第2759話 煌めく街編 ――落着――
かつて世話になった老紳士クラルテの墓参りと彼の故郷への届け物をする最中に巻き込まれたリデル領の歓楽街『フンケルン』での裏ギルドによるオークション襲撃。それをほぼ被害無しで収める事に成功したカイトは、捕縛した裏ギルドの構成員や幹部達の移送をリデル公爵軍に任せると自身は『フンケルン』へと帰還。イリアの所へと合流する。
「……お嬢様」
「終わった?」
「はい……どうやらそちらは万が一の策を打たずとも良かったご様子で」
「有り難い事にね。良くも悪くも今回は客が良かったわ……あんなものに手を出すのは高名な魔術師だけ。誰も彼もが実戦経験有り……慌てるどころか気にしてさえいなかったわね」
優雅に執事として一礼するカイトに、イリアは上機嫌にそう言って笑う。どうやら競りも大詰めという所で、目玉だった三つの魔導書も全て競売が終わってしまっていた様子だった。
「それはそれは……皆様豪胆なご様子で」
「ええ。ウチも信頼されたものね」
イリアが上機嫌なのはどうやら高名な魔術師達もリデル家に手を出す愚をわかっていればこそだろう。彼らが襲撃にも関わらず平然とした事で他の客達もここがリデル家が運営するオークションである事を思い出し、それならいっそリデル家に手を出した愚か者の末路でも見てやろうと言わんばかりの様子だったそうだ。
「で、そちらは? あれだけ大口を叩いたのだから、全て捕まえてみせたわね?」
「勿論です……数人、寝心地が良すぎて数ヶ月寝たままになるかもしれませんが」
「それは結構。そいつらも存分にリデル家に手を出した愚を悟れたわね」
流石にここまで上出来な首尾を得られたのはカイトが介在すればこそとイリアもわかっているだろうが、そこはそれ。今回はあくまでもリデル家が解決した形だ。すべての名声はリデル家の総取りだった。と、そんな彼女であるがカイトが聞きたい事を語ってやる事にした。
「で、こっちの方だけど……ちょっとすごい事になったわね」
「ほぅ?」
「『絶海円本』……大ミスリル350枚超えたわ」
「おぉ……それはすごい」
「いや、もう演技は良いから」
執事としてどこか大仰に驚いてみせたカイトに、イリアは一旦話を進めたかったので元に戻す様に告げる。これに、カイトも執事としての演技を一旦終わらせた。
「いや、実際すごいな……確かにティナならガチでその領域でも手を出すだろうが、その領域になるとウチとかヴィクトルとかちょっと普通じゃない組織じゃないと手を出せないぞ?」
「でしょうね……で、そんな事が出来る組織で『絶海円本』に興味を示す組織なんて決まっているでしょう」
「……あー……」
カイトはイリアの指さした方向に居た一人の壮年の男性を見て、一つなるほどと頷いた。
「<<魔術師の工房>>の幹部だな……それも大幹部。写真かなにかで見た事がある。ユニオンの中でも一番金持ってるのはあそこだろうな……」
「<<魔術師の工房>>は魔道具の作成や回復薬の製造で利益を上げているものね……まぁ、その大半が研究開発に消えていくから持っているかと言われれば微妙でしょうけど」
前にバルフレアからも言われていたが、<<魔術師の工房>>の作る回復薬があるかないかで冒険者の死亡率が激変する。
なので良質な回復薬と言えばマクダウェル家か<<魔術師の工房>>か、というぐらいには二分されており、その分儲けも出ていたのである。勿論、それ以外にも魔道具の作成等でも儲けていたため、一番資金を持っているのはあそこだった。そんなギルドの幹部の一人を見ながら、イリアが告げた。
「まぁ、とりあえず……『絶海円本』は<<魔術師の工房>>がお買い上げよ」
「なるほど……納得」
「ちなみに、最後まで競り合ったのは彼女ね」
「おいおい……」
