第2744話 煌めく街 ――オークション――
かつてマクダウェル公となる際に貴族の立ち振舞を学ばせてもらったクラルテという老紳士。様々な運命に翻弄され故郷にさえ埋葬されなかった彼の故郷へ墓参りをするべくリデル領を訪れていたカイト。
そんな彼は同じくクラルテの故郷に墓参りをする事になっていたイリアから、合流場所である『フンケルン』にて裏ギルドが暗躍している事を知る。というわけでそれにソラが巻き込まれないように先んじて対処する事にしたカイトはオークション会場とその周辺で二人の怪しい人物を掴むと怪しまれない程度に情報を確保して、ソラと共にホテルへと戻っていた。
「ただいまー……あ、イリアさん。戻られてたんですか?」
「ええ。別にカイトみたく現場で見なくても言えば冊子も貰えるもの」
どうやら由利とナナミはイリアに遠慮して部屋に戻っていたらしい。リビングではイリアがユーディトの給仕を受けながら優雅に紅茶を飲んでいるだけだった。というわけでソラも戻ろうかと思った様子なのであるが、そこでふと彼は立ち止まった。
「そういえば……イリアさんって先代のリデル公とは同じ一族なんですか?」
「え? ああ、まぁ、そうだけど……それがどうかした?」
「いえ……先代のリデル公と同じ名前って大丈夫なのかな、って」
「あー……まぁ、問題にはならないわ。そもそもリデル家の名前ってある程度の規則があるから、どこかしらで被りは出てしまうもの」
ソラの問いかけに対して、イリアは当たり障りのない程度で答えておく。なお、イリアと当代のリデル公イリスの名前が似ているのは親子だからというのもあるが、その名前の規則に従っていたかららしい。
「あ、そうなんですか……いや、前に遠目には拝見した事あったんっすけど、似てたんで……」
「そりゃ、同じ一族ですもの」
より言えば当人なんですけどね。平然とうそぶくイリアに、カイトは内心でそうツッコミを入れる。が、ここでイリアの事を話すとややっこしい事になりかねない。というわけで、彼は黙っておく事にした。
「そうなんですか……あ、そういえば確かお仕事って仰っしゃられてたと思うんですけど、そっちは大丈夫なんですか? 今日もオークション会場にいらしてたみたいですけど」
「ああ、それならオークション会場に居たのも仕事よ。端的に言えばオークショニアの抜き打ちテストと客層の調査という所かしら。客層を見極めておかないと次に繋げられないものね。ま、早い話『フンケルン』行くんだからついでに仕事もしてこい、っていう所かしらね」
「なるほど……」
商売をする上で大切なのはやはり客層がどこか、という所だろう。一応常に報告は上げられているが、それを無条件に信頼するのは話が別だ。その調査員の体、というわけなのだろう。というわけで納得を示したソラにイリアは続けた。
「ま、そういうわけだから色々とオークションには顔を出す予定になってるから、今日みたくどこかで会うかもしれないわね。と言っても、調査目的だから貴方の競りの邪魔をするつもりはないから安心して」
「ありがとうございます」
イリアの配慮にソラは一つ頭を下げる。そうして一頻りイリアの状況に納得した所で、ソラは由利とナナミに冊子を届けに行く事にして部屋に入っていった。というわけで残ったカイトはソファに腰掛ける。
「気が緩んでるな……ユーディトさんがなぜお前と一緒なのかあたりまで考えれば、本物かもって想定は出来たかもだが」
「歓楽街で何も知らないのに気を張って、というのも気が休まらないでしょう。何でもかんでも考えだしたら職業病よ?」
「ま、それはそうだがね」
イリアの苦言にカイトは一つ笑う。というわけで、ソファに腰掛けた彼は改めて彼女へと状況の報告を行った。
「という塩梅だな……やっぱあの雑居ビルの一室になにかは居そうだ」
「わかった……こっちから人を出して張り込ませておくわ」
「そうしてくれ……もし誰も居なさそうな時間がつかめれば、こっちで潜入してみても良いしな」
兎にも角にも情報がなさ過ぎるのだ。狙いがなにか。どれぐらいの人員が動いているのか、と知らなければ動きようがなかった。というわけで、ここからしばらくの動きも定まっていた。
「うし……とりあえず後は情報収集に務める事にしますかね」
「そうね……と言っても流石にもう明日からだけど」
「そうだな」
イリアの言葉にカイトもまた一つ同意する。そうして、両者はこの日はそのまま休む事にして各々ゆっくりとした時間を過ごす事にするのだった。
さて明けて翌日の朝。カイトは一旦お供えの花の確認に花屋を訪れようとしていたのであるが、その直前にティナから連絡が入ってきたとホテル側から連絡があったため、一旦飛空艇に入って通信を繋げていた。
「おーう、おはよ……と言ってもそっちはそろそろ昼が近いか?」
『まぁの……で、昨日言っておった暗号の解読じゃが、もう終わったらしいぞ』
「マジか。マジで良いプレゼントだったわ」
もしかしたら今回の事件までに間に合わないかもしれないな。そう思っていたカイトであるが、蓋を開けてみれば一昼夜で完了だ。良い人材を手に入れられた、と上機嫌だった。
『そうじゃな……で、結果とメモが回ってきたのでそっちにデータ化して転送する』
「あいよ……あぁ、来た来た……あれ? 解答が二つ?」
早速送られてきた資料を見たカイトであるが、見て早々に驚きを浮かべる。
『うむ……それについてはメモを見た方が早かろう』
「ふーん……えっと……あっちゃぁ……そういう事ね……よく考えられてらぁ」
ティナの言葉に同封されていたメモを確認するカイトであったが、解答が二つある理由を理解してしくじった、と額を叩く。
「最後のページにどの解読方法を使うか、って指定があるのか……そりゃ知らなかった」
『余も知らんかったので、そう悔やむ必要もなかろうて』
どうやらリトス曰く、今回裏ギルドと思しき者たちが使った暗号化は別の解読方法を使うと全く別の意味になるようにされていたらしい。なので最後のページにどちらの解読方法を使うように、という指示があるらしいのだがそれが無い以上はどうしようもなかった。
「とはいえ……まぁ、良い。今ある分でなんとか推測してみるよ。それにこっちで手に入った情報とすり合わせればなんとかなるかもだし」
『無い物ねだりはしても無駄じゃからのう……ま、他になにかあったらまた連絡せい。何かが出来るわけではないが、サポートぐらいはしてやろう』
「すまん……あ、そうだ。ついでだから昨日一般参加可能なオークションの出品目録貰った。そっちも送っとくよ」
『お、すまんのう』
事前にカイトが参加できそうなオークションの目録はティナに渡していたが、今回の一般参加可能なオークションでは水曜日か日曜日にしかリストが公開されない。
なので昨日の分もついでに渡してしまおう、と考えた様子だった。というわけで、今度はカイトの方から出品目録を送信。それが終わり次第、改めて花屋へ向かう事にした。と、その道中彼はリトスが解読した資料を開いて確認する事にする。
(えっと……両方とも潜入経路に関する資料か……これは……競売に掛けられる物を保管する地下の秘密倉庫? そんなのあるのか……?)
流石にカイトも他家が主催するオークションの品が収められている倉庫がどこにどういう形であるのか、というのは知らない。なので地下倉庫なるものがある、と言われればそんなものがあるのかと思うしかなかった。
(これについては後でイリアに聞いた方が良いな……もしかしたらなにかの符号やここでない可能性もあるし……)
情報が無い以上はイリアに聞くしかない。カイトはそう判断し、一通り読み込むだけ読み込んで後は懐に仕舞っておく。というわけでメモに関しては一旦横に置いて彼は花屋へと向かう事にする。
「はい、どうぞ……珍しいですね、この街で墓に備える用の花なんて」
「あはは。ちょっと遠い所なので……ここから個人用の飛空艇に乗って向かうんですよ」
「冒険者の方ですか?」
「まぁ……そんな所です」
嘘は言っていないだろう。カイトは今回はマクダウェル公としての墓参りではあるが、今の立場上は冒険者として通しているのでそう告げておく。そして冒険者でなくても冒険者の協力者という立場で動いている者もいるので、花屋の店員もそう考えたようだ。そんな彼女が問いかける。
「鬼灯は抜いてくれ、という事だったんですが、もしかして行かれるのって……」
「……ご存知ですか?」
「ええ……あの封鎖地域……ですよね?」
「ええ」
店員の問いかけにカイトははっきり頷いた。三百年前の終戦直後ならまだしも、今では封鎖地域は珍しいのだ。知っていても不思議はないだろう。
「でもよくわかりましたね」
「あそこに行かれる方が年に何人かはいらっしゃるので……みなさん同じような花を買われていらっしゃるんです」
「行かれる方がいらっしゃるんですか?」
てっきりもう誰も足を踏み入れない場所になってしまっていたと思っていた。カイトはそんな様子で驚きを浮かべる。これに店員は笑った。
「ええ……毎年自分の故郷なんだ、父の故郷だと行かれている方も」
「そうですか……ありがとうございます」
やはり封鎖されていたとて故郷は故郷。行きたくはなる事はあるのだろう。カイトはそう思う。そうして花の用意を待つ間に彼は少しだけ店員と話を交わして、再びホテルへと戻る事にするのだった。
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