第2760話 煌めく街編 ――燃える地――
かつて世話になった老紳士クラルテの墓参りと彼から受けた最期の依頼を果たすべく彼の故郷を目指す事になったカイト。そんな彼はその最後の中継地点となるリデル領の歓楽街『フンケルン』にて裏ギルドの暗躍に巻き込まれたものの、これを見事大した被害も生じさせずに解決。
更にイリアと共同で手に入れたアウラの両親が率いた独立大隊の旗への対処を決めると、彼は再び訓練に戻っていた。と、言うわけで訓練に戻っていた彼であるが、今度はソラがやって来ていた。
「カイト。今日魔導書の受け取りというかいろいろな手続きを行おうと思うんだけど、一つ聞いて良いか?」
「ん? ああ。何だ?」
「ああ……いや、すごい初歩的な質問なんだけど、その場で受け取ってしまうのとホームに輸送して貰うの。どっちが良いんだ?」
確かにすごい初歩的な質問だが、意外と重要な話だな。カイトは少し恥ずかしげなソラの問いかけに対してそう思う。とはいえ、重要な話である事は事実なのでカイトも真面目に答えてくれた。
「そうだな……これに関しては正直、本当はどちらでも良いという所はある。が、冒険者達がオークションで武器の類を手に入れた場合はその場で受け取ってしまった方が良い事が多い、というのもまた事実ではある」
「どういうことだ?」
「状況によりけり、という所だからだ」
ソラの問いかけにカイトは少しだけ苦笑しながら、更に話を続けた。
「やはり武器だから、ここから戻るとかの時は手札が一枚でも多い方が有利だ。だろう?」
「あー……確かにそりゃそうだな……でも魔導書だから封印とかしっかり出来るか不安ではあってさ」
「そ。そこが問題点として上がっちまう。良い武器にせよ危険な武器にせよ、強い力を持つ武器は扱いが難しくなる。だからきちんと封印処置を施して拠点まで移送してくれた方が良い場合もある」
「どっちが良いかは自分の腕と応相談、ってわけか」
「そういうことだな」
今の自分に手に入れた武器を使えるのか。よしんば使えても町中等で万が一暴発しない様に出来るのか。そこらがしっかりとしていなければ、単に危険物を町中で持ち歩いているだけだ。安全を担保出来ればこそ、冒険者は町中でも武装を許されているのである。
「ま、そういうわけだからおすすめはホームまで輸送して貰う事だな。特にお前だとその方が良いだろう……それか<<偉大なる太陽>>に協力を頼む事だが……」
「持ってきてない」
「だよな」
前々から言われているが、<<偉大なる太陽>>はまだまだ全盛期の力を取り戻せていない。なので定期的に調整をされているわけであるが、今がその調整のタイミング――より正確にはオークションに合わせて調整を入れた――だった。が、だからこそソラは悩んでいたとも言えた。
「でもそうなると武器がねぇんだわ」
「そこな……一応普通の剣は持ってるんだろ?」
「それは持ってるけど……やっぱ一枚切り札無いと不安だからなー」
カイトの問いかけに頷きながらも、ソラは少しだけ苦い顔だ。やはり戦略家としての視点を鍛えている彼は万が一の有事の際に使える切り札を数枚持っておきたいらしい。それが特に常用する相棒が無い――即ちそれに纏わる様々な力も使えない――今、殊更その不安感を感じていたのだろう。
「まぁ、そうだな……が、やはりそれなら持っておくな。魔術師でも無いお前が今から使おうとして使える札じゃない」
「あー……やっぱそうかなぁ……」
どうやら手札の少なさと魔導書の危険性等を天秤に掛け、どうするべきかわからなかったのでソラも悩んでいたらしい。カイトの言葉にやはりそうするのが一番かと納得する。
「わかった。ありがと……とりあえずそれで手配するわ」
「そうしておけ。時には出ないという選択肢も一つだ」
「あいよ」
カイトの忠告に対して、ソラは一つ頷いて立ち上がる。オークションに手続きをしに行った、というわけだろう。というわけでそんな彼を見送ってカイトはイリアの仕事が終わるまでの暫くの間のんびりする事にするのだった。
さてそれから数日。カイトは先の裏ギルドの襲撃の後始末の引き継ぎを終えたイリア、世話役として帯同する事になっているユーディトと共に、飛空艇に乗って道もない場所へと向かっていた。
「ぶっちゃけるとオレ、行った事は無いんだがどんな所なんだ?」
「あの人の故郷?」
「ああ」
イリアの問いかけにカイトは一つ頷いた。一応、クラルテ当人から故郷の話を少し聞いているカイトであるが、あくまでも聞いているだけで実際に行った事があるわけでも遠目に見たわけでもない。どんな場所かは未知で、それ故に少しだけ往年の少年の顔が覗いていた。
「まぁ、あんたは聞いてるんでしょうけど。危険地帯よ」
「業火絶えぬ火焔の地とは聞いている……が、どんな所なんだ? 三百年前の戦争の時には色々とあってもはや立ち入りが出来ないほどの状況になってしまった、って聞いたが」
「そうね……簡単に言えば火属性の力がとんでもなく高い地という所かしら。貴方の所で言う所の『水精の湖』とか『風吹谷』とかそんなとこ」
「あの系統か」
イリアの提示した場所はすべて、マクダウェル領の中でも有数の特定の属性の魔素が収束している場所だ。無論そう言っても全てが僻地というわけではなく、普通に人も住んでいる。が、土地によっては僻地である事も相まって人が住んでいない、というのも珍しくはなかった。
「でもまぁ、それなら中々に珍しい光景は見られそうだな」
「あれを楽しめるのはあんたぐらいでしょうね……」