カイトは悔しそうに不貞腐れたジュリエットを見て、わずかに苦笑を浮かべる。その一方でかなりの競り合いにはなったみたいだが、<<魔術師の工房>>の大幹部とやらは『絶海円本』を手に入れてホクホク笑顔だった。やはり彼らは魔術師。金より魔術だった。
「で、焦らしてくれてるみたいだが」
「『地母儀典』?」
「ああ」
「ソラくんが競り落としたわ……どうやらそれとなく伺っていると貴方が居た噂が出ていたから、今回は本気だろうと早々に競りは終わったみたいね。ジュリエットが手出ししなかったのも大きかった……かしら」
言うまでもなくジュリエットはソラの事を知っている。なので彼女はソラが参加して魔導書に手を出そうとしている時点でカイトの手配だろうと理解。それなら競り落とさずともなんとか出来ると判断したのだ。
「ただまぁ……ジュリエットは念話でソラくんに少し助言してたみたいね」
「なるほど……まだまだソラには経験値が足りない。そんなフォローがあっても良いか」
魂胆はわかっているが、わかっていればこそソラも安心して受け入れられたのだろう。カイトは少し笑いながらそれを良しとする。
「で、それなら少し安めになったか?」
「そうね。予想価格より少し下回った、という所でしょう」
「そうか。それなら結構」
これで高値が付いたのなら顔を顰めるが、ジュリエットの助言によって他の参加者との駆け引きを上手く終わらせられ安値で手に入れられたというのだ。カイトとしても満足という所であった。というわけで、この後も軽いオークションの観覧を終えてカイトとイリアは再びホテルに戻る事にするのだった。
さて明けて翌日。裏ギルドによる襲撃事件も一段落し、オークションも終わり一段落と言った頃。歓楽街の朝はやはり遅く、朝一番は殆どの者が寝ているような状況だった。が、武芸者でもあるカイトにはそんなものは無関係だった。
「……」
「思えば、不思議なものねぇ。朝一番にアルテシアさんにあんだけぶん投げられまくってたあんたが、今じゃそうやって静かに瞑想してるなんて」
「瞑想じゃない。意識を開いている」
「何が違うの?」
「閉ざすと開く……正反対だ。実際、意識を集中しているわけでもない」
イリアの問いかけに、カイトは何時もの調子――但し勿論神陰流の修行中――で答える。
「ふーん……まぁ、どっちにしろ変わったわね」
「そりゃ、否定はしないがね……で、いつ頃行けそうなんだ?」
「明後日まで待って。昨日の一件の後始末……もとい会見が今日開かれて、明日には引き継ぎが終わるから」
当たり前だが夜に裏ギルドによって大々的に襲撃されたのだ。当然だが状況等の説明を求める事は出ており、リデル家もその声が高まるよりも前に今日公式的な会見を行うと明言していた。ここらの手早さはやはり流石は五公爵二大公という所だろう。
「まぁ、良いけどな。こっちはそれなら今日明日とのんびり出来るし」
「そうね。曲がりなりにも雇い主。働いた労働者への休暇と考えて頂戴な」
『フンケルン』に来て以降、カイトは裏ギルドの件に掛かり切り。何も楽しむ時間なぞなかった。まぁ、元々仕事だとソラには言っていたので気にしてはいなかったが、内心歓楽街なのにずっと仕事詰めというのもと思わなくもなかったようだ。
「そうか……それならそうさせて貰おう」
「ええ……あぁ、そうだ」
カイトの言葉に一つ頷いたイリアであるが、そのまま少しだけ気を引き締める。
「貴方、飛空艇を一隻連れてきてたわね」
「ああ……まぁ、本当は万が一のためだったんだが、バレたしここからの移動の足に使おうと思っているが」
「それは良いわ……帰りに皇都寄って行かない?」
「……そうだな。あれは一度は皇都の家に持って帰るべきものかもしれんか」
イリアの言葉の意図を理解したカイトがわずかに苦笑する。二人の脳裏に何があったかというと、当然だがかつてヘルメス翁の率いた部隊の旗があった。
