第2745話 煌めく街編 ――暗躍――
かつて世話になった老紳士クラルテの墓参りを行うべくリデル領北部にある歓楽街『フンケルン』へとやって来ていたカイト。そんな彼はイリアより『フンケルン』の裏で暗躍する裏ギルドの影を知る事になり、同じく『フンケルン』で行われるオークション目当てでやって来ていたソラ達に被害が及ばぬ様に裏で始末を付ける事を決めて動いていた。というわけで、情報収集をしながらも墓参りの花を貰いに行った彼は花と情報を手にホテルへと戻っていた。
「ただいま」
「おかえり……あんたほんっとにマメね」
「何だよ、帰るなりいきなり」
「いや、僻地で誰が世話してくれるわけでもないのに花を持っていくって」
ゴミが増えるみたいなものじゃない。何度も言われているが、クラルテの故郷は三百年前の戦争で荒廃し、封鎖地域に指定された。その後封鎖の理由そのものは無くなって封鎖の意味を無くしていたが、僻地過ぎて封鎖の解除も忘れられていたような場所だ。故に誰も常には立ち入らず、備えたところでゴミになるだけだった。
「わかってる……だからゴミが出ない様に生花だ。時限制の魔術も埋め込んでおけば、ある程度は保つだろう」
「ゴミになるのは承知、ってわけ」
「まな……が、こういうのは気持ちだ気持ち。お前も花買ったんだろ?」
「ぐっ!」
なぜそれを。カイトの唐突な指摘にイリアは飲んでいた紅茶をわずかに吹き出す。唐突すぎて咄嗟に反応できなかったらしい。というわけで、出来なかった以上は仕方がないと恥ずかしげに認め問いかける。
「……誰から聞いたのよ」
「店の店員……さっき行ったらついさっきも若い女性が来られたんですよー、って……お前以外に居ねぇだろうと思ってカマかけた」
かくいう自分自身も買っていたらしいイリアに、カイトが笑いながら指摘する。これに、イリアがため息を吐いた。
「ま、まぁ私は曲がりなりにも妻ですし? そこらは筋通すわよ」
「そうか……なら、オレも筋通すってだけだ……ああ、そりゃ良いんだ。とりあえず……そろそろリデル家で奏上して封鎖の解除とかやっといた方が良いんじゃないか?」
「どうしたのよ、いきなり……」
帰るなり封鎖の解除をした方が良いである。イリアは脈絡がない言葉に小首を傾げるしかなかった。というわけで、カイトは先程あった花屋での一幕を彼女へと語る。
「なるほど……たしかに今まで私も触りにくかったから触らなかったけど……エゴといえばエゴかしら」
「エゴだろうな」
どうしてもクラルテとはイリアにとって夫というよりも家の圧力で不本意に結婚させられた相手という感情が根底にはある。だから嫌いかと言うと決してそうではなかったし、クラルテもまた立場を弁えてイリアを妻と扱った事は一度もない。
が、それでも事実は付き纏うのだ。なので必要ならば触れるが、不要ならば触れたくなかったのである。というわけでそんな感情を滲ませながらもカイトのはっきりとした断言にイリアが苦笑する。
「はっきり言うわねぇ」
「事実ではあるからな……何より、死神の神使としちゃ現状はあんまり見過ごしにくいしな」
為政者の怠慢で墓参りを満足に行けない状況というのは死神の神使からすればあまり良い状況ではなかった。というわけで、カイトからの苦言にイリアも諦めた様に承諾を示した。
「そうね……わかった。今回の一件が片付いたら封鎖の解除の手配をする様にイリスに言いましょう」
「イリスなら父の故郷なので、という道義も通しやすいしな。逆に、そっちのが良いまである。お前だとなんで今更、と言われかねんからな」
「そうね……」
本来はイリアの時点で封鎖を解除して人の往来が出来る様にしなければいけなかったが、それを怠ったのはイリアの怠慢と言われても仕方がない。
が、周囲の者たちはイリアの事情を理解しているため、公人としては如何なものかと思いつつも事情が事情なので誰も封鎖の解除を言えなかった。解除してしまうとイリアが行かねばならなくなるからだ。誰も公爵の機嫌を損ねるような事はしたくないのであった。
「まぁ、良いわ。兎にも角にもそれは後。一旦は目先の事に視線を向けましょう。ユスティーナ様はなんて?」
「ああ……解析が終わったって事でメモ送ってきた。これだ」
「ふーん……ん? なんで二通?」
「色々とあってな」
イリアの問いかけに、カイトは受け取ったメモに関して彼女へとざっとしたあらましを告げる。というわけでそれを聞いた彼女は一つ頷いた。
「ふーん……ウチの地下倉庫に……面倒くさい事になりそうね」
「ああ、やっぱりあるのか?」
「あるわよ……あ、言っておくけどあんただから普通に話してるけど、一般的には公開されてないから」
「良いのかよ、それ」
今更だがカイトはマクダウェル公。他家のトップである。それに対して秘密をあっけらかんと暴露する姿勢にカイトは呆れ返るしかなかった。
「良いわよ、別に……あんたの情報網なら調べたらどうにかなるでしょうし」
「調べるつもりはねぇがね」
「意味も無いでしょうからね」
カイトとしてもリデル家と揉める事を覚悟してまでわざわざ倉庫に忍び込んで物を盗み出すつもりは一切無い。それなら正面から欲しいと言って交渉した方が遥かに良いからだ。
なので『フンケルン』の地下倉庫なぞ興味もなかった。そしてなのでイリアも欲しいなら正面から欲しいと言うだろうカイトの正確を考えて、正直に明かしたのである。
「で、何なんだ? その地下倉庫って」
「私がイリスに代替わりした頃だったかしら……その頃に代替わり直後の指揮系統の混乱を狙ってオークションに押し入り強盗が入った事があったのよ。被害こそなかったのだけどそれを受けて防備を強化しよう、って話しになってイリスの勉強を兼ねて私が陣頭指揮を……そういえば……」
「どうした?」
話しながらそういえば、となにかを思い出したらしいイリアの様子に、カイトが訝しんで問いかける。
「その時も裏ギルドの連中だったわね。流石にその時の一件に関係があるとは思いたくないけれど」
「……ふむ」
流石に昔も良い所なので無関係なのだろうが、それでも同じような事を企てている事はカイトも気になったようだ。というわけで、彼が問いかけた。
「今日か明日。どっちかで一度状況の確認しても大丈夫か?」
「わかった。私の方でなんとかしておきましょう。バレたくないから大っぴらにも動けないけれど……やらない事には始まらないものね」
流石に考えすぎだとは思うが、万が一という事もある。カイトの要請にイリアは一つ頷いた。そうして二人は一旦かつてあったというオークションへの襲撃事件について調べる事にして、この日は夕方まで時間が潰れる事になるのだった。
さて二人がかつてあったというオークションの襲撃事件の再調査に取り掛かっておよそ半日。午前中はカイトは万が一に備えた戦闘員の手配。イリアは地下倉庫への立ち入りに関する話をリデル家を介して『フンケルン』のオークション実行委員会に通したりとして過ごしていた。
が、午後からは合流して警察署に向かっていた。襲撃事件の警察の調書等を確認するためだ。というわけで、調書のコピーを受け取った二人――ユーディトは留守番――はその足――と言っても馬車だが――でオークションに向かっていた。
「そういえばソラくんは何を狙っているの?」
「ああ、あいつは土曜日と日曜日に開かれる大オークションに出品される魔導書」
「そういえば今回いくつか魔導書が出品されるとは聞いたわね……」
今これから向かうのは観光客が観光目的で入れるオークションではなく、きちんと参加を申請した者だけが立ち入れるオークションだ。なのでリデル家にも報告が入っていたのだ。
なお、本来はこれらもリデル公イリスが処理するはずなのだが、現在多忙なので一部イリアが業務を引き受けている。その引き受けた中にオークションの申請書も入っていたようだ。
「どれを狙ってるかまでは聞いてないが、まぁ、一冊ぐらいはなんとかなるだろう」
「まいどお買い上げありがとうございます」
「うるせぇよ」
一応、『フンケルン』で開かれるオークションは最終的にはリデル家が担保している形となる。なのでここでの競りの何割かはリデル家に税収として入るのであった。
というわけで和気藹々とした雰囲気で馬車に揺られる二人であるが、オークション会場が近付いた所でしっかりと令嬢とそのお目付け役の格好と姿勢を取る。
「ふぅ……お嬢様」
「ええ……ずいぶん様になってるわね、相変わらず」
「ありがとうございます」
イリアの称賛とも冗談とも取れる言葉に、カイトは従者としての笑みを浮かべて応ずる。そうして、二人を乗せた馬車がオークション会場前へと停車する。
「お待ちしておりました、ミンストレル様」
「ありがとう」
『おい、ちょい待て。なんでその名前使ってんだ』
『良いでしょ、別に……というかあんたみたいに何個も何個も偽名持ってないのよ』
『だからってオレの使うか、普通……』
『所詮偽名じゃない』
カイトの念話を通しての苦言にイリアが口を尖らせる。ミンストレルはカイトがウィルの側付きに扮した際に使っていた偽名で、その関係からイリアも知っていた。リデル公として口裏を合わせる事があったからだ。
それで今回偽名何にしよう、と考えた時にクラルテの家名は論外なのでふと思い出したカイトの偽名を使う事にしたのであった。と、そんな停滞にオークションの係員が問いかける。
「如何なさいました?」
「ああ、いえ。なんでもありません……受付は?」
「こちらです。ご案内致します」
さすがは国内でも有数のオークションという所なのだろう。参加者一人につき従業員一人が案内してくれるらしかった。まぁ、このオークションに参加するのは須らく高い金を動かせる者たちばかりだ。
無論、動く金も目玉が飛び出るほどに高額。この程度の優遇は普通にしてくれるのだろう。というわけで受付で入場申請を済ませる――今度はイリアのフリーパスを使用――と手配を待つ間に一瞬だけ周囲の状況を確認する。
「どう?」
「……何も」
「そう……流石にここの警備は厳重だものね」
このオークションに限った話しではないが、観光客向け以外のオークションは先の襲撃事件もあって警備はかなり厳重になっている。そこに裏ギルドが忍び込むのは難しいとイリアも思ったようだ。
というわけで、カイトの返答にどこか鼻高々になったイリアと共に二人は会場入り。椅子に腰掛けると、周囲に聞こえない様に備え付けの結界を展開する。
「こっちに座るのはなんか不思議な気分ね」
「何時もは主催者側だから?」
「そういうことね」
イリアはリデル公だったのだ。なので参加者に座る事はまずなく、どこか新鮮さを感じている様子だった。というわけで開幕までの間に暇つぶしも兼ねて今回のオークションの目録を確認する。
「……全部高い商品ばかりね」
「オークションで安物は出ないだろう」
「ま、そうなんだけどね」
そもそも高額商品の取引を行う場がオークションだ。なので彼らの金銭感覚からしてもそれなりには高額と言える商品が大半だった。と、そんな目録から顔を上げたイリアがふと目を見開く。
「あれ……? ソラくん?」
「ああ、そういえば今日の分でちょっと見たい物がある、とは言ってたからな。練習とかも兼ねて今日から日曜日まで全部出るつもりらしい」
「それで女の子二人連れてたわけ」
てっきり歓楽街なので観光かと思った。イリアはカイトから聞いたソラの情報になるほどと頷いた。というわけで、それからも二人は目録を見るふりをしながら参加者達の動きに不審な点は無いか確認していくのだった。
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