?」
「そのまさかよ」
「うわ……あれを飼いならすのか……」
コストはかなり高くなりそうだ。カイトは真っ赤に燃える炎の馬の姿を思い出し、そしてその魔物が身体に見合った気性の荒さを有している事を思い出す。
「でも一体で馬力はとてつもないから、一頭だけで十分だったみたいね」
「まぁ……体長3~4メートルはありそうだからなぁ……デカいやつは5メートル超えてたし……」
気性は荒く、体躯も非常に大きい。だがそれ故にこそ力は強大で、荷物の牽引役としては最適解の一つとも言われていた。と、そんな性質を思い出すカイトに、イリアが問いかける。
「そんなの見たことあるの?」
「ああ……ま、旅してればそんなのを見る事は多い」
やはりカイトは色々な土地を旅してきたからだろう。イリアが見た事も聞いた事もないような様々な物事を見てきていた。というわけで、暫くの会話の後。カイトの背にイリアが告げた。
「……なんか不思議な気分ね」
「うん?」
「昔は、私の方が色々と知ってたのに」
「まー、世界中を旅したしな。地球でもいろいろな場所に行ったし……」
イリアに背を向け前に意識を集中するカイトは気付かなかったが、イリアの目にどこかの羨望と寂しさがあったのは気の所為ではないだろう。
「だが急にどうした?」
「……なんでも」
「お嬢様は寂しいとお考えです……と、私は愚考致します」
「ちょ、ちょっと!? 何を言い出すのよ!?」
「おや、正解だったご様子」
楽しんでるなぁ。カイトは後ろで繰り広げられる騒がしい声に対してそう思う。とはいえ、ここでユーディトがこんな事を言い出したのは単なる趣味だろうが、もう一つ理由があった。
『旦那様。今の内に』
『りょーかいです……後そんな風に言わなくても普通に背中を向ける様に言うだけで良いでしょうに』
『私のささやかな楽しみですので』
良い趣味してるなぁ、やっぱり。顔を真っ赤に染めたイリアが後ろを振り向いたと同時に、少し苦笑するカイトがその場から消えて少しだけ離れた所へと転移。その次の瞬間だ。彼が移動した場所のすぐ正面から、巨大な炎の壁が発生。一同の居た場所へ向けて猛烈な勢いで侵攻する。
「ふぅ……」
発生した巨大な炎の壁であるが、それは当然カイトが右手をかざすだけで彼に吸収されていく。が、無数の火の粉が舞い散っており、流石にそこまでは吸収しきれなかった。
これに煽られる可能性があったので、背を向ける必要があったのだ。というわけで背後から飛んできた火の粉に、イリアが気がついた。
「え?」
「ああ、こっち向くな。ただいま火事で立入禁止だ」
「……」
じとー。こちらを向くなとカイトに言われたイリアは、これは完全にユーディトの手のひらの上で踊らされていた事を理解する。というわけで、そんなイリアにユーディトがさも平然な顔をしてうそぶいた。
「……何か?」
「なにかじゃないでしょう! そうならそうと言いなさいな!」
「やれやれ」
曲がりなりにも公爵と元公爵を相手にこの立ち振舞が許されるのは彼女ぐらいなものだろう。カイトは楽しげな――但しわかるのは彼女と親しい者ぐらいだが――ユーディトを見ながらそう思う。
というわけで、その後も時にイリアを弄びながら、時にどこかしんみりとしながら。更に時にはこうやって危険な自然現象を相手にしながら、一同はかつて存在していたクラルテの故郷を目指して進み続けるのだった。
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