第2746話 煌めく街編 ――オークション――
かつて世話になった老紳士クラルテの墓参りを行うべくリデル領を訪れていたカイト。そんな彼はイリアよりリデル領の歓楽街『フンケルン』にて裏ギルドの暗躍を知ると、同じく『フンケルン』のオークションに参加するべくやって来たソラ達に被害が及ばぬ様に裏で片付ける事を決めて動いていた。
というわけで、審査に通った者しか入れないオークションにイリアのお目付け役という体で潜り込んだ彼であるが、そんな二人は一旦偽装を兼ねてオークションに参加していた。
「大ミスリル5枚! さぁ、他にいらっしゃいませんか!」
やはり入るにさえ審査が必要なオークションだ。飛び交う金額は日本円にして数百万はざらにあった。それでなくても最低で数十万単位が基本で、競売は非常に盛況な様子だった。
「大5枚……まだ上がりそうね」
「相場は15枚だろ。オークションなら20までは許容かな。まだまだ一気につり上がっていくだろうな」
やはりこの二人は立場もあり、様々な見識を深めている。なのでカイトもイリアもかなり著名な作者からマイナーな作者まで幅広く知っており、今回の競売に掛けられている品はかなり有名な作者の絵である事もあってもっとつり上がっても不思議はないと思ったようだ。
「大ミスリル10枚!」
案の定と言えば案の定、飛ぶように高値が付いていく。そんな光景を見ながら、カイトはイリアへと問いかける。
「そういえばイリア。お前はなにか欲しい物はあるのか?」
「この真中の旗ぐらいかしら」
「旗ぁ?」
イリアの返答にカイトは顔を顰める。旗を集める趣味はイリアにはなかったはずで、なぜそんな珍妙な物をと思うばかりだった。が、これにイリアは少しだけ苦笑した。
「旧皇国軍の軍旗よ……とある独立大隊のね」
「独立大隊? どこのだ?」
「……」
もしかしてイリアに関係のある軍の旗なのだろうか。そんな様子で伺うカイトの問いかけに、イリアは小さく添えられている注釈を指し示す。それにカイトは目を見開いた。
「っ……それは……残存してたのか? いや、確かに生存者は数人だ、とは聞いた事があったが……」
「そ……実は早めにこっちに来たのは裏ギルドの事もあったけど、あんた放置してここに出られたら確定でバレる可能性があったから、でもあったのよ」
驚きを隠せないでいたカイトであったが、そんな彼にイリアは少しだけ苦笑の色を深める。
「そうなると流石にあんた、金に糸目をつけないで買うでしょ。これ……それの予防」
「……流石に否定はできんなぁ」
「……私もご夫妻にはお世話になったから。家に戻してあげたいのよ」
「折半にしてくれ。流石に」
ここでイリアの心意気を邪魔するのもあまりよくはないだろう。カイトはそう判断して、後日半額請求する様にイリアへ申し出る。
「そうして頂戴な。貴方も私も彼らには浅はかならぬ縁がある。本来なら私の側で対応出来てれば良いのだけど……あまりよくない家に渡ってたみたいだからね。こういう形になったのは申し訳ないわ」
「それでも、そのおかげで自宅に戻せるんだ。皇国でも有数の家の財力に物を言わすようで嫌だが、こればかりは競り勝たせて貰おう」
少しだけ申し訳無さを滲ませるイリアに、カイトは一つ首を振って気合を入れる。そうして、二人はオークションの推移を見ながら自分達の目的まで時間を待つのだった。
さてカイト達が求めるとある独立大隊の軍旗であるが、その競りが行われるのは丁度オークションの中盤。とある理由から今回の目玉の一つでもあった。
「さぁ、次の品はこちら……かの大賢人ヘルメスとそのご子息が率いられた独立大隊である第一特別独立大隊の軍旗。かつて戦争の最中に起きた独立大隊と堕龍による皇都近郊での決戦……それを知らぬ方はこの場にはいらっしゃらないでしょう。堕龍は撤退したものの、生存者はたった七人。その七人の内の一人が持ち帰られた旗となります」
オークションに参加はしないものの観覧している観客の間でどよめきが生まれる。この大隊の事はカイトと共に必ず語られるからだ。
「そう……勇者カイトの旅のすべてのきっかけとなる事件。あれが起きなければ大賢人ヘルメスが旅に同行する事もなく、勇者カイトが出兵するのは数年伸びただろうとさえ言われるすべての原因。その大隊の旗となります」
「……」
やはり当事者だからだろう。その旗を見るカイトの目はどこか悲しげだった。言うまでもなく、この旗はかつてアウラの両親が率いた大隊の旗だ。それは彼も本気で買い取ろうとするはずだった。
「では大ミスリル30枚からスタート、っ!?」
競りの開始と共に入札された金額に、進行役が目を見開く。そんな滅多に無い事態に周囲が僅かな困惑を生じさせる。
「し、失礼致しました……大ミスリル50枚!」
「「「なっ……」」」
いきなり開始価格の倍近く。マナー違反とも言えるほどの釣り上げに周囲が言葉を失うのも無理はない。が、今回の落札予想価格は大ミスリル80枚。地球円にして八千万円だ。
