第2757話 煌めく街編 ――地下にて――
かつて世話になった老紳士クラルテの墓参りと彼の遺言を果たすべく彼の故郷を目指す事になったカイト。そんな彼は中継地点であるリデル領の歓楽街『フンケルン』にてイリアと合流したのであるが、そこで裏ギルドの暗躍を知る。そんな中でカイトは裏ギルドの作戦を掴むと、彼はイリアの要請を受けて大捕物に参加する事になっていた。
というわけで、裏ギルドが作成したトンネルの出口となっていた待機室にて待ち構えた彼は出口付近では勝ち目は万が一にも無いと判断した裏ギルド本隊を追い掛けていた。
「ふむ……案外しっかりとしたトンネルを作ってるな……まぁ、追撃はある程度は考えんで良いが移送を考えるならしっかりとした道を使わないと駄目なのかね」
きちんと押し固められ少しなら振動にも耐えそうな土壁を見て、カイトは少しだけ感心する。が、だからこそ彼は笑っていた。
「よしよし……これならこれが使えるな」
今回の問題点は裏ギルドの構成員が多い事だ。別に負ける可能性は万が一にも無いに等しいが、全部を捕縛しようとすると手間が生ずる。それを考えた時、一工夫しなければならなかった。というわけで、カイトは密閉された容器をいくつかお手玉の様に弄ぶ。
「ほいほいほいっと……そろそろかな」
空気の流れが少しだけ変わった。カイトはどこか大きな流れが生じている事を肌で感じ、この先に裏ギルドが大挙して待ち受けている事を理解する。
「「「おぉおおおお!」」」
「おーおー。気合入ってるなー……政治家か扇動者の方が似合ってそうだな」
どうやらこの裏ギルドのトップ層は悪くない腕らしい。気勢を上げて待ち構える裏ギルドの構成員達にカイトはため息を吐きながらも、逆にここまで気合が入っているなら効果も十分得られるだろうと判断。密閉された容器からピンを抜くと、それを巨大な空間に向けて投げ込んだ。
「なにか来たぞ!」
「全員、身構えろ!」
「ぶっつぶせぇ!」
放たれた容器に向けて、斬撃や矢が放たれる。どうやら流石に魔術で吹き飛ばすような愚行をする者はいなかったようだ。そしてカイトの投げた容器は別に強固なものではない。いとも簡単に弾け飛ぶと、中身が上空で飛散する。
「何だ?」
「あ……良い匂いが……」
「っ!?」
良い匂いに一瞬だけ光悦の表情を浮かべると同時に、カイトが指をスナップさせて風を巻き起こして中に入っていた粉末を飛散させる。そうしてまるで花畑を思わせる良い匂いが巨大な空洞を満たしていくと共に、バタバタと裏ギルドの構成員達が倒れていく。
「何だ!?」
「お前ら、どうした……んだ……ふぁ……」
「おい、どうした!?」
粉末が舞い散って倒れ込む仲間達に、無事な裏ギルドの構成員達が困惑と怒りを露わにする。そうして半分より遥かに多くの構成員が倒れ伏した所に、カイトが悠然と入っていく。
「ふーん……存外生き残ったのが多いな。二桁は切るかと思ったのに。まぁ、ある程度耐性がある種族も居るって聞いちゃいたから不思議もないが……」
「てめぇ……何しやがった!」
「無明華の粉末だ……明日の朝まではぐっすりだぜ?
くるくるくる、と無明華とやらの花の花粉が入った密閉容器をカイトが楽しげに弄ぶ。そうして、彼はそれを天井に向けて投げつけて叩き割った。そしてそれと同時に、彼は手近な一人に向けて間合いを詰める。
「っ!?」
「はっ!」
どごんっ。大音と共にみぞおちを打ち据えられ、裏ギルドの構成員の一人が勢い良く壁に叩きつけられる。これ以上濃度を高めた所で通用しないだろう。なので単なる囮でしかなかった。
「恨むなら、自分の体質を恨んでおけ……花畑の匂いで寝られなかったんだからな」
「っ! 構わねぇ! 人数はまだこっちが上だ! やっちまえ!」
「「「おぉおおおお!」」」
確かに八割ほどの人員は花粉にやられて倒れ込んだが、それでもまだ十数人残っている。そしてあちらとて腕に覚えのある裏ギルドの構成員だ。生半可な相手では退くつもりはなかったらしい。気勢を上げてカイトへと突っ込んでくる。
「ほいっと」
最初の一人が突っ込んでくると同時に、カイトはその場からバックステップで飛び跳ねる。そして自分の居た場所に最初の一人が立った瞬間、足元から巨大な氷が現れて構成員を氷漬けにしてしまった。
「何!?」
「っ!」
「ちぃ!」
ある者は流石に対応しきれなかったのかなんとか急停止して立ち止まり、またある者は氷塊を飛び越えてカイトを追撃する。そしてまたある者は氷塊を迂回して、三方向からカイトを追い詰める。が、そうして氷塊を抜けた先には、カイトの姿はなかった。
「「「!?」」」
いったいどうやって。そしていつの間に。裏ギルドの構成員達が困惑を露わにする。が、そんな彼らは先に抜けたはずの氷塊の裏側で、仲間の悲鳴が上がるのを耳にする。
「ぎゃぁあああ!」
悲鳴と同時になにかが弾けるような音が鳴り響き、どさりと誰かが倒れ込む小さな音が響く。
「裏!?」
「何しやがった!?」
どうやって自分達を抜けて背後に回り込んだかは定かではないが、少なくとも移動している事は事実だろう。裏ギルドの構成員達は先と同じ事をしても同じ結果に成りかねない、と全員が揃って天井へと飛び上がる。そうして張り付く様にして天井に立った所で見えたのは、眠りに就く仲間達と雷撃によって倒れた仲間の姿だけであった。
「どこだ!?」
「姿を見せやがれ!」
正しく影も形も無いカイトに一方的に蹂躙され、裏ギルドの構成員達が声を荒げる。これに、カイトは裏ギルドの構成員の一人の背後から声を掛けた。
「呼んだかい?」
「っ! はぁ!」
「はい、ご苦労さん。そしておやすみ」
カイトは振り抜かれた両手剣を掴んで、それを媒体として雷を直接裏ギルドの構成員の身体に流し込む。そうして姿を露わにしたカイトに、弓を持った裏ギルドの構成員が矢をつがえる。
「そこか!」
「遅い」
矢が放たれるよりも前に、カイトは懐から魔銃を抜き放って引き金を引く。そうして放たれる魔弾に手を撃たれ、裏ギルドの構成員はわずかに手元を狂わせる。
「っ、魔銃!? がっ! ぐっ!」
「二つ持ちです」
やはり魔銃とはかなりの高級品だ。なので持っている事に驚きを浮かべた裏ギルドの構成員に対して、カイトはもう一つ魔銃を取り出して容赦なく魔弾を叩き込んで昏倒させる。そうしてまた一人落下していくのを横目に、別の裏ギルドの構成員がカイトへと天井を床に見立てて肉迫した。
「おぉおおお!」
「ほぉ……見事なものだ」
天地逆さまな状態で自身に切り込んでくる裏ギルドの構成員に、カイトはわずかに感心を浮かべる。どうやら今までの者たちとは違い、この構成員は普通の冒険者としてもランクBの壁超えを果たしていそうな実力者だった。
まぁ、そう言うカイト自身は虚空に足を乗せて浮かんでいるので、その時点で彼の方が上の実力者だと明白ではあった。とはいえ、少しは実力者である事には変わりがない。なので彼は右手に持った魔銃を片手剣に切り替え、魔銃と片手剣の歪な二刀流を披露する。
「っ!」
自身の剣戟を片手剣で防がれ、そして次の瞬間に見えた魔銃の銃口に一瞬だけ裏ギルドの構成員が驚きを浮かべる。が、彼は即座に自分にはこの程度の魔銃の魔弾は通用しないと判断。わずかに気合を入れて障壁を分厚く展開し、放たれる魔弾をすべてかき消していく。これにカイトは一つ笑った。
「おっと……こいつは通用しないか」
「はぁああ!」
余裕ぶっこきやがって。一人で十何人も相手にしているにも関わらず余裕が崩れないカイトに、裏ギルドの構成員は苛立ち混じりに次の一撃を放つ。これをカイトはわずかに海老反りになる様にして回避すると、そのままの勢いでサマーソルトキックを放って裏ギルドの構成員の頭を強打する。
「ぐっ! ぐっ……おぉおおお!」
「ほぉ? 一撃で昏倒しなかったか」
殺さない様に手加減してやった事は事実だが、カイトとしても今の直撃を受けても昏倒しなかった事は驚きだったらしい。わずかに甘く見たかと反省する。が、そういうわけではなかったようだ。裏ギルドの構成員が雄叫びを上げた直後。彼はしっかりと踏みしめていた天井から力なく落下していった。
「……ああ、最後っ屁だったわけね」
どうやら気合を入れて意識を手放すまいとしたようだったが、最終的には肉体側が耐えきれなかったようだ。最後の雄叫びの直後に意識を失ったのだろう。
「さて……次はどいつだ?」
「「「……」」」
あまりに圧倒的。そんな様子のカイトに、裏ギルドの構成員達は攻め込むのに二の足を踏む。無理もないだろう。なにせここまでカイトはあまりに圧倒的すぎた。人数差なぞあって無いかの如くであった。そしてこのカイトの問いかけに対して、反応は二つしかなかった。
「「「おぉおおおお!」」」
「「「う、うわぁああああ!」」」
やるだけやってやる。そんな気勢を上げる者たちと、カイトにはどうやっても勝てないと判断して裸足で逃げ出す者たちだ。というわけでカイトはそれから数分で残った者たちをすべて昏倒させ、更に数分。正味10分程度で裏ギルドの構成員達をすべて捕縛する事に成功するのだった。
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