住人たちは慣れてしまって楽しまないだろうし、旅人達は過酷さに楽しむ余裕は殆ど無いだろう。イリアも後者側だというわけだった。
「というか、墓参りは良いけど下手すると墓も何も無いわよ?」
「知ってる……クラルテさんの遺言書にももしかしたら何もかもが燃え尽きてなくなっているかもしれないけど、って書いてあった」
「そ」
それでも誰か人を送るではなく自らで行こうとするあたり、やはりこの男は義理堅いだろう。イリアはカイトの意思が固い事を見て、これ以上は何も言わない事に決める。と、いうわけで飛空艇で移動する事暫く。唐突に飛空艇のアラートが鳴り響いた。
「鳴ったわね」
「ふむ……火属性の魔素の濃度が危険域に到達。攻撃の兆候あり、か」
やはり出たか。カイトはもたれ掛かっていた背もたれから起き上がり、警告の状況等を確認する。先にイリアが述べていたが、クラルテの故郷は特定の属性の魔素が異常に高い地域だ。
なので飛空艇で近づこうにもこの様に警告が出てしまい、普通には――リミット等を解除すれば出来るが一般的には出来ない――近付けないのだ。
「ということはここからは徒歩か」
「一応聞いておきたいのだけど、この飛空艇置いていって大丈夫なの?」
「上空に待機させておくから問題無い。後万が一の場合はオレに通信が飛ぶし、マーカーもセッティングしてる。すぐに戻れる」
イリアの問いかけに、カイトは鳴り響くアラート音を切りながら空中での待機を自動操縦で指定しておく。
「良し……イリア。ユーディトさん……早いっすね!?」
「ありがと」
「主人を待たせるような不出来な事は出来ません故」
カイトから手渡された耐熱のローブをイリアが頭から被る。ここから行く先では大量の火属性の魔素が渦巻いている。火属性の自然現象が起きる事があり、それから身を守るためには耐熱素材で作られた防具が必須なのであった。というわけで、彼女が頭からローブで身を包んだ――ユーディトはカイトが気付いたらすでに用意を終えていた――のを見てカイトは頷いた。
「じゃあ、行くか」
「って、ちょい待った。あんたは?」
「いや、オレ指輪あるし。属性が満ちてる場所なら問題ない」
カイトには何時もの<<祝福の指輪>>というチートアイテムがある。あれを使えばすべての属性攻撃が無力されてしまうわけであるが、それ故にこういった属性の偏った場所では大気中に満ちる魔素から自動的に魔力が補給されるようなものになるのだった。とはいえ、それはイリアもわかっている。だがだからこそ、彼女はカイトがわかっていないと理解した。
「やっぱり……着てた方が良いわよ。悪いことは言わないから」
「なんで?」
「出ればわかるわ。なんなら扉を開けるだけでも……もしくは窓でも可」
「うん?」
何を言いたいかはわからないが、とりあえずイリアは半目でカイトへと告げていた。そしてカイトも折角の助言を無下にするほど子供でもない。なので彼はイリアの言葉の意味を理解するためにも、一度窓を開けてみようとして、わずか数センチ開けただけで理解した。
「あっつ!? そっか! そうだわな!」
「そういうことよ……多分外、40度とかそんな領域じゃないかしら」
今更であるが、今の北半球は晩秋。後少しで冬だ。なので気候はすでに秋服では肌寒いを超えて冬服を出さねば、という所でありカイトも冬服を用意している。が、外は真夏日よりも更に熱い熱気が満ちていたのだ。
「火属性が満ちてる、ってことはそれに伴う火の自然現象が起きる……つまり、熱波が巻き起こりまくってるわけか」
「そ……そうなると必然気温は上がるってわけ」
迂闊だった。カイトは自領地のこういった環境では気温変化が起こりにくい所だったため、うっかり失念してしまっていたようだ。彼も慌てて砂漠地帯等で使う耐熱素材で出来たローブを取り出して頭から被る。そうして更に口元を覆うマスク代わりの布を装着し、手早く旅支度を整えた。
「……早いわね」
「伊達に冒険者長くやってねぇんでね……早着替えは魔術無しでも標準装備だ」
「そう……まぁ、そういうわけだから外は物凄い熱いわよ。その点は覚悟しておきなさい」
「あいよ……まさかお前が行きたがらなかったのってそこもあったり?」
「当たり前でしょ。あそこ行くのにどれだけお金掛かると思ってるのよ。そんなおいそれと行ける場所じゃないわよ?」
少し苦笑混じりのカイトの問いかけにイリアはしかめっ面で頷いた。当たり前だがこんな装備だけで行けるのはカイトだけだ。普通にイリアが行くとなるとお供や護衛に数十人単位で動かねばならない。しかも向かう場所は僻地の危険地帯だ。事前の準備もそれ相応に発生するため、イリアの言葉は正論だった。
「あははは……だろうな。良し」
「ひゃ」
「飛び降りる。しっかり掴まってろ……ユーディトさんは」
「流石に私も空気は読みます」
「それ何時もしてくれませんかね……」
イリアは戦闘員ではないため、飛空術は使えてもこんな極所で確実に飛行出来るかと言われると若干不安は残る。なのでカイトが抱える事にしたのだが、流石にそこにユーディトまでは抱えてられない。というわけで扉を開いたわけであるが、すると突然の熱波が中に吹き込んだ。
「うあ……すげぇ熱気」
「だから言ったでしょう?」
「まぁな……じゃあ、行きますかね」
熱気に顔をしかめたカイトであるが、気を取り直して空中へと躍り出る。そうして、彼らは熱気が吹き荒ぶ地へと降り立つのだった。
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