「だがお前、マクダウェル領マクスウェルって言ってなかったか?」
「アウラは基本、今はあっちでしょう。それならあっちで話を通さないとどうにもならないわ。でも筋として、旗は皇都のフロイライン邸に持って帰ってあげるのが筋でしょう?」
「……そうだな。良し。ユーディトさん」
「なんでしょう」
おそらくわかってはいるのだろうが。カイトは自身の言葉に頭を下げたユーディトに対してそう思いながらも、ならばこそその通りに命ずる。
「所要で皇都に寄るとクズハ達に伝えてください。で、時間があったら向こうでみんなで飯でも食べるか、とでも。後はイリアも……そうですね。ハイゼンベルグの爺も来るとでも言えば全員集まるでしょう」
「クズハ様もですか?」
「あいつ一人除け者は可愛そうでしょう?」
「かしこまりました」
カイトの命令にユーディトはほほえみと共に一つ頭を下げる。そうして手配に入った彼女を見送り、イリアが少しだけ驚いた様に問いかける。
「ハイゼンベルグ公にも声を掛けるの?」
「爺一人除け者ってのも可愛そうだろ? それに何より……一番うれしいのは誰よりあの爺だろうからな」
ハイゼンベルグ公ジェイクにとって、ヘルメス翁もそうだったがアウラの父もまた戦友だった。特に年齢としては二人の方が近くあり、私人としてならアウラの父の方がよく話した事だろう。その彼らが遺した旗が帰ったというのは、彼にとっても何よりも嬉しい事に違いなかった。
「というわけで……さて。こちらマクダウェル公カイト。ハイゼンベルグ公に至急で取次を願いたい」
『かしこまりました』
カイトは公爵と大公達にのみ用意されている専用回線を使ってハイゼンベルグ公ジェイクへと連絡を取る。というわけで、専用回線での呼び出しとハイゼンベルグ公ジェイクもすぐに応じてくれた。
『なんじゃ、朝から』
「おろ……珍しいな。爺も朝から訓練か」
『これでも訓練を欠かした事は怪我や病気以外無いぞ』
諸肌を脱ぎ竹刀を振るうハイゼンベルグ公ジェイクであるが、やはりかつてソラに自分より強いと言わしめただけの事はあった。見える筋肉はハリがあり、まだまだ現役で通せそうだった。まぁ、龍族なのでその気になれば若返れるので、老年の姿で戦う必要もあまり無いのだが。
「そうか……とはいえ、その様子なら話は何も通ってなさそうだな」
『なんじゃ。その様子じゃと特に問題が起きたようにも見えぬが』
「いや、ちょっとアウラにサプライズをしたくてな……一枚噛むか、って相談だ」
『ふむ? あの子の誕生日にはまだまだ遠いと思うが』
カイトの言葉の意図が掴めず、ハイゼンベルグ公ジェイクは竹刀を振る手を止めて小首を傾げる。これにカイトは笑いながら、ここ数日の出来事を彼へと伝えた。それにハイゼンベルグ公ジェイクは大きく目を見開いた。
『なんと……旗が見付かったと』
「ああ……ならせめて家に持って帰ってやろうとな」
『そうじゃったか……それなら声の一つでも掛ければ良いものを』
「申し訳ありません、ハイゼンベルグ公。ですがこれはあくまでも私がアウラに友人として、してあげたいと思った事でしたので……」
『それで言えば儂はあれの両親にもヘルメス殿にもアウラを、そしてカイトを任されておる身じゃよ』
そちらと同等程度には、それをしてやりたいと思っている。ハイゼンベルグ公ジェイクはイリアに対して言外にそう告げる。とはいえ今回はあくまでもイリアの顔を立てる事にして、ハイゼンベルグ公ジェイクは予定を変更してでも皇都に向かうと明言する。そうして旗の件についても対応を終えたカイトは改めて訓練に戻り、イリアはイリアで政務に励む事になるのだった。
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