第2754話 煌めく街編 ――日曜日――
かつて世話になった老紳士クラルテの墓参りを行うべく彼の故郷を目指す事になったカイト。そんな彼はその中継地点としてリデル領『フンケルン』という歓楽街にやって来ていたわけであるが、そこで彼はイリアより『フンケルン』の裏で裏ギルドが暗躍している事を知って自身もまた暗躍を開始。
ひとまず裏ギルドの狙いが『フンケルン』名物であるオークションの出品物である事を掴んで、一旦は軍との連携を図るべく待機となっていた。というわけで、待機の間に彼もまたオークションで色々と見て回っていた。
「『地母儀典』か……」
「どれぐらいになりそうだ? ライサさんは落札価格は有名な魔導書だから大ミスリル20枚ぐらいになりそう、って言ってたけど……」
「それはならんな。あれは魔術師達には悪評が鳴り響き過ぎてる。本職の魔術師が手を出さんから、冒険者が手を出してきた時点で貴族もあまり手は出さんだろう」
少しだけ不安げなソラに、カイトは笑いながら首を振る。
「そうだな……13枚……いや、15枚が妥当な所か。後は出の順番も良い」
「どういうことだ?」
「……今日の夜のオークションで出品される魔導書は三冊。それは良いか?」
「ああ……『地母儀典』『紅空類本』『絶海円本』……この三冊だな」
「そう……ぶっちゃけるとこの三冊ともかなり有名な魔導書で、魔術師なら欲しがっても無理はないだろう魔導書だ。というか、よくこれが並んだな……」
今更だがこの魔導書三冊が一緒に出品されるのはかなりすごい事態かもしれない。カイトは今日の夜に開かれるオークションの目玉の凄さを改めて思い出す。なお、後にイリア曰く今回の目玉としてかなり肝入でリデル家が持ってきたとの事だった。が、これは魔術師と絡む彼だからわかる事で、ソラは逆に驚いていた。
「そ、そうなのか?」
「ああ……いや、それは良いか。で、その中でも最も有名かつ今回最大の目玉は『絶海円本』。著者不明。いつ記されたかも不明……但し一説には『神の書』ではないかと言われる魔導書だ」
「それは聞いた……ただ『神』が呼ばれた等の事はないから眉唾ではある、って話も」
「そうだな……が、これは間違いなくお前では扱いきれん。手を出すのは分相応を弁えるべきだろう。後流石に予算オーバー」
ソラの言葉に言葉を続けたカイトであるが、流石にこれに関しては経費で出して良いと言っても限度があるので却下としていたようだ。そしてソラもそれは弁えており、初めから頭には入れていなかった。とはいえ、気にはなったらしい。一つ興味本位で問いかける。
「なぁ、お前から見たこの『絶海円本』の予想される落札価格っていくら?」
「ん? 大ミスリル200枚。ただ今回は大々的に告知しただろうから、来てる面子次第じゃ300枚超えも普通にあり得るな。オレだったら250までだが、ティナならそこ超えても競り合うかもな」
「ふぁ!?」
通常の魔導書の相場の10倍。そんな予想価格――しかも最低で――に、ソラが素っ頓狂な声を上げた。
「そんなもんだ……これがもし本当に『神の書』だったら更に200枚上乗せでもありえるだろう。確定情報じゃないから300だな」
「……」
やべぇ。桁がおかしい。ソラはカイトの語る相場を聞いてただただ頬を引きつらせる。と、これにカイトは笑う。
「ま、それだから魔術師達は基本はそっち狙い。『地母儀典』は第三候補だろう」
「それで『地母儀典』が一番最初なのか?」
「いや、それは色々と絡んだ結果だな……本当なら『地母儀典』を一番最後にしてなるべく高値での競り合いにしたいんだろうが、目玉は一番最後に持ってきたいものだ。この3つの並びを考えた時、『地母儀典』『紅空類本』『絶海円本』の順が一番白熱する。順々に落札価格は上がっていくだろうからな」
「なるほど……」
ある意味ではオークションを見世物としてしまいたいのだろう。リデル家の考えをソラはそう理解する。無論その分どうしても前二つの価格が低くなりかねないが、その分後が無くなって『絶海円本』は誰もが出せる限界まで出そうとするだろう。見世物として考えれば、相当白熱した展開が予想された。
「そういうわけだから今回はお前にとって時の利があると言って良いだろう。まず魔術師達は狙ってこない。落とせたら落としたい、ぐらいは思ってるだろうが……さっさと退くだろう」
「そっか……おし。じゃあ、ちょっと気合入れるか」
「そうしろ……が、誰かバカが居たら退けよ。経費で出してやる、って言っても限度はあるからな」
「おう」
この点、気が楽で良いといえば楽で良かった。というわけで、ソラは改めて気合を入れてオークションに臨む事にするのだった。
さてそれから半日。日も沈み街灯が街を彩った頃だ。『フンケルン』の一週間のオークションで最大の競売が開始される事になるのであるが、やはり今回の競りの目玉は三冊の有名な魔導書だからだろう。参加者には魔術関係者がかなり多かった。そんな光景をカイトは馬車に乗りながら見ていた。
「さて……イリア。一応言うが、なるべく高値で買わせようって『地母儀典』に手を出すのはやめてくれよ」
「やらないわ、流石に……ソラくんをいじめちゃ可愛そうだもの」
「オレならやったんかい」
「貴方はお金を持っているもの」
カイトのツッコミにイリアが笑う。今日も今日とてカイトはイリアのお目付け役としての参加だ。が、今日はそれも理由があっての事だった。
「で……改めて確認だが。明日からのオークションの品が各オークション会場の宝物庫に運び込まれるのは19時以降で良いんだな?」
「ええ……この『フンケルン』最大のオークション会場以外のオークションは今日は競売が行われない。各種の保守点検作業があるから……で、その保守点検作業が終わるのが19時。それと同時に運び込まれて封印。そんな所ね」
「それと共にこのオークション会場にすべてを集約する事でお祭り感を出して、って話か」
「そうね」
そうなるにはそうなるなりの理由がある。カイトの言葉にイリアは頷いた。そうして、彼女が続けた。
「その作業終了は21時……襲撃を仕掛けてくるのはそのタイミングでしょう。各地のお偉い方とその護衛やらはオークションに参加なりカジノで豪遊なりしているから、一番出払っているタイミングね」
「歓楽街故にか」
今回はカイトもソラ達もオークション目当てなので立ち寄っていないが、歓楽街なのでカジノは勿論、各種の遊技場。果ては風俗街等もある。なので『フンケルン』は夜こそが本番という風潮があったのだ。
「そうね……貴方には思う存分働いて貰いたいもの。ソラくんにちょっかいなんて無粋な真似はしないわ」
「なら結構……じゃあ、後はこっちに任せてお前は万が一の場合は婦人の姿で観客をなだめる方に専念してくれ」
カイト自身は当然だが裏ギルドの捕縛に注力するつもりだ。今日のオークションに執事の姿で参加するのも、そこらを鑑みての事だ。そして大々的に動く以上、客の動揺も考えられる。
しかしもしそこにイリアが居れば、客は誰もがリデル家が事前に掴み対応しているのだと不安をなくすだろう。そこらを考えての事だった。
「ええ……じゃあ、後は任せるわ」
「あいよ……練りに練った作戦だろうが、ちょっと痛い目を見て貰いましょうかね」
「その意気でオークションでヘマをやらかさないでね」
「失礼致しました、お嬢様。お嬢様こそ、御婦人の姿になられ今のご様子を見せぬよう」
「心得ましょう」
イリアの茶化す言葉にカイトは笑い、一転して執事として振る舞う。これにイリアも興が乗ったのかお嬢様としての振る舞いを見せた。そうして二人が偽りの自分達の姿を演じたと同時に、馬車が停止する。
「……お嬢様」
「ご苦労……では、参りましょうか」
「かしこまりました」
イリアの言葉にカイトは二日前と同様に執事として優雅に振る舞う。そうして、お互いの本来の立場も姿も偽った二人は表向きはオークションに参加するべく会場入りすることになるのだった。
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