どうしても来歴から状態が良くないので美術品としての価値は無い――そもそも軍旗に美術品の価値を求めるのが間違いだろうが――が、歴史的な価値から考えてそれぐらいは普通にするだろうと言われていた。
「55枚! 60枚! 63枚! 65枚!」
やはり歴史的な価値を鑑みて、この軍旗が目的だと言う者は少なくなかったようだ。一瞬の動揺はあったものの、それで周囲も参加者の本気度を察したのかかなり白熱した様子だった。
「80枚! 他にありませんか!?」
落札予想価格を突破。そこで進行役は参加者へと問いかける。が、それと同時にイリアが即座に入札する。
「85枚!」
「「「っ!?」」」
落札予想価格を突破してなお更に釣り上げるイリアに、周囲が僅かな動揺を生じさせる。が、やはり今回は目玉商品の一つ。まだこの程度なら動じない参加者も少なくなかった。
「88枚! 90枚!」
「ふーん……まだやるのね」
「……あまり楽しまれませんよう」
「競り、久しぶりだから。少し楽しませて貰いたいわね」
一応リデル領ではイリアは主催者側になってしまうので参加する事はないのだが、他領地でのオークションには参加する事があったらしい。とはいえ、競りが目的ではないので一応カイトはお目付け役という立場で制したようだ。
「93枚! 95枚! 96枚!」
さすがは勇者カイトに縁ある品という事なのだろう。落札予想価格をかなり超過しても驚きはなかったらしい。そして、遂に。
「100枚! 他にいらっしゃいませんか!」
「「「おぉー……」」」
大ミスリル銀貨100枚。日本円にして一億円。その大台の突破に観客達が驚きと困惑を浮かべる。そしてどうやら、ここが限界ラインだったらしい。一気に入札者の手が引いていく。が、イリアは引くつもりはなかった。
「105枚!?」
流石に進行役もここに来ての値段の釣り上げには驚きを隠せなかったようだ。職務規定に反していたが、思わずイリアを見てしまっていた。
「お嬢様……上げすぎです」
「本気だからよ……流石にね」
「それでしたら構いませんが」
結果的に注目を集めてしまった様子なので、カイトは一応お目付け役として制止する姿勢を見せたようだ。が、これにイリアは気にする事なく余裕を滲ませる。そしてこれが決定打となったようだ。
「105枚……他にいらっしゃいませんか? 他には?」
105枚。これ以上やってもイリアが釣り上げてくるだけだろう。周囲全員がそれを悟った事で幸か不幸かここが決着点となったようだ。これ以上誰も入札者が現れる事なく、木槌の音が鳴り響くのだった。
さて落札が完了して少し。実はイリアが注目を集めたのは意味があったらしい。次の競売が始まるまでの間に、彼女はカイトへと告げる。
「カイト。札を持って受付へ行って頂戴な」
「構いませんが……受け取りまではまだしばらく掛かるかと思いますが」
「先に移送の手配と……手配はしておいたから」
「……かしこまりました」
とどのつまりそういう事なのだろう。カイトはイリアの言葉の意味を理解して、執事に扮して腰を折る。そうして彼はイリアに後を任せ、自身は先に購入した品の移送の手配を行う体で受付へ移動する。
「失礼。よろしいですか?」
「はい、なんでしょう」
「先に落札した品の移送に関する手配をしたく」
「これは……ありがとうございます」
カイトの差し出した身分証――リデル家が用意した物――と落札した証明書を提示された受付が、一つ頭を下げる。そうして十数分。移送に関する手配について書類に記載を頂きたい、という体でカイトは裏へ通される。
「お待ちしておりました。総支配人よりお話は伺っております。地下倉庫に関する警備状況等を確認させて頂きたいと」
「は……実はイリア様……失礼。先代のリデル公より数十年前に起きた裏ギルドの襲撃事件を思い出したので、問題はないと思うが確認だけはしておくようにと」
「ああ、例の……当時の事は資料で拝見しております。大変な騒ぎだったと」
どうやら今回の応対にあたり、案内役も一通りの事件は読み込んできたらしい。裏ギルドの襲撃事件は知っていたようだ。そしてそうであるなら、と頷いた。
「確かにあれから数十年の月日が流れている。奥様がご不安になられるのも無理ない事です。ですが、多のオークションならいざ知らず。『フンケルン』のオークションに関しては心配が不要である事は見て頂ければご納得いただけるでしょう」
「ありがとうございます。では、お願いしても?」
「はい……では、こちらへ」
カイトの問いかけに案内役ははっきりと頷いた。そうして、カイトは彼に案内されてオークションの更に奥。出品される貴重品が格納されている地下倉庫へと歩いていくのだった。
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