第2752話 煌めく街編 ――小休止――
かつて世話になった老紳士クラルテの墓参りを行うべくリデル領を訪れていたカイト。そんな彼は中継地点であるリデル領の歓楽街『フンケルン』にてイリアと合流したわけであるが、そこで彼は『フンケルン』の裏で暗躍する裏ギルドの影を知らされる事になっていた。
というわけで、オークション目当てで『フンケルン』にやって来ていたソラ達に被害が及ばぬ様に裏ギルドを自分で片付ける事を決めて、彼らの預かり知らぬ所で暗躍を重ねていた。
そうしてなんとか裏ギルドの行動開始前日にしっぽを掴む事に成功すると軍を動かしながら、自身はそれまでの間時間を潰す事を兼ねてオークションに参加していた。
「さぁ、次の商品はこちら。これはマルス帝国時代後期に作られたという……」
「ふむ……」
「興味はあまり無い、って顔ね」
オークションの進行役が語る内容にさほどの興味を見せないカイトに、イリアが少しだけ肩を竦める。確かに先にはソラにオークションに参加しようと思っている、とは口にしたが確定というわけではない。
あれには多分にソラを安心させる要素が含んでいた。特に今日のオークションの中で最大の物は同伴者が必要なもので、彼が出る場合はイリアに頼まねばならないようなものだった。が、ここに居るという事はイリアに頼んででも欲しい物が見付かった、という事であった。
「カタログ見てなにか興味を持ったみたいなんだけど、何に興味を持ったわけ? わざわざ私を同行させるぐらいなんだから、結構良い買い物してくれるのでしょうね?」
「さぁなぁ……割と良い値段になるかもしれないし、安価になっちまうかもしれん。オレもちょっと予想落札価格が見えん」
私を動かす以上はそれなりの物は買えよ。そんな様子を見せるイリアに、カイトは肩を竦める。とはいえ、これでイリアにはカイトの狙いが少しだけ見えたようだ。
「なるほど。それなりには、掘り出し物を見付けたわけね」
「掘り出し物になる可能性を秘めている、っていう所か。ぶっちゃけると赤になる結構な可能性もあるから、オレも事情がなければ手を出さん」
「ギャンブルってこと?」
「ギャンブルだな……但し、当たれば大儲け。オレが二刀流になれる可能性がある」
「……どゆこと?」
元々カイトは二刀流の剣士だ。今は神陰流の訓練も兼ねて一刀流がメインになっているが、二刀流も普通に出来る。実際、彼独自で編み出された<<神依の太刀>>は二刀流で放たれている。無論、携えるのも村正流の最高傑作と申し分ない刀だ。なのでイリアには言っている意味が理解出来なかった。
「実は今しがた刀を一振り修繕中でね。修繕に携わっているとある人物が中々オッケーを出さないんで難航してたんだが……上手く行けば難航していた作業が一気に進行する」
「なんかよくわからないけど……刀の修繕なんて貴方がある事?」
「刀は比喩表現だ……ま、それは何を狙うか見てからのお楽しみ、って事で一つ」
「ふーん」
どっちにしろ買ってくれるのなら文句はない。イリアはカイトの様子にそう思いながら、とりあえずは彼が何を狙うか待つ事にする。そうして、暫く。幾らかの商品が出品されて、後少しで本日の目玉商品の番となるという所だ。ようやくカイトが狙う商品が出品される事になった。
『さて……次の商品はこちら。皇国南西の果て。ザーパト領『スール』で見付かった遺跡の奥底で見付かった魔道具です』
「良し……」
「え? これ?」
遺跡で見付かったという魔道具に前のめりな様子を見せるカイトに、イリアが思わず目を丸くする。カイトのことなのでもっと奇妙な物かもっと有用な物かと思われたのだが魔道具だ。
しかも武器等ではなく、使い道もほぼほぼわからない小さめの円筒状の物体だった。故にオークショニアも珍品として競売に掛けており、予想されている落札価格は今回の中ではかなり低めだった。
「ああ……あー……まぁ、流石にお前の手前これ以外も買うから。これは買わせてくれ」
「……まぁ、お金払ってくれるなら何も言わないわよ」
「あいよ」
流石に買うとしてもこんな安物を買われては堪ったものではない。そんな不満げな様子を見せるイリアに、カイトは少し笑いながら承諾を示す。というわけで、それから暫くの後。カイトは予想された落札価格とほぼ同額で奇妙なカプセル型の魔道具を入手するのだった。
さてカイトがイリア同伴のオークションに参加して一時間と少し。土日に開かれるオークションは通例長丁場な予定が組まれているらしく、途中休憩が設けられるのが恒だった。というわけで、休憩を兼ねて軽食を食べる参加者に混じってカイトとイリアも軽食を食べていたのであるが、そこでイリアはカイトに疑問を呈した。
「で……さっきの小型のカプセル型の魔道具。あれはなんだったの?」
「ああ、あれか……あれはマルス帝国時代に重要な情報を入れておく金庫のようなものだったらしい」
「え゛!?」
まさかそんなものが出品されていたなんて。イリアはカイトから教えられた情報に思わず目を見開く。もしそれが本当なのであれば、値段はあんなものでは留まらなかっただろうに。
イリアはそんな様子だった。まぁ、それ以前にあれが重要な情報が収められた金庫だとわかっていれば出品する前にリデル家が回収させているだろう。というわけで、そんな彼女にカイトは首を振る。
「まぁ、正確には金庫じゃなくて情報を退避させるための避難用カプセルだそうだが……どっちにしろ重要な情報が収められていた可能性はある……遺跡で見付かった、という事だが後はどこで見付かったか、という所ではあるがな」
「……ギャンブルって事は何も無い可能性もあるってこと?」
「ああ……しかもマルス帝国時代の研究所の遺跡だ。ルナリア文明時代の遺跡とは違ってあんまり有益でない事の方が多いが……ま、良い情報が入っていれば儲けものだな」
「なんで貴方そんな事を知っていたの?」
どうだろうなぁ。そんな様子を見せるカイトに、イリアが驚いた様子で問いかける。これにカイトは笑った。
「ホタルが教えてくれたんだよ。あのカプセルはかなり重要性の高い施設にしか設けられていないもので、万が一の際にはあれを外に射出して情報だけでも確保するらしい。円筒状なのはあれをあのまま直接射出するから、空気抵抗を減らすためだな。相当遠方まで飛ばす事もあるらしい」
「あ……でもそれならそれが遺跡の中で見付かったということは……」
「そ。使われないまま終わってた可能性もある、ってこと」
それはギャンブルだ。イリアはカイトの言葉にそう思う。実際、もし情報が入っていればマルス帝国時代の重要情報が入手出来るが、何も入っていなければ単なる無駄金だった。
「よくそんなの買う気になれたわね」
「微妙な所ではあったが……保存状態がかなり良い。中の情報も大丈夫そうだろう」
「もしあれば、ね」
「もしあればな」
楽しげに笑うイリアの言葉にカイトも笑う。結局はそこでしかない。重要な情報が入っている可能性があろうと、確かめるまではわからないのだ。無駄金になる可能性はどこまで言ってもゼロではなかった。とはいえ、イリアには少し疑問が無いではなかった。
「でも今までなんで誰も知らなかったわけ? それが重要な物なのだったら、誰かしらは知ってても不思議はないでしょう」
「まぁ、一つには正規の方法では誰も開けられないからだろう」
「あー……確かに重要な情報が入っているのなら開封はかなり高位の顕現が必要そうね。他にも力技でやると中の情報が破壊される可能性もある……」
「そ……ホタル曰く正規以外の方法で開かれた場合は問答無用に中の情報が廃棄される仕組みになっているそうだ」
「さすがね」
伊達にエネシア大陸の大半を手中に収めた大国ではないというわけか。イリアはおそらく自分が聞く以外にも様々な仕掛けが施されていただろうカプセルを思い出し、そう思う。と、そんな彼女がふと気がついた。
「あれ? でもそれなら開けられない事ない? まさか……ユスティーナ様?」
「あー……確かにティナでも開けられそうだな」
エンテシア家の本家筋に属するティナはマルス帝国の帝室に連なってはいるらしい。もし血統に反応して解除が可能であるのなら、ティナなら開封できそうではあった。
勿論、そうでなくても彼女ならある程度時間を掛ければこの程度とばかりに開いてしまえもするだろう。が、カイトが考えていたのは別の方法だった。
「でも違う……実はホタルには最高位の権限が付与されているからな。あいつも見付けたなら持ってきてくれれば開けられます、と言っていたんだ。で、せっかくだから持っていって開けてもらおうかな、と」
「出来るの?」
「元々はマルス帝国の帝王の直接的な護衛とその指示を受けて各種の作戦に従事する事を目的として開発されていたんだ。最終的に完成した姉妹機二機をイクスフォス陛下に盗まれているが、それ故にあいつに権限が保持されたままになっていたそうだ」
「へー……」
一応イリアもホタルが精巧に作られたゴーレムである事。そして彼女が元々帝王専用機であった事は聞いていたが、その権限の事までは知らなかったようだ。カイトの言葉に感心した様に頷いた。
「まー、中身次第じゃかなりの利益になるかもって所だ……後は開けてみてからのお楽しみ、という所かな」
「使えそうなの?」
「ウチならなんとか、だろう。伊達に世界最高の技術力を持っている、ってわけじゃない。どっちにしても中身が無いなら意味がないけどな」
「それもそうね」
最終的にはそこに行き着くのか。肩を竦めるカイトにイリアもまた肩を竦める。というわけで彼女はカイトの奇妙な買い物にひとまずの納得を示して、カイトに本題を問いかける。
「で……他には何を買ってくださって?」
「はいはい……まぁ、後は適当に美術品でも買いますよ。武器とかでなにかあれば良いんだが」
ここから先が本番みたいな所もあるし、何かしらはあると思うが。カイトはイリアの言葉に肩を落とす。そうして、軽く休憩を挟んだ二人は他の参加者達同様にオークション再開前には戻って席に着くのだった